第5話―(ようこそ死の時代へ)
存外創作の時間が取れたので書き上げました。
いったい一章はいつになったらおわるのでしょうか……
20210507 ちょっと地の文修正
月の裏側。そこには魔獣の基地であるMagicalBrotherBaseがあった。それは月の地下に建造され、内装はかなりカラフル。担当している部門によって色が異なり、眼が見えない魔獣のために超音波を出す機器も設置している。
やはり月面襲撃時であるため非常にせわしない。しかし赤色の部門、魔獣設計・開発部門と青色の部屋である魔獣指揮部門は静かだった。それは仕事が今は無いためであるが、指揮部門は違う。
今も指揮部門は現場の指揮をしている。しかしなぜ静かなのか。それは所属している魔獣が1匹で、更に言えば魔獣が人間に隠れて出撃する緊張感の中改めて計画を練り直していたためだ。
突然指揮部門に笑い声が響いた。魔獣たちの指揮官、ジースだ。ジースは知力に特化して開発された魔獣で、見た目は布を被っていてよく見えないがチンパンジーを元として作られている。
「フフフ……最強だろうが何だろうが、ワシが設計した妖怪魔獣第1号『骸』と動物魔術『毒炎』の敵ではないわ」
彼は自身の魔術で遠くの光景を水晶に写し出していた。興味の無いチームの試合を観戦をする気分のように不安も緊張も無い声色だ。
3体の鬼に真っ先に接触したのは人類最強の男、カストル・バークランド。ジースの魔術は音声も出せる。それは宇宙服内部で叫んだ声も全てだ。
(ほう、まずは人類最強と名高いカストル・バークランドからか……相手にとって不足なし、人類絶滅の第一歩をこいつにしようではないか)
骸の猛攻が始まった。無数の手によってなぶられ続けるカストル。本来ならば出血、骨折、脳震盪などで死んでいてもおかしくない。しかし彼は微動だにしない。むしろ攻撃を気にせずに近づいてくる。
「ナァ、俺ガァ聞いた情報では魔獣って何千年も前ニィ一旦侵略してきたんだよナァ。俺の魔術について知らネェのカァ?」
不適な笑顔が水晶にはっきりと写し出された。
(知っているわその程度。しかし貴様に確実に勝つにはこの方法が最も適している……)
カストルにとっては殴打はただ蚊に血を吸われる程度。これは彼の保有している魔術、衝撃吸収器の効果によるものだ。クエイク・アブソーバーは彼に伝わる振動を完全に吸収する肉体に彼の肉体を変化させる魔術。シェイクアンドダイはこの魔術によって吸収した衝撃を転移させているのだ。
そして骸を倒すのに十分なほどの衝撃が今溜まった。正確な場所に振動を送るため彼は骸に急接近、そして奴の腹に向かって拳を突き出した。
「シェイクアンドダイ!」
大岩が投げ込まれた湖のように骸の腹は揺れた。ただ揺れるだけなら問題はない。肝心なのは、衝撃が転移したのは骸の無数の細胞、その中でも関節周辺の物だったことだ。
衝撃が転移した細胞はその振動で近くの関節を脱臼させ、遂には全ての腕が千切れさせた。
痛みに耐えきれず倒れてしまった鬼に、カストルは驚きの目を向ける。あまりにも呆気なさ過ぎた。
「結構脆いネェ……俺の対策ぐらいして来ただろうニィ」
骸から感じられる振動がどんどん小さくなっていく。生命活動を止めたようだ。数多の腕からは非常に多い出血量、それに加えて脳がその痛みに耐えられなかったのだろう。
「あり得ないほど呆気ないナァ……」
彼は警戒して低級魔術で攻撃をしながら骸の残骸に近づく。試しに遠くから水の刃を生成して斬りつけると、豆腐よりも少ない力で肉体を切ることが可能だった。ここは太陽光が届くから死後硬直は遅れるだろう。しかし何かおかしい。
「……シェイクアンドダイ」
罠の可能性が高いと見たカストルは月の表面を殴り、その衝撃を転移させた。鬼に勝ったら細胞のサンプルを回収する腹積もりであったが、死ぬよりかはマシだ。骸の肉体は破裂、肉片さえも残っておらず血液だけが残った。
なんだか少し悲壮感さえも感じていると、突然緊急事態を知らせるアラートが鳴った。ポップアップがガラスに小さく表示され、端的に詳細を示す。
「周囲の空間が毒に変換されてるっテェどういうことダァ? しかも15分でこの宇宙服が溶けるだトォ?」
そのアラートに注目した一瞬、彼の視界が赤に変わった。
明らかに骸の魔術。奴がなぜ死んでいないのかはともかく、問題なのは赤色の正体だった。
「クソガァ! どれだけ拭いても取れネェ!」
彼は必死に腕を動かしてメットのガラスを拭いた。しかしどれだけ擦ろうと薄れる事さえない。
それもそのはず、その原因は彼の目にあったからだ。
その赤色の正体は彼の血。目の周辺の痛覚を無にし、視神経の奥から出血させる魔術こそが骸の切り札だった。
(ふふふ……骸の魔術、永久の赤眼が完璧に決まった! それは誰も気づくことなく視神経の奥から出血し、脳の血液量と酸素濃度を極端に減少させる認識改変系の魔術……! 貴様が勝てる可能性は無くなった!)
この月面基地襲撃は彼が考えた作戦だ。敵は全員一騎当千、量産が簡単な弱い魔獣が多くとも最強たちには蜘蛛の糸同然。ならば敵の対策をした一騎当千の魔獣を用意したが、ここまで順調だとは。
内心ジースは怖くなりつつあった。
(上手くいってると思いたいが……逆転されても戦闘データは常にこちらに記録されているから対処法の考案は容易だ。しかし……)
一瞬にも満たない逡巡。今逆転されても彼らの目的は完遂するだろう。それだけの対策はしてきたし、成果も出している。しかし奴の動揺がブラフという可能性もある。
「……ここで悩むべきではないな、魔獣開発班及び設計班は魔獣製造の準備をしておけ!」
「「了解!」」
静かだったMB2が一気に騒がしくなった。それを見ていると、安心したのか不安は消えていた。そしてカストルから目を離し、水晶に他の最強を写した。次の標的はウォーレンだった。
(視線が消えたナァ……)
ジースの監視から外れたカストルは心の内で呟いた。ガラスを拭いているのは演技だったのだ。
彼は人類最強だ。それは継戦能力も含めて総合力が最も高い人間の称号なのだ。
(基地ニィいた時から妙な視線は感じてたガァ……こうなると魔獣陣営の奴っぽいネェ、ウォーレンの野郎かトォ思ってタァ)
彼はのん気に考えているが、まだ骸は健在だ。ちぎれた肉体が今にも元の状態に戻ろうとしている。それにも関わらず彼は演技を続けていた。
「クソガァ!」
なかなか迫真の演技だ。ハリウッド俳優にも負けない名演に、骸は騙されたようだ。奴は自慢の腕を必死に伸ばしてカストルに巻きつける。そして自身が最も得意とする圧殺を試みた。
「オイオイオイオイィ!? やめてくレェ! 俺ハァ、まだ死にたくネェ!」
骸のために説明しておこう。カストルは常日頃から命乞いをするような人間だ。例えば、賭けで負けたら勝負を無かった事にしてくれと懇願する。都合の悪い事が自分に降りかかるとそれを受け入れたくない人間なのだ。
しかし今の彼にとって、果たして本当に都合の悪い状況なのか?
(…………)
人類最強はこの程度なのか?
(なんてナァ)
否、断じて否。むしろこの状況こそが彼の望んだ物であった。
(ありがとヨォ、魔獣。案外強かったゼェ)
最後に彼はニタリと笑って心の内に呟いた。
(ようこそ死の時代へ)
次の瞬間、骸の動き、いや骸も含めたその周辺の動きが完全に止められた……
そろそろTwitterにプロットだけ投稿するなりしないと誰もオチを知らないままエタる可能性が出てきました……




