第2話―食事/その4「気にしてないぞ、もっと酷い臭いの所知ってるし」
予防注射の日の翌日。午前7時の出来事だ。朝食後の運動と称してカーム改めヴィントを散歩に連れ出したガイとリーンは一目の少ない裏通りへと向かった。
カレンシティの裏通りは薬の売買に使われたり、ヤクザの巣窟にはなっていない。むしろ表通りより犯罪は少ない。先日アーロンが清掃したのもあってかなり綺麗なキャラメル色の石畳だが、臭いは酷い。いくらアーロンが街中を掃除したところで以前から染み付いていた臭いは全て取れるわけでもないのだ。
「すまん、カレンで人が少ないのはこんな場所しかなくてな」
「気にしてないぞ、もっと酷い臭いの所知ってるし」
ヴィントは朗らかな声色で彼に伝えた。それからはしばらく言葉を交わす事もなく、静寂そのものであった。その状況にいたたまれなくなったリーンは言葉を切り出し始めた。
「昨日は事情を知らなかったとはいえ、本当にすみませんでした」
彼女の切り出した話は昨日の食事についてだった。
昨日の晩御飯の時の事だ。ヴィントは食欲に従いもりもりとご飯を食べていた。愛らしい姿に家族が皆ほっこりしていたところ、突然ヴィントが食べ物を吐き出した。全員が驚いたが、ガイは吐瀉物の処理を、祖父母は食事を食べやすい状態に加工し始めた。唯一何も対処出来ずにいたリーンは切るのを忘れていた念話の魔術によって魔獣のある共通点を知らされた。
(気にしないでください姉御、慣れてますから。魔獣ってのは基本少食なんですが、小さい個体ほど食欲が高くてどんな個体でもそれを抑えられないんです。カームと一緒になってたらもっと食えるんですがね)
彼女のわがままで、ヴィントはここにいる。いくら欲求を抑えられないとはいえ、知っていれば対処は出来たかもしれない。自分がもっと詳しく聞いていれば、とも思ったが全て後の祭り。この情報を知っているのは彼女だけで、彼女が取るべき行動は1つだけでもあった。
彼女はもしもの時のために買っていた大きめのスポイトをテーブルの隣に置いてあった紙袋から取り出す。そしてそのスポイトに水道からむりやり水を吸わせてからヴィントを抱きかかえて、無理やり水を飲ませた。
(ごめんなさい、ヴィント。私、正しいやり方なんて知らないけど、あなたが苦しそうならできる限りの事はしたいんです)
その言葉を聞いたヴィントは嬉しくて、単刀直入にありがとうございますとだけ伝えた。
以上がリーンがヴィントに謝っている理由であり、彼らがこの人通りの少ない路地に来たのはカームと一緒にしてご飯を食べさせるためである。ちなみに朝と昼は外で食べる事になっている。
「僕が伝えなかったのも悪いんですし、昨日ありがとうとも言ったじゃないですか。僕は気にしてません」
「そう、ですか……」
彼女は何か言葉を続けようとしたが、何も思い浮かばなかった。再びの静寂。話題も思い浮かばず、しばらく口を開けない。だがそれに耐えかねたのかガイがあることを提案した。
「なぁ、みんなでゲームやらないか?」
ガイの言葉に全員が了承してから10分が経過した。時刻は12時。ちょうどその時刻に息を切らしながら裏通りに入る者がいた。アーロンとカームだ。書類整理などをしていて遅れかけたから飛んできたらしい。
「だぁ〜ギリギリ間に合ったぁ……」
「だらしないな、僕が言わなきゃ絶対遅れてたじゃん」
「それは、本当にありがとう」
息を整え、ガイたちが待っている路地裏へと向かう。するとそこでは楽しそうに笑っている2人と1匹がいた。
「おーい、アーロンさんはやって来たぞー」
その声に反応して彼らは振り返り、ハンドサインでアーロンたちにこっちに来てと言った。いったい何が待っているのかと少々緊張して寄って見ると、彼らは指で遊んでいた。名前が「いっせーのせ」とか「指スマ」など地域によって異なるあの遊びだ。
「お前らもやるか?」
ガイの言葉にアーロンは目的を見失い過ぎて呆れた。
「お馬鹿」
そう呟いたあと、彼は2人の頭を軽くグーで叩いた。




