第1話―魔獣その2/「これは俺の『円號魔割』の力だ。」
俺はアーロンだ。現在は人参を片手にカレンシティの上空を飛んでいる。人参を持っているのは手土産も無しに突然伺うのは憚られたからだ。それで俺はガイの家に着いたが、何だか恥ずかしくて5分くらい周囲でうろうろしていた。友人宅に行く最初の数回は恥ずかしくなるのは全世界共通だろうか。
そうであって欲しいと願いながら更に5分経った頃、突然ガイの家から動物が飛び出した。理由が欲しかった俺にはちょうど良いハプニングだ。すぐさま俺はそいつを追いかけ、ちょうど首を掴もうかとしたところでそいつは「双子」と叫び、二匹に分離した。人間以外の生物では魔術を使用する例はないため少し驚いたが、心当たりならあったから動きは鈍らずに直ぐに捕らえられた。やはり手土産はあった方が心が楽になる。俺は右腕にそいつらを抱えながらガイの家の戸を開けた。
「よーす、ガイ」
妙にうわずった声になってしまった。緊張しているせいだろうか。ガイはなんだか苛立っているようだ。
「アーロンか。すまんがまた今度にしてくれ。今は気が立っているんだ」
まぁそう言わずに、と俺はさっきの生物をガイの後頭部に当てる。その感触に驚いたのか、ガイはすぐさま俺の方へ振り返った。
「これは……ありがとう! 実は気が立ってたのもこいつのせいなんだ」
「ほう、そりゃあグッジョブって奴だな」
「ああ。そいつは魔力を吸うらしいんだ、さっき断りもなく勝手にリーンの魔力を吸ったからさ」
魔力を吸う? なら完全にあれだな、実在したのか。俺は不敵な顔をして2匹を掴んでいる両手に力を込める。すると犬は再び双頭のポメラニアンへと戻った。ガイたちはこの光景に驚いているようだ。なかなか面白い顔をしている。先に落ち着いたのはリーンで、俺に理由を尋ねてきた。
「どういうことですか?」
「これは俺の『円號魔割』の力だ。マカツは魔を割ると書くんだ。俺が触れてる対象がかかっている魔術か、逆にかけている魔術を3分の1まで弱める。これみたいな発動後に魔力が持続して減らないやつは解除できる。さ、弱体化させたしこいつに尋問するか?」
「いや、そいつは人間以外で魔術を使う生物だぞ。他にも使ってくるかもしれない」
ガイはそんな事を言っているが、それはない。なぜなら……
「なぜなら、魔獣ってのは自分が得意とする魔術に加えてその地に合った魔術しか使えない。地球にいるなら自分が攻撃したら効果が消える体を透明にする透明化と魔力を吸う魔術しか使えない。そして前者をAとするならAは魔獣の体の大きさによって使える魔術の数は変わってくる。こいつなら1つだけさ。それも自身を首の数だけ分離して複数のポメラニアンになるだけらしい」
魔獣は驚いているだろう。なぜただの一般人が、正確には貴族と呼ばれる地位の人間だが、なぜそれを知っているのか。俺はそいつに顔を近づけた。
「驚いただろ。なんでこんなに魔獣に詳しいのか。俺はバレル家の人間だからだ」
「バレル家……? 地球に存在した魔獣の半数を殺したあのバレル家か!」
「そうだ。俺はアーロン・バレルだ」
ガイたちは何が起こっているのか理解できない表情をしている。普通の一般人は知るはずも無い。
「どういうことだ? 魔獣ってのは過去に存在したが、歴史の闇に葬られたって事で良いのか?」
ガイは推測で答えを当てるの得意な人? それで正解だよ。
「そんな重要そうな事言っても良いのか? 国家機密レベルだろ多分」
「ああ。だが魔獣が実在するだなんて情報誰も信じないからな、罰則は無いんだ。まぁ国家機密と言っても大昔の話だからあやふやなところもあるし、魔獣についての詳細はさっき言った事と、魔術の使用に魔力を使わない事しか判明してないはずだ」
「なるほど。ところで……」
そうしてリーンは俺の手から掠めとるように魔獣を抱いた。
「この子、何を食べるのでしょうか?」
「は?」
ガイと声が揃った。おそらく両方同じ発想をしたのだろう。お互いに目を合わせ、俺は先に聞くように首を動かして促した。それに応じてガイは頷き、リーンに質問する。
「ちょっと待てリーン。そいつ、リーンの魔力吸ったんだろ? つまりそいつはそいつの意思で魔力切れを起こせる、場合によっては死ぬんだ。それを分かってて言ってるのか?」
「ガイの言うとおりだ。いくら体格が小さくて使える魔術が少ないとしても、そいつは危険だ」
「いいえ問題ありません。もし次に断りもなく魔力を吸おうものなら、その場で殺します」
次の瞬間、何かぞわっとした感覚が俺の体の中を通り過ぎた。ぼとっと何かが落ちる音がして、足下を見ると、そこには魔獣の首の片方が落ちていた。リーンが抱いている魔獣の目からは光が消えていて、彼女は笑顔であった。こいつはヤバい。
(見えなかった……まぁこの場にいる人間なら誰もが出来るだろうが、それでもやはり凄い。そういえば以前ガイの居ないところで聞いたことがある。自分はガイに会うために今まで生きてきたのだと。そしてこの街へ来る前にガイに会ったのは10年近く前だと。そこまで意思の強い女が、この程度の事、精神面から見ても出来ないはずがない)
「私言いましたよね? 馬鹿なんですか?」
聞こえるはずがない。魔獣はもう物言わぬ死体と成り果てている。だが彼女はまだ言葉を続ける。
「脳ミソが無い方を切ったんですから、反応してください。しないと今度は本気で殺しますよ」
脳ミソが無い方? つまり奴はまだ死んでいない? もしそうだとしたら凄まじい生存能力だ。いや、地球で隠れ住んでいた魔獣だ。それぐらいならあり得るか。
「すみません! つい出来心でやりました、一生ついていくんで許してください姉御!」
彼女の言葉通り、魔獣は生きていた。やはり痛いのだろうか、凄まじい剣幕だ。流石に彼女も鬼ではないだろう。その言葉を聞いて直ぐに魔獣の頭をくっつけた。
(凄いな。うちの姉さんは回復系と盾系の魔術なら天賦の才を持っているが、その魔術が比較対象に出るほど早く正確だ)
「やっぱり静かにしていたら可愛いですね」
そう言って、彼女は魔獣の顎を撫で始める。ガイが居てくれて助かった。リーンがガイを愛していなかったら、もっと酷い惨状になっていたに違いない。正直もう会いたくないぐらいだが、人生は都合良く出来ていない。俺の胃痛生活はまだまだ続くのであった……




