序幕の用意―歪曲
2020/0225追記 両親の遺言を変更しました。
2021/0717 誤字修正
再び眠りについたガイは、また夢を見た。ただ今回は先ほどとは違い、抹消したはずの記憶ではなくむしろ消してはならない記憶だった。
これはガイの両親が死んだ後の今のガイを形成するに至った過程の記憶である。
両親の死体を見た翌日、ガイは自身の部屋のベッドに横たわって何かを読んでいた。それはある少年漫画の単行本。この時代において知らない人は居ないとまで言える人気の作品だった。彼は自分では覆す事のできない事が起きた場合にいつも読むのだ。それは単純に希望を見出だすため、現実逃避のためだった。当時10才の子供にはそれしかなかった。
彼はそのまま漫画を読み進め、最も好きな回がある巻に手を伸ばす。すると部屋全体から歯車の動くような音が聞こえてきた。彼は驚き、辺りを見ていると本棚の両隣に両親が出てきた。
「父さん!」
彼はまず父親に駆け寄り、抱きつく。だが彼の腕はそれをすり抜けた。それは本棚に仕掛けられたプロジェクターからの映像だった。その事実に気付かずに彼は母親にも抱きつくが、結果は変わらない。
「なんで……?」
彼が理解できない顔で立っていると、狙い済ましたかのように映像から音声が発せられた。
「ガイ、俺たちは映像だ。お前に遺言を伝えるために用意していた物だ。今から言うから耳をかっぽじってよく聞けよ。まずお前は不幸な事に俺たちの子供だ。自然と戦いを挑まれる事が多いだろう。だから鍛練を忘れないように。あと誰かのために戦うのなら、たとえ嘘でも自分と言う希望が潰えない事を示せ。信用が無くなっても、負け続けて説得力が無くなっても示すのを忘れるな。そうしたらいつかは本当になって信用も戻るはずさ。
次に遺産についてだが、俺たち二人の誕生日を横に並べてそれらの数字を1つずつ足していって出た数字を二進法に変えて、その数字で元の数字を割って出た数字が口座番号だ。暗証番号は逆にかけた数字だ。小数点以下も忘れるなよ?
最後のメッセージだが、さっきの漫画でお前が一番好きな巻を見たら分かるだろう」
全てを伝えきったのか、数秒後に彼らは消えた。突然だったためとても泣く気持ちになれなかった。だがそれが薬になったのか、彼は両親が死んだのだと理解し始め、彼は醜く泣いた。
彼が泣き止んだ時刻はちょうど1時間後の11時30分だった。昨日からこの家にいる祖父母に見つからなかったのは運が良かった。改めて漫画を読み進めていくと、ガイの一番好きなシーンがやってきた。
「『これじゃあお前の両親は嘘つきな上に無駄死にだなぁ!だってお前仲間の足を引っ張って 俺を倒すのさえままならない 俺は幹部でも最弱レベルなのになぁ!』『……お前 目が悪いのか? それとも幹部ってのは目が悪いのが当たり前なのか?』『なに?』『どう見てもあいつは俺たちの役に立ってる ほら今にもな!』『……たとえ無駄死と言われても たとえ今は邪魔であっても お前を倒すためにどんなことが起きても 構わない 俺はどんなことがあっても 両親の死は無駄じゃなかったと 証明し続ける! 遺志を継いで両親は正しかったと 証明し続ける! 奥義! 喜怒哀楽は力なり!』」
彼はこのシーンはとても大好きだった。だが今は両親が死んだ翌日だったからか、先ほどの言葉が気になったからか、純粋に楽しもうとは思わなかった。
数日後。カレンシティで小さな事件が起きた。それはある少女のぬいぐるみの紛失という、奇しくもガイたちがカレンシティへ来た発端と同じだった。原因はその少女がこけた衝撃でぬいぐるみを川に落としたこと。とてもくだらなく、1時間ほど待っていれば誰かが見つけるだろう。だが、ある少年はそのことを聞いてすぐさま捜索を開始、そして発見したのだ。その少年の名はガイ・カディック、いやガイ・タリス。そう名乗り始めた彼は、これからベッドの上の現在に至るまでこの街の事件を解決してきた。それも一人でだ。中には彼を上手く利用するものもいたがガイは文句は言わなかかった。事件の大きさを問わず解決していたため、怪我を負うことも多くなっていった。それが理由で彼はレイナ先生との親睦を深めた。
そうして彼は今までの記憶を、現在の自分を形作った要素を振り返っていく。中には忘れたいが忘れてはいけない要素もあった。夢の最後に見たあの事件の事もそうだった。
ガイの両親が死んでから6年後、ちょうどオールヘクスの社長の会見の3日後だ。ガイが以前住んでいたガニメデタウンを含めた世界中の小さな町でのこの事件は後に「錬金術混乱時代の始まり」と呼ばれることになる。
概要は100人ほどの男女が「この町に錬金術を盗んだ奴が潜んでいる情報を掴んだから犯人を差し出せ」などと言い、町長は彼らに撤退を要求する。だが彼らはこれを犯人の存在を隠蔽するための工作だと言い張って町全体に襲撃を仕掛ける。他の町でもだいたい同じだ。警察は既に何者かに殺されているか協力しているかのどちらかで、特に死亡人数が多かったガニメデタウンでの生き残りは男性一人のみ。その男性も警察に事件の全てを話した後、自殺した。
これは事件が起きた全ての町から遠く離れていたカレンシティでも話題を呼んだ。翌日にはこれ以外のニュースはほとんど無かった。
そんな時にガイは何をしていたのかというと、1日中倒れていた。事件の前日に個人で解決するには難しすぎる事件を短時間に魔力切れを複数回して何とか解決したためだ。何もできなかった自分を不甲斐なく思い、今からでも何か出来ないかと直ぐにガニメデへ向かったのは簡単に想像できるだろう。
だが、彼が見たのは血の水たまりや肉片が辺り一帯に飛び散っている様子だけだった。彼は体から力が抜けてその場に座り込む。自分がやれることは全く無かったのだと、泣き崩れた。
数分後、泣き止んだ彼はある事に気づく。ガイがガニメデにいた頃にぬいぐるみを失くしたあの少女だ。彼は彼女の家へと駆け出した。
(あの子はこの町でも五本の指の実力者だと聞いている。頼む、生きていてくれ)
ガイはこの時ほど神を憎んだ事はなかった。それこそ両親が死んだ時でさえ、それを理解した後でさえ憎むことはなかったのに。
彼女の家の残骸にあったのは、その地域にしては珍しい金色の髪がついた肉片と大量の血。それは彼女の髪の色と一致する。極めつけにそれの傍には炭化した右腕が転がっていた。瓦礫を掻き分けて見てみると、右腕が無い彼女らしき人が頭部から血を出して死んでいた。回復魔術をかけて体の傷は治ったが、命までは戻らなかった。彼はこの事実を認めざるを得なかった。だが彼にはとてもできなくて、ただ彼女の腕に泣きすがるしかしなかった……
時刻は午前6時過ぎ。ガイは起きた。ふと目尻に触れてみると、涙を流していたようだ。枕もかなり濡れている。
(思い出した。あの女の子はヘレナって名前だった。たしかヘレナ・ターナー)
リーンとヘレナはファミリーネームが同じだが、ありふれた物だったので、彼は気に止めなかった。
彼は自分の部屋がある二階から一階へと続く階段へと足を動かす。階段を降りていると、なんだか美味しそうな匂いがした。この時間帯、本来はすぐさま牧場の手伝いをしに行かなければならない時間。だが彼は我慢できず匂いの元があるキッチンに目をやる。するとそこにはオムレツとハムエッグの乗った食パンがあった。
(いったい誰が作ったんだ?)
こんなに旨そうな料理は誰も作れない。それもこの家の料理担当である彼の祖母であってもだ。比較対象として成り立っているか怪しいまでもある。
そんな物をどうやって作ったのかと色々類推していると、背後から「ガイさん」と呼ぶ女性の声が聞こえた。彼は慣れない感覚に背筋を凍らす。
「……なんだリーンか。耳元でささやかないでくれ、とても驚く」
「あれで驚いてたんですか? 全然顔は変わってませんでしたよ?」
「あっそうだリーン。そこの旨そうなご飯は誰が作ったんだ?」
彼がそんな事を尋ねると彼女は自分を指差した。
「リーンが!? 絶対良いお嫁さんになるよ!」
彼の心の底からの褒め言葉。人によると不快感を感じるものだが、彼女は頬を赤く染めて笑った。
「ありがとうございます。それ、ガイさんに作ったやつです。あと今日は手伝い休んでて良いそうですよ」
「リーン、ご飯作ってくれてありがとう。祖父ちゃんたちにありがとうと伝えておいてくれる?」
「もちろんです」
「ありがとう」
数分後、彼はリーンの作った朝食を食べながらある事を思い出していた。
(そういえば、アーロンと初めて戦った時以来か。1人でご飯を食べるのは)




