プロローグ―日常その1
2020/0207
初めまして、私は作者です。作者は筆が遅いので、完成したら基本直ぐ投稿します。最近は書き溜めもしてますが。
2018年から未来の未来、そのまた未来の時代。未来であるが故に我々とは僅かに価値観が違うが、一部を除けば現代となんら変わりない街並みがあり、人々が住む。もしもタイムマシンを作ってこの時代にやってきたとしても、2018年とほとんど変わっていないので、場所によっては今よりもかなり幸せに暮らせるだろう。
だがほとんど変わってないと言っても大きな変化がない訳ではない、科学の技術は2018年よりも比べ物にならないほど発展したし、地球温暖化の問題は全て解決した。他にも色々変わった事があるがその中でも一番奇妙で普通なら信じられない変化が、魔力を消費して発動する超常的な能力、『魔術』が使えるようになった事だ。
魔術が使えるようになったせいでインターネット文化は崩壊し、格差が顕著になる時代が一時期続いた。だがそれも1000年以上前の話で、今では才能などなくても練習すればその分だけ強くなれる、ある程度平等な世界が続いていた。
最低でも2年前のあの日まではそのはずだったのだ。
昔、世界中の魔術式を管理・製作している会社の社長や重職の者達が極秘裏に製作し、そのあまりの力に製作部の者にもその存在を伝えずに地下3000kmの地点に埋めたはずの錬金術の魔術式。
それがあるべき場所から盗み出された事が、2年前催されたその会社の記者会見で明らかになり、その会社の社長によると
「このままでは世界は支配されてしまいます! 人類一丸となってその泥棒を捕まえましょう!」
その馬鹿の一言で世界は狂ってしまった。その魔術式を泥棒から取り返し、最強になろうとする者、億万長者になろうとする者、世界を取ろうとする者。そんな者たちは自分だけが錬金術を使いたいがためにどんな事でもした、たとえ犯罪でも軽々しく犯した者も居た。
そんな奴らのせいで世界の治安は人類の歴史で類を見ないほど悪化してしまい、これらの要因で守る・戦う・癒す魔術式が高騰し、現在になって少しずつ縮まりつつあった貧困の差が更に広がってしまった……
そんな狂った世界で、その影響を曲がりなりにも受けた街、カレンシティ。街の北の方にある小高い山の頂上、そこに元世界最強の魔術師夫婦の息子のガイ・カディックと言う者がいた。
ガイは、屈強な筋肉が付いている訳でもなく、知識が常人よりも少し豊富なだけで特にイケメンでも何でもなく、本当に最強の夫婦の子かと聞きたくなるほど普通で特別な所なんて無い青年だった。まぁ特別な所をあえて挙げるなら、その地域にしては珍しい黒髪と、花飾りを1分もかからず作る事が出来る手先の器用さが、両親から受け継がれている所。あと10歳の頃に喘息を完治させた時から病気にならない体となった事か。
その彼は今、自身の超人級の手先の器用さを使って1人の見知らぬ女の子、サラのために花飾りを作っている所だ。
「ほら、出来たぞ」
そう言って、ガイは目の前の5歳ほどの少女に渡す。サラは即興で作った物とは思えないほどの完成度に驚いてガイの事を褒めちぎり、キラキラと目を輝かしながらそれを受け取り全体を舐めるように見入り始める。
風で周りの花々が揺れると、サラの見ているとついつい微笑んでしまいそうな幸せな笑顔が草花の隙間からガイの視界にちらつき、ガイ自身も微笑むとサラがガイの方を見つめてこう言った。
「お兄ちゃん、作ってくれてありがとう!」
突然の事でガイは少し顔を赤くし、照れ隠しのように頭を爪を立てないように掻いた。するとガイのお腹から音が鳴り、数秒ほど置いた後、ガイと一緒にサラも笑った。
「お兄ちゃんお腹すいてるの? だったらこれあげる」
サラはポケットを漁って個包装に包まれた飴玉を取り出し、そしてそれをガイに見せ付けるように個包装を剥がして手の平に乗せた。
「本当にいいのか?」
「うん!」
「じゃあ半分こにしようか!」
そう言うとガイは魔術で風のナイフを造り出し、それを天に高く持ち上げてサラの手のひらに向けて落下させた。それは断頭台の刃の様に落ちながら加速をつけていく。サラはこれを見て目を閉じた。きっとサラはこれから受けるとであろう痛みと、これから見るであろう痛々しい手の傷跡から目を背けるために目を閉じたのだろう。
だが、その思いはただの杞憂である。何故ならガイの超人級の手先の器用さを生かせば、少女の手のひらに乗った飴玉だけを真っ二つに切ることなど造作も無い事なのだ。サラは手のひらの上で起きた出来事が理解できないようすだ。その感覚はあたりまえだ。ガイがやった事を一言で説明するとすれば、赤の他人が作った言語を誰の説明も受けずに自分で解読した、と言う所だろう。つまり普通ならありえないと言う事だ。
驚いているサラをよそに、ガイは風を操って自身と少女の口に飴玉を放り込んで舐め始めた。
「お兄ちゃん凄い! あれどうやってしたの?」
やっと頭が追いついたサラがまたキラキラと目を輝かせながらガイに詰め寄る。
「どうやってしたのと言われても……」
ガイにとっては感覚でやっている事なのでどう説明しようか悩んでいた所、女性の声がサラの後ろの方から聞こえた。
「お~い! ガイ、サラちゃん!!」
かなり距離があったため良く聞き取れなかったがそう言っていたと思う。ふとガイは眼前に迫っていたサラの方へ瞳を動かすと、先ほどの女性の方へ首を向けて顔を青く変えていた。
今ならサラを捕まえられると思い、両腕を広げるが彼女は腕の隙間を通って抜け出し、切羽詰った顔で風の魔法を使って上空へと飛び出してその場から逃げ去ろうとした。だが、ガイはまるでそれを先読みしていたかのように防御系の魔法の応用でサラの行く先に壁を作り少女を足止めする。
何故ガイが逃げるサラを止めるのかと言うと、先ほどからガイの下へ走ってきている女性は内科外科その他諸々の治療を行えるのでサラの虫歯の治療も彼女がやる予定だったのだが、治療日の前日にサラが家出したので、女性と交流を持っているガイが連絡を貰ったからなのだ。
「逃げちゃだめじゃないかぁ、サラちゃん」
ガイはサラが逃げるとその先に壁を作り出し続け、自分を中心とした歪な球を造って彼女の逃げ場を無くす。そして彼女の逃げ場を移動できる空間を更になくしていく事で精神的にも物理的にも減らしていき、最終的にサラの体まで壁で覆うと、サラがその場に座り込んで泣き出してしまった。サラが泣き出すとガイは魔術を解除して少女の元に駆け寄った。
「うわ~ごめんサラちゃん!」
と泣き叫びながらガイはサラを抱擁する。今のガイにはこれしかできなかったのだが、今のサラの心情では逆効果になり余計泣き出す。
「何でこんな事になってるのかなもぉ!!」
先ほど少女を追っていた女性、レイナがやっと泣いている少女を抱いて共に泣いている男性と言う異様な光景の前にたどり着き、二人に心を落ち着かせる魔術を使う。
正気に戻ったガイがレイナの瞳を見つめて気付く。いつもはエメラルド色のレイナの瞳が黒色に変色している事に。そういえば以前ガイは彼女から聞いたことがあった。あまり急いで回復系の魔術を使うと瞳の色が黒色に変色するのだと。
「本当に申し訳ない」
とガイは土下座をする。彼女の瞳の黒色化は周りの景色が僅かに黒くなって周りが見えにくくなる。自分のせいでそんな弊害を負わせてすまないと思ったからだ。
「反省してるなら許す」
レイナ先生は優しすぎるとガイは思った。確かに弊害は周りが見えにくくなるだけかもしれないが、今のご時世周りが見えないと言う事はどうぞ私に悪事を働いてくださいと言ってるようなもので、窃盗、暴行、果てには誘拐され、ごうk……ともかくいくらガイの住んでいる街が他の街と比較的治安が良いからと言って犯罪が無いわけではないのだ。それでも自分が受けるかもしれない弊害を考えず咄嗟に魔術を使うなんて誰も中々出来ない。ガイはレイナ先生は優しすぎると再認識した。
「そういえば何で家出したのサラちゃん?」
休憩も入れずにセラから理由を問いただそうとするレイナ先生。ガイはいくら心を落ち着かせる魔法をかけたからって直ぐに問いただすのは駄目だと言おうとしたが、それはサラを焦らせ最終的に泣かせた自分が言っていい事ではないと思い、口を噤んだ。
「だって……」
サラが何か言いにくそうにしていた。レイナ先生は更に急かすように『だって?』とセラが言った事を復唱した。
「虫歯の治療は痛いって友達に聞いたから……」
生まれてこの方虫歯になった事が無いガイはサラの友達が言っている事は本当なのか分からなかったのでレイナ先生の反応を窺うと、彼女はため息をついてサラの目線に合わせるようにしゃがんでいた。
「今の治療はほとんど魔法でやるから痛いことは無いんだよ、サラちゃん」
「え、そうなの?」
レイナ先生が真面目な表情で頷くと、3人の間に沈黙が走った。
「ごめんなさい! 私知らなかったから……」
サラが本当に申し訳無さそうな顔でレイナ先生に向かってあやまると、レイナ先生は何も無かったかのような顔でサラに近づき、そして素晴らしい笑みを浮かべてこう言った。
「お母さんが心配してるから直ぐ行こっか!」
叱られると思っていたのだろうか。サラの目は驚きと困惑の感情が混ざっている様子だ。その目のままでサラはレイナ先生を見つめるが彼女はサラに何も言おうともせず、手を差し出した。サラがその手を取ると、彼女らは街の方へ歩き出した。
「あ、俺が送るよ」
ガイが2人に向かってそう言うと、レイナ先生は黄金色の長髪から汗を滴らせながらこちらに振り向いた。
疲れを出来る限り感じさせぬように気丈に頑張っているつもりだろうが、傍から見れば初級魔術しか使えないくらい体力を使ったことがよく分かるほど汗で白衣が湿って透けている。
ガイは彼女にこれ以上無駄な体力を浪費させないために歩み寄り、感情を高ぶらせて先ほどのエアナイフの威力を高めながら自分をしっかり掴んでいるようにと頼む。
2人がガイの体に抱きついて離れないようにするとそれに呼応してナイフの威力も大きく上がっていく。
ナイフの威力が最高値になった事の合図のように、3人の周りに僅かに土煙が立ちこめる。
ガイはそれを見て今まで溜めていた力を一気に解放して風を自分の思うが侭に操り、空に飛び出した。
工場が無いこの街の空気は何処に見せても誇れるほど澄んでいて、勢いの強い風を受けていても不快な臭いがまったくと言っていいほど無くて心地よい。
ガイはスピードを更に上げてレイナ先生の勤めている診療所まで向かった。
「……着いたぞ、二人とも大丈夫か?」
「うん大丈夫。」
「私も」
2人はガイの体に絡み付けていた腕をほどき診療所の扉の前に向かった。サラはもう完全に落ち着いた様子で、ガイもほっと一息つくが、サラに渡し忘れている物を思い出しすぐさま呼び止めた。
「サラちゃん、忘れ物」
そう言ってガイが渡したのはあの花飾りだった。実はガイはあの向かい風の中、このか弱い物を風から守りきり、2人と一緒にこの場まで持ってきていたのだ。ガイはサラにそれを優しく渡すと少女から小さな声で『ありがとう』と言われた。この様な少女に言われてもやっぱり女性からの賛辞の言葉は無条件で嬉しくなる。そう思いながらガイは2人が診療所のドアを開き、中に入っていくまで見届けた。
ここで何もする事が無くなったガイは先ほどの山まで先ほどと同じ魔術でもっと素早く飛んで戻った。ガイが先ほどの山に着地すると風が辺りに吹き、草花の香が鼻にまとわり付く。このまま花の匂いを嗅ぎながら寝るのもいいか、とガイは着地した場所で横たわり、眠りに付いた。
ガイは夢を見た。両親が最強の魔術師じゃなくなった日の夢だ。
『他人が悲しくて泣いてる時、拭うのは涙じゃねぇぞ……』
それがガイの父の口癖だった。この続きがあったはずだが、いつ思い出そうとしても思い出せない。この日もその続きを最後に言って、両親は仕事に出かけた。
それからガイは父方の祖父母と一緒に夕方まで遊びに出かけた。楽しい一日だった。夕方になると祖父母が家まで送ってくれた。そしてガイは扉を開ける。するとそこには赤い何かが、カーペットにこびり付いていた。家から流れてくる鉄の匂いと扉に点いている固体と液体が混じってドロドロした赤い液体に気づき、祖父母は直ぐにガイに駆け寄り視界を遮るように抱きかかえる。だがもうその時には遅かった。ガイの目はもう既に、血溜まりの真ん中にある青くなってしまった、両親であったものを捉えてしまったのだから。
「うわああああああああああああああ!」
ガイは血相を変えて叫びながら起きた。親の死んだ時の夢など気持ちのいい夢であるはずも無く、しばらくは動悸も治まらず、顔は青く染まったままだった。
(今日も、か)
ガイは頭を抱えた。この夢はガイの精神状況が劣悪な時に見る夢。おそらく両親が死んだ時の精神状況と近しい精神状況になると脳がその時の精神状況と勝手に重ねて記憶を甦らせるのだろう。人々の為に戦って、時間稼ぎをして負け、心無い人々から罵られる。そんな事が50回近く続けば心が荒むのも当たり前と言うものだった。
(何の為に戦ってんだろ……俺)
突然、カンカンと世の中の2日酔いの男性に効果はバツグンの高い鐘の音が鳴り、ガイは街の中心の方へ顔を向ける。国からの食料支給の合図の鐘だ。
ガイは魔法で空気中の水分をかき集め、それを胸の前で球体のようにする。そしてそれを口に含んでゆすぎ、地面に向けて吐いた。風の魔法で水を口に含む時に前髪についた水を吹き飛ばして、必要以上に魔力を使わないように自身の足に風の低級魔法を纏わせ、街の方へ走り出した。