戦い続けた英雄は、戦闘機械に成り果てた
「富士教導団の壊滅を確認!」
「富士防衛ライン、司令部から撤退要求!」
「第32普歩兵連隊、戦線の維持困難!」
「第43偵察小隊より入電! 熱海方面からこちらに向け敵2個機甲師団の接近を確認」
「第123歩兵連隊敗走!」
「大月に展開中の第111旅団より救援要請!」
首都防衛ラインの心臓部、箱根山要塞司令部は混迷を極めていた。
1945年11月10日。日本の帝国主義政策推進によるアジアでの影響力の拡大を恐れたアメリカとの戦争はもうすぐ4年を迎えようとしていた。
「羽佐間中佐入ります!」
「おう、入れ」
「失礼します」
箱根山要塞司令官室にまだ若い中佐の声が響く。
「中佐。要件は分かるか?」
「はっ! おそれながら小官の予測では、熱海方面に確認された敵新師団の撃滅かと……」
「話か早くて助かる中佐。中佐の考え通りだ」
箱根山要塞司令官森赳中将と書かれた札の置かれた机の後ろに腰かけた老齢の高級将校が葉巻の煙をゆっくりと口に蓄えていく。
煙を味わった森中将は、ゆっくりと白い煙を吐き出す。
「中佐、撃滅できる可能性はあるか?」
「我々は、中将閣下が「やれ!」とおっしゃられれば、完遂するのみです」
森中将はやはりなと思う。
このよく知る中佐は、完璧かつ理想的な軍人だ。ここまで士官教育が成功した例も明治維新以後こいつが初めてだろう。
祖国への忠誠心。命令に対する圧倒的な服従。卓越した作戦立案の手腕。比類なき個人技能。
どれをとっても非の打ち所がない。
そんな羽佐間中佐がこの質問に対してこの答案をすることなど、森中将にとって予測の範疇だ。
羽佐間中佐なら「全裸で敵に突撃せよ」と命令しても迷いなく実行するだろう。そして必ず戦果をてに帰ってくるだろう。そんな男なのだ。
羽佐間中佐と呼ばれる青年将校と森中将の視線が机を挟んで交差する。
部屋の天井でくるくると回るファンの音だけが異様なほどに部屋の中で存在感を放つ。
「思えば、中佐との付き合いも長い」
「森中将閣下と初めてお会いしたのは、小官が士官学校2回生の時であったと記憶しています」
「ハッハッハ。あの時の生意気な士官候補生が、今や日本最高の魔法士官だからな。分からんものだ」
「これも、森中将閣下のお陰であります」
森中将が目を細める。
「そんな、手塩にかけて育てた将校に死んでこいと言わねばならんとは世も末だな」
羽佐間中佐は、所属している部隊がない。正確に言えば、参謀本部特殊技術開発実験団、検証第601班だ。この601班の所属人員は羽佐間中佐たった一人。部隊に所属をしていないと言われる由縁だ。対する敵は、確認されているだけでも2個機甲師団だ。その兵力差は実に1対24000だ。
撃滅できる訳がないことは、促成教育で卒業した新米少尉ですら分かることだ。
「ご安心ください。自分は今だに敗北したことはありません。必ずや敵を撃滅してご覧にいれましょう」
羽佐間中佐は、さも当然かのように無感情で森中将の言葉に答える。
そんな誰もが分かりきっていることを歴戦の勇士である羽佐間中佐が分からない訳がない。
「分かった。これ以上私から言うことはない。詳細は作戦参謀から聞いてくれ」
「はっ。失礼します」
羽佐間中佐は、完璧な基本教練で森中将に背中を向けると扉の前で一礼して部屋を出ていく。
森中将は、その姿をなにも言わずに見送るともう一度葉巻を口に咥えた。
「……クソが!」
森中将しか居なくなった司令官室に苦虫を噛み潰したかのような声がこだました。
魔法。それは奇跡の産物ではなく科学技術の結晶である。
魔法科学の第一人者、宣教師ロバート・ヘンリー・コドリントンは神の奇跡が起きるときに発生する粒子を発見。ロバートは発見された魔法粒子を発見された太平洋の島々の言葉からマナ粒子と命名した。
その後マナ粒子の研究が進み、素養のある人間であれば誰でも利用が可能になると、多分野に渡って爆発的に広がっていく。
もちろん、軍も例に漏れることなくマナ技術は利用されていく。
その最たるものこそが魔法兵士の持つマナドライブだ。人間を空では戦闘機、陸では戦車と互角にする戦術兵器だ。
「羽佐間中佐。無理はダメですからね」
羽佐間中佐は、出撃前のマナドライブ最終点検に箱根山要塞要塞地下整備場に来ていた。
「分かっている。限界までしか使わない」
「それを無理してるって言うんですよ」
羽佐間中佐のマナドライブを整備しているのは、真部技術中尉だ。技術士官とはいえ日本軍では、珍しい女性士官だ。
そして、今では近寄りがたい空気を常に醸し出している羽佐間中佐に唯一話しかけられる下級者でもある。
「分かった。努力しよう」
「はぁ。絶対分かっていませんよね」
羽佐間中佐は、戦闘の度にボロボロになったマナドライブを持ち込んでくる。その損傷具合は、他の魔法兵士の比ではない。
マナドライブの開発者兼整備士としてよくここまでボロボロに出来るものだと感心するほどだ。
真部中尉は、度重なる熾烈な戦いによって傷だらけになった漆黒のマナドライブを丁寧に調整していく。この調整が人の命を左右するのだ。手は抜けない。
「これで、完成っと! 中佐、どうですか?」
真部中尉は、作業台から調整の終了したマナドライブを羽佐間中佐に手渡す。
「確認する」
そう言って羽佐間中佐は、マナドライブを起動する。
その瞬間に魔法素養のほとんどない真部中尉にもマナが知覚できるほど空気中からマナドライブに流れ込んでいく。
そのはまるで宇宙の彼方にある星々をかき集めてきた下のような幻想的な光景だ。
整備場内のマナを集めたマナドライブがよりいっそうの輝きを放つ。
そして、空気が破裂した。
羽佐間中佐がマナの一斉解放を行ったのだ。
マナの一斉解放とは、マナドライブに吸引させたマナを魔法に還元せずに空気中に解放することで、マナドライブの性能試験や調整確認に主に用いられる。
そして、普通のマナドライブでは空気を震わせるようなマナの一斉解放はできない。魔法に変換していないマナは、大きなエネルギーを持たないのだ。
「マナの吸収速度、排出速度共に完璧だ」
「それは良かったですけど、中佐、マナの一斉解放を目一杯やるのはだめですと何度も言いましたよね」
「すまない。次からは気を付けよう」
マナの一斉解放は、吸収と排出速度を計測しているだけであって、マナを大量に吸収する必要はないのだ。
「もう一度、言いますけど無理はしないでください。危険であれば撤退をしてくださいよ」
「可能な限り無理はしないが、撤退はできない」
羽佐間中佐は、マナドライブを胸元に着けながら答える。
「命令を受けていないからですか?」
「ああ、そうだ」
サイパン島での死闘。硫黄島の戦い。沖縄地上戦。九州上陸阻止戦。下関海戦。
数々の戦闘を経て中佐は変わられてしまったと真部中尉は思う。
素晴らしく卓越した魔法士官であり、間違いなく最高の戦力であることに疑う余地もない。
しかし、今は人間ではない。生物学的には間違いなく人間なのかもしれないが、人間を人間たらしめんとする人の心が欠如してしまっている。
言うなれば、戦闘機械だ。ただ、与えられた命令を最適解でこなしていくだけの戦闘機械だ。
魔法素質がないという理由で整備場の隅で雑巾がけをさせられていた時に声をかけてくれた中佐はいないのだ。
あの、厳しくも優しい羽佐間雄大中佐はもういないのだ。
「調整が終わりか? そろそろ、出撃待機をしなければならないのだが」
「調整は、終わりです。御武運を」
羽佐間中佐は、作業台に立て掛けていた士官用軍刀を腰につると、振り替えることなく整備場の出口へと向かっていく。
真部中尉は、愛おしそうに「羽佐間中尉」と書かれた工具を工具箱へと格納した。
羽佐間中佐は、箱根山中腹に掘られた魔法士官用出撃口に立っていた。
命令書に書かれた出撃時間まであと少しだ。羽佐間中佐にとってこの出撃前の時間は、最後の入念なチェックをする大切な時間だ。2回目の出撃以来変わらない。
羽佐間中佐が軍に仕官したのは今から約9年前だ。当時は満州事変が勃発し、満州全土が占領されてすぐのことだった。
魔法適性が人一倍高かった羽佐間中佐は、魔法士官を欲していた関東軍第1方面軍第3軍に第1国境守備隊独立魔法中隊第3小隊長として着任した。
当時は、連戦連勝を重ねていて誰もが受かれていた。
もちろん、新米少尉の羽佐間少尉も戦場の風に吹かれて舞い上がっていた。
そして初出撃の日、羽佐間少尉は部下3名を無くした。
日本軍支配地域への警戒任務として、飛び立った羽佐間少尉を合わせた5名は、通信機の電波障害に陥り不時着。その後ゲリラ活動を行う民兵に襲われたのだ。
無線機異常時の行動確認、民兵対処規定、山間部における戦闘行動要領、完全な準備不足及び『子供だから』という羽佐間少尉の判断が招いた結果だった。
その後南方に配置変えになった後も何人もの部下を失った。
そして、羽佐間中佐は結論に達したのだ。
私情を殺せ。
徹底的な準備。
単独行動。
私情を挟めば誰かが殺される。
準備を怠れば誰かが殺される。
仲間を作れば仲間が殺される。
誰も殺されないように最も効率的で最大限の成果を求めてーー
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して
祖国のために、仲間のために、誰かのために、殺し続ければいいんだと。
「中佐殿、出撃時間です」
耳障りの悪い雑音と共に管制官からの無線が入る。
羽佐間中佐は、マナドライブを起動して、出撃口最先端に立つ。
「了解。湯河原温泉地域に出撃する!」
「御武運を」
視界の端に映っていた航空誘導員が緑の旗を勢いよく振り下ろしたのを確認すると、羽佐間中佐は夕焼けの空に飛び立っていった。
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