時を越えオルゴールの音は奏で
ブラームス作曲、アルフレッド・コルトー編曲の「子守唄」をBGMにお楽しみ下さい。
「お嬢様ー! ルフィお嬢様?!」
「もっとよく探すんだ! もうじき出棺だぞ」
ロベルト・フォン・ハミルトン家の使用人たちが、ハミルトン伯爵家の12歳の令嬢ルフィを探している。
それを知りながら、ルフィは今、広大な邸の中の一番北東に位置する埃被った屋根裏部屋……そこは狭く、天井も低い、使用人たちですらあまり知らないルフィの隠れ家に身を潜めていた。
「お母様……」
グズっと、ルフィは涙ぐんでいる。
彼女の母であるルイーザが、長年の闘病生活の上、とうとう亡くなったのだ。
ルフィは、膝の上に乗せたアンティークのオルゴールの蓋を開けた。
懐かしい、優しいメロディーが流れ始める。
『愛しいルフィ。お母様は、体が弱くて、あなたに子守唄を歌ってあげられない。代わりに、このオルゴールの音色を、お母様の子守唄と思ってね』
7つの誕生日に母から贈られたオルゴール。
闘病中の母とは、ほとんど側に居ることが叶わず、淋しくて泣きそうな時、ルフィは決まってこのオルゴールの蓋を開いた。
それは、甘く優しい音色。
母が歌ってくれているかのようなメロディ。
その最愛の母がもうこの世にいないなんて!
悲嘆に暮れていたその時。
「ルフィ! いるのかい」
彼女を呼ぶ声がして、ルフィはビックリした。
「お父様……」
ドアの方を見れば、ルフィの父親が入ってきた。
「ここだと思ったよ。お父様も小さい頃、よくここに隠れていたからね」
柔らかく微笑みかける。
「さあ。辛いだろうけど、お母様をちゃんとお見送りしてあげなさい」
「……お父様……」
ルフィは、父の胸に飛び込んだ。
オルゴールは、まだその美しい音色を響かせていたが、段々と途切れ、やがてゆっくり止まった。
それは、一筋の蝋燭の炎のようにゆっくりと命の灯が尽きていった母ルイーザの人生と重なり、ルフィは激しく泣いた。
その後、そのオルゴールが音を響かせることはなかった。
◇◇◇
「あら、奥様。そんな古ぼけたオルゴール、如何なさったんですか?」
若いメイドが物珍しげに、ルフィが手にしているオルゴールを見て言った。
「これね……。これはイルファの生まれた記念に、またネジを巻くことにしたの」
そう言って微笑むと、ルフィは生まれたばかりの愛娘イルファの眠る揺かごの中に、そのオルゴールをそっと置いた。
あの日以来、初めてネジが巻かれたオルゴールは、あの頃と変わらない優しいメロディーを、再びゆっくりと奏で始めた。
香月、お題小説第二弾!です。
・主人公は一人
・回想シーンに別の登場人物が登場する
・屋根裏部屋
・何らかの思い出の品
お読み頂いた方、本当にありがとうございました。
【追記】2021.6.30
本作は、黒森冬炎さま主催「劇伴企画」参加作品です。どうもありがとうございました。
【追記 2】2022.5.23
作中挿絵は、ひだまりのねこ様に描いて頂きました。素敵なルフィをどうもありがとうございました(^^)