2.彼らの人生
「声がっ、声が聞こえるっ!? 幽霊!? どこ!?」
『あああああああ!? ダメだ、落ち着けアルカナを数えよう!【魔術師】【女教皇】【女帝】……ダメだ20個くらいしかないかすぐに数え終わる!』
「怖い……助けてシスタァ……。『幽霊がでた? アタシが絞めといてやるから安心して眠んな』って言ってぇ……」
『術式解放、我は【世界】を繋ぐ者……ダメだ、反応しねえ! アルカナ術式Ⅹ、【運命の輪】……これもダメかよ!』
「グスン……グス……」
『ええいっ! 泣くなアンタ、いったん落ち着いて話をしよう』
=====================
泣ぎだしてしまった少女を何とか落ち着かせた後、俺たちは状況を把握するためにお互いの事を話した。
『つまり、キミは孤児院を救うためにこの街にやってきただけと……なるほど。どうやら原因は俺だけのようだなね
「あの、お話を聞く限り貴方はその、異世界から来られたということですか?」
『ああ。少なくとも俺はペッカータなんて街は聞いたことがない。少なくとも俺の魔術は成功していたと考えて間違いないだろうね』
「魔術……ですか」
『ああ、俺は元いた世界では大魔術師としてその名を轟かしていたほどの天才さ。まあ今回は何らかのミスでこんなことになってしまったけれど。キミには本当に申し訳ないことをしてしまった』
「いえ、そんな、私は全然。ちなみに出る方法は分かっていたりするんですか?」
『申し訳ないことに――この話し方めんどくさいな、辞めよう。疲れるだけで何も得しない。それでだ、悪いけど解決法についてはさっぱりだ。俺が使える魔術の中にも一つの身体に入った二つの魂を分けるなんてものはない。それに試した限りこの状態じゃ俺は魔術を使えない。現状は打つ手なし、お手上げ状態だ』
「そうなんですか……でもいつまでもこのままでは大変ですよね」
『……1つ質問してもいいか?』
「はい、何でしょうか?」
『キミはなんでそんなに落ち着いていられるんだ?? 身体の中に知らない人間が勝手に入って来て、普通なら怒るところだと思うけど』
その質問に鏡の中の少女――まあ俺でもあるんだが――はきょとんとした表情を浮かべる。
まるで言われて初めて『ああ、ここは普通怒るところなんだ』と気づいたかの様子だ。
「えっとその、お恥ずかしい話なんですが私あまり一人になった経験がなくて……王都に来てからずっと一人で心細かったのでこうして誰かとお話出来るだけでも嬉しくて」
この銀髪碧眼の少女、小柄で大人しそうな見た目をしているが(というか態度からして間違いなく人見知り)肝が据わっている。
というよりも天然なのだろうか。
抜けているというか、処理が追い付いていないせいで正常な判断を下せていないようにも見える。
『まあ怖がったりしないで受け入れてくれるならこちらとしては嬉しい限りだ。しかし五感はつながっている癖に俺は身体を動かせないときたか。まあキミの身体だし当たり前か』
「な、何か不便なことがあったら言ってください、何でもしますから!!」
『うーん、俺は少し君の将来が心配だ』
悪い大人に騙されそうで。
まあ何はともあれ良い子そうで本当に良かった。
これが性悪女だとかむさ苦しいおっさんだったとしたら俺は耐えられていただろうか。
『ところで何か聞きたい事でもあるのか?』
「な、何で分かったんですか!?」
『そんなにモジモジして何か言いたげにしてれば誰でもわかるって。答えられるものなら答えるから聞いてみてくれ』
「あうぅ……そ、そうですよね。あの……貴方は魔術師、なんですよね……?」
『ああ、厳密にいえばアルカナ術式と魔術は違うものなんだけどな。広義に解釈すればまあそこまで変わりはない』
「でしたらその……お願いがあって。私をその……弟子にしていただけませんか」
『魔術を使いたいのか?』
「はい。さっき、王都に来た理由までは説明しましたよね?」
少女は俺に確認を取った後、話の続きを始める。
即ち、王都に来てからの少女の話だ。
「王都に来てから色んなものでいっぱい驚きました。ココには私の住んでいた街には無かったものがいっぱいありました。もちろん、働く場所も沢山あって。やっぱり凄いんだな王都は、そう思いました。でも、私が働けそうな場所はどこも賃金はそんなに高くなくて……当たり前ですよね、私に出来る事なんて子供でも出来る簡単な仕事だけですから」
そんな時にこれを見つけたんです、と少女は近くに置いてあった紙切れを一枚手に取る。
『王立モルターリア学院入学試験について。筆記と魔術、戦闘技術の合計3つのテストを行うねえ』
「はい、それに合格する事さえ出来れば誰でも入学することが出来ます。ですが試験の合格率は恐ろしく低く、合格できるのはほんの一握りの方だけです」
『なるほどね。それで、この学校が君のお金稼ぎに何か関係してくるのか? 学院に通うならむしろお金を払わなきゃだろう』
「モルターリア学院は優秀な生徒には入学金や一部の学費の免除、それ以外の方でも無利子での奨学金の貸し出しなど多大な恩恵が与えられるそうです。もともと優秀な人材を貴族や平民に関係なく育て上げるのが目的だそうなので、経済面を理由に学院に通えないということを阻止する為に生まれた制度だそうです」
『それならキミでも通うことが出来るな。それでそこに行くメリットは?』
「モルターリア学院に通っているというだけでその人物の実力が証明されます。学校後に働くだけでも現在の私が就ける仕事のお給金よりも高い金額を手に入れることが出来るだろう、とこの紙を配っていたおじさんに言われました」
『学院に通っているだけでそこまで箔が付くのか……』
「はい。そしてもちろん卒業後の進路も同じです。学院に通っていたというだけで引く手数多、成績優秀者が望むのなら王国騎士団に入ることも可能でしょう」
『王国騎士団……』
「ど、どうかしましたか!?」
『いや、その名前にあんまりいい思い出が無くてな。まあつまりその学校の試験を受けて合格するために魔術を使えるようになりたいと。ちなみに試験はいつ』
「えと……その……明日です」
明日とはまた急な話だ。
確かにアルカナ術式なら大抵のテストは余裕で突破できるだろう。
だが一日で使いこなせるほど簡単なものではないのは俺が一番身に染みて理解している。
ここは素直に無理だと言ってやるのが優しさか。
「やっぱり無理ですよね。今まで魔術も使ったことのない私が一日で試験をクリアしようだなんて。それに昔、言われたことがあるんです。私は魔力が空っぽだから魔術を使うことが出来ないって」
少女の言葉に、口にしかけていた慰めの言葉を押し込められる。
魔力が……空だと。
鏡に映る顔を見るが、落ち込んでむけている表情には特に嘘をついているような様子はない。
『それを誰に言われたか覚えているか』
「えっ? いえ、ずっと昔の事なので」
『そうか……』
物と違って人に宿る魔力はそう簡単に図ることは出来ない、だがもし彼女が言うことが本当なら……
ああ、いや、そうなのだろうな。
『分かった、安心してくれキミなら明日にでも使いこなせるようになる』
「!? 本当ですか!? じゃあ私にも魔力が!?」
『少なくとも現時点のキミには魔力が宿っている。以前の事は分からないが、おそらく魔力となった俺が入った時点でキミには魔力が宿ったんだろう。よし、そうとなれば契約だ』
「契約、ですか?」
『ああ。俺は君に魔術を教える。その代わりにキミは俺という魂をその身に宿す。契約期限は二人が離れるまで。その方法を俺たちが見つけるまでだ。どうだ?』
「はい、はいっ! ……あっ、そういえば私達、お互いの名前を聞いていませんでしたね。私はアルトゥ・プリンシパルです」
『名前か……生憎それと言ったものは持ってないんだが。そうだな、タロンとでも呼んでくれ。数ある秘密を纏めた山札、それが俺だ。よろしくなアルトゥ』
「こちらこそよろしくお願いしますタロンさん!」