第四話
そんなこんなで今後やるべきこと、優先順位なんかを考えていたら、いつのまにか太陽は随分と低い位置になっていた。
腕時計を見ると午後5時35分だ。
あれ?時間経過と合ってない気がするけど。
召喚されたのが午後10時で、それから数時間しか経っていないはずだけど、日付も変わってる。
10月1日になってる。
変だ。
オタク女神が時計を合わせてくれたんだろうか。
ヤツはどてらを着ていて冬装備だった気がするが、気にするだけ無駄か。
今夜は野営かと考えたが、この辺りって野営しても大丈夫なんだろうか?
狼とかジャッカルとか、この世界だと魔物?だとかは襲ってきたりしないだろうか?
肉食獣は夜行性ってテレビなんかでは良く聞くしな。
というか、ここがどこか、近くに人が住んでいる街や村があるのかも分からない。
いまさらどっかへ向かっても、どこかにたどり着けるかなんてわからない。
なんにも分からないまま夜を迎えるってなかなかハードな初日だ。
チュートリアルみたいなのは無いのかな。
野営に備えて持っている道具をあわてて確認してみる。
もちろんストレージに全部入っている。
着ている服、靴以外の全てと、買ってきた物すべてが入っている。
というか一覧表で見える。
現物も見える。
なんか不思議な感じがする。
取り出すには指でクリック的な動作をするか、念じればれいいらしい。
すげー便利だ。
そばに転がっている石に手をかざして「収納」と念じてみる。
石一個が収納された。
横に▲マークがあるのでクリックしてみる。
細分収納可能。と表示される。
クリックしてみると、「花崗岩」に変わった。
これは、目的別に集めたりするときに使うべきだろう。
でないと、ナントカ岩、カントカ岩で一杯になって見づらくなるだろう。
逆に手当たり次第に放り込んで、これをすれば種類別に分けられて、取捨選択ができるってことにもなる。
ストレージ以外にも空間魔法の亜空倉庫もあるから、荷物を持ちきれなくなる心配は無いだろう。
というかシステム的にかぶってないか?
別勘定なんだろうか。
何か違いがあるのか検証するか後で神コールで聞くかしないとだな。
あのゲームでは同じものは百個まで、種類は百種類までしか持てなかったし、もしかしたらそんな制限もあるかもしれんな。
そのうち石や葉っぱを限界まで拾って入れてみるか。
ん?見覚えの無いものもあるな。
保存食三日分、水筒、麻ロープ20m、火打石、フードマント、片手鍋、貨幣二万七千二百ゴル(銀貨二五枚、大銅貨二〇枚、銅貨二〇枚)
これがあのオタク女神の言う、とりあえずすぐに死なない程度のものなんだろうか。
通貨単位はゴルなんだな。
なんとなく銀貨1枚が千ゴルって感じか。
じゃあ後は枚数的に大銅貨が百ゴル、銅貨が十ゴルだとすると計算が合うか。
十進法ならだけどな。
一ゴルは何貨になるんだろう。鉄とか錫とかかな。まさか石ってことは無いだろう。
銀が一番上ってことはないだろうし、大銅貨とかあるなら、大銀貨や金貨、白金貨、ミスリル貨、オリハルコン貨とかあるんだろうか。
後は銅貨1枚の十ゴルで何が買えるか分かればなんとなく経済観念は把握できそうだ。
日本でも基準をどこにおくかで随分違ってたけど、とりあえず一食いくらかと宿が一晩いくらか分かれば十分だ。
しかし中途半端な額をくれたもんだ。
と思ったが、もしかして、わざわざ貨幣形態をわからせるためだったりするんだろうか?
昔の日本みたいに貧乏人が小判持ってると役人が怪しんで捕まえに来るとか無いよな。
とりあえず野宿に必要と思われる毛布代わりのフードマントと水筒、保存食を出す。
保存食は干肉とパンだった。栄養が偏りそうだ。
その辺から拾ってきた枯れ木を、日本から持ってきた鉈で切って薪を作り、焚き火をできるようにする。
動物は火を怖がって近づかないはずだ。
たぶん。
いると聞いた魔物はどうなんだろう?
逆に存在をアピールしてしまう可能性があるかもしれない。
でも真っ暗で灯り無しでは見張ったり気づいたりできる気がしない。
夜どのくらい冷え込むのかもわからない。
暗くなってからでは火をつけるのも苦労するだろう。
日本でキャンプしたときに経験済みだ。
安心して寝ることはできないだろう。
不安だ。
寝たら最後だ。
薄暗い中を見渡すと、少し離れたところにいくつかの焚き火が見えた。
ドラゴン○ーダーならぬ気配察知の範囲外のようだ。
ってことは500m以上先か。
俺のほかにも野宿する人たちがいるようだ。
あのグループに俺も交ぜてもらえないだろうか。
暗くなる前に焚き火をするあたり、たぶん慣れている人たちなんだろう。
混ざれれば大分安心だ。
相手が盗賊とかで無ければ。
どうどうと焚火を焚いて野営する盗賊団がいるだろうか?
荷物は全部ストレージに入っているから、盗まれることは無い。
だろう。
命は・・・どうだか。
でも無防備に一人で寝るよりは、なんとなく安心な気がする。
ツレが欲しい。
交代で見張りのできる信頼のできるツレが。
切実に思う。
問題は受け入れてもらえるかどうかだ。
異世界だし言葉が通じるかも疑問だ。
読んでいたラノベでは言葉はだいたいが通じる仕様だったが、ここではどうなんだか分からない。
あのオタク女神には願ったが「かなえる」とは聞いてない。
強盗と間違えられる可能性だってある。
なるべく怪しくなくフレンドリーにだな。
できるのか?
対人スキルは全滅の俺だが。
とりあえず魔物じゃない。
と分かってもらうために松明に火をつけて持つ。
とか自分を主張しつつ近づいた方がいいかな。
オタク少女がくれた松明1本では足りないかも。
急いで松ヤニっぽい樹液を出してる木で松明をいくつか作って、女神がくれた火打石で火をつけられず、ストレージからライター取り出したところで補助魔法の「種火」を思い出した。
ちょうどいい練習になるな。
魔法を使おうと念じると呪文が頭の中に沸いてくる。
詠唱省略があったはずなので詠唱しなくても効果は現れるはずだ。
「種火」
人差し指を上に向けてそう唱えると、人差し指がチャッ○マンになったような感じで、爪の先5センチくらいのところに火が出ている。
おぉすげぇ。魔法使いになってる。
日本で道具を使えばできたことではあるが、やはり魔法を使えるとなるとワクワクが止まらない。
何度か火をつけたり消したり、呪文を詠唱してみたり、何も唱えなかったりして使う練習をしていると、視界の左上にあるMPのバーの長さが少し短くなった気がする。
MPを使って残量が少なくなったって事なんだろう。
詠唱の有無や火の大きさによる消費MPの違いとかは、そのうち検証してみないといけないな。
どんどん辺りは暗くなっている。
空気もなんとなく冷えてきた気がする。
春や秋なのか、緯度や標高が高いのか分からないけれど、真っ暗になる前に行動したほうが良いのは確かだろう。
時計では10月1日。
北半球か南半球化で春と秋が逆転するしな。
松明に火をつけ、出していた荷物は日本から持ち込んだ登山用のリュックの一つにいれて背負い、遠くに見える焚き火のほうへ歩き出した。
「あのぉ。野営するならご一緒させてもらえませんか?」
近づいていった俺の松明に大分前から気がついていたらしく、護衛と思われる抜き身の剣を構えたガタイのいいオッサンが俺を見据えるなか、少し大きな声で声をかけてみた。
小声だとオッサンの一存で拒否されるかもしれない。
それに、そこにいるオッサンよりも中央部に居るはずのリーダー的な人に交渉のできる相手だと知らせないといけない。
言葉が分かるかどうかは不安だったが、いきなり無言で近づくよりは声をかけたほうが多少なりと良い気がする。
俺だったら受け止め方が違う気がする。
野営地の中央から四十歳くらいのオッサン(オッサンばっかだな)がこっちにやってきて、
「随分お若いようですが、おひとりですか」
を?
言葉は通じるみたいだ。ラッキー。
「はい。気がついたら陽が暮れかけていまして、どうしようかと思っていたところ、こちらの焚き火が見えまして。
はずれで結構ですのでご一緒させてもらえればと。
もちろん見張りや雑用もお手伝いいたします」
とりあえず無害なことと、あまり迷惑をかけず、干渉する気もないこと、役に立つつもりがあることを告げてみる。
言葉は通じるようだ。日本語に聞こえる。
「いきなり中央に入れるほどは信用できませんし、断るのが我々には一番安全ですが、子供を見放すのは良心に呵責がね。
外側の焚火の近くならどうぞ。」
あまり信用されていないらしい。
まあもっともだ。
真ん中に置いてて夜中に火付けでもされたり、野盗で仲間を招き入れたりされたら大変だ。
見張りの目に届くところにいるなら、もし野盗でも行動に起こした瞬間に排除されるのだろう。
子ども扱いされるのはちょっとアレだが、十三歳の見た目もいい方向に働いたのかな。
「はい。それで結構です。ありがとうございます。」
野営地にいたのは大体四十人くらいの隊商で、野営地の真ん中に馬車が十台あり、野営地の四隅に二人ずつ、剣や槍と革鎧で武装した、いわゆる冒険者っぽい人が警備についていた。
四十人の隊商に八人の警備が多いかどうかは分からないが、警備の人は野営地の一番外周部で焚き火をしていた。
一箇所に二人で四箇所。
二人いれば交代で寝れるだろうし効率的な感じはする。
俺を守ってくれるかどうかは疑問だが、なにかが襲ってきたら声くらい聞こえるだろう。
野営地は中央の馬車の周りにテントのような天幕がいくつか、その四隅に焚き火、その外に警備のオッサン。
その外側十メートルくらいのところにも焚き火となんとなく厳重な感じがした。
警備の人の外側に焚き火があると多分獣は近づかないだろうし、野盗が近づいても気がつくのが早いのだろう。
敵が弓を持ってたら的にならないか?
とも思ったが夜は遠近感も狂うし、明かりと暖を取るためにやはり必要なんだろう。
警備の外側でも一人で野営するのに比べれば格段に違う。
一人であれば四方に注意が必要なのが三方に減る。しかも俺越しに向こう側を警戒している警備のオッサンもいる。
あっ、この人たちが野盗だったらどうしよう。詰みだな。
そうなったら仕方ない。運が無かったと思って成り行きにまかせよう。
うん、幸運度十だし。
不運に決まってんだろうけどさ。
早速そこに自分用の焚き火のために、薪を置き松明で火を移すと陽は完全に沈んでしまった。
水筒から片手鍋に水を入れて湯を沸かし、日本から持ってきた中華スープの素を入れる。
とりあえず、暖を取るためにスープだ。
でもスープを飲んでいるだけではやはり胃は不満を訴えてくる。
満腹になると眠くなるので、保存食のパンと干し肉を半分で我慢することにしよう。
真っ先に寝ていては何があるかわかったもんじゃない。
野営してる人たちをみると、食事は干し肉っぽいものにパンだけだ。
飲み物は皮っぽい水筒から飲んでいる。
オッサンにおばちゃん、あまり若いのはいないなぁ。
馬車馬の世話をしている十三歳位の男の子が一番若い。
あとは俺の対角線側に居る見張りの冒険者二人組がたぶん二十歳位か。
残りは三十代後半から五十代位。
観察してみると全員が何かしらの武器を身につけている。
一番しょぼいのでさっきの少年のナイフ。
ゴツイのでは、金太郎が担いでいるような斧(マサカリだったか?)を持ってるオッサンもいる。
もともと三十五歳の俺が、オッサンとこいつらを呼ぶのはどうなんだろう?
と一瞬思ったが、気にしないったら気にしない。
今の俺は十三歳。
やっぱりなんか危険があるんだろう。
魔物とかに襲われたらまずいので、ストレージからとりあえずバットを出して小脇に抱えてフードマントに包まることにする。
マチェットやサバイバルナイフもあるが抱えたら服が切れそうだ。
俺の武器が一番しょぼいんじゃないだろうか。
棍棒だもんな。
某有名ゲーム「竜探索」の最弱武器はたしか「ひのきの棒」だった。
俺が持っているのは「木製バット」。
ほぼ同じもんじゃねーか。
最弱防具は「布の服」だったか。
俺の今の格好は「布と皮の服」だ。
なんていう初期装備だ。
全然チート感がしないぞ。
とりあえず寝るまでの間、自分の能力の使い方をこっそり練習することにした。
といっても魔法なんか使ったら怪しまれるだろうから、それ以外でできることだな。
念じると自分のステータスが浮かび上がってくる。
[名前]ジン・サカキ・クルーズ・ブレイド 陸人族・男・十三歳・自由民・レベル1
[筋力]三十
[精神力]四十五
[器用度]三十八
[敏捷度]三十
[耐久力]三十
[抵抗値]五十五
[幸運度]十
[魅力値]五十
[LP(生命力)]二十/二十
[MP(魔力)]二十二/二十五
[HP(信仰力)]-/-
あっ、種火の魔法を使ったせいかMP少し減ってる。
2/3 スキル ポイント1P
「魔法」光魔法レベル3、闇魔法レベル3、時空魔法レベル2、風魔法レベル1、
ユニーク魔法(スキルコピーレベル1[未]、スキル強奪レベル1[未])、
補助魔法(ライト、リフレッシュ、種火、暖房、冷房)
「戦闘」投擲レベル2、弓レベル1、槌レベル2、格闘レベル1
「非戦闘」テイマーレベル1、騎乗レベル1、気配察知レベル3、
算術レベル4、詠唱レベル2(省略)、鑑定レベル3(魔眼)、
性技レベル1、魅了レベル1、
LP回復促進レベル2、MP回復促進レベル2
たしかレベル1で経験者、2で有段者、3で達人、4で第一人者、5で超人的だったな。
もう少し戦闘関係はレベルの底上げが必要だな。
ちょっと見づらいなと思うと、カスタマイズもできるようだったので、見やすく整理してみた。
魔法に意識を集中してみると詳細が画面に出てきた。
光魔法はレベル1で[初級回復]、レベル2で[エリア回復][解毒][治癒][???]、レベル3で[浄化][中級回復][状態異常解除][???]が使えるみたいだ。
[???]となっているのはなんだろう?
今見れるのが基本セットで使えるものって事なんだろうか。
[中級回復]である程度の欠損まで治せるらしい。
肩から先は無理だが肘より先はOKって感じか。
[回復]が怪我で、[治癒]が病気を治すものらしい。
「状態異常解除」は麻痺や石化なんかの解除だ。
闇魔法はレベル1で[静音]、レベル2が[???]になっている。
レベル3が[透明化][麻痺][色魔化]となっている。
男の子の夢の透明人間になれるのだ。
そして麻痺させて自由を奪い、色魔化で好き放題・・・犯罪者路線一直線だが妄想くらいは許してもらおう。
たぶんしない。
いやビビってできないだろうし。
[透明化]の魔法と[隠密]のスキルで、逃げ隠れするのが本当の使い方なんだろう。
ニンジャってやつか。
でもあのゲームには無かったなこの魔法。
準拠って言ってたから違いはあるんだろう。
ユニーク魔法の[スキルコピー]は、直接触った相手のスキルを自分でも使えるようになる魔法だ。
レベル1だと五日に一回使えて成功確率は十パーセント。
レベルが上がると確率があがるのか使用頻度が増えるのかは分からない。
[スキル強奪]はコピーではなく奪い取る魔法だ。
あんまり人には使えない気がする。
スキル持ちの魔物の敵にしか使えないかもしれない。
「???」は使えるようになるのに何か条件があるんだろうか。
3/3
「装備」バット(棍棒)、布皮の服、革の靴、皮の手袋
「状態」-
装備が貧弱だなぁ。どうにかしないと。
キャッチャーセットのレガースは鎧扱いになるかもしれないな。
胴当てにヘルメット、脛当てってとこか。
多少防御力はありそうだけど、悪目立ちしそうだな。
要検討だな。
持ってきてた武器になりそうなものをストレージから出しておくか。
今持っている武器になりそうなものの中では、バットが1メートル位で一番有効射程距離が長い。
だけど、折れたら薪にしかならない。
プロ野球では、一試合で一回くらいはバットが折れてた気がする。
不安だ。
薪割り用の鉈や斧は50センチ位、マチェットは70センチ位とリーチが少し短すぎるだろう。
超接近戦はまだこの世界に慣れていない俺にはものすごく怖く感じる。
でも鉈なら今のこの状況でも持ってても怪しくないという利点はあるな。
いくつか持ってきた中で一番でかいのを出しておこう。
敵がどんなナリなのかも分からないのだ。
1メートル位はリーチがほしい。
敵の武器が届かないところから攻撃したい。
弓や槍がほしいところだ。
特に弓はスキルあるんだから早めに手に入れるべきだろう。
投擲に使う投げナイフや手斧、手裏剣とかもあればいいな。
でも定番のゴブリンやコボルトとだって、今の手持ちの武器でいざ戦うことになったら、初見じゃビビるんじゃないかな。
多分。
距離が近すぎるだろう。
どっかの最寄の町で装備整えなきゃ危険だ。
手持ちの金で足りるのかな。
相場が全然わかんないし。
手持ちは二万七千二百ゴル。
生活費とかも考えたら多分使えるのは、せいぜい半分か三分の二位だろう。
二万ゴルは使えない。金が欲しい。
[魔眼]も試してみることにする。
スキルの習熟訓練になるし、どのくらいの所持スキル数が平均なのかとか知っておくべきことは多い。
野営地の真ん中辺りに居る人は、商人の人らしく売値増加や買値減少のスキル持ちの人が多い。
あとは料理に裁縫に算術とか。戦闘系のスキルは短剣や剣のレベル1が数人居るくらいだ。
近くにいる護衛の二人も魔眼で見てみた。近くにいるほうが
ウルバ 陸人族・男・35歳、レベル7
スキル 剣2、槍1、盾1
装備 ブロードソード、ラウンドシールド、革の胸当て、革の脛当て
冒険者E級
奥にいるほうが
ジャン 陸人族・男・33歳、レベル6
スキル 剣2、弓1、野営1
装備 グレートソード、弓、革の胸当て、革の脛当て
冒険者E級
どちらも魔法は持っていなかった。
その位であれば護衛の仕事にありつけるんだろう。
ってことは鎚がレベル2で魔法も使える俺は、まぁまぁいけてるほうなんじゃないだろうか。
向こうは三十代でレベル6と7。
俺は十三歳だし、伸びしろは十分あるだろう。
あとで装備品が幾ら位したのか聞いてみようか。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
眼が覚めると出ていた月の位置が大分動いていた。
辺りを見回してみると、一緒に居ることを許してくれたオッサンが、俺が目覚めたのに気づいたのか近づいてきた。
「お話し、よろしいでしょうか?」
俺が怪しくないかどうか確かめに来たのだろうか。
まあそうだろう。
こんな警戒が必要な場所に十三歳の子供が一人で来たのだ。
俺だって囮や何かが化けているんじゃないかと疑うだろう。
結構早めに寝てしまったはずなので、そんなに疑われてはいないと思うが、どうだろう。
魔眼を発動しつつ承諾する。
ロンド 陸人族・男・45歳 レベル4
スキル 算術2、売値増加2、買値減少1、交渉1
装備 布の服、短剣、革の胸当て
商人
らしい。
陸人族は俺もそうなのだがいわゆる人間にあたる種族のようだ。
ちなみにエルフは森人族、ドワーフは地人族、獣人はどの動物の獣人でも獣人族とも呼ぶらしい。
他にもいくつか種族があるが、この隊商には陸人族しかいないようだ。
いろいろ話してみて、どうやら大分疑いは解けたようだ。
貴重な情報も入手できた。
今この隊商の向かっている町はアロンといい、あと三日位かかるらしい。
三〇日ほどかけていくつかの村を回り、次のアロンが最後の訪問先らしい。
アロンの先にあるアロンより大分規模の大きなデスタの町が拠点で、そこで仕入れた商品を東の村々で売り歩いく。
村々では日持ちする野菜や手工芸品を仕入れ、アロンやデスタの街で売ることを繰り返しているらしい。
アロンやデスタは比較的大き目の町ということで色々なギルドの出張所もあるらしい。
ギルド。あぁファンタジー世界だ。
やっぱり冒険者ギルドや商人ギルド、魔術師ギルドなんかがあるんだろう。
このあたりは、ガルグモンド大陸の東の端に位置するイスタール王国の中でも東端で、アロンが東端の町でそれより東は小さな村がいくつかあって、海になるらしい。
装備を整えなきゃいけないから村に行くのは後回しだな。
比較的大きな町だったら武器屋とか防具屋、宿屋もあるだろうし、とりあえずの目的地はそこだな。
「アロンまでご一緒させてもらうことはできませんでしょうか。」
駄目元で聞いてみる。
「大丈夫ですよ。ただ雑用とかお願いすることになると思いますけど。」
妥当な条件だろう。ギブアンドテイクは基本だ。
「はい。よろしくお願いします。」
野営の安全はある程度確保できただろう。
しかし完全に安全なのかどうかいまいち分からない。
聞いてみるか。
「そういえば護衛の方がいるとか、厳重な感じがしますけど、この辺りって危険なんですか。」
自分が居る場所が危険かどうか分からない現地人っているんだろうか?
怪しまれないかな。
「普段はそんなに危険なところじゃないんですよ。
行きにアロンで聞いた話なんですけどね。
森からゴブリンが街道沿いまで出てくることが増えてるみたいなんですよ。
それで護衛を倍に増やしました。
ゴブリンは大体十匹前後で群れますんで、護衛が四人ではチョッと心もとなくて。」
どうやら普段は二人一組の専属護衛が二組で回しているみたいだ。
確かに一晩中警戒するのに、護衛四人じゃ交代を考えると二人しか起きてないことになる。
十匹に攻めてこられたら対応は難しいかもしれない。
ゴブリンがどんだけ強いか知らないけどさ。
近くのおっさん二人組みと隣が専属だということだ。
ってことは対角線の若い二人組みは臨時雇いか。
報酬なんかの相場を調べるなら若い二人組がいいかな。
さっき魔眼で見たら二人とも剣と盾がレベル1のFランク冒険者らしいし、護衛の中では一番レベルが低い。
なんとなく話の流れで油断さえしていなければ、最低ランク冒険者一人とゴブリン一匹が一対一で戦えば、冒険者の方が九十九パーセント勝つらしいってことが分かった。
でも夜の視界不良と不意打ちを考えれば護衛を増やすのは妥当な判断だろう。
冒険者と探索者もほとんど同じだが違うものらしい。
ダンジョンに潜るのがメインだと探索者。
地上で活動するのがメインだと冒険者というくくりらしい。
ギルドも違うらしい。一緒で良くないかそれ。
と思ったがいろいろあって別物なのだとか。
商人ギルドと冒険者ギルドは同時に所属できるが、探索者ギルドと冒険者ギルドの両方に所属はできないらしい。
競合相手ってことなんだろうか。
「俺も夜の警戒しましょうか。こう見えても鎚を少しと光魔法を少し使えますんで。」
恩を売っておけば、今後なにか問題があったときに力になってくれるかもしれない。
「光魔法が使えるんですか。若いのにすごいですね。」
どうやら光魔法使いは数が少なく貴重らしい。
おっさんの目がうれしげに輝いていた。
「といっても若造ですからね。あまり期待されても困るんですけど。」
ハードルが上がっていたので、なるべく低くしとかないと期待を裏切っては恩を売れない。
「初級回復が使えるだけですごいことですよ。
何かあったときにはお願いしますね。」
護衛が居ても襲撃にあえば皆が無傷で済むことはほとんど無いらしい。
さすがに勝ち目がなければ襲ってこないだけの知恵があるのか本能なのか、人数が少ないほど襲われる可能性は高いらしい。
なのでいくつかの商会が一緒に隊商を組むのだとか。
いずれにしても町から遠く離れたところで回復手段があるってことは、たしかに心強いことだろう。
こうして俺は仕事にありつくことになった。
報酬は基本給が一日五百ゴル、治療一回につき五百ゴル。
安いのか高いのかは、明朝にでも護衛の若手二人組に聞いてみることにしよう。
朝になり太陽が昇ってくると次々と隊商の人が起きだしてくる。
大体みんなが起きたところで、ロンドさんが俺のことを皆に紹介した。
おおむね好意的に受け止められたようで良かった。
怪しい訪問者が心強い回復役になったんだから、信頼さえできれば大歓迎だろう。
使えるところを見せたわけでもないのに、信用されるのも、なんとなく違和感を覚えるのは俺だけなんだろうか。
無邪気を装って若手二人組みに聞いてみたら、臨時雇いの彼らは、食事が別に支給されて一日千ゴルということだった。
なんでもある程度の大きさの町で普通の大人が肉体労働で働くと、日給八百ゴル位らしいので比較的割の良い仕事らしい。
襲撃なんかもこの辺ではほとんどないらしく、まぁまぁおいしい仕事とのことだ。
俺の日給五百ゴルに歩合給五百ゴルってどんなモンなんだろう。
何も無ければただついて歩いているだけで仕事もせずに普通の人の六割程の稼ぎになる。
ある種の掛け捨て保険と思えばそんなものかもしれない。
日本でのことを考えると警備員のバイトは確か時給千円の八時間労働だった。
日給八千円。手取りだともっと低いが。
これが一日の労働で得る八百ゴルに当たるとすれば、だいたい一ゴル十円ってことになる。
対人スキルには自信が無かったが、異世界の住人は純朴で、若い二人組とはすぐに仲良くなった。
先輩風を吹かすのはちょっとアレだったけど、気のいい田舎者のアンチャンって感じで嫌いじゃないタイプだったしね。
ヒョロっと背の高いほうがアベル、樽みたいな体格の方がカイン。
幼馴染の十八歳とのことだ。
冒険者の心得やらギルドのこと、依頼内容や報酬、武具の相場までいろんなことを教えてくれた。
冒険者ギルドは世界のどこにでもあるということ、逆に探索者ギルドは近くにダンジョンがあるところにしかないということらしい。
パーティは九人まで組めるが大体は六人位までで組むパーティが多いらしい。
多すぎると手取りが減る。
少なすぎると依頼を達成するのが難しくなる。
戦力の過多、過少か。
実際にカインとアベルのパーティに入れてもらったり、逆に入れてみたりした。
念じるだけでできるようだ。
誰かとパーティを組んでいると他のパーティには入れないらしい。
パーティを組むと何が違うのか聞いてみたら、メンバーの居る方向がなんとなく分かったり、攻撃力なんかにプラス補正がつくっていう話もあるということだ。
魔法については使える知り合いが居ないらしくほとんど情報はなかったけど。
魔法使いは珍しいんだと。
やったね、ようやく少しチート感がでてきたよ。