第34話
三日目の昼に砂浜に掘られた穴は、ようやく幅奥行き深さ共に五メートルになった。
砂浜にしたのは、単純に掘りやすいから。
草原とかでも良かったんだけど、地下に石や岩があるととたんに掘りづらくなる。
砂浜であれば、周りが崩れてくる難点はあるが、所詮は砂だ。
四隅に柱を立てて、板を廻らす。
穴が垂直の壁を持っていないと、そこから多腕熊が登ってきてしまうかもしれないので、壁の周りには砂を埋め戻す。
穴の底に沢山杭を打って、鉈で上部を尖らせる。
ベトコンなんかはこれに毒や人糞を塗りつけて殺傷率を上げたらしいが、素材として持ち帰るつもりなのでやめておく。
穴の上には人の体重には耐えられるくらいの板を何枚か渡しておく。
人はここを渡って逃げれても多腕熊の重量には耐え切れ無い。
穴の一辺に木の柱を二本立て、ここに[転移]のゲートが開くようにしておく。
ここから熊が穴にダイブするのだ。
よし、いよいよ本番だ。
翌日の早朝から俺達は川の脇を上流に向けて歩いていた。
今日ばかりは薬草も、ウサギもスルーだ。
さほど時間も掛からず俺の気配察知に大きな反応がある。
人里からもそんなに離れていない。危ないところだった。
「作戦開始だ。」
隠密を発動する。
風魔法の[そよ風]で自分達の臭いを後ろに流す。
闇魔法の[静音]で音を消す。
[遠視]で姿が見えた。
攻撃の届く距離まで近づく。
「いいな、全員弓で顔を狙う。
左側のヤツだ。
二射したら武器を変える。
イルは今日は水魔法を使っていい。
ただ二発までな。」
イルには普段水魔法を使うことを禁止していた。
なぜ獣人が魔法を使えるんだ?
と目立つことを避けるためだ。
数を制限したのはMP量の都合だ。
使い切って倒れられては困る。
「いくぞ。」
ヒュンヒュンと矢が飛んでいく。
俺とイルの矢は狙ったとおり左側の多腕熊の頭部に当たる。
スキルのないサミーとヒルダの矢は、偶然右側の多腕熊の背中に当たる。
当たっただけ大したものだが、ちょっと作戦とは違うな。
作戦通りの二射では目を潰せなかった。
怒り狂った二頭の多腕熊はこちらへ突進してくる。
あとは、魔法だけがたよりだ。
意外と俺は忙しい。
風魔法で攻撃しながら、タイミングを図って時空魔法の[転移]を発動しなければいけない。
それまでには左側のヤツの目を潰さないと厄介だ。
イルの水魔法[水槍]と俺の風魔法[カマイタチ]が目を潰すことに成功する。
突っ込んでくるのは右側のヤツだけだ。
「いくぞ。三、二、一、[転移]」
転移門が現れると、ほとんど同時に多腕熊が突っ込んでくる。
左右に分かれて飛ぶ。
みんな回避スキルを持っているだけにうまくいった。
多腕熊はゲートの向こうに消えた。
「こっちは任せた。俺はあっちを片付けてくる。」
消えた多腕熊を追って転移門を抜ける。
もし落とし穴が失敗していたら、村に被害が出る。
確実にしとめておかないといけない。
落とし穴の底で杭に貫かれたまま多腕熊は暴れていた。
脅威の生命力だ。
闇魔法の[麻痺]で動けなくしてから、短槍を頭部に投げつけて息の根を止める。
こちらに時間をかけてはおけない。
向こうは目を潰してるとはいえ、魔法の援護が無いのだ。
頭に響くレベルアップ音を無視して転移門を再度抜ける。
ザンッ。
ヒルダの斧が多腕熊の頭部を一撃で切り落とす瞬間だった。
怖ぇよ。
一撃とか。
熊の首を斧で一撃で切り落とすエルフ。
「良い子にしないと山から灰色エルフが来るよ。」
とか、子供を脅かすのに使えそうな話しだ。
お願いだからうっすらと笑いながら斧の刃を舐めたりしないでね。
夢に出てきてうなされちゃうから。
「さ、作戦は成功だな。」
声が震えた俺を誰も責めることはできないだろう。
「「ヒルダ。怖い娘。」」
イルとサミーも引いていた。
聞いてみるとみんなレベルが一つ上がったらしい。