第19話
二人を送り出すと神コールしてみる。
「こっちにゆがんだ日本の服飾文化があったんだけど身に覚えない?」
「かっこいいものは流行らせた。」
「わかった。」
言うだけ無駄だった。
「いちおう伝えておく。グッジョブ。」
電話では伝わらないサムズアップをしてしまう。
「有り金のほとんどをはたいて、奴隷三人買ったんだけどさ」
「なんやとっ?異界人は豪快なドスケベェやな!」
「うれしそうだな・・・」
「そんなことはない。
ウチの世界の子が毒牙にかかって、どないしてやろうって、メッチャテンション上がってるだけや。」
「テンションは張るものだ。それになぜドスケベになる?」
「そっちの世界ではそう使われてるやん。
全部女やろ?
ギルティ。
超級者の称号をやろう。」
女神様に有罪断定されちゃったよ。
地獄行きだこりゃ。
死ねないなあ。
そして結婚じゃないから超級者じゃない。
することはするつもりである。
「誤訳が一般化した悪い例だ。それより。」
超級者うんぬんは無視だ無視。
「なんや?」
「レベルが上がるとポイントをもらえるのは、俺だけか?」
一応要望を伝えるために確認は必要だろう。
「そうや?」
「俺と俺の奴隷か、俺のパーティってことにならんかな?
俺が割り振りたい。」
戦力の底上げをしたい。
俺だけ突出してはいつまでも俺がみんなを守り続けることになる。
それも悪くないが、依存されるより対等に近い関係でいたい。
「うーん。自分よりかは少ないポイントやったら考えんでもない。」
「確か俺のはレベル数プラス九ポイント位だったよな?」
「そうや。数えとったんか。せっこいなあ。」
せこくはない。ゲーマーなら普通のことだ。
「生死がかかってる。本気にもなるさ。」
「セイシガカカッテル。」
「字面を変えるな。発禁になったらどうする。」
一度このクサレ女神には正座をさせて懇々と説教してやりたい。
頭が腐ってるから何かのプレイだと勘違いして悶えるかもしれんが。
「ごめんして。そや、豪快なオモロー行動へのボーナスや。レベル数だけでどうや?」
「今レベル3だとしたら?」
「二回上がっとるからレベル2で二、足すレベル3で三。合計でで五やな。」
「もう一声。」
もう一押しできるかな。
条件闘争は労働者の権利だ。
ベア要求だ。
「また何かオモローなことがあったら、ボーナスで上乗せを考えんでもない。
あとポイントを使えるのは本人達やなくて自分な。
パーティ設定って機能つけたるさかい。」
ベアじゃなくてボーナスにするなんて。
経営者か。
神だしな。
世界を経営してるっていっても過言じゃないか。
シ○アースか。
でも望んだものはかなえられた。
おまけが無かった程度だ。
「十分だ。ありがとう。」
「いやいや、素直な感謝の言葉が聞けてうれしいで。
モアモア。」
「あと、幸運度が一しか上がらないのはなぜだ?」
「幸せは願うもんやなくて、自分自身でつかむもんやからや。」
きれいな言葉でごまかすな。やはりいずれ説教せねばなるまい。
硬く心に誓った。
なぜだろう。オタクめがね。
いや、オタク女神にだけ口調が無礼になってる気がする。
◆◆◆
「ただいま戻りま、失礼しました。」
二人は深くお辞儀をして、開けたばかりのドアを閉めた。
またまた誤解ですね。
もういいんですよ。
あきらめましたから。
少女に抱きつかれながら俺は菩薩もかくやという悟りの笑顔を浮かべた。
そのほんの少し前。
「んっ。」
ベッドに横たわった少女が声を漏らす。
目が覚めたのだろうか。
伸びをしながらベッドの上で上体を起こす。
不思議なものでも見るような視線を、少し離れたところで椅子に座る俺に向け小首をかしげる。
メッチャかわいい。
保護欲をくすぐると言うか、ぎゅっとしたくなる。
左右で色の違う瞳は、金銀妖眼というのだったか。
痛みのないことには気が付いたのだろう。
両手を毛布から出して不思議そうに見つめる。
裏表ひっくり返したり、こぶしを握ったり開いたり。
無かったはずの左手だ。
いきなり左右で色の違う眼から涙があふれ出す。
両手で顔や耳を触る。
少女が失っていた部位だ。
「見える。」
少女がつぶやく。
「耳がある。手がある。全部ある。」
失ったはずのものがあることが信じられないとでもいうように、何度も何度も顔や耳を触り、手を握ったり開いたりしている。
「大丈夫?」
なるべく刺激しないように静かに声をかける。
「いたく、痛くない。」
「うん。もう大丈夫だよ。安心して。」
痛かったらすぐに[回復]かけてあげるからね。
「わたし、あのまま死ぬんだと。」
涙声だ。
「もう大丈夫。絶対に死なせたりしないから」
「ご主人様~。」
少女は泣きじゃくりながら抱きついてきた。
「ご主人様。ご主人様。」
何度も何度も俺のことであろう「ご主人様」と言いながら、俺の腹の辺りに両腕を回してきつく抱きしめてくる。
買われたことは理解したんだろう。
ご主人様と呼ぶってことはそういうことだ。
買った主人が身体を治したことも理解したのであろう。
俺が少女の両肩に置いた手を離し、少女の頭を両腕でするりと抱きしめ、
「大丈夫、怖くない。大丈夫。」
抱きしめ、頭を撫でている最中に地獄の門、ではなく部屋のドアが開いた。
泣きじゃくる少女を抱きしめて「大丈夫、怖くない」という男。
状況証拠では真っ黒な有罪。
というか犯罪に着手した瞬間を目撃した。
という話しである。
「ただいま戻りま・・・失礼しました。」
美人さんが二人、後ずさりドアを閉めた。
俺は悪くない。
という心の底からのつぶやきは口までは昇ってこなかった。
顔には全てをあきらめた微笑みしか浮かんでこない。
なぜこうなった?
「幸運度一二。ププププッ」
どこかで呪いの女神の声が聞こえていた。
「といことにしておくことはりょうかいいたしました。」
感情のまったくこもっていない平坦な言葉が、イリエラから発せられる。
「しておく」じゃなくて「そう」なんだけど、一度失った信頼は取り戻すのに苦労するものだ。
失った理由はすべて「誤解」という俺にはどうしようもないもののせいなのだが、それこそ本当にどうしようもないのだ。
懇切丁寧に説明はした。
だが、状況証拠が硬すぎる。
思考を縛ることは難しい。
サミュエルは、大嫌いな夜の台所の帝王虫を見るような目で俺を見ている。
冷え切った空気が真昼の部屋を支配する。
「グゥ」
かわいい音が、緊張感を粉砕する。
「ご飯にしようか。」
救いの女神(灰色エルフ少女)の顔は真っ赤であるが、あなたのおかげで救われた人がここにいますから。
胸を張ってください。
薄いけど、それも需要有りますから。
俺は大好きですから。
しかし、美女二人組みは何を考えているんだろう。
部屋のテーブルの上を大量の飲食物が占拠している。
四人がけのテーブルである。
それが占拠されているのである。
圧倒的な物量作戦。第二次大戦の某合衆国ばりの物量戦だ。
ワインの入った皮袋三つ。これはまだいい。
一リットル程入りそうな皮袋だが、飲み物は必要だろう。
フランス辺りでは昼飯にワインは当たり前。水代わりだ。
量はちょっとアレだが。
黒っぽい硬いパン四斤。この辺からおかしい。四人で四斤って何?
あぁ夜の分も買ってきてくれたのか。気が利くじゃないか。
サラダ、大皿二皿。
木製の皿だけど皿ごと買ってきたのだろうか。
直径五十センチの皿なんてよくあったな。
これは夜用ではないだろう。
しなびてしまう。
女子は野菜好き。
うん。ギリギリ理解できる範囲だ。
鶏の手羽元を少し大きくしたような肉を焼いたもの。
小さめのギャートルズ肉って言ったほうが分かるかな。
それが四皿。
うん、怪我人は肉食べて血を増やさないとね。
一人一皿。いいじゃないか。
皿のサイズが五十センチじゃなければ。
串焼きの魚十匹。
いいよ別に。魚好きっているもんね。
たださ、サイズを考えようよ。
鮭のサイズの串焼きってなんだよ。
俺が非常識なのか?
俺が暮らした一年(三十五年でも)で鮭の串焼きって見たことないぞ。
スープ一鍋。
ポトフだろうか。
ジャガイモや人参みたいな野菜が見える。
うっすら脂の膜が張っているところから、肉も何か入っているんだろう。
うまそうだ。
湯気もまだ立っている。
だが、鍋って言ってもこれは寸胴だ。
ラーメン屋によくあるやつだ。
俺達は大食いチャンピオンじゃないだろう?
夜分まで買ってきたと考えてもおかしいだろう。
全部で俺の体重ぐらいあるんじゃないか。
パイ一皿。
デザートまで忘れない辺り女子だ。
つれなくても、冷たくても、ご主人様を油甲虫を見るような目で見てても、女子は女子だった。
別腹があるという謎の生物「女子」
あんだけ食い物があるのに直径五十センチの皿にパイ。
この世界の皿は五十センチのものしかないのだろうか。
とっておいて野営時に使おう。
一皿だけ。
というか、この生活を続けていたら、この美少女どもは、即効で「元」という悲しい形容詞をつけて呼ばなくてはいけなくなるだろう。
大食いチャンピオンじゃなかったのは俺だけでした。
某公国に忍び込んで、初戦でやられた三代目の怪盗が補給したときのように、テーブル上の食べ物が消えてゆく。
あっという間に、というか、俺は最初のギャートルズ肉(小)をまだ手に持っているのに、物量作戦は終戦となった。
某合衆国側の敗戦である。
物量が足りなかったのだ。
そういえば、肉食獣の獣人さん達でしたね。
ワインはさすがに皆俺が日本から持ちこんだステンレスのマグに注いで飲んでいたが、俺は一杯も飲みきっていない。
なのに無くなった。
見てたら灰色エルフの幼娘が八割飲んでた。
これだけでも俺の理解の範疇を超えていて、
「ちなみに食い物だけで幾らした?」
確認せずにはいられなかった。
「はい。頂いたお金が一万七千八百九十ゴル。
追加のコスチュームが一万ゴル。
靴が三人分で六百ゴル。
下着が一人五着で千五百ゴル。
残りの五千三百九十ゴルで食料を調達してまいりました。
ちょっと多めという申し付けには、お金が足りませんで申し訳ありません。」
「・・・・」
突っ込みどころは満載だ。
衣服をコスチュームというところは置いておこう。
その通りだ。
靴が三人分で六百ゴル。約六千円。
一人二千円の安物。
下着が多分一着千円。
上下セットなのか片方だけなのかは分からない。
いる人といらない人もいるだろう(暴言)。
でもたぶん安物だろう。
ここまでは、支持に従った。
プラス安物で済ませた。
いい話だ。
だが、残りの五千三百九十ゴル全てを一回の食費に突っ込むって、どんだけだよ?
五万四千円相当・・・
それで多目には買えなかったと。
ちょろまかしていないだろうことは圧倒的物量を見れば分かる。
俺の普段の生活では、一食五十ゴルから七十ゴル位だった。
一食百倍。ひゃくばい。ヒャクバイ。
生活していけないかもしれない。
この娘達、別嬪さんなのに売れ残ってたのは、これが原因なのかもしれない。
もしくは、そのせいで借金ができて奴隷に堕ちたとかだ。
皮袋三つ、木の大皿六枚、寸胴一つ、膨満感。コスチューム美女三人。残念そうな未来。
今日の収穫は以上だ。
たぶん。これ以上はもういろいろ無理かも。