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第2話「リベリオン」part-B

 シオンとレイアは、この基地で最も巨大な施設である格納庫に向かって、夜道を駆けていた。

 その途中でふと、レイアの方がシオンに話しかけた。


「驚いたか? 奴が司令官であることに」

「そりゃあ、まあ……」


 彼自身あまり信じられていなかった。それもまた、「司令官はあまり表に出てこない」という彼の勝手な固定観念が邪魔しているせいだった。

 それに「30代か40代の威厳のある男性」とも思っていた彼は、未だに驚愕している。シオンは見た所、自分とそう歳が違っているようには見えなかった。


「プレイスにはあまり年をくった人間がいないからな。そうでなくとも、ここでは年齢より実力が求められている。奴にはそれだけの素質があるということだ」

「ふうん……」


 彼はそう言われても、あまり実感がない。何せここに来て彼に会い、話し、まだ1時間と少ししか経っていないのだから。

 そのように話していると、レイアがふと足を出す速さを遅め、立ち止まった。シオンもそれに倣う。

 何が、と疑問に思うまでもない。僅かな照明に照らされたそれは、倉庫――いや、巨大な城と言っても差し支えないサイズの建物だった。


「ここが格納庫だ。これから来ることが多くなるだろうから、覚えておけよ」


 その大きさに見合った門は飾りなのか、端の方に等身大の扉が開いていた。レイアが再び動き出し「着いて来い」と言うので、シオンはそれについて行き、中に入る。

 そこには、無数の人とエイグ、そして作業用機械で埋め尽くされた空間が広がっていた。


「迷うなよ」

「あ、ああ」


 怒号にも似た指示が飛び交う中、二人は格納庫の奥の方へと向かう。

 その途中で、シオンは左右に並ぶ多種多様なエイグを見上げていた。足がキャタピラになっているモノや、肩に二門の砲台が付いたモノもあった。


「……エイグって確かパイロットの動きをトレースしてる感じだよな。ああいうキャノン砲とかどうやって撃ってるんだ?」

「今、それを聞くか。ゆっくりじっくり話してやりたいところだが、戦闘が先だ。生きて帰れたら聞かせてやる」

「まあ、いいけど。それより今更なんだけど、俺みたいな素人が早速出てもいいのか?」


 一応シオンも、自分が実戦で戦える方ではないとは思っている。と言うより経験が無いのだから、遠慮するのは当然だ。


「本当に今更だな。だが見ての通り、修理中で出られない機体の方が多い。それに向こうの軍隊と違って、こちらはあまり実戦経験も、実力もないからな。なるべく少数精鋭で出た方が良い、というのもある」

「なるほど、ね。俺も一応は精鋭と」

「そんなわけがないだろう。即戦力として使えそうだから、一刻も早く育成しておきたいんだ。……安心しろ、死なせはせん」

「死ぬ気もない」


 などと緊張感のない会話を交わしていると、レイアが止まり、指を差した。シオンがそれに目線を合わせると、見覚えのあるエイグが2機並んでいた。

 シオンの乗る赤白の機体と、レイアの乗る赤紫の機体だ。


「手短に戦闘準備の説明を行う。まず声を出しながら機体の姿を頭に浮かべ、それを装着するイメージだ」

「え? ええと……ふっ!」


 息を短く吐いて、シオンは赤白のエイグの姿を思い浮かべる。

 すると彼の肌から、吐き出されるかのようにそれと同じ外見の鎧が現れ、彼を包んだ。隣にいるレイアも同じだ。


「エイグから説明を聞いたと思うが、それがAGアーマーだ。エイグとの会話が可能になり、等身大の性能を備えている。外すときは同様にすればいい。乗る時はコクピット付近まで飛び、開くように念じろ。あとはAIが勝手にやってくれる」

「わ、わかった」


 言われた通り、シオンはここに来る時と同じように念じて推進器を噴かして空中を舞う。レイアは慣れたように、一足先にコクピットの中へ入っている。

 同じようにコクピット付近に来たシオンは、妹を模したAIに念じ、語りかける。


(リア、開けてくれ)

≪分かった。ちょっと離れてて≫

「ああ」


 その通りに少し後ろにずれると、胸の装甲を獣の口のように動かし、コアへとシオンを招いた。

 彼は迷わず中に入り、自然と装甲は閉じ、コアの中を暗闇が閉ざす。


≪全機能オールグリーン。リンク開始≫


 その一言がまるで母親の子守歌であるかのように、シオンを一瞬だけ深い眠りに誘う。しかしすぐに覚醒し目を開けると、それは等身大のシオンの視界ではなくなっていた。

 指示を交わす人間たちは豆粒のように小さくなり、逆に周囲にいるエイグ達の方が人間に見える。しかしエイグは人間ではない――では今の自分は? ふと、シオンの中にそんな疑問が生まれた。

 今の自分はエイグと一体化した自分。自分はエイグ、エイグは自分――ではエイグも人間ではないのか?

 シオンの意識が底知れぬ沼に入りかけた時、レイアから声がかかった。


「自分について深く考えるな。エイグの思う壺だ」

「あ……す、すまない」

「もうじき出撃扉が解放する。上を見てみろ」

「……上?」


 言われて見てみると、エイグが入るだけでも十分だと言うのに、それよりも高い場所にある天井が徐々に半分に割れ動き、星空が隙間から覗き込んでいた。


「出撃って……そこからなのか?」

「この狭い格納庫から走って出られるわけがないだろう。地下にカタパルトを建設する予定もあったが、時間が無いせいでな」

「これで我慢、か……お、止まったぞ」


 離している間にも天井は動き、やがて天井は皆の視界から消えた。


「行くぞ、ついて来い。遅れるなよ」

「……了解!」


 シオンはレイアが巨大な推進器を噴かせて夜空に向けて飛んだのを見、それを追うように彼も推進器を噴かせ、緑色の炎を出した。


「通信関係はAIの方で勝手にやってくれる。今からそちらに予測戦域のデータを送るぞ」

≪――Chiffonシフォンからデータ受信。ウイルスの危険性は無し。開ける?≫

(頼む)


 妹のAIにデータの表示を命ずると、シオンは自分の頭の中で何かがはじけるような感覚の後、『理解』した。

 脳内に広がる地図。その一部を塗り潰す薄赤い円――ここが戦域ということらしい。


「『分かった』な? AIにマークさせておけ、そこへ向かう」

(……だ、そうだ)

≪もうやったよ。これでシオ兄は迷わずそこに行ける≫

(そりゃどうも。にしても便利だな、コレ)

≪送られたデータは脳と言える私が解析して取り込んで、一体化してるシオ兄にも知識として頭の中に入るの≫

(よく分からんが、なんとなく)

≪まあ、それくらいでいいよ≫


 苦笑するように言う妹。彼は本当に、自分の中に妹がいるような感覚に陥りそうになる。

 既に、死んだというのに。


                 ◆


 星の光が降り注ぐ雲の上を、5機のエイグがそれに照らされながら飛行していた。全身を緑に塗ったその機体は、紛れもなく連合軍のモノであることを示している。

 その全てが脇から肩にかけられたベルトのようなもので戦闘機用の推進器を2基固定し、音速に近い速度で千葉県のとある学校へ直進している。


「隊長、少しよろしいでしょうか」

「なんだ?」


 後方で飛行する若い兵士の男が、先頭で飛ぶ隊長の男に声をかけた。


「本作戦は破壊されたと思しき我が軍のエイグ――『ツォイク』の回収が主とのことですが、たかが数機のツォイクの回収の為に我々が出向く必要はあるのでしょうか?」


 隊長の男は少しの間を置いてから、答えた。


「上の命令だ、従うほかない」

「………」

「ただ、俺も疑問には思っている」


 今まで彼らは仲間の死など殆ど顧みたことはなかった。酷く言えば、エイグは消耗品で、その搭乗者もまた消耗品だと思う者も少なくないからだ。

 だが、それは同時に自分も消耗品であるということにもなるが――彼らはそんな考察に時間を割くほど暇ではない。


「だが今は与えられた任務の遂行が先だ。味方機残骸を回収した後、速やかに撤退。敵機と交戦した場合も同様だ。いいな」

「「了解」」


 部下の統一された返事を聞き、隊長の男は満足そうに、なのに悲しそうな笑みで頷いた。

 その時だった。


「た、隊長ッ! レーダーに『ヴェルク』の――」「う、ああぁッ!?」


 不意に、兵士の一人が悲鳴を上げ、推進器から黒煙を出しながら雲の下へと墜ちた。

 任務遂行の邪魔をする者が、現れたのだ。


                 ◆


 ドロップ・スターズや戦闘の被害に遭った廃墟街の中で、シオンは地上にふらふらと近付いてゆくシルエットに目を丸くしていた。


「な……ホントに落ちてきやがった!?」

「私の銃と弾丸は特別でな。条件が揃えば精密狙撃も可能だ。今は月明かりしかないから、先頭の機体を狙うことはできなかったが、十分だろう」


 硝煙が僅かに出るライフルをシオンに見せびらかすように、レイアはそれを顔の近くに寄せた。


「……と言うか、向こうに気付かれなかったのは何故だ? 向こうも同じくらい見えてるんじゃないのか? レーダーとかで」

「そうか、お前は『まだ』だったな。安心しろ、説明はちゃんとしてやる」

「? まあ、そう言うなら……」


 疑問符を頭に浮かべた後、「そういえば」と、思い出すように今が戦闘中であることを再認識し、気を引き締め直した。


「これから残りが対地攻撃をすると予測される。注意しろ」

「了解。そういえばあの子……アヴィナ、だっけ? まだ来ないのか」

重装型アームドは出撃に少々時間を要するからな。奴の出撃が無駄になるくらいの意気込みでいいぞ」

「それはそれで……俺に武器が無いぞ」

「私のライフルを貸してやる。真っ直ぐ飛ぶから、素人でも少しは扱いやすいと思うが」


 レイアに二丁目のライフルを手渡され、シオンは初めての感覚に早く慣れるよう、試しに構えてみる。


「ぎこちないがサマにはなっているな。さあ動くぞ。上からの攻撃に注意しながら反撃しろ。左右に散開だ」

「了解。あの、弾とかは……」

「予備カートリッジも付けてあるから、12発ほど撃てるはずだ。無駄撃ちも気にするな。あと、この距離になればレーダーに敵の反応が見えるはずだ――見えるか?」

(見えるか?)

≪うん。空に4機≫

「ああ、見える。OKだ」

「なら、行くぞ。3,2,1――散開!」

「ッ!」


 シオンはカチャリ、と小さく音を鳴らしてライフルを構え直し、右に跳んだレイアと逆に左に跳ぶ。

 するとレイアの予測通り、空から爆弾らしきものが落とされ、連続した爆風が瓦礫を吹き飛ばし、シオンに降りかかる――しかし、やはり触れることなく消える。


≪軌道が変わった。2機がこっちに来る!≫

「だったら!」


 シオンは月明かりに照らされた2機のエイグのシルエットを視界に捉え、ライフルを向ける。


(当てられるか……!?)

≪当てると思わないで。当てようとすれば、当たる≫

「よく分からんが……ッ!!」


 シオンは深く考えず、ただ引き金を引く。それと同時に強い衝撃が彼の身体を襲い、長細い銃弾を高速で射出した。


「ぐぁあぁっ!」


 それから間もなく、遠くから発せられた苦痛の悲鳴、そして耳をつんざく爆発音が、シオンの耳に届いた。2度目とて、慣れるモノでもない。

 だが手を止めてはいられない。シオンは自分に言い聞かせ、次の標的にライフルを向ける――しかし、警戒した敵機は推進器を噴かせ、シオンの視界から消えた。


(速い!?)

≪直線的な移動用の推進器なのに、調節が巧くできてる……並の相手じゃない!≫

「隊長機ってヤツか! 訓練にゃ丁度いい!」


 シオンはライフルを下ろし、敵機と動きを合わせ、徐々に距離を詰める。


(威嚇射撃……だっけか!? 右にずれてくれよ!)


 曖昧な記憶と共に、狙いをつけずに引き金を引く。何にも当たることは無かった様子から、直撃ではないと判断する。

 だが脳内のレーダーで動く敵機の赤い点は、弾丸を避けるべく、シオンの予測通りの動きを見せた。

 それが止まりきらないうちに、シオンはそちらにライフルを向け、迷わず引き金を引いた。


「ッ、く!」


 だが聞こえてきたのは呻き声のみ。爆発はしなかった。つまり、致命傷ではなかったということだ。

 シオンは舌打ちし、次の弾を撃とうとする。しかし、妹の警告がそれを止めた。


≪急速接近! 避けて、シオ兄!≫

「そんな、急に……ッ!!」


 唐突な警告で体勢を崩しながら推進器を噴かせ、シオンは体当たりを狙う敵機を回避する。どちらも瓦礫の山に機体を衝突させるも、先に立ち上がったのはシオンだった。


「……隊長機にしては、落ち着きがないな」


 ぽつりと文句を言うように呟き、シオンは無防備に立ち上がろうとする敵機に向け、静かに弾丸を見舞う。

 どこに当たったのかは知れないが、爆発はしなかった。もう一発、と思ったシオンだが、よく見ると敵機はもう、動いてなどいなかった。


「……はあ」


 溜息を吐き、シオンは銃を降ろして肩の力を抜く。


(人の死に方も、爆発だけじゃないか)


 呼吸もなく静かになったエイグを見、シオンは不思議な気持ちに駆られる。罪悪感も悲愴感もない。

 これが人殺しに慣れることなのだろうかと、心の中で疑問に思った。


「……まあ、今はいいか」

「シオン、無事か?」


 一人で考え事をしているところに、レイアが空から降りてくる。そして周囲を見、「大丈夫そうだな」と安心したように言った。


「荒っぽい育成ですまんな」

「構わないさ。それに、これで俺はしっかりと連合の敵になったからな」

「自慢することでもないだろう」

「大事な事なんだよ」


 レイア以外の誰かに言うようにして、シオンは月を見上げた。

 夜空には、綺麗な天の川が流れていた。

 シオンの門出を――初めての自覚ある反逆行為リベリオンを、祝うかのように。呪うかのように。

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