第22話「その為に」part-A
焼け爛れた荒野。
その一角に、周囲に溶け込むような恰好をしたシオンがいた。
血は出ていないが、肌が各所で火傷になっており、服も辛うじて形を保っている程度だった。
――目がぎこちなく開く。
擦り傷の瘡蓋ができていたため、シオンは少し瞼が擦れるような感覚を覚えた。
「……こ、こ、は?」
一文字ずつ言葉を発して、靄だらけの視界に何が映っているのかを、誰かに問う。
しかし、返事は無い。
代わりに、風の吹く音だけが聞こえてくる。
「ああ……」
死んだのかな。
そんな考えが脳に浮かび、それならば無理に起きる必要もないだろう――諦めにも似た感情が生まれ、再び彼は目を閉じた。
『――――!!』
『―――――!』
「――――」
「――――――」
が、どうも様子がおかしい。
死後の世界にしては、騒がしすぎるのだ。
そういうモノだとすれば、不愉快極まりない。
「なん……だ……?」
遠くから聞こえる声のようなモノに眉を顰め、シオンはまた目を開ける。
まだ靄がかかってはいたが――その視界でも、大雑把な色の違いくらいは認識できた。
大きな紫色。青色。
同時に肌を伝う地響きで、彼の意識は一気にクリアになった。
覚えがある。
生身で感じるのは久しいが――これは。
「エイ……グ……誰だ……?」
『シオンっっ!!!』
彼の問いに答えるように、聞き慣れた声が鼓膜どころか体を揺らす。
凛とした女性の声――レイアだ。
シオンを捜索していた、レイアとシエラによって救出された彼は、医務室に運ばれるなり、レイア、シエラ、アーキスタにベッドを囲まれてしまった。
質問攻めにしてやる、と言うよりかは、もう逃がさない――そんな感情が、皆の瞳からひしひしと伝わってきていた。
「……は、はは」
鋭い視線に何も言えず、シオンは苦笑した。
しかし誰も同調したりはせず、彼の笑みはやがてため息に変わった。
「この状況で勝手な真似は慎まなくてはならない、それくらいわかるだろう?」
戦闘時のような緊迫感で、レイアが迫ってくる。
「お、お姉ちゃん。そんなに脅してもしょうがないよ。シオン君困ってるじゃない」
「……ちっ」
舌を打つ姉の肩を掴んで、シエラが無理やりシオンから引き離す。
引きつった笑みで彼女に感謝しつつ、何から話せばよいか、思考の整理がまだついてはいなかった。
「シャウティアが格納庫から消えていた。聞かないわけにはいかないんだよ」
レイアよりは少し物腰を柔らかくして、アーキスタが言う。
結局のところ、言葉の意味は同じだ。
「……信じられるかどうかは別として」
散々唸った後に、シオンがようやく口を開けた。
皆の視線が更に強まる。
「ドロップ・スターズ、およびエイグを作った存在――神、みたいなモノを潰してきた」
皆の眉根が寄る。
神などと言われて、怪訝に思わない方が変だ。
「……夢見てたんじゃ、ないんだよな?」
確認するように、アーキスタが言う。
シオンはもちろん、首を横に振った。
「シャウティアもそいつとの戦いで失った。俺は元より、あのシャウティアで戦争を終わらせる為の存在だったらしい」
「英雄となることを運命づけられていた、というわけか……」
「……まあ、その辺りは追々話を聞く。それでつまり、どういうことなんだ?」
シオンは頭を抑えるアーキスタを見て、また苦笑する。
「もうドロップ・スターズも、新しい戦争も起こらない……そういうことだ、多分」
「なんか、実感ないなぁ」
「私もシエラに同じく、だな。だが、現に英雄サマがボロボロになって帰ってきたんだ。信じてやるのがその仲間のすべきことだろう」
「まあ、いいだろう。これで復興に集中できる……そうだな?」
アーキスタに、シオンは力強く頷く。
自分も、その手助けをしたいと思っている。
「わかった。……動けるか?」
「ん、まあ……無理しなきゃ」
「ならミュウのご機嫌取りにでも行くんだな。包丁投げられても知らねえぞ」
軽口を言うアーキスタに、ベッドから降りたシオンが彼の横を過る際、小さな声でこう言った。
「お前らもはっきりさせろよ」
背を向けていたため、アーキスタがどんな顔をしていたのかは定かではない。
だがおそらく、思考が停止していたに違いない。
「何か言われたか?」などとレイアが言うのに笑いを堪えつつ、シオンは早々に部屋を出た。
ざまあみろ――軽くなった足取りは、まっすぐミュウの部屋に彼を運んだ。
「ミュウ」
優しい声音で名前を呼び、扉をノックする。
返事は無い。
シオンは溜息をついて、扉を開け放った。
「ただいま」
ベッドを見ると、丸まった布団がすぐ目に映った。
その中にミュウがいることは、すぐに分かった。
「うるさい、くたばれ」
さすがに随分な言葉だ、と思った。
しかし、大切な人・モノが傍から消えるということは、それだけ心に影響を与えるということは、シオンはよくわかっている。
シオンは痛む腕で布団を捲り上げ、蹲るミュウを視認する。
その目は赤く腫れていた。
「ごめん」
「……何を、してたの」
「……信じてもらえるか怪しいな」
「いいから言いなさい」
キッと睨まれ、シオンはばつが悪そうに頭を掻いた。
「神……みたいなのを潰した。ドロップ・スターズを起こしたのも、エイグを作ったのもそいつだった」
「一人で行かなくてはならなかったの?」
「それは……違うってのは分かるよ。でも、俺は」
「理由なんかどうだっていい! 私に何も言わずに、勝手に危険な場所に飛び込まないで!」
両肩を掴み、ミュウは飛び込むような体勢でシオンを押し倒す。
シオンは全身に広がる痛みよりも、彼女の悲痛な表情に対する胸の痛みの方が強く感じられた。
「……もう、しない」
「本当ね? 約束しなさい! もう、絶対に……!」
シオンの腹部にまたがり、彼の胸の上で拳をつくる。
その拳で殴られたら、きっと自分はすぐに死んでしまうだろう――そんな冗談めいたことを考えて、シオンは上体を起こし、ミュウを抱き締めた。
「もうシャウティアもいない。俺は戦わないよ」
「……約束よ……」
「ああ。俺のすることは終わったんだ」
涙ぐむ声に腕の力を強くし、ミュウを安堵させようと試みる。
「一緒に歩こう。今度はお前に合わせる」
「……うん」
消えそうだが嬉しげな返事に、シオンが安堵する。
もう、失う必要は無い。
いや――元より、失う必要性はどこにもないはずだ。
善意や悪意という概念が、存在していなければ。
「火星?」
まだ医務室にいるであろう3人と合流すべく、シオンとミュウは廊下を歩いていた。
そこでシオンは、彼女に火星調査の話を持ちかけたのだ。
「ああ。月の開発も手伝いたいところだけど……まだあそこには何かがある」
「……いいけど、英雄サマでも言えるワガママには限界があるわよ。早くても十数年後になるかしら」
「戦艦型は?」
「アニキを個人的な理由で連れ出すことはできないわ。もし国家の大計画にでもなれば話は別だろうけど……これからもっと忙しくなるのよ? デスクワーカーの皆様は」
「でも、火星の調査ってかなりすごい事なんじゃ……」
「月の開発が先よ。同時進行で火星の方に回せる人間や設備はそう用意できないわ」
「……まあ、いいか」
窓の外に視線を移し、シオンは微笑した。
「あら、随分と潔いのね?」
「本当に個人的な目的だからな。付き合ってくれるか、ミュウ」
「誰に向けて言ってるか、わかってないでしょ」
得意げな表情を見せるミュウに同調し、シオンも同じ表情で応える。
「ゆっくり、進んでいこう」
「ええ、ずっとね」
二人は手を握り合い、廊下を歩き続けた。
鈍感ゆえに気付かなかったシオンは、知りようもない。
自分を愛してくれた人は、ミュウだけではないことを。
しかし、言葉にする人間が誰もいないのなら、彼は一生知り得ない。
数人にしか見えない十字架を背負い、彼は生き続ける。
第三次大戦の英雄としてではなく、かつてそうだっただけの人間として。




