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第21話「真実」part-A

 ねえ、シアス。

「わたし」、ちょっとだけ悔いてることがあるなあ。


 なんだい?


 もっと、生きたかった。

 さすがにこんな歳じゃ、未練タラタラでさ。


 ……やっと、普通の少女らしい思考をしてくれたね。


 ひどいなあ。「わたし」はずっと少女だよん。


 ごめんごめん。……さあ、行こうか。


 うん。



                  ◆



 宇宙を駆ける薄緑の光は、真っ直ぐ火星を目指して直進していた。

 疲労がそのままである彼は、時折気絶し無重力に身を任せて漂うこともあった。

 しかしほぼ理性を失っていた彼は、それすらも忘れてただひたすらに推進器を噴かし続ける。

 殺意。ただそれだけを心に蓄えて。

 久しく忘れていたような感覚――そう、家族が死んだと分かった時のあの感覚だ。


 ――神が憎い。


 しかし、神とは何か?

 この世界――地球における神とは、おそらく人知を超えた能力を持ったヒュレプレイヤーだろう。

 神話に登場する、存在の真否もわからない天使や悪魔などとは違う。目の前にいる存在なのだから、今や人間はそれしか信じていない。

 幻想上の神など信じていなかったのだ。

 ゆえに、シオンの思考は異常だったのだ。彼自身にとっても、彼以外にとっても。

 多少の例外はあるだろうが、「普通」という曖昧な概念に当てはめれば、異常であることに相違ない。

 理不尽を神という実体のない存在に押し付けることで、「仕方がない」と思う。

 シオンの場合、殺す、という結論に至った。

 不可能だと理解している一方、その殺意は常に思考のどこかにあった。


 しかし今、彼はその理解を覆し、神を確かに認識し、その殺意を解消しようとしていた。

 火星で遭遇した、謎の存在――ia。

【彼女】以外に、手が届く限界の存在は無い。

 つまり、【彼女】が神だと、彼はそう思っているのだ。


『……来たな』


 黒い星に辿り着いた彼は、すぐに黒い炎――【彼女】を、赤く染まった瞳で認めた。


『一体化が進んでいるな。人間になるのもそう遠くはあるまい』

「殺す……」


 言葉を忘れてしまったかのように、シオンは呟く。


『ただ、やはり違ったか。心がこれでは、救世主となるには不完全だ』

「殺す……!」


 iaの言葉など無視して、シオンはバスタードを構えて飛び込んだ。

 しかしその刃は炎を透過し、手応えなど一切なかった。


『誰の差し金か知らんが、何にせよその感情は取り除く必要があるな』

「殺す、殺す、殺すゥゥ!!!」


 狂ったようにバスタードを振り回すが、iaが苦悶の声を漏らすことは無い。


『私は死なない。死ぬモノか。このセカイを救うまで』

「うらァァァッ!!」


 怒りの一撃。結果は見えていたが――違う未来が訪れた。

 炎を守るように、何かが刀身を受け止めた。


「ッ、シャウティア――!?」


 驚愕で少し正気を取り戻したシオンが、その存在の名前を言う。


『一度貴様の前に姿を現したことがあったが、気絶をしていたのではしょうがないな』


 iaは染み込むように、漆黒のシャウティアの中に入る。

 同時に赤い炎がそれを包み、戦闘態勢になったことを示した。


『シャウティア・残響だ。貴様のシャウティア・絶響を造る過程で生まれた残存パーツを利用した』

「だったら、どうしたァッ!!」

『貴様にハンデを与えただけだ。私は存在を得た』

「舐めやがってッッ!!」


 感情に任せた一撃は、僅かな動作で容易く避けられる。

 シオンは舌を打ち、次の攻撃を食らわせようとして――眼前にiaの顔があることに気付く。

 一瞬だけ驚いて、しかしすぐにバスタードを振るも避けられる。


『時流速操作が無ければそんなモノか。くだらん』


 隙だらけの体勢を狙ってバスタードを展開し、銃撃を浴びせるが――その全てが装甲に届かなかった。

 iaが乗るのもまたシャウティア。だとすれば、シオンの乗るそれと同じ機能があったとて不思議ではない。

 シオンは歯噛みして、自棄になってバスタードを投げ飛ばす。

 しかしiaはそれを片手で受け止め、霧散させた。


『シオン・スレイド。貴様にエイグの真実を教えてやろう』

「うゥゥあァァァ!!」


 ジェットバンカーを突き出す彼を拳の一撃で黙らせて、首元を掴み上げる。


「な、に、を……!!」

『意識が無事な間に見せてやる。エイグの全てを、そのシャウティア……絶響の正体を』


 iaの手から、赤い炎が溢れ出し――二人を包む。

 それはその中だけで『加速』を始め、二人はこの(・・)火星から消えた。


                 ◆


 火星。

 地球の発展をある程度終えた人類が、月と共に次なる住処として挙げられていた星の名前。

 地球と類似している部分がある、という事実は人々を沸かせ、希望を持たせた。

 そして今、人は初めて開発という意図を以て火星に降り立った。

 最初から人間がこの環境に適応できるはずがない。

 では、火星に適応した機械ならどうだろうか。

 火星の環境でも無事な装備を作ることは人間でもできたのだから、それは可能なはずである。

 だからそれによって、地球に似せた環境を作ればいい――という結論に至ったのだ。

 そして現在、その計画は進行中である。

 10年分の電力を蓄えたバッテリーを備えた工場が、ゆっくりと地面に固定される。

 その工場では、例の機械が生み出される。

 理論上は火星の環境に最も適しており、なおかつ高性能なAIにより、人間と相違ない判断が下せる。

 要は、擬似的な火星人なのだ。

 しかし――それを見たシオンは、見覚えのあるモノにしか見えなかった。

 なぜなら、それは。


「……エイグ、じゃないか……!」

『その通りだ。だが、今私達の乗るタイプとは違い、完全な無人機。そもそも人間とは何か――それを問う必要があるな。分かるか、シオン・スレイド』

「……わかるかよ」


 驚愕のあまり、戦意はほとんど湧いてこない。今の情景を見せているのがiaだとすれば、そのiaを殺して何が起きるかは分かったモノではない。

 それくらいの理性は、彼の中で回復していた。


『貴様らがシャウトエネルギーと呼ぶモノを生み出せる唯一の存在だ』

「心、って言いたいのか……?」

『そうとも言えるな。ともかく、シャウトエネルギーを生み出せるのは人間だけであるから、思考を真似したとて人間になどなれない』

「……だから、なんだよ」

『有人のエイグは、人間だ』


 意味が分からない。

 シオンだけでなく、大方の人間がそう思うはずだ。


BeAGバグシステムがあるだろう。あれによって人間はエイグと一体化を果たし――エイグの臓器と言える部分から、シャウトエネルギーが発生していることとなる。とは言えど、自我が無ければまともに動かんがな』

「……なるほどな」

『もっとも、今あそこにいる人間達はそれを知らぬから、ああして巨大な機械人形を人として駆り出しているのだろう。都合よくプログラムしてな』

「やっぱり、お前がドロップ・スターズを起こしたのか!」

『焦らずとも、すぐに来る』

「来るって、何が……――!」


 iaに視線を合わせると、火星で作業を行っていたエイグ似の機械とその工場が突如、黒い炎に包まれた。

 シオンには見覚えがあるどころか、先程それに向けて殺意を向けていた。


『器を探していた私の目に留まった。人間として作りたかったのであれば、人間にしてやろうと思ってな』

「お前……!」


 怒りが湧き上がってくるが、iaの口調から察するに、善意でやっているのだろう――そう思うと、シオンはやるせない気持ちになった。


『平行世界、過去と未来、様々な場所から得た知識でヒトモドキを改造し、エイグが完成した。あとは貴様らが実体化と呼ぶ現象で複製すればいいだけの話だった』


 絵本をめくったように場面が急転し、火星の一角を埋め尽くすエイグが視界に飛び込んだ。


『あとは高度な知性を持つ地球の人間に与え、私の為に戦ってもらおうと思ったのだが――買いかぶりすぎていた。まさか欲に負けて潰し合いを始めるとはな』

「……世界大戦か……」

『あれだけばらまけば貴様の手にも渡ると考えていたが、そうはいかなかった。仕方なく、成長することも視野に入れて絶響を与えた』

「馬鹿な! ドロップ・スターズで何人死んだと思ってる!?」

『では、大気圏外から落としてほしかったか? あの数だ、確実に地球は滅ぶぞ』

「どこにでも出せるなら、地上に直接出せばよかっただろう!」

『正確な座標までは指定できない。空中から試算して落とすしかなかった。それに出せたとして、似たような被害も出る』

「なら、俺の所にだけ出せば……!」

『それで貴様はすぐに乗るのか? 得体の知れないモノだぞ。だから私は地球の代表者に話をしたのだ。私と同種の人間が現れた時、エイグに乗せて生き残らせろと』

「地球の、代表者……? まさか……!」


 シオンの脳内で、一人の男の顔が蘇る。

 イアルを殺そうとした、ファイド――国連事務総長。


『そう、奴だ。だが奴は私を無視し、己の利益の為にエイグを利用した。それが貴様の言う世界大戦だろう。もっとも奴に救世主の名前まで教えることは無かったから、勘違いで済んでよかったが』

「……もっと、賢いやり方があっただろう!」

『手違いも生じた。完全に失敗したのだ。それに貴様も救世主ではなかった』

「その、救世主ってのはなんだ!?」

『私の名を持つ、覚醒者だ。……貴様に喋っていてもしょうがないだろう』

「あれだけ人を殺しておいて、何を!」

『大事の前の小事。貴様らもよく口にするだろう。貴様が救世主かどうかを確認するのは、救世主であるないに関わらず大事だ。そしてその為に命が失われることなど、小事以外の何でもない』

「お前……!」


 またページがめくれ、先程までいたエイグはなくなる。

 そこは、現在の火星だった。


『全ての命が失われることと、たったいくつかの命が失われるだけで他の命がすべて救われる――どちらが重要か、考えるまでもないだろう』

「うるさい!! ……やっぱり、お前は!」

『その力は私が与えたモノだ。人間が理性を限界まで保ちながら、最も意志の力が強まる戦闘時ならば最もシャウトエネルギーが効率的に発生する。時流速操作もそれで可能になっている』

「おま――グッ!?」


 殴りかかろうとして、腕の力が不自然に抜けた。


≪落ち着いて。今はこの人の話を聞こう≫

『いい子だ。……絶響に加えたロックは全て私が仕掛けたモノだ。貴様が膨大で、かつ濃密なシャウトエネルギーを発することで解除される。最初のロックは死を拒絶する強い意志』


 七夕の夜、シオンが叫ぶことでシャウティアが現れた。

 あの時の事を言っているのだ。


『その時に生じたシャウトエネルギーを抽出し、時流速操作によってあの場に出現した』

「……なんだよ、その、時流速って」

『シャウトシステムがエネルギー操作機能だというのは分かっているだろう。そもそもシャウトエネルギーには、目に見えぬ流れ……時の流れが存在する。その速度が時流速だ。空間は過去に向けて進んでいるが、存在はそれに対して抵抗し進むことで未来へと進んでいる』

「それで、瞬間移動じみたことができるってか」

『その気になれば先程のように未来や過去に行ける。もっとも人間とAIだけでは自分が生じたエネルギーの操作しかできず、自分しか操作できんようだがな』

「……それが第2のロックかよ」

『そういうことだ』


『ブリュード』襲撃時、その援護に間に合わせようと願ったシオンに与えられた、正体不明の機能の正体ということだ。


『最後はシュライ・デス・ヘルゼンス。万が一貴様が動かなくなった時の為に、AIに備えておいた自衛機能だ。シャウトエネルギーは発生できないが、人間よりも高度な頭脳を持っているから無駄などない動きができたはずだ』

「……大体は理解した。あの戦争におけるバランスブレイカーにはちょうどいいってわけか」

『素人の貴様でも扱えたはずだ。だが、救世主ではなかったようだが』

「さっきからなんなんだ。救世主は誰なんだ」

『それが知れれば苦労しない。何せ、探せば貴様に似た存在は腐るほどいたのだから』

「……じゃあ、やっぱり無駄な事してるんじゃ!」

『何も決して無駄ではない。私は次の救世主を探すだけだ』

「命は消えりゃどうでもいいのか!」

『似ているが違うな。救世主以外はどうでもいい』

「てめえ……ッ!!」

『粗方話は終わった。好きなだけ相手をしてやろう』


 シオンはバスタードを再度実体化させ、iaは手刀に赤いシャウトエネルギーを纏わせる。



「『――シャウト!!』」



 二つの叫びがこだますると、史上類を見ない戦闘が幕を開けた。

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