第19話「代償」part-B
その日の午後、エイグの搭乗者全員へ格納庫に召集がかかった。
理由を予測していた彼らは、良くも悪くも予想が的中した。
復興作業の中断を行い、地球外からの攻撃に備える――実に突飛であったが、現に地球外からの帰還で一人を失った部隊が身近にいるのだから、信じない理由は無かった。
『――諸君らの命をまた賭けてもらうことになる。だが、無理にとは言わない。今度は世界を救うのではなく、世界を守るために、力を貸してはもらえないだろうか』
懇願するようなズィークの口調は、皆の心にも語りかけてくる。
静かであれど、力強い。
彼に喋らせれば、大抵の事はうまくいく。
アーキスタの発案で行われたこの集合だが――その彼は、格納庫の隅で搭乗者たちを騙しているようで気分を悪くしていた。
彼らからの歓声が聞こえると、余計に。
(だが、こうしなければ地球は――いや)
おそらく、迎撃したところで何も変わらないだろう。
シオンの言っていたiaという存在を元凶と考えるのなら。
(結局、ただの時間稼ぎか……)
またシオンに頼ることになるのか。
一体彼はどういう存在なのか。
ただの少年ではなかったのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
(今は一人でも多く、生き残らせなくてはならない……)
誰の目にもつかないようにその場を離れ、彼は理由もなく散歩を始めた。
今だけは、現実を見たくない。
どうせすぐに、見ている夢など終わりを告げる。
だったら今くらい、目を逸らしてもいいじゃないか――。
「許しては、くれないか」
誰かに問いかけたわけではない。
ただ、答えが欲しかったのだろう。
起こったことのない事象が起きた時にこそ、人間の本性が現れる。
――だとすれば、俺はただの臆病な人間か。
ふと立ち止まって、アーキスタは自嘲の息を吐く。
(人間とは、脆い)
だからこそ、誰かで補強する必要がある。
一人で立つことができる人間がいたとすれば、それは――人間ではないだろう。
◆
ズィークの演説じみたモノが終わると、各々がざわめきを構成しながら格納庫を出たり、愛機の下に行ったりしていた。
悩んだ時にAIの意見を聞く、ということも少なくはない。
思考を始めとする搭乗者の内情は、AIには筒抜けである。であるから、本当は自分が何を望んでいるのかも分かるということだ。
少しばかり自分に自信がない人間が、こうした手法をよく取る。決して悪い事ではないから、誰も罰しはしないのだが。
その中で、アヴィナもまたシアスとの会話をしていた。
だが、内容は自分の意志を確かめる為ではない。
(新装備の調子はどーお、シアス?)
≪問題ないよ。ただ、前よりは少しばかり重くなったかもしれない≫
(あー、そうかもねー)
AGアーマーを装備した彼女は軽く跳ねたり体を捻ったりして、感覚を確かめる。
武装を失った彼女は、地球に帰ってから新たな装備を得た。
ほとんどが日本支部で作った武装であったため、ここでは全く同じ武装が用意できなかったのだ。
かと言って、劣化したわけではない。むしろ前よりも強力だろう。
両手には一発の威力より連射性と弾速を重視したガトリングガン、両肩には一基50発の小型ミサイルが内蔵された四角いランチャー。そして両足にはロケットアンカーを内蔵した小型コンテナ――と、前に比べて全体的な攻撃力は大差ないが、多少の小回りが利くようになっている。
予備の武装として折り畳み式の狙撃銃も腰に装備しており、前よりも彼女に合った機体になったといえる。
(まぁでも、肩の辺り鍛えとくよ。このランチャーだと肩が凝りそうだもん)
≪設置が少し工夫されてるし、ある程度は大丈夫だろうけどね。ああ、足も少し改修されて本格的に地上用になってる。下手に浮かないようにね≫
(はぁい。……でさ。シアスは自分の生まれたトコとか、知りたい?)
アヴィナはシアスに、急な問いを投げる。
記憶喪失である彼女は、AIのモデルとなった人物に覚えがないのだ。
ずっと彼と戦ってきたが、その優しげな壮年の男声や温厚な性格は記憶にない。
≪また、唐突だね。……そうだね、君よりかはその意思は薄いよ≫
(やっぱりわかっちゃーう? 機械には適わないなぁ)
やっはっはと笑い声をあげながら、アヴィナは彼との会話を続ける。
(でもまあ、どうでもよくもあるなぁ。分かんなくたって、ボクは生きてるし)
≪極論ではあるけど、全くその通りだよ。真実が何にせよ、それは過去の出来事に違いない≫
(うん。……そういえば、シアス。ボクの記憶を見ることはできないの?)
≪できるにはできる。……けど、損傷が激しい≫
(そっかぁ)
≪……見ないのかい?≫
(無理に弄って脳ミソ爆発してもやだもんねぇ。原因がまったくわかんないからって理不尽だーって泣くんじゃなくて、理由を考えるべきだと僕は思うよん?)
平生通りの笑顔を愛機に向けて、アヴィナは言う。
ポジティブシンキングの彼女らしい発言と言えば、その通りだ。
≪……ほんとに、君の年齢を疑いたくなるね≫
(えー、やだなぁ。ボクはまだピッチピチの13歳だよっ)
≪神の考えることは、本当に分からない。時にこんな人間を生み出してしまう≫
(運命とかほんとにどうでもいいよぉ? ボクらはカミサマをはっきり見たわけじゃないんだから、ほんとに見るまでは自分の意志ってのを信じてればいいと思うよん)
≪機械にそう言える君は、なかなかのタマだね≫
(褒めても出るのはミサイルだよぉ)
パカパカと外界との隔たりになっているランチャーの蓋を開け、アヴィナは笑う。愛機でなければ脅しにしか見えない言動だ。
「アヴィナ?」
そこへ、聞き慣れた少年の声が届く。
その方を振り向けば、見えるのはシオン。
「どったの、シーくん?」
「いや、偶然見かけたから。……邪魔だったか?」
「んにゃ、駄弁ってただけだからいいよん」
指をパチンと鳴らして、アヴィナはAGアーマーを消す。
それを見たシオンの眉が僅かに動いたのを、彼女は見逃さなかった。
恐らく申し訳のなさを微弱ながらも感じているのだろう。
「アヴィナは、変わらずだな」
「シー姉といっしょだよ。よくわかんない。だからめんどくさいし、深くは考えないの」
彼女の本音に、シオンが苦笑する――アヴィナらしい、とでも思っているのだろう。
「シーくんは?」
「……まあ、なんとかって感じだよ。ミュウがいなけりゃ、今頃暴れてたか引き籠ってただろうな」
「やーん、おっとしごろぉ。あの人が残された人にうだうだ悩んでほしいだなんて思ってないと思うけどねえ?」
「わかってるさ。……自分の責任とか、そういうことだよ」
「そんなこと気にしたって自分は復活しないよぉ。ひたすらに無を受け入れるのが死ぬってモンよっ!」
びしっ、と人差し指を向けて、アヴィナは声を大きくする。
するとシオンは目を見開いて――それから、何か吹っ切れたような笑顔を見せた。
「んま、生まれてまだぜーんぜん経ってないお子様の言う事だし、気にしなくてコケコッコーだよん」
「いや……死ぬタイミングなんて誰にもわからない。何歳の人間が言っても、言葉の価値は変わらない」
「やだなぁシーくんもぉ。褒めても出るのはミサイルだぞぉ」
指で銃を作って彼に向けると、苦笑を返される。
それを見て、アヴィナは笑う――それでいいのだ。
幼い子供に付き合ってくれるだけで嬉しい。
というより、希望通りに笑顔を見せてくれると、こちらも嬉しくなる。
「子供だからこそ、かな」
「んふふ~、聞こえてるぞぉ」
「いや、別にそんなつもりは……」
「いーのさ、ボクは勝手に言ってるだけだから。それをどう受け取るかは個人の勝手、ってことで」
親指を立てて、アヴィナは彼の手を取った。
急で驚いたのか、声を出して表情を変えるシオン。
「な、なんだよ?」
「シーくん。無装備型エイグがどうして手ぶらなのか、わかる?」
「えっ……それは、自分で武器を作れるからじゃないのか……?」
シオンの答えに、アヴィナは苦笑を返す。
先程の仕返し、というわけではない。
やっぱりシオンには、分からなかったか。
残念に思うのと同時に、安心する心もあった。
「……うん、そだよ。ところでさ、ミュウとはどうなのどうなの? もう一線越えちゃったぁ?」
話題を彼の意識が変えやすいモノにし、彼女は無装備型の話をはぐらかしたまま切り上げた。
シオンはまだ追求したそうな顔をしていたが、その話題が出ると顔を赤らめてアヴィナの手を振り払い、顔を隠した。
「ばっ、馬鹿、あいつはまだ13歳で……」
「恋に年齢なんて関係ないよぉ。あぁでも、アンナコトコンナコトしちゃうのは倫理的なアレがアレするかもねぇ」
「し、してないッ!」
「必死なところがまた怪しいねぇ。子供とかはもうちょっと落ち着いてからにしよーねー?」
無邪気な笑みを浮かべて、アヴィナはその場を足早に去った。
――これ、隊長さんや司令さんにも言わないとなのかな?
めんどくさがった彼女は、人間の可能性とやらに丸投げすることにした。
だってボク、カミサマじゃないもん。
◆
「まったくあいつは……」
走り去る少女の背中を見送って、シオンは呆れの言葉とは裏腹に安堵するような息を吐いた。
記憶喪失に悩んでいる節は見当たらない。
もしかしなくても、ミュウよりも悟っているのではないだろうか?
(人間は崖に立った時こそ、劇的な成長が望める――在り来りな言葉だと思ってたけど、戦闘で命を賭けて戦えば、ああもなるか……)
何故か納得しながら、シオンはシアスを見上げた。
(お前は全部知ってるんだろ?)
どこか責めるような視線で、彼に語りかける。
しかし搭乗者でもないシオンには、彼の声は届かない。
「シオン!」
しばらく彼を見上げていたシオンの耳に、今となっては関係が変わってしまった少女――ミュウの声が届く。
駆け寄る彼女は息を切らして、僅かながらに焦っているのだとわかった。
「どうしたんだ?」
「どうした、じゃないわよ……解散したって聞いて部屋に行ってもいないから、心配してきたんじゃない……」
「……お前に断りが無いといけないのか?」
「当たり前でしょ! 何のためにくっついてると思ってるのよ!」
「ちょ、声が大きい……!」
昂ぶっているのか、ミュウは怒鳴るようにシオンに言う。
それを宥めるシオンだが、彼女が落ち着く様子はない。
「わ、悪かったよ! シャウティアと少し話をしに来ただけで、別にお前を置いて行こうとか、別に何かやましいことがあったとかじゃ」
「……分かってるわよ、そんなこと。そうじゃなくて、あなたが勝手に出てったりとかしてないか、それが心配なのよ」
「……さすがに落ち着いてきてるさ。さっきアヴィナとも話した」
「アヴィナはなんて?」
「めんどくさいから深くは考えないって。あいつらしいっちゃそうなんだが」
「そうね。……ごめんなさい、少し取り乱したわ。話をするんでしょう?」
深呼吸して、ミュウは乱れた白衣を脱いだ。
セーターを着ていたから、熱が籠って余計に暑いのだろう。
「ん、ああ。……持っておくよ、それ」
「いいわよ、これくらい。それよりその会話、私も混ぜてもらっていいかしら?」
「構わないが……大したことは話さないぞ?」
「あなたにとって大したことなくても、私には何か有益かもしれないでしょ?」
「まあ、任せるよ。俺があいつの言葉を言うから」
二人は笑顔を見せあい、互いの手を握る。
それからすぐ近くにいるシオンの愛機の下へ、歩み寄る。
シオンは愛機と目を合わせて、意志を伝える。
――来い。
鎧を纏ったシオンは、気づきはしない。
既に驚異は、近付いているのだと。
iaの指令に従ったモノが、目に見えぬ流れに沿って『そこ』に現れようとしているのだと。




