第18話「ひとりめ」part-B
火星を出たiaは、少し離れた場所でその戦闘の模様を見ていた。
【彼女】がひとたび手を振れば、望んだ場所に『魂』のないエイグが現れ、シオン達との戦闘へ参加する。
『魂』が無い事に気付かれたようだが、そんなことで【彼女】は怯みはしない。
策は一つではない。それにここで逃がしても、必ず彼は戻ってくる。
だから――
「……まずは、貴様か」
【彼女】には、欠点――人間にはそう見える――があった。
人間が命をどのように見ているのか。生と死をどのように考えているのか――それを、知らなかった。
ゆえに、彼女はそう遠くない未来にひどく困惑することとなる。
そんなことは知らないのだから、彼女は遠慮もなく襲い掛かる。
悪意など一切なく。
◆
相手が無人だと知ってから、彼らの攻撃の手は勢いを増した――だが、ここで有人であるが故の欠点が出始める。
疲労。シオンも苛まれた、とても単純な問題だ。
気兼ねなく攻撃ができるとは言え、体力は有限である。
もう何機撃墜しただろうか――そう考えるのも馬鹿馬鹿しい。
それに、シャウティアの情報が正しければ、彼は戦意が無くなれば戦えなくなる。
こんなところで戦えなくなるわけにはいかなかった。
『どっから湧いてきやがる……!』
ゼライドの焦る声が脳内に響くが、その相手をする暇は誰にもない。
陣形に穴を開けたと思って目を離せば、次の瞬間その方向から攻撃が飛んでくる。
そしてまだ起こってはいないが、皆が一番憂慮していることがある。
頭のどこかでそれを理解していても、戦闘に夢中になるあまり忘れてしまっているのだ。
『聞こえるか、みんな!』
そこへ、アーキスタの声が響いた。
もう随分と戦っている、戦闘の終了を誰にでもいい、伝えてほしかった。
『あと、少しだ! 横はいい、前方と後方の敵を一掃してくれ!』
「ッ……前は、俺がやる!!」
「シオン!?」
近くにいたレイアがシオンを呼び止めようとするが、彼は止まりはしない。
彼女は歯噛みし、残った戦士に命令する。
「後ろは私達で数を減らすぞ! 前は……シオンに任せろ!」
『おいおい、いいのかよ!?』
『……逆に、邪魔になるかも知れません。大人しく後方での迎撃を続けましょう』
『もしもの時はボクがなんとかするから、まあ安心しなよぉ』
各々が無理やりに納得して、背を向けたシオンを一瞥しまた戦闘を再開する。
一方でシオンは前方から迫り来る軍勢と対峙し、息を整えていた。
集中しろ。
一撃に賭けろ。
全てをつぎこめ。
シオンは両手を頭上に掲げ、大きく息を吸い込んだ。
「――――オォォバァァシャウトォォォォォォォォ!!!!」
紅蓮の絶叫が宇宙に響く。
同時に彼の掌から多量、などという言葉では足りないシャウトエネルギーが溢れ出す。
放たれた薄緑の炎は肥大化し、やがて戦艦と並ぶほどの長さを誇った。
することは、ただひとつ。
「吹っ飛べェェェ――――ッ!!!」
両腕を振りおろし、左から右へと薙ぐ。
絶大な威力と長さを誇るそれは、微振動を行うエネルギーの奔流としてエイグの大群に襲い掛かる。
言うまでもない――彼は、一瞬で前方に大穴を開けた。
それは好機以外の何物でもない。
隙を逃さぬアーキスタの指令が、脳内に響いた。
『突破する! 全機帰還しろ!』
「了か――っ!?」
命令に従おうと転進したイアルに、あるモノが襲い掛かる。
弾丸でもナイフでもない。
「まさか……!」
――特攻。
重装型である彼女は、いくら手練れであれど他に比べれば動きは鈍い。
狙われるのは、当然と言えた。
「イアルに触ってんじゃねえェェッ!!!」
体を熱で光らせ始めたエイグに対し、ゼライドは金属バットのような円柱を実体化させ、彼女に張り付くエイグを弾き飛ばした。
「く……今まではなんだったんだ!?」
レイアは歯噛みし、異常なスピードで迫るエイグを撃ち落とす。
――帰れるのか。
そんな諦めにも似た感情が生まれるも、そんなことでは本当に帰れない、と振り払うように引き金を引く。
「シオンは左右のエイグも頼めるか! 取りつかれては終わりだ! アヴィナは引き続き迎撃しろ!」
『言われなくても……!』
『さっきから撃ってるよぉ!』
二人の悲痛な声が、また彼女を焦らせる。
「ラル! 離脱はできそうか!」
『特攻されるんだろ、しなくちゃならない! 2桁まで減らせるかよ!?』
「ぐ……」
その無茶に応えるのが戦闘員の任務であるはずだが、レイアはそれに対してイエスと応えることはできなかった。
疲労と絶望、そして圧倒的な敵の数。それが彼女の心にヒビを入れようと衝撃を与えていた。
『無理だろ!? 戦艦が使えなくなったとしても構うか! 生きて帰ることだけを考えろ!』
「っ、く……!」
その通りだった。
どこまで追ってくるかは分からない。
地球まで来るのだとしても、今の戦力だけで迎撃するよりかはよほどましだ。
だから、今は。
◆
「しぶといな」
シャウティアの力が無ければ、ここまで粘り強くは無かっただろう。
しかし、エイグを暴走させて爆発させる――特攻であるならば、いつまでもその強さは発揮できないだろう。
それに元はと言えばシャウティアも【彼女】が作り送り込んだモノだ。
予想外の力を発揮したとて、全ては【彼女】が握っている。
「奴さえ死ななければ、構わない」
宇宙に走る薄緑の軌跡を睨み、【彼女】は休まず特攻を指令し続ける。
確実に一人仕留め、シオンの力を測るために。
◆
「しかし、逃げるとは言っても、これでは……!!」
『――誰かが、囮になるしかありませんね』
「っ!?」
イアルのふとした呟きに、レイアは驚くように反応した。
通信――おそらく、レイアにのみ向けられたモノだ。
(何を馬鹿な事を! お前にはゼライドがいるだろう!)
『でしたら、あなたにもライルフィード司令という方がいるでしょう。皆、同じなんです。誰かの為に死ねない。しかし誰かを守るために命を賭ける。重装型の私は、アヴィナさんのように他のセンスは無い。それに、さきほど義兄様に助けていただいたとは言え、ダメージは大きかった』
(帰ればいくらでも治せるだろう! 諦めるな!)
『……ありがとうございます。元は殺し合った仲だというのに』
言葉を響かせながら、イアルが上昇する。
そしてこちらに来いと言わんばかりに両手を開き、エイグを挑発する。
賭けではあっただろう。
しかし結果はすぐに出た。当たりだ――良くも、悪くも。
(やめろ!)
『敵の狙いは私のようですね……私がひきつけます。今の内に離脱を』
(馬鹿な真似はよせっ!!)
「何してやがる、イアルゥゥゥッ!!?」
通信をしていたレイアと、イアルの妙な行動に気付いたゼライド。
二人は同時に彼女の方に手を伸ばす。
しかし、推進器を噴かせてエイグを引き付ける囮となった彼女はどんどん離れてゆく。
「っ、シオン、シオンはっ!!」
届かないと早々に追跡を止めたレイアは、シオンの姿を探す。
しかし、どこにも彼は――彼が戦闘中である証の薄緑の光はどこにも無かった。
せわしなく眼球を動かしていると……いた。
「――!? シオン!!」
がっくりと力なく項垂れているシオンを見たとき、レイアは思考が掻き乱されるような感覚に陥った。
シオンの方に向かい、無事を確認して助けを請うか?
それとも彼を無視してイアルの救出へ向かうか?
ここで迷ってしまったのは致命的だった。
だが、現に彼女は動きを止めてしまった。
ゆえに。
『――どうか、貴方たちは帰るべき場所へ』
急に動きを止めたイアルに、無数のエイグがとりつく。
四方八方から飛来したそれはがっちりと固定し合い、やがて歪な球体を模る。
それは見方を変えれば、爆弾のようにも見え――。
「ッ、イアルを離せェェェェッッ!!!」
ゼライドの絶叫も虚しく。
宇宙空間に一際大きな光が現れる。
「っ!」
レイアが気付いた時にはもう遅く。
眩い光と強い衝撃が、周囲を包んだ。
◆
瞼を開ける――ひどく重い。
シオンの視線の先にあったのは、白い天井だった。
(俺……また、気を失って……)
僅かに痛む頭を上体と共に起こすと、部屋の雰囲気に見覚えがあること、体がやけに重い事に気付いた。
軽く跳ねても、体は浮かない。
(重力? じゃあ、もしかして……)
彼が訝しみながら部屋を出ると、壁の向こうから騒がしい声が響いてきた。
それは歓声などではなく、不安に満ちた低い声だった。
「なんだ……?」
多少の興味を持ちつつ玄関を目指そうとすると、何者かに肩を掴まれて進行を阻止された。
何事かと振り向くと、そこには神妙な面持ちのアーキスタがいた。
「アー、キスタ? どうした?」
「今出れば、パーティの時と似たような目に遭うぞ」
「……?」
シオンは彼の言葉の意味がよく理解できなかったため、人混みに揉まれる、ということで勝手に解釈した。
それよりも、彼には聞くべきことがあったのだと思い出す。
「っていうか、いつの間に俺達、地球に戻ってきたんだよ?」
「つい5時間ほど前だ」
「確か俺、途中で意識を失って……どうやってあそこを突破したんだ?」
「イアルが犠牲になった」
「……え?」
淡々と答えられていく中、重大な事実を、彼はさらっと口にした。
それに対するシオンは、思考が硬直し、ぴくりとも動かなかった。
イアルが犠牲になった。つまり、死んだ。
自分が意識を失っていたのは、戦闘中だったというのか。
そんな危険な状況下で、自分は眠っていたのか。
気付いた時には、彼の心の中で既に怒りの炎が灯っていた。
「俺の、せいだ」
「お前がいても同じだった。自分を責めるな」
「だけどッ!! シャウティアの力があれば!!」
激昂し、叫ぶシオン。
だがアーキスタは、怯えたり反論する為に眉を吊り上げたりするわけでもなく――言葉を詰まらせて、沈黙していた。
まるでそれは、凝固し始める直前の水のように冷たく。
シオンの心の炎を鎮めるには、十分な温度だった。
「……ごめん」
「……ミュウが、お前が起きたら来てほしいと言っていた。行ってやれ」
「ミュウが……――うん、分かった」
炎は消えたが、黒煙は心の中で燻っていた。
結局自分は、イアルを守れなかった。
約束は果たせなかった。
右目が一瞬だけ赤く染まったことを知らず、彼は力なくミュウのいる部屋へと歩き出した。
◆
「……ミュウ」
ノックもなく、シオンはミュウの部屋に入ってきた。
しかし彼女は怒鳴ったりなどせず、複雑な笑みで彼を迎えた。
「おはよう、シオン」
「……また、俺は」
おぼつかない足取りの彼の下に、ミュウの方からも歩み寄る。
「あなただけの責任じゃないわ。だから、そんなに自分を責めないで」
「責めずにいられるもんか……俺が動けていれば!」
涙を浮かべるシオンは、だんだんと力を失って膝から頽れる。
しかし小柄な体ながらもミュウが彼を受けとめ、彼を抱き締めた。
「その痛みも悲しみも、私が一緒に背負う。だから、無茶なことを考えないで」
シオンは答えない。
泣くのを堪えて、声が出せないのだろう。
「あなたが無茶をして、いちばん悲しむのは私なの。『誰よりも』、そう言える自信があるわ」
彼を抱く力を一層強くして、彼女は彼の耳元で思いを伝える。
「自惚れていると言ってくれても構わないわ――私の為に、生きて」
「………」
「私も、あなたの為に生きる」
「……どう、して」
胸の中で、シオンは小さく問いかけた。
ミュウは彼の声が聞けたこと、拒まれなかったことが嬉しくて、思わず微笑んだ。
「分からないなら、あなたはとっくに私を突き飛ばしでもしてるはずよ?」
「……俺でいいのか」
「ええ、だから、お願い」
――無茶をしないで。
小さな恋が実った幸せは、ただ同時に存在していた大きな脅威を少しだけ忘れさせただけだった。
ひとりめ。




