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第1話「アナタを呼ぶ声」part-B

 しばらく、沈黙した空気が彼らの周囲に流れた。目の前に現れたモノが、余りに衝撃的であり、予想外すぎたからだ。

 赤白の鬼人。シオンを守るように、翡翠のような瞳を光らせて緑を見据えている。異様な迫力を持ったそれが、ロボット達の行動を止めているのだ。それは衝撃のあまり、鞄を落としたシオンも例外ではなかった。


(紅いロボット……!? こいつらの仲間か? でも、どっちの……)


 どちらも動かないせいで、シオンはそこから考察が発展しなかった。今のうちに逃げるという手が無いわけではなかったが、今、彼は眼前のロボットに目を奪われていたのだ。

 しかし何も分からない以上、そこから何も変わらない。その場にいる者達は、赤白のロボットの次の動作を待っていた。

 もう数秒間を置いてから、『それ』は動いた。腰を下ろして膝立ちの体勢になり、首を動かし、翡翠のような目でシオンを見下ろした。当の彼はその迫力に負け、勝手に足が震え出す。


『………』

(こいつ……何を、する気だ?)


 物言わぬ無機質さが、彼により強い迫力を与えていた。

 すると赤白はゆっくりと動き、無防備にも緑に背を向け、シオンの方を向いた。


「な、なんだよッ!?」


 震えた声で、無言の赤白に問う。もちろんのこと、返答は得られない。

 その代わりに、赤白は右手を伸ばし、彼の前に差し出した。彼は思わず後ずさり、赤白の顔を見た。


「乗れ、ってことか……?」


 シオンの問いに、赤白の首はゆっくりと縦に振った。

 しかしだからと言って、シオンはすぐその手に乗るようなことはしなかった。それが何を意味するのかを、冷静に考えていなかったからだ。


(これに乗るってことは、いつもの日々と別れることになる、か……)


 おそらくその手に乗れば、自分は確実に世界大戦に巻き込まれることになるだろう。その結果として、彼は一般市民としての生活を失うことになる。

 いや。

 人種差別を受ける学校、家族のいない借家、おまけに『呪い』。


「今更、手放さない理由がないか」


 自嘲の笑みを浮かべ、シオンは鼻を鳴らした。

 彼はその一瞬で、戦いに身を投じる決意をした。自棄になっている部分が無かったとも言えない。ただ、彼は死に急いでいるわけでは無かった。

 考えてみれば、彼には神を殺す手段がなかった。だがこの赤白を手にすれば、その手段になるのではないか、と。彼はそうも考えていたのだ。


(細かいことは後だ。俺は……生きてやる!!)


 明確な意思と共に、彼は決意の一歩を踏み出した。そして赤白の右手に飛び乗る。

 シオンが乗ったのを確認したのか、赤白はその手を胸の前に動かした――その時だ。


「!」

『死ねえぇぇっ!!』


 背を見せられていた緑が、ナイフを赤白のそこに向けて振り下ろしていた。だが――その刃は、赤白のどこにも触れなかった。


『な。なん、だ。と……!!?』


 緑の口から漏れる驚愕の声。それもそのはずだ。

 刃が赤白に触れる直前で、跡形もなく『削られて』いったのだから。

 そのほとんどを削られてもはや柄だけとなったナイフを見、緑は震えていた。


『何が起きたッ!?』


 そう思ったのは、緑だけではなかった。シオンはもちろん、おそらく青白もそう思ったに違いない。

 全く気にしていない素振りの赤白は、胸にある獣の口のような突起を開かせ、その奥にある球体にシオンを招いた。


「入れって、ことか」


 問うが、返答はない。だが迷いのない彼には、この後取る行動など決まっていた。

 招かれたのなら、喜んで応えるだけだ――彼は胸の中に飛び込み、その勢いのまま球体の中へと転がり込んだ。

 彼が打った頭をさすりながら立ち上がると、球体の中に明かりが灯る。同時に胸の突起が閉じた。

 辺りを見回すが、人はいない。


(無人で動いてたのか、こいつ?)

『――コア内に生体反応を確認しました。貴方は己の欲に従いますか?』


 球体――どうやらコアという名称らしい――の中に、唐突に無機質な少女の声が響き渡る。


(ガイドAIか何かか? いや、それより……己の欲?)


 少女の声に問われたことを、シオンは頭の中で熟考していた。

 自分のしたいことは何なのか、と。


(生きる。そして、神を殺す)


 シオンにとって、至って単純である欲。

 彼は拳を強く握り、上を向いて叫んだ。


「ああ、従うさッ!!」

『認証。ナノ・プロジェクター射出。貴方の欲望を喰らい、その願いを糧とする』


 コアの中に彼の絶叫が響くと、少女はそう唱えた。すると次の瞬間、何かが飛び出す音と共に彼の全身を鋭い痛みが襲った。腕や足だけではない、首や顔――眼球にまで、その痛みは走った。


「ぐ、がァあッ!!?」


 シオンは人間が出しそうにもない、苦しみを含んだ奇声を上げた。痛む目を押さえる手も痛む。足も痛み、まともに立っていられなくなる。


(なんだよ、これ!? 頭が、どうにかなりそうだ――ッ!!?)


 細胞の一つ一つが抉られているような感覚に身体を強張らせていると、次の瞬間、それが嘘だったかのようにきれいさっぱり消えていた。はっとしたシオンは自分の全身を見るが、どこからも血は出ていないし、服もどこも破れていたりしていない。


「一体、何が起きたんだ……?」

『全機能、オールグリーン。データ解析完了。AIアップデート。AGエイグアーマー展開』


 電子的な音声はシオンに答えず、勝手に事を進めていく。呆けている彼の全身から吐き出されるように、赤白とそっくりの外見の鎧が現れ、彼の身体を覆う。


「これは……?」

AGエイグアーマー。シオ兄が私を動かす為の鎧≫


 問いに答える、脳内に響く先程と違う声。しかしシオンはそれが説明したことより、別の事に意識が集中した。


「リア……!? リアなのか!?」

≪正確には、それを真似たAIだよ。それより、準備は良い? 動くよ≫

「え、あ、ああ!」


 久しぶりに聞いた妹――リア・スレイドの声は、彼を少しだけ安心させた。だが、今から戦闘が始まると改めて知り、彼は気を引き締め直す。


≪リンク開始≫


 その言葉で、彼の瞳は急に重くなった。まるで睡魔に襲われたかのように。

 そしてまた自然な軽さに戻り、彼が目を開けた時――それは、彼の視界ではなくなっていた。どこか、高い場所から地上を見下ろしているような。そんな感じだった。


≪今見えてるのは、私の視界。でも、シオ兄の視界でもある。私とシオ兄は今、二心同体とでも言うべき状態にあるの≫

「に、二心同体?」


 思わず出た声が、背後の緑を驚かせた。それを知らないシオンは、まず自分の両手を見て目を丸くした。


「な、なんだよこれ。ホントに……」

≪いい? この体はシオ兄の身体。自分の身体。動きたいように、動いて≫


 妹のAIに言われ、シオンは言われたとおりにする。

 動く。立ち上がる――そう念じながら、膝を立てる。


「……動いた!?」


 それは人間にとって自然な動きであるはずなのに、シオンはそれだけで感嘆の声を出した。


「くそっ!」


 しかし、緑から見れば隙だらけのまま。緑はリボルバーを構え、シオンに向けて引き金を引いた。破裂するような効果音と共に銃口から弾丸が数発飛び出し、シオンの横顔目掛けて直線を描き――触れる直前で、消えた。


「っ!?」


 シオンは同時に、二つのことに気付いた。一つは相手の声がはっきりと聞こえたこと。そしてもう一つは、弾丸が目の前で消えたことだ。


≪相手もこっちも同等の存在になった。だから、さっきよりも声が明瞭に聞こえてるはず≫

「……そうなのか」

≪うん。あと、弾丸が消えたことだけど……たぶん、簡単に言えば、バリア。大抵の攻撃は防げるけど、強い衝撃なんかはその限りじゃない。ああ、そうだ。私と話をするときは、念じるように言ってね。作戦が筒抜けになる≫

(わ、悪い)


 納得したのち、すぐに切り替える。そして首を動かし、緑の方に目を向ける。

 緑ははっとしたように頭が動き、一歩後ずさった。


「な、なんだ。それは!?」

「お前はプレイスのヤツか?」


 シオンは緑の質問を無視し、低くした声で問った。緑は少し躊躇ったのち「どうだろうな」と挑発するように答えた。それに対し、彼は歯軋りした。


「そうか。なら……死ねぇッ!!」


 短く殺害の予告をした刹那。シオンは素早く身を低くし、拳を構えて緑に襲い掛かった。


「速い!?」

「人を殺すんなら、殺される覚悟は出来てるんだろうな」

≪シオ兄。攻撃するときに「シャウト」って思い切り叫んで。威力が飛躍的に上がる――らしいから≫

「……シャウトォォッ!!」


 反応しきれない緑。困惑しつつも拳を突き出しながら叫ぶシオン。両者の間から今の彼の目と同じ翡翠のような薄緑色をした炎が溢れ出す。

 それは一瞬でシオンの拳を包み込み、共に緑の腹部を守る鎧に衝突する。

 鈍い金属音。数拍の間を置いて、それは起こる。


 ――――ドンッ。


 花火が炸裂したような音と共に、空気が重く震えた。


「ご、ふっ……!?」


 背肌から大量の緑炎を出した緑は山地に吹き飛び、山肌の上に打ち付けられた。殴られた箇所には、腹から背にかけての大きな穴が開いていた。そこから、大量の火花が散る。


「そブっ、な。ガっ、ばが、なぁっ……!!」


 何かを吐き出しながら、緑は苦痛の呻き声を上げる。その直後、周囲に膨大な熱と光、そして破片が拡散された。

 襲い掛かってくるそれらを防ぐため、シオンは顔を腕で覆った。それでも、隙間を縫って僅かでも彼に触れようとし、バリアに跡形もなく削られる。


(やっぱり……人が、乗ってるのか)

≪うん≫


 彼は今、初めて人を殺した。だが不思議と、その感覚は無かった。何か別のモノを――そう、『壊した』だけに過ぎない。そんな感覚に近かった。

 シオンはその違和感に苛まれながら、青白にゆっくりと近づいていく。


「……私は、プレイスよ」

「?」


 その途中でふと聞こえていた言葉はシオンの進む足を止め、頭に疑問符を浮かばせた。


「にわかには信じがたいが……」

「嘘は言ってない。私がプレイス。あれは連合」


 シオンにしてみればおかしな話だった。先程シオンは緑に殺されかけた。仮に緑の方がプレイスだとして、武装テロ組織が戦闘を見られて近くにいた市民を殺したり、人質にするのは普通に考えられることだ。

 だが、それが連合軍だったと、そう言われたのだ。連合と言えば、国連の設立した軍隊だ。間接的にではあるが、国連が市民を殺そうとしたのだ。それは元市民である彼からすれば、おかしいとしか思えない。


「……真偽の判断は、脅迫でもしないと無理か」

「今のを見れば、抵抗なんてする気にもならない。それにこっちは手負いで、武器もない」


 まな板の鯛でしょ? とでも言いたげな自嘲の口調で話す青白。シオンは顎に手を当て、考察を始めた。


(まあ確かに、そうだが……)

≪信じてみたら?≫

(自爆でもされてみろ。バリアがあってもこの距離じゃ少しくらいダメージ受けるだろ)

≪そうだけど……≫


 悩むシオン。待たされる間がもどかしげな青白。またこの場に、沈黙が訪れる。彼がいくら悩もうとも、結局は「信じる」「信じない」の二択に限られる。


(信じた場合、俺はこの後どうなる?)

≪シオ兄はどうするの。市民を殺そうとした連合の仲間になる?≫

(そうなるか。だが、信じないと言えば……)

≪連合かも知れないプレイスの仲間になる、かもね。今じゃもう遅いけど≫


 つまるところ、彼に連合軍に入る以外の選択肢などあって無いようなものだったのだ。既に選択肢の一つを、先程破壊したのだから。

 

「……分かったよ、信じる。それで、俺はなんだ、お前らの仲間にでもなればいいのか?」

「それが一番望ましいんだけどね」

「だったら――」


 と、彼が青白に提案をしようとした時。


≪上から、何か来る!≫

「ッ!?」


 言われ、シオンは咄嗟に上を見る。しかし月明かりも少なく、何があるのかははっきりと見えない。

 そうして目を凝らした彼の目に、小さく光が見えた。マズルフラッシュだ。

 それが見えた直後、彼の身体に無数の銃弾が降り注ぐ。しかしそれらは先程の例に漏れず、彼に触れる前に全て消えていく。


「なんッ、だ!?」


 彼が状況の把握をするよりも早く、『それ』は目の前に現れた。

 月明かりでようやく分かる全身の赤紫色に、背負うように装備された、大型の推進器。形は違えど、同じ類のモノであることは容易に想像がついた。

 ガチャリ、という重々しい音を立てて向けられた機関銃。あまりに早すぎたそれに、シオンは全くついていけなかった。


「待ってお姉ちゃん! その人は、たぶん敵じゃない!」


 そこに、臨戦態勢になっていたシオンの後ろから、赤紫に向けた青白の声が響いた。

 その言葉に、シオンは眉を顰める。


(……姉?)

「油断するな。先程の戦闘は見たが、放っておいていい力ではない」

「そうかも、知れないけど!」


 赤紫の口から、青白より少しばかり低めの声が発せられる。女性らしい。

 シオンはと言うと、銃口を眼前に見せられたまま勝手に話が進み、置いてけぼりである。


「見たんだったら分かるでしょ? この人は連合のエイグをやったんだよ!」

(……エイグ?)

≪私達の総称だよ≫

(そうか、覚えておく)


 今のシオンには、知らない単語をAIに聞くくらいしかできない。言い換えれば、することがない。

 たとえ至近距離で撃たれようとも、バリアが働いて無傷だろう。かと言って、勝手に動いていいような雰囲気ではない。

 ここで動いて、逃げるのも手だろう。しかし先程信じると言った以上、動くべきではない。まだ話が終わっていないのだから――などと思う辺り、彼は変に律儀である。


「……貴様、所属は?」


 急に振られ、シオンはぎょっとした。所属も何も、彼はさっきまでただの一般市民だったのだ。


「無所属、ってことになる、か?」

「何だ、その曖昧な表現は」

「曖昧も何も、市民だから仕方ないだろ」

「市民? おい、シエラ。どういうことだ。見ていたんだろう」


 シエラと呼ばれた青白は、ええと、と僅かに口ごもる。


「私もよく分からない……かな、うん」

「……呆れた。まあいい、投降しろ」

「テロ組織に、入れるのか?」

「それはこちらで決める。まあ、市民だというのなら多少は待遇を考慮するが」


 テロ組織、という単語に特に反応しない辺り、本当にそうなのだろう。シオンは少しだけ緊張を解いた。


(だが、行くことは決定事項か……)

≪良いんじゃない? いざとなったら逃げればいいし≫

(逃げるとこなんて、無いけどな)


 これだけの巨大なモノを隠す場所も無ければ、仲間を殺した以上連合軍に入ることも許されないだろう。やはり彼に選択肢はない。


「それとも、死ぬか?」

「……投降するよ。こんなところで、死にたくないし」

「やけに素直だな。裏でもあるか?」

「藁にもすがりたいんだ。一市民がこんなの持ってられるわけないだろ」

「……自棄になっているわけではないか。いいだろう」


 言うと、シオンの前にあった銃口が視界から消える。赤紫が銃を下ろしたのだ。彼を緊張させる要素がまた一つ減り、彼は安堵する。


「ついて来い。シエラは……動けそうにないな。私が運ぶ」

「後ろから撃つかも知れないぞ?」

「見た所武装は一切ないし、殴ろうものならこいつを背負ってでも反応できる。私をあまり甘く見ないことだ」

「……そうかよ」


 その自信の根拠を知らないシオンは、ただ流した。この時のシオンは、興奮と余裕で緊張を少しずつ忘れていたのだ。

 だから、全く考えていなかった。

 行く先に何が待っているのか。

 このエイグを手に入れた事が、何を意味するのかを。


「行くぞ、飛べるな」

「あ、ああ」(……飛べるのか?)

≪30分くらいなら大丈夫。慣れてないだろうから、アシストする。飛ぶ、って念じて≫

(分かった)


 言われたとおりに念じて、シオンは肩の付け根に装備された推進器を噴かし、薄緑の炎を吐き出した。その勢いで重力に逆らい、大型の推進器を噴かす赤紫と共に夜空を駆けた。

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