第17話「シャングリラ」part-A
「――では、急な話となったが。こうして準備は整った」
「感謝します、ズィーク司令」
戦艦型エイグの搬入口の前で、アーキスタはズィークに頭を下げた。
これが基地に来たその日から、戦艦型の改修、参戦するエイグの搬入、メンバーの選出が行われた。
それからたったの2日後――早くも、出撃することになったのである。
「善は急げ」とズィークは言ったが、アーキスタに言わせれば「暇人は働け」だ。
幸いなのかどうか、選出された隊員は暇を持て余していた、かつそれなりの実力を持っていたモノばかりであった。感も鈍っていなかったらしく、すぐに準備は完了した、というわけだ。
「君もいいねえ、会議に出ずに済むんだから」
「こっちの方が面倒ですよ……何かあれば全部俺のせいだ」
シオンを始めとする元日本支部隊のメンバーからの強い要望もあって、火星派遣隊長および戦艦型の艦長はアーキスタが務めることになったのだ。
しかし彼はそれをあまり良しとしていない――実の所、彼はあまりストレスには強くないのだから。
「何も無ければ、それに越したことは無い」
「その可能性が限りなくゼロだから言ってるんでしょう……」
はぁ、と大きな溜息をつく。
根拠はないが、シャウティアから得られたのは今ある中では最も信頼できうる情報だ。
故に、彼にとっては確実にそうだと言われているようなもので。
「まあ、その為の少数精鋭だろう。プレイス内でも最高の実力を持つ日本支部隊に、連合屈指の実力を持った【ブリュード】だ。よほどのことが無い限りは大丈夫だよ」
「だといいんですがね……と、そろそろですね。では、これで」
「君の帰りを待っているよ」
アーキスタは会釈を返し、戦艦型に乗り込む。
それから艦内を移動し、彼は艦橋ではなく、別の場所へと向かう。
この間の中心部――そう、コアに。
(……しっかし、これで俺も奴らの仲間入りか)
『――コア内に生体反応を確認しました。貴方は己の欲に従いますか?』
「欲、ね。あんまりそういうのに身を任せるのは避けてたんだが――」
彼は過去の自分を思い返し、鼻で笑う。
少しばかり、控えめだったのかもしれない。
彼女に想いを伝えるためにも、少しばかりよくばりになった方が良いのかもしれない――。
口の端を釣り上げて、彼は返事をした。
「従おうかな」
『認証。ナノ・プロジェクター射出。貴方の欲望を喰らい、その願いを糧とする』
「――ぐ、あァァァァァァァッッ!!?」
彼の悲痛な叫びが、出撃への最後の準備を終わらせたことを皆に伝えた。
かつてない痛みを耐え抜いた彼は肩で息をしながら、艦――いや、己の身体に命じる。
(エンジン始動。浮上開始……!)
開かれた屋上から、巨大なそれは宇宙を目指して飛び去った。
目的地に、何があるのか知らず。
◆
それを見送ったシエラは、すぐに気持ちを切り替えた。
自分は自分にできるコトをする。
でなければ、火星派遣隊が帰ってきたときに顔向けができない。
彼女は表情を引き締める――と、なぜか隣にいたズィーク司令が笑っているのを認めた。
「な、なんですか?」
「今の顔、姉にそっくりだったよ。やはり根は似ているようだ」
「……嬉しいような、嬉しくないような」
「褒めているのさ。僕はまた会議なんかで出張るから、その時に何かあったら頼むよ」
「――はい!」
力強い返事をすると、ズィークは満足したように二度頷いた。
しかし、やはり彼女は知りようがなかったのである。
仲間と顔が二度と向けられなくなるとは。
◆
「しっかしすげぇよな、この艦。まさか宇宙まで行けるたぁな」
ゼライドは艦内の廊下で、窓の外を食い入るように眺めていた。
ようやく大気圏を抜けた彼らは皆、初めて見る外からの地球の姿に見とれていたのだ。
何も、彼だけではない。
「まったくです……しかし、綺麗ですね。私達の住む星は」
イアルはゼライドの隣で感嘆の息を漏らす。
目の前に広がる青い星は、見ただけで活気があるように見える。
もっとも、自分たちがそこで生きているから、そう思うのかもしれないが。
「それを汚さないように、頑張ってきたつもりだが……」
「ファイド・クラウドの私兵だった、なんて意見もあります。だとすれば、何故戦争を長引かせようとしたのか、何故破壊活動を行っていたのか――疑問は尽きませんが」
「曰く『国連が絶対的な信頼を得続けるためには、その要因が必要となる』――だそうだ。テロ組織が延々とのさばってる時点で、信頼も何もないと思うが」
「その答えが得られるといいですね」
「あるならな」
ゼライドは肩をすくめ、愛機のいる格納庫へと向かった。
イアルはしばらくそこで、遠くなっていく地球を眺めながら、ファイドのことを考えていた。
唐突に捕らえられた彼女は、彼の言葉を途切れ途切れではあるが聞いていたのだ。
――この娘は、この世界を救う要となる。
要するに、彼女が救世主だと言う事になるのだが……その意味は、未だに知れない。
聞こうにも、誰に聞けば答えてくれるのか。
この答えも、火星にあるのだろうか。
あってほしいと願いつつも、知りたくないと思う心も確かにあった。
「え……?」
その時だった。
彼女の前に、光が収束し始めたのだ。
それは、相棒であり義兄であるゼライドがたまに見せてくれた現象――想像の実体化。
しかし何も願っていなかったせいか、その光は形をとることなく四散した。
一瞬の出来事に、イアルは唖然としていた。
(義兄様はいなかった……だったら、今のは私が……? いや、それよりなんで宇宙にヒュレ粒子が……)
彼女の求めるもう一つの答えは、すぐに出ることとなる。
◆
未知の技術で製造された動力系であるためか――火星圏への到着には、数週間を要しただけだった。
その報せが届くなり、戦闘員は皆「やっとか」と呆れの息を漏らした。いや、おそらくほとんどのクルーがそうだろう。
中でも一番退屈していたのは、アーキスタらしい。
エイグはコアを心臓に見立てて動く。そのコアを起動させるには搭乗者であるアーキスタがそこにいる必要がある。
エイグの視界を通して宇宙空間の映像を見てはいたが、夢中になっていたのは最初だけで、ずっと同じ風景があることに飽きてきた。
食事の際には誰かが持ってきてくれる為、動く必要は無い。
眠くなれば寝ても、エイグは手動操舵で動く――彼はどこまでも退屈に苛まれていた。
今更後悔したとて、戻るのにも同じくらいの時間がかかる。
そう考えるのも面倒になり、ついには欠伸が出る――そんな矢先の、到着だった。
彼はようやくか、と大きな大きな溜息を吐いて、頭を切り替えた。
「火星圏に到着した。戦闘員はエイグに搭乗、出撃準備。それ以外の隊員は警戒態勢を取れ。非戦闘員は自室で待機だ」
その一言を言うだけで、またしばらく仕事は無くなる。
操舵なども、大体はAIがやってくれるのだから。
「――だ、そうだ。では予定通り、『ブリュード』は地質や大気の採集、日本支部隊は広域の調査及び火星マップの作成を行う。万が一戦闘になった場合は、すぐに全機に通達。連絡が取れなくなった場合はすぐに合流ポイントへ集合する事。いいな」
アナウンスで指令を受けた、格納庫にいる皆の前でレイアが更に指令を出す。
それを見て、ほう、とゼライドが感心するように息を漏らした。
「なんか、前よりすっきりしたんじゃねえか? なんつうか、モヤモヤしてねえ」
「ん、おっちゃんもそう思う? ありゃあメスの顔だよ。うへへへへ」
「有り得るな。浮かれてねえといいんだが」
「それだけの無駄口が叩けるのなら結構だ。さっさと準備しろ、ゼライド、アヴィナ」
「「へぇーい」」
いつの間に仲良くなったのか、似たような口調で返事する二人。その様子に、レイアは思わず苦笑した。
皆がそれぞれ自分の愛機に乗り込んでいくのを見て、レイアも背後に立つ愛機の方を向いた。
「じゃあ、行こうか」(――ラル)
変更したAIの名を告げると、彼女はAGアーマーを纏って紫色のエイグに乗り込んだ。
「――全機、準備はいいな」
「おっけぇ」「言われるまでもねえ」「ええ」「いつでも行ける」
仲間の返事を受け、レイアは頷く。
それから格納庫の端にいる少女の方を向き、言った。
「ミュウ、ハッチの開放を頼む」
『ええ。帰って来なさいよ』
心配の微粒子を含んだ声は、レイアに確かに届いた。
しかし彼女は、ミュウに返事をしなかった。
するまでもなかったのだから。
「行くぞ!」
「「応!!」」
レイアは気迫のこもった叫びと共に、人類未踏の地を目指し、空に身を投げた。
レーダーに反応は無い。故障しているわけではないので、本当に何もない――のだろう。
今は圏内にいないだけかもしれない。
久しい戦闘の感覚を思い出しながら、彼女は着陸する。
雰囲気は、荒野か峡谷、砂漠に似ていた。
「これが、火星か……」
「なんつぅか、殺風景だな?」
皆がそれぞれ首を動かして、火星の景色を認識する。
何もない――そう感じてしまうのは、モノの多い地球に住みすぎたせいだろうか。
「とにかく、作戦を開始する。シオン、バンカーを用意してくれ」
「ん――――バンカーッ!!」
シオンがその名を呼ぶと、宙に5つの光が収束し、ジェットバンカーを実体化させ、地面に落ちた。
「火星にも――か。イアル、お手柄だな」
「いえ……ホントに偶然でしたから」
彼女の疑問を基にヒュレ粒子を観測したところ、73%という数字が叩き出されたのだ。
つまり、宇宙空間はほとんどヒュレ粒子で満たされているということになる。
であれば、火星でも地球と同様に想像の実体化が可能なのではないか?
その答えが、今出たのだ。
「では、有事の際にはこれを信号弾代わりにしてくれ。私達でも使えるように再設計されているから、武装として使うのもアリだ」
「りょーかーい。んじゃ、行きましょっ」
アヴィナの軽快な合図を起点に、5人は二手に分かれて行動を開始した。
「――しっかし、何もないねぇ」
「何もないのも収穫だ」
退屈そうな声を出すアヴィナを、シオンが宥める。先程から似たようなやり取りは数回行われていた。
「『ブリュード』、そちらは」
『へい、聞こえてるぜ。一応砂とか岩石とか、色々袋に突っ込んでる』
『私は大気の採取を完了しました。……ですが、特にレーダーに反応はありません。そちらは?』
「こちらもだ。今の所怪しいモノはない」
『では、あと30分ほどで切り上げましょうか』
「……そうだな。何も一度で済ませる必要もない。では、30分後に合流ポイントへ集合だ。遅れるなよ」
「了解」『了解』
頭の中に響く会話は終わり、再び前進させる推進器の音だけが聞こえるだけとなる。
アヴィナはもう前面に出しているが、レイアもおそらく退屈に感じていることだろう。
だが、シオンだけは過度なまでの注意を周囲に振り払っていた。
もし仮に、シャウティアのようなエイグが他に何体もいたとしたら?
隠れているだけで、いつでも自分たちを狙える場所にいるのではないか?
そう考えると、落ち着いてなどいられない。
「――ん?」
そんな時だった。3人ほぼ同時に、レーダーに何かしらの反応があったのだ。
「エイグ……では、ないようだが……」
「行こっ、どうせ暇なんだし」
「レイア、俺からも頼む」
「……まあ、断る理由もない。警戒を怠るなよ」
言われるまでもない――シオンはシャウティングバスタードを実体化させ、二人と共に反応のあった場所へと向かった。
そこにあったのは――簡潔に言えば、巨大な工場だった。
煙突らしき円柱からは白煙が出、各部で機械がせわしなく働いている。
「これは……なんだ……?」
「工場だな。だが、人間の反応は無い……」
「人がいないのに動いてるのってヘンだよね? ていうか、誰が作ったの?」
「……調査の必要があるな。シオン、頼めるか」
レイアからの要望に、シオンは黙って頷き、応える。
「私達は周辺の警戒を続ける。何かあった場合はすぐに戻ってこい。いいな」
「分かってる」
腰を下ろしたシャウティアのコアから、AGアーマーを装着したシオンが飛び出す。
嫌な予感しかしていない。ここには、必ず何かがある。
確信めいたモノを感じながら、シオンは入口らしき場所から内部へと潜入した。
◆
その様子を間近で見ていた【彼女】は、にやりとほくそ笑んだ――その表現は正確ではないのだが――。
黒い炎、としか表現のしようのない【彼女】は、シオンの後を追って工場の内部へと向かった。
「ようこそ」
呟くような小さな声で、彼を出迎えながら。




