第16話「宇宙への翼」part-B
格納庫を出たシオンはミュウを探しながら基地内の散歩をし始めた。
まだ把握していない所も多く、彼もできれば見ておきたいとは思っているのだが――果たして迷わず自分の部屋まで戻れるかというと怪しい。
そのためミュウの捜索も自分の知る範囲でのみ、ということになる。
一応話はついたから、探す理由は無いのだが――暇、なのである。
「シオン?」
そんな彼の耳に、凛とした声が届く――レイアだ。
後ろに振り向くと、珍しく髪を一つに束ねた彼女がいた。
「今日も散歩か」
「まあ、な」
「ん……探し物でもしていたのか?」
「いや、またミュウに逃げられてさ」
ばつが悪そうに頭を掻くと、レイアは急に噴き出して爆笑しだした。
しかしそれはすぐに止まる。
……いや、顔を真っ赤にして我慢している。
「なんだよお前も……」
「い、いや、なんでも、ない。っひ……ひ」
目尻に涙まで浮かべて、よほど面白かったらしい――シオンにはその理由が全く分からなかったのだが。
(逃げられてざまあ見ろってか)
心の中で吐き捨てると、息を整えたレイアが彼に向き直る。
その頬はまだ若干紅潮していた。
「ミュウにまだ、用があるのか?」
「特には無いけど、暇だし」
「そうか……じゃあ、少し付き合ってくれないか」
「……何にだよ?」
柔らかい口調の彼女に対し、警戒心をむき出しにするシオン。
下手に了承して、何を要求されるか分かったモノではないからだ。
それに対し彼女は苦笑――いや、自嘲するような微妙な笑みを浮かべた。
「――家族の墓参りだ」
自分でいいのか。
シオンがそう問うと、レイアは「むしろお前でなくてはならない」と、懇願するように言った。
その雰囲気に負けたシオンは、仕方なく彼女について行くことにした。
出発前に合流したシエラも彼の同伴を拒絶したりはせず、むしろ小声で「ぜひ来てほしい」と言われるくらいであった。
彼らは徒歩でイギリスの田舎道を歩き、そこへ辿り着いた。
シオンは映画などで見た覚えのあった――形の整った石碑が立ち並んだ墓場に。
「……ここだ」
その内の、ちょうど中心辺りにある墓の前で、レイアは止まって腰を下ろした。
シオンは石碑に彫られた名前を、少し離れた場所から確認する。
アルバート・リーゲンス。
エイミー・リーゲンス。
そして、カイト・リーゲンス。
「リーゲンスは、小さな貴族の家庭でな。その故あってか、子である私達には厳しい教育がされていた」
薄紫色のヒースを数本墓の前に供えて、レイアは過去を懐かしむように喋りだす。
二人はそれを、黙って聞き入れていた。
「私とシエラはそれを嫌い、ずっと親に反抗していた。そのせいで毎日のように罰が下った――しかし、兄さん……カイト・リーゲンスが庇ってくれていた」
ふとシオンがシエラの方に視線を向けると、その顔は沈痛そうになっていた。過去の事を思い出しているのではなく、何かを心配するような心情が、見て取れる。
「兄さんにずっと負担をかけるわけにはいかない。そう思った私達は、少しずつ親の言う事を聞くようにしたんだ。だが、失敗ばかりでまた罰が下る――私達が頑張る意味を模索しようとしていた、そんな時だ」
まさか、とシオンは思った。しかしそれが本当かを問う前に、レイアが先に答えを言った。
「――ドロップ・スターズだ。罰として地下室に閉じ込められていた私達は辛うじて助かったが、地上にいた親と兄さんは……死んだ」
レイアは彫られた名前を指でなぞる。
その一つ一つを、忘れないように、頭に刻み込むように。
「死ぬほど悔やんだよ。どうしてもっと素直に生きられなかったのか――死んでから気付いたんだから」
彼女の心情を表すような薄い雨雲が彼らの上に流れ込み、少しずつ雨粒を落とし始める。
しかしそんなことは気にせず――シオンとシエラはレイアの話を聞き、レイアは語ることを止めなかった。
「謝りたくてももう謝れない。もう戻れない」
「戻る必要なんてない」
沈黙を破ったシオンが、低い声で言い放った。
不意を衝かれたのか、レイアは驚愕の表情で彼を見た。
「今を生きている人間に、過去で死んだ人間は必要ない。邪魔になるだけだ」
「そんなことは――」
「ドロップ・スターズが起きていなかったのなら、そうすれば良かっただろう。でも実際にそれは起きた。家族が死んだ。だったら次にすることは蘇生の方法を探すことか? 過去に戻る手段を探すことか? 後を追って自分も死ぬことか? 違うはずだ」
シオンは立ち上がったレイアの肩を掴み、視線を合わせた。
「過程はどうあれ、死んだ人間に笑われないように生きるのが、残った人間のすべきことだろ。お前は死んだ人間の足まで引っ張って、そこで止まってる。いくら引っ張っても、死んだ人間を現在にまで連れてくることはできない」
再び、沈黙が訪れる。
小雨が草木に当たる音が僅かに聞こえる中、今度それを破ったのは――レイアの表情の変化だった。
顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を頬に伝わせる。
嗚咽と共に流れるそれには、彼女の今まで溜め込んでいた感情が全て詰まっているようで。
「わ、わだし、わたじ、は……っ。どこかで、分がって、いたんだ……こんな行為に、意味、など……」
「……お姉ちゃん」
膝から崩れ落ちる姉に、妹が歩み寄り、腰を下ろして視線を合わせる。
「皆に見せてあげよう? 私達が思う生き方を。ガンコ親父だなんて言ってたお父さんが、考えを改めるくらいにさ」
「……ああ……」
小さな声は辛うじて二人の耳に届いたが、それでも有り余る意志の強さは感じられた。
「……少し、一人にしてくれ。本降りになるまでには、戻る」
「うん。……行こう、シオン君」
「ああ」
再び墓と向き合ったレイアが遠くなるのを感じながら、二人は墓地を後にした。
基地への道を歩く中で、シエラは不意に「ごめんね」とシオンに言った。
「別に気にするなよ。……レイアのあんな顔は、初めて見たけどな」
「私は分かってたんだけど、戦闘を重ねて、強化型にも乗って、どんどん強くなってくお姉ちゃんを見てると……このままでもいいのかなって思うようになって」
「忘れようとすることで、か……確かに、そういう強さもあるのかもしれない。でも、結局は迷ってる」
「うん。でも、シオン君はそれを一瞬で断ち切ってくれた……すごいよ」
「何年も積み重ねてきたモノを一言で崩したってのは、ちょっと後ろめたい感じはあるけどな」
ふと空を見上げると、雨粒が彼の顔にいくつか落ちて、濡らしていく。
そういえば、あの日――シャウティアに会った日も雨だったか。
あの時に比べれば弱い方だが、降っているのは同じだ。
「そういえば、シエラは家族の死を受け止めてたのか?」
「受け止めた……って言うよりは、あんまり実感が無くて。お姉ちゃんと結構歳離れてるし……ドロップ・スターズも3年前……だから、12歳くらいだったかな。人が死ぬって言う事を頭では理解してても、実際に起こると全然実感なくてさ」
ちらとシエラの表情を窺うが、彼はその表情から特に何も読み取れなかった。
失った悲しみはあるのだろうが、他人が感じ取るには薄すぎる。
「だからお姉ちゃんほど悩まなくて、すぐにシオン君みたいな答えが出せたの。意味ないな、って」
「……そう、だったのか」
「確かシオン君も、家族がいないんだよね。どうやって乗り越えたの?」
「乗り越えたって言うか……そんなの、考える暇もなかった。ただこんなことになったのが憎かった。事象そのモノ、というより、事象を起こした神――そう、神を憎む気持ちが勝ったんだ。そうして現在まで戦い続けてたら、考える暇なんて無かったな」
今になって彼は思う――なぜ、神を憎んだのか。
この戦争の発端となったエイグを憎んでもいいはずだ。
この戦争を始めた人間そのモノを憎んでもいいはずだ。
それでも神を憎んだ理由は、彼自身よく分かっていない。
「……そっか。ごめんね、興味本位でこんなの聞いちゃって」
「いいんだよ、別に引きずってるわけじゃないし。……そういえば、ミュウを見なかったか?」
「ミュウ? うーん……ごめん、見てないかな。何かあったの?」
「よく分からないけど、話の途中で逃げられることがここ最近多くてな。お前もそうだったし」
あ、と彼は言葉を間違えたことに気付いた。
これではまるでシエラを悪く言っているように勘違いされたかもしれない。
すぐに訂正しないと――そう、彼女の方を焦って向いた時。
彼女はなぜか顔を赤くして、俯いていた。
「……いや、ええと、ね。あれはなんていうか、その、シオン君が生きてて嬉しくて、でも言葉にならなくて」
あたふたと無駄な身振り手振りを加えて、シエラは弁解を始めた。
その様子を見て、流石の鈍感少年も気付いた。
これは、恥じらいだ――と。
しかし筋金入りなのか、それは自分への好意からそうさせているのだとは全く思っていなかった。
「……心配してくれたのは嬉しいけど、そこまで働いたつもりはないぞ」
「またそんな謙遜して。いい加減に認めてくれないと、みんな怒るよ?」
「勝手にしてくれ。パーティの時も散々頑張ったなとか言われて、挙句酒まで飲まされた」
「は、はは……」
シオンの恨めしそうな言葉に、シエラは苦笑した。彼が聞いた話では、彼女は酒に強いのだから下手に共感ができなかったのだろう。
「なあ、シエラ」
「ん?」
彼女の名を呼んでから、彼は何も考えていなかったことを思い出す。
それを隠そうと何か言おうとして――詰まった。
「……もう、無理に話す必要は無いのに」
「いいだろ、別に。……っと、そろそろか」
恥らいで彼も少し頬を赤くする。
それとほぼ同時に、多数ある玄関の内の一つが彼らに近付いた。
シオンはそれを開き、シエラを先に入れ、閉めながら自分も基地の中に戻る。
「ただいま、っと」
「……ねえ、シオン君。今日何かあるって言われてた?」
「何か? いや、特に……って」
なんだこれ。視界に映った人混みに、シオンは思わずそう呟いた。
格納庫の周辺に集った彼らが、何を求めてそこにいるのかは知れない。
だから、知りに行こう――シオンは視線で彼女と言葉を交わし、格納庫の中へ入ることにした。
「すまん、ちょっと邪魔するぞ……」
「すいません、すいません……」
人の海を掻き分けながら、二人はようやくそこへ辿り着く。
そこにあったのは――
「戦艦、型……?」
「なんで、そんなのが……?」
シオンが言ったように、そこにあったのは視界に収まり切らないサイズの鉄塊――戦艦型エイグだった。
「お、帰ってきたのかい」
「え……?」
後ろからかかった声に、二人は振り向いた。
そこにいたのは、元々この支部の司令を務めていた男――ズィークだった。
「やあ、シエラちゃん。で、そっちが――『英雄』、シオン君かな?」
「え、あ、はい。そうです……ズィーク、司令?」
「ははは、彼に聞いたかな。そうとも、僕がプレイスの便宜上のトップというわけだ」
そういう割には、あまり厳かな雰囲気は無い。
むしろ飄々としている――シオンはその通りの感想を抱いた。
「さっき届いたんだよ。で、改修中というわけで……これが、火星派遣隊の旗艦だ」
「……ええと、話が見えるようで見えないんですが」
「会議の結果、未搭乗エイグをプレイスに引き渡すことが決まっていたんだよ。それで、これもそれに適用された、と」
「は、はあ……」
そんな簡単に手に入ったわけではないのだろうが、彼が言うと簡単に聞こえてしまい、シオンはいまいち実感がわかない。
「これが君たちを乗せる、宇宙への翼、というわけだ。楽しみにしていてくれ」
「え、と……頑張ります」
シオンは未だ状況が上手く呑み込めないまま、ズィークと握手をした。
レイアが帰ってきたのは、そんな時であった。




