第15話「再会」part-B
「うげ……」
今朝アーキスタに指示された格納庫に入るなり、シオンは胸の辺りで不快なモノが渦巻く感覚に苛まれていた。
原因は考えるまでもなく、昨日の宴だろう。周囲の人間によって色々食わされ飲まされで、それだけでも不快になる要因になり得る。
だが、彼の感じていたそれはただの不快ではない――感じたこともないような、頭のクラクラするような感覚。
(誰かは分からないが……酒を、飲ませたな……!)
「シオン、青いぞお前。何があった、腹でも壊したか」
「……イギリス人の尺度で見るな。日本の最低飲酒可能年齢は20、だったはずだ」
腕を組んで訝しむレイアと、それに呆れながらツッコむアーキスタが彼を出迎えた。
アーキスタはシオンに肩を貸そうとするが、左手を軽く振るだけで断られる。
「そんなモノ目安だろう。イギリスでの最低年齢が16である理由を考えてみろ。シエラも思い出せ」
「シエラも引き合いに出すな……」
「アレが一番イギリス人らしいと思うんだがな。16になったばかりだというのに、私より酒に強い」
「……昔、本で読んだ。国ごとの環境の差は、体が円滑にアルコールを分解できるように成長するまでの時間の差でもあると。それを平均化して法律化した、とか」
「平均化なら多少の誤差はあるだろう」
「だからそれはシエラの話だろ。シオンは……誕生日は知らないが、多分まだ15だぞ。それで誤差があるにしても、こいつはその例から洩れたわけだ」
「………。まあ、結果オーライだ」
「何もライじゃないんだが。ここにこいつを呼んだ理由を思い出せ」
(……聞く限り、あの時レイアを運んできたシエラは既に大量の酒を飲んでいたわけか……)
若干朦朧とする意識を律そうと額を押さえるシオン。飲酒がどうのと騒ぐアーキスタとレイア。
彼らはそれぞれ歩きながら、少し奥で待つ仲間たちの下へと向かう。
日本支部からのエイグが並ぶそのスペースの内、シャウティアの立つ場所へと集う――ミュウ、シエラ、アヴィナ、ゼライド、イアル。
彼らの下に辿り着いた3人は、まずそこに漂う不穏な空気に気付いた。
アヴィナはともかくとして、シエラは戸惑ったように目を泳がせ、それを見たゼライドがイラついた様子を見せ、イアルは兄の反応に呆れる。ミュウはそれらを無視して、シャウティアの足元で端末を操作している。
「おーい、持ってきたぞ」
「……シエラ、水と促進剤は渡したろ。残ってたらくれてやれ」
「あ、は、はいっ!」
シエラはアーキスタの命を受け、腰につけた大きめのポーチから水の入ったボトルと、錠剤をいくつか取り出す。
「……なんの、促進剤だ……?」
「アルコールの分解――つまりは二日酔い用の薬だ。お前は15だから、1錠か……ほら、飲め」
「悪いな……んぐ」
シオンはアーキスタに口内へ錠剤を投げ入れられ、直後に投入された水でそれを飲み込む。
ぷは、と息を吐くと、次に深呼吸をした。
「即効性じゃないからまだしばらくはこのままだが……大丈夫か?」
「立って話すくらいなら、なんとかな」
まだシオンの血色は悪いが、決して彼らは暇ではない――特に、アーキスタは。
あまり時間も取れないせいで、シオンに休む時間はあまりないのだ。
「じゃあ、始めるか。まずは新入りの二人を紹介する……まあ、知ってるだろうがな」
「以前は『ブリュード』として連合軍に身を置いていました。私が重装型エイグ・アンジュに乗っていた、イアル・リバイツォ。そしてこちらが、私の兄である――」
「無装備型エイグ・ヴェルデのパイロット、ゼライド・ゼファンだ」
「ん……兄妹にしては、姓が違うようだが?」
彼らの名前は知っていたレイアだったが、その事実を知らないために首を傾げた。
「私達の両親は軍人で、どちらも戦死してしまったため、義兄様が私を引き取る形になったのです」
「義理、だったか。失礼、無駄な詮索を」
「いいえ、お気になさらず。それで、私達としてはなるべく友好に、と行きたいと思ってるのですが……」
イアルの視線がシエラとアヴィナに向けられる。向けられた彼女らはなんとか怯えを隠そうとしているようだが、丸見えである。
「まだ若いからな、その内慣れていくだろう。よろしく」
「こちらこそ」
微笑みあいながら、レイアとイアルは握手をする。
ほんの少し前まで、殺し合っていたのに。
「そちらも――」
「あ?」
次にゼライドに手を差し出すと、彼はイアルとは違い悪戯っぽい笑みを浮かべてその手を握る――そして、手の結び目からは肉がはちきれんばかりの、軋むような音が鳴りだす。
手の甲には血管が浮かび上がっている――それほど、力が込められているという事。
「よ ろ し く な」
「女 だ と 侮 ら ん こ と だ」
「お前らも子供じゃないか……」
「まあ、紹介はこんなモンでいいだろ。ミュウ、作業を止めてこっち来い」
「……はぁい」
タン、とキーを軽快に押して、ミュウは端末を置いて彼らの下へ来る。
その時シオンと目が合うが、何故かすぐに目を逸らした。
「じゃあ、今から俺のエイグ――シャウティアから得たデータをそのまま話す。まずはこいつの動力だが」
「推進器にもなり、弾丸――武器にもなる。私としては水に近い物質だと考えているのだけれど」
目を瞑ったまま、ミュウが語る。
それに対し、シオンは困ったように唸って首を傾げた。
「まあ、そんなモンかな。こいつの動力――『シャウトエネルギー』とでも言うべきそれには、水と同じ三態がある。まず液体状態が戦闘中によく見る、推進器とかから吹き出す炎みたいなヤツとか、シャウティアの動力と防御力の正体だ」
「弾丸や剣による攻撃を完全に防ぐというアレか」
レイアの言葉に、シオンは黙って首肯する。
「次に固体状態。これがシャウトバスタードやジェットバンカーに使われる弾丸だ。そして気体状態だが……」
「あ! もしかして、アメリカで見たやつ? こう、モヤモヤ~っとしてた変な色の」
「それなら私も見たな。とすれば、ミュウもか」
「一応ね」
「そう、アレだ。あの時アメリカにいなかった奴らは分からないだろうけど――アレは今、俺達の周囲にも漂っている」
そう言われた皆は周囲を見るが、特に変わったモノは浮いてなどいない。
シオンにしか見えていないんじゃ? アメリカに居なかったメンバーはそう視線で訴える。
「薄すぎて見えないだけだ」
「薄い? そのシャウトなんたらってのにゃ、濃度でもあるのか?」
ゼライドは腕を組んで、シオンに問う。
一見脳筋に見えがちだが、彼は決して馬鹿ではないのだ。
「ある、というかなんというか……ぶっちゃけて言うと、シャウトエネルギーの正体は『意志』――なんて言っても分かりづらいだろうから、『音エネルギーの一種』とでも思ってくれ」
「……てことは、『声』はシャウトエネルギーに『言葉』を加えたモノ、ってこと?」
「大体はそんな感じだ」
シオンだけは頷く――しかし、他は頭上に疑問符を浮かべている。
ミュウの要約は分かりやすいが、かえって皆の思考を複雑にしてしまっているのかもしれない。
「でも不思議ね、ただのトンデモエネルギーがそれ単体で変形するとは思えないのだけれど。ていうかそもそも、『意志』は目に見えないモノよ?」
「その目に見えないモノに形を与える存在を、俺達は知ってるはずだが」
「……なるほど、目に見えない『想像』に形を与える――ヒュレ粒子ですね?」
「そうだ。それは何も『想像』にのみ反応して効果を発揮するわけじゃないらしい」
「意志にも反応し、色と性質を与えた、ね。意志には質量も密度もない――結果的に、宇宙全体の総質量に変化はない……」
「細かいとこまでは俺も分からないけどな」
ぶつぶつと自分の考察を呟くミュウに、シオンは苦笑する。
「で、可視化にはヒュレ粒子が必要なわけだが……同時に、それだけの量のシャウトエネルギーも必要になる。というか、それを含んだ『声』だな」
「……今、ここで見えないってことは、足りないの?」
「全く」
「んんん? でもシーくん、戦闘中はいっぱい出してるよね?」
「要は意志の強さだよ。戦闘にもなれば、命を賭す必要がある」
「死にたくないと思い、『声』を発せば発するほど――エネルギーはより発生し、その分機体が強力になると」
「そうだ」
今度の要約は分かりやすかったらしく、皆頷いている。
「シャウティアの場合、俺が発生させたエネルギーは残らず動力に回してる。けどそうでない場合は、ただ空気中に散布される。だから戦闘中だからと言って、確実にエネルギーが見えるわけじゃないらしい」
「アメリカの時に見えたのは、大勢の戦士がいたから……ってことか」
「そういうことになるんだろうな。……さて、エネルギーの話も大詰めだ」
アーキスタの言葉にも頷き、シオンは小さく息を吐いた。
少しずつ薬の効果が現れ、楽になってきたのだ。
「例の時間停止能力ね?」
「正確には、自分と自分以外の時間の速さに差を出しているらしい」
「……ミュウ、意味が分かるか?」
従兄の引きつった顔に、従妹が呆れる。
「1秒が経過するまでの時間を変えたのね?」
「??? ごめんミュウ、ボクまだ分かんない」
「わ、私も。時間の経過するまでの時間って、なんかこんがらがって」
「1秒を100秒や1000秒にした、と言えばいいかしら」
「う、うーん……」
「びみょ~」
シエラとアヴィナは揃って腕を組み、体を傾けて唸っている。
常人の多くはこういう反応をするのが普通だろう。ミュウはあくまでエイグの専門家なのだから。
そこで、イアルが手を挙げて皆の視線を集めた。
「皆様、簡単に説明してみます。――義兄様、殴るモーションを取ってください」
「ん? ……こう、かッ!」
イアルに言われたゼライドは右腕を構えて振りかぶり、勢いよく前に突き出す。
力強いその動きには、言葉も出ない迫力がある。
「この一連の動作を終えるまでに、約1秒です。では義兄様、10秒くらいかけてさっきと同じ動きをしてください」
「お、おお……? こう、か……?」
ゆっくりと腕を振りかぶり、同様に拳を前に突き出す。
先程と速さが圧倒的に違うせいで、迫力は殆ど失われている。
「はい、ありがとうございます――例の能力の恩恵を受けたシオンさんの目には、今より何倍もの遅さで見えるのでしょう?」
「らしい」
「相手が止まっているほど遅く、ね……どういうことなの?」
「曰く、未来に進む速度を限りなくゼロに近付けているらしいんだ」
「ん? 自分に流れる速度は変わらないのか?」
「変わらないからシオンには相手が止まっているほど遅く見えるんだし、変わらないから相手にはシオンが消えるほど速く見えてるわけでしょ」
「わかるような、わからないような」
シエラが苦笑する隣で、レイアとアーキスタは頷いていた。個人による理解のしやすさがはっきりと出ている。
「その辺は置いといて――ぶった切って言うとシャウトエネルギーはとんでもないモノってことだ。それでそのシャウトエネルギーを検知して動力にするのが『シャウトシステム』って言うらしい」
「……えっと、あんまり深くは考えないでおくね」
「それでいいよ。で、問題なのが――『シュライ・デス・ヘルゼンス』だ」
「ん……『心の叫び声』ってトコか? ドイツ語だな、そりゃ。俺でもカスほどしか知らないくらいだ」
「シャウティアは『魂の叫び』って言ってたけど……細かい所はいいか。曰く、あの場所でこれが起動したらしい」
その一言で、あの時、あの場――にいたシエラ、アヴィナ、レイアがはっとなる。
「……待て、シオン。そのシュライというのは、他のエイグに何か影響を与えるのか?」
「いや……そこまでは分からない。何かあったのか?」
「戦闘中、唐突にシフォンが異常を見せた」
「私も」「ボクもだよん」
「……具体的には?」
「私の操作を無視して、勝手に戦線を離脱したんだ」
神妙な面持ちでレイアに言われ、顎に手を当てて考え込むが――シオンの脳内にその答えはなかった。
「分からない、な。――すまない、説明を続けよう。そのシュライだが、俺の意識が無くなった時に起動する自衛プログラムなんだそうだ」
「パイロットがやられちゃどうしようもないからな。そのシステムを搭載する理由は分かるが……」
「残念ながら、シャウティア自身よく分かっていないらしい。シャウティア全般に関しては、ざっとこんな所だ」
「……なんつぅか、強化型でどうこう騒いでるのがアホらしくなるな」
「義兄様に同じく――これは本当にエイグですか?」
イアルに答えを求められるも、やはりその答えはシオンにない。
どの情報にせよ、彼はシャウティアに与えられたそれを皆に伝えているだけに過ぎないのだから。
「さあ、俺にもその答えは分からない――が、答えがあると思しき場所は、示された」
「なるほど、それが火星か」
アーキスタだけは反応する。彼には昨日少しだけ話したから、知っているのだ。
「火星って、あの火星かよ?」
「人類はまだ月にも進出していない。随分と飛躍しているように思えるが……」
「だから、俺もちょっと疑ってはいるんだけどな。シャウティアの機体情報を見ていたら、製造場所が火星になってたんだ」
「と、言われても……」
「ボクらもその辺はっきりしてないし、よくわかんないね~」
「私達でも、精々端末からAIや機体の一部情報を引き出したりしかできないの。一部なんて言っても、たぶんシャウティアと一緒でロックがかかってるか――そもそも、データが無いわね」
後ろで放置されている端末を指差しながら、ミュウが言う。
「ともかく、そこで提案なんだが……火星に、行かないか?」
「……なるほど。虎穴に入らずんば、というやつか。私は一向に構わんが」
「ボクも一応強化型使いだからねん。もしもの時は使ってよ!」
「俺も構いやしねえよ」
「義兄様が行くのなら、私も」
「そうね――戦闘は無理だけど、見たいモノはあるわ」
「わ、私は」
言い辛そうに、シエラは体をくねらせる。
賛同したモノは皆、強化型のパイロット――とても自分は肩を並べられない――
(――なんて、思ってるんだろうな)
「シエラは、地上で私の代理を務めてくれ」
「へっ!? 私が、お姉ちゃんの……?」
姉の手が方に置かれ、びくりと体を震わせるシエラ。
その顔は驚いてはいたが、どこか不満そうでもあった。
「ああ、他の司令や隊員もいるが、それでも足りない時はある。どちらかと言えば、こっちの方が意味のある仕事だぞ」
「何かあればすぐに帰るし、何かなければ行っただけ何もしてないことになるしねぇ。その間律儀に働いてた方がいいと思うよん?」
「う……ん。わかった。そう、するよ」
やはり、その顔は不満げだった。
「では、他の司令にも話をして準備を進めよう。解散、でいいか、シオン?」
「ああ、構わない」
「じゃあ解散だ、ご苦労さん」
アーキスタが合図し、各々がその場から動き出す。
その中でとぼとぼと歩く彼女の下へ、シオンは駆け寄った。
「シエラ」
「ひゃっ!? な、なに、シオン君?」
「俺達はお前を仲間外れにしたいんじゃない。その、はっきり言うようだけど……俺達には、俺達のできることをしてるんだ」
「……うん、わかってる。私はまだ力が足りないんだって」
シエラは悲しそうに俯く。その表情は、シオンの心に少し痛みを与える。
「でも、任されたから。やってみる」
「……無理は、しないでくれよ」
「……うん」
寂しげな雰囲気と共に去る彼女の背を見て、シオンはやはり連れて行くべきかと考えた。
しかし現実を見れば――それは難しい。
彼は心を少しばかり鬼にして、この現状を認めたのだった。




