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第15話「再会」part-A

 戦争終結から2週間が過ぎた朝。

 プレイスの本拠地――イギリスに、彼らは集っていた。

 そして。


「あれ」


 シオンはさも当然のように、人混みに流されて迷子になっていた。

 外の広い庭であるにもかかわらず、隙間をなくそうと蠢く人々。その全員がプレイス隊員だ。

 なぜ彼はこのような状況に陥ったのか。その原因を探るために、過去に遡る必要は無い。

 答えは現在にあるのだから。


「……これだから人混みは嫌いなんだ」


 彼は溜息を吐いて、人と人の隙間を縫うように動いて、人海を抜ける。

 自分の呟きも注意深く聞いていないと聞こえなくなってしまいそうなほどの喧騒。

 いつもの彼なら嫌悪感を覚えて理性がはち切れそうになる感覚を覚えるのだが――今回はそうはならなかった。

 彼自身不思議に思ってはいるが、雰囲気の違いのせいだろうと勝手に結論付けた。

 今の彼にはそれを熟考するよりもすべきことがある。


(どっかに誰かいないかな……この広さだと絶望的だけど)


 僅かな希望を持ちながら、煉瓦の壁に手をついて歩き出す。

 まずは見知った仲間を探して、慣れない空気と中和する必要がある。だが、数千もの人間がそこにいるため、それは容易ではない。

 やはり仲間を探すのは諦めようかと、シオンが思った時。間接的にここに招待した張本人の言葉を思い出した。

 束の間の休息の邪魔をするのは憚られるが、彼は来るなとは言われていない。

 ほかの人の邪魔にならないよう、シオンは施設の中へと入った。

 戦争終結を祝う、パーティ会場の喧騒に背を向けて。



「……で、ここに来たのか」


 呆れたように吐き、アーキスタはコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置いた。

 場所は変わって、客室――VIPルームと見紛う規模と内装の部屋。

 ここに滞在する間のアーキスタの部屋だとシオンは聞いたが、完全に予想と食い違っていた。

 ベッドのサイズも一人用のそれではない。3人くらい一緒に寝れそうである。

 赤い絨毯の敷かれた床と花を模したであろう模様の壁紙が優雅な雰囲気をより一層見せている。

 ただ残念なのは――使用者が白衣という、気品の欠片もない恰好であることだ。


「確かに飽きたら来いとは言ったが……レイアはどうした?」

「はぐれた」

「……俺の頼みを忘れたか、馬鹿……」


 頭を抱えて、アーキスタが呻く。

 おそらく彼の脳内では宴を楽しむレイアの姿が浮かんでいるのだろうが、実際はどうなっているのかは分からない。シオンとはぐれたことも忘れて、本当にそうなっている可能性もあるが。

 シオンは彼の小さな誤解――自分がいつの間にか迷子になっていた――を訂正しようと思ったが、特に間違ったことも言っていないので、言葉を飲み込んだ。


「そう言えば、シエラには会ったか?」

「いや……まだだけど」

「じゃあ、後でここに来るように言っておこう」


 アーキスタは頭を軽く掻いて、コーヒーを少しすする。


「……ところで、いいのか? 戻らなくて」

「歓迎会の時とは規模が違いすぎる。騒がしいのは嫌なんだ」

「ガキが不満を言ってるようにしか見えないな」


 と苦笑して、アーキスタはぐいっとマグカップを上に傾けてコーヒーを飲み干した。

 その間に、シオンは口をへの字に曲げて、怒ったように鼻をフン、と鳴らした。


「で、これからちょっと客が来るんだが」

「客? ……部屋を出た方が良いか」

「いや、丁度いいだろう。お前はここにいてくれ」

「いいのか? その、どっかの司令とか来たりとかするんじゃ」

「そんな予定はないさ。どこぞの司令も今やお前の嫌いな喧騒の中だ」


 空になったマグカップに再びコーヒーを注ぎつつ、アーキスタは彼の問いに答えた。

 そしてその直後、この部屋の扉から二度、叩く音が響く。


「レルラ司令、捕虜二人をお連れしました」

「入れてくれ」

(……捕虜?)


 淹れたてのコーヒーを一口すすって、アーキスタはシオンを無言で手招いた。

 意図は知れなかったが、ひとまず彼は指示に従って彼の隣に立つ。

 それから扉が開き、ラフな格好をした好青年が笑みを浮かべて一礼し、道を開けた。

 そこを通って、部屋に入ったのは――。


「……ん、お前……?」

「あんた、まさか……!」


 シオンは先に部屋に入った男と目が合うと、驚愕を隠せず狼狽した。

 オールバックの金髪に、無精髭。顔を合わせたのは初めてだが、シオンは声だけでその正体を理解した。


「『ブリュード』の、蒼色……!」

「へえ、じゃあお前があのバケモンのパイロットか。思ってたよりいい顔してやがる」

「……義兄様にいさま。私達の立場を理解していますか」


 金髪の男――ゼライド・ゼファンの後ろから、もう一人、女性が姿を見せる。

 黒い長髪が特徴的な彼女は――イアル・リバイツォ。奇跡的にファイドの凶弾から一命を取り留めた人間だ。その証拠に、まだ頭に包帯が巻かれている。


「義兄が失礼をしました。それで、御用と言うのは」


 扉を閉じ、イアルは丁寧な所作でアーキスタに向けてお辞儀する。

 その様子を見て、シオンは二人に……手錠がかけられていないことに気付いた。

 そんな備品は無いのか、その必要は無いのか。どちらにせよ、彼らの人権は尊重されていると分かって、シオンは安心した。


「では、単刀直入に。俺達と一緒に戦う気はないか」

「……んだァ? お前らなら俺達をうまく使えるってか?」

「義兄様」

「……チッ」


 妹にたしなめられ、どちらの立場が上なのかわからなくなる。それがおかしくて、シオンの口が笑みに歪みかける。

 が、ゼライドの凶暴な犬のような視線が向けられてその歪みは消える。精神年齢はシオンとそう変わらないらしい。


「こちらとしては断れる立場にありません……しかし、理由を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「具体的な内容はコイツが知ってる」

「へ」


 両肩に手を置かれ、シオンは一瞬だけ思考が停止した。


「……何を話せってんだよ」

「俺も聞きたいんだよ。お前がシャウティアから聞いたって情報を」

(……レイアだな……)


 今は宴を楽しんでいるであろう人物に余分な呆れを感じながら、シオンは頭の中で発言する内容を整理する。

 それから深呼吸して、二人に向き直る。


「真偽の程は定かじゃない。それでもいいか」


 イアルの顎が僅かに引かれる。


「ざっくり言うと、火星に答えがある。エイグの製造者も、おそらくそこにいる」

「……かなりアバウトだな。要はまだ戦うかも、ってことか?」


 ゼライドは眉を顰め、特に理由も無さそうに首筋を掻いた。

 シオンはその問いに対し、んんと唸る。


「――たぶん?」

「おい、こんなの信用できんのかよ」

「こんなの、なんてのは酷い言い様だな。まあはっきり言って俺もよく分からんが」

「だからまだ言いたくないって言ってたのに……」


 ぶつぶつ不満を漏らす彼に向けて、イアルが「ですが」と言う。


「戦闘の有無にかかわらず、私達の出る幕はまだあると」

「ま、そうだな。シオンの言う事が本当なら、戦闘もあり得る――その時に戦えるかも、聞いておこうか」

「私は構いません」

「待て待て、お前はまだ全快してないだろ」


 素直に承諾するイアルに、ゼライドは焦ったように抗議する。

 その理由は、その場にいるモノ全員が理解している。

 致命傷ではなかったとは言え、ファイドの放った弾丸は彼女の頭を貫いたのだ。彼女には多少の傷が残っており、エイグの操縦という重労働をさせるには向かない。


「それにお前らも……こいつのこと知ってるんだろ? そんな、無理に動かす必要は」

「別に今すぐ動かすだなんて言ってないだろ。人手の欲しい時に動いてくれるか、そう聞いてる」

「イアルが必要なくなるくらいに働いてみせる! だから俺を使え!」

「義兄様。自分の身体の事は自分でなんとでもできます」

「いーや、お前に無理はさせられねえ。大人しく寝てろ」


 このシスコンめ――とは、おそらくシオンだけでなくアーキスタも思ったことだろう。

 誰が見ても妹を過保護しようとする兄にしか見えない。

 相も変わらず、兄であるゼライドの方が強情な子供にしか見えないのだが。


(どこかの姉妹に似てるな)

「こちらとしては個人の意見を尊重したいが……まあ、その辺はそっちで話してくれ。ひとまず二人ともプレイスに入隊してくれるな?」

「ええ」「ッたり前だ!」

「それじゃ、今晩には部屋が用意できるようにしておく。……一応言っておくが、仲間と殴り合ったりするなよ?」

「するわけねえだろ」

「その時は私が止めますので」


 信用できるのはイアルの方だともう頭の中で認識されているのか、アーキスタは彼女の言葉に頷いた。

 その反応に顔をひきつらせたゼライドだったが、多少の理性は働いているらしく拳を振るうことは無かった。


「では、失礼します」

「またな、ボウズ」

「ん……ああ、一緒に動くときはよろしくな」


 急に手を振られ、シオンは戸惑いつつも手を振り返す。


(そういえば、殴ったことは忘れてるのか……?)


 静かに部屋を出た二人を見送ってから、シオンは初めて二人と出会った時――『ブリュード』との初戦を思い出す。

 あの時はシャウティアの機能によってゼライドに奇襲をかけることに成功し、退かせることができた。

 が、あのことは二人にとって、特にゼライドにとっては間違いなく屈辱であった筈である。

 そのことも気にせず、あの発言をできるのは、彼の根はやはり大人であるという事か。

 はたまた彼の思う通り、忘れているのか。


(まあ、いいか)

「てことで、ブリュードの二人も仲間入りだ。しばらくは情報を聞き出したり、そういう場面が多くなるだろうな」

「拷問でもしなけりゃ、文句はないさ」

「するわけないだろ」


 軽い冗談に笑い、アーキスタはまたコーヒーを――


「――っておい、さっきからコーヒー飲みすぎだろお前。ちゃんと寝てるのか、ていうか死ぬ気じゃないだろうな」

「まだ死ねないし、2時間は寝てる」

「昼寝レベルじゃないか!?」

「これでも他の司令に比べりゃ寝てる方だ。寝てられないんだよ」


 はあ、とシオンは意味もなく息を吐く。

 彼が何をしているか知っているから、下手に寝ろとは言えないのだ。


「まあ、死なない程度に頑張ってくれ」

「どうも――は、いいんだよ。シオン、アレ以外にも情報はあるだろ? 真偽はいい、話してくれ」

「……話したいのは山々だが、みんな――特に、ミュウがいる時がいい」

「頭を使うのはあいつの役目か……まあ、そういうならいいだろう。じゃあ、それはそれとして、戦いが終わって気になることはあるか?」


 早くもコーヒーを飲み終えたアーキスタからの質問に、シオンは唸って考える。

 しかし思い返してみると、疑問に思うことは多くある。


「俺が襲われたツォイクと同様の兵士――破壊活動を行っていた奴らが、捕虜にいないってのは気になる。それに国連事務総長らしき奴が、世界が滅ぶとか、なんとか」

「前者は俺達でも調査中だが……世界が?」


 そんな馬鹿な、と呆れるわけでもなく、アーキスタはシオンに次の言葉を求めた。

 まだ呆れるには要素が足りないのだろう――シオンはそう思い、言葉を選択した。


「俺もあの時の記憶は曖昧だったから、なんとも言えない。ただ奴は俺達の知らない、重要な何かを知っていたんだろう」

「死人は物言わず……そもそも死体すら見つかっていないからな。これからの会議で聞いてみるが……あまり期待しない方が良いだろうな」


 テーブルの上にあるメモ帳に軽くペンを走らせ、アーキスタは面倒くさそうに頭を掻く。

 彼の本音が動きに出ている――そう思ったシオンは、彼の頭から僅かながらフケが散らされていたのを確かに見た。


(……風呂にも入ってないのか)


 毎日ちゃんと入浴するのは日本人くらいだ、という話を度々聞いたことのあったシオンだったが、ここでそれを確認するとは思っていなかった。


「そういえば、さっきの話――まだ戦うことになりそうだ、と考えていていいんだな?」

「保証はしないけど」

「どっちにせよ、ズタボロになった戦力を補強しないといけない」

「……まだ戦わせるのか? 元市民の奴らは、元の生活に戻ったりとか」

「できない奴がほとんどなんだよ。大体は行方不明扱いで、それが突然に戻ってきたら誰しもプレイスの隊員――テロ組織の一員だって認識をするだろ?」


 なるほど、とシオンは呟く。

 そうなれば、自分が学校にいた時と同様の扱いを受けかねない。

 その気持ちは誰よりも分かる、そう自負している。


「それに、仮に戦うことになっても、本当に希望する奴だけを選出する。それならお前も文句は無いだろ?」

「ああ、うん――ん?」


 曖昧な返事をすると、再び扉がノックされる。

 それに対してアーキスタが「どうぞ」と返事すると、二人にとって見慣れた橙色のセミロングヘアの少女――シエラが大きな溜息を吐いて、部屋に入ってきた。

 その理由は、彼女のおぶっているレイアを見れば分かる。

 泥酔状態らしく、顔を真っ赤にして寝息を立てている。


「お姉ちゃん、ここに置いていきますよ……って」

「あ……えっと。久しぶり、か?」


 違和感が全くなかった為忘れていたのか、シオンは自分がシエラと久しぶりに会っているのだと今思い出した。

 一方で姉を床に転がしたシエラは、口をぱくぱくとさせてシオンに人差し指を指している。


「し、しし、シオン……くん?」

「いやうん、そうだけど。……なんか変か?」


 シオンは自分の身体を見回し、おかしなところがないか探す――しかし、客観的に見ても普通の格好だ。

 そう言うと、シエラは姉のように顔を赤くして部屋を飛び出した。


「……なんで俺が目覚めたと知るや否や、顔を赤くして逃げるんだ」

「お前にゃまだ早いってことだ」

「何がだよ」

「さてな……まずはそこの馬鹿をベッドに寝かせてやれ」


 答えをはぐらかされてもやもやしたまま、シオンは言われたとおりにレイアをおぶってベッドに寝かせる。

 それからは話すことも無くなったので、仕方なく外に戻った。

 その時運悪く彼を知る隊員に捕まり、「今回の戦争の英雄だ」と晒しモノにされて深夜まで宴に付き合わされたのだが――それは別の話である。

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