第14話「苦労人たち」part-B
「ん?」
シオンの目覚めから一日が経った朝。日課の軽いトレーニングを部屋でしていたレイアは、端末――韓国支部製の特注品――が振動していることに気付いた。
両肩を軽く回しながら、彼女は端末を手にして通話ボタンを押し、耳に当てた。
「はい、レイア・リーゲンス」
『アーキスタだ。よかった、起きてたか』
自分で名乗ったように、端末の向こうで声を発したのはアーキスタだった。
約一週間ぶりに聞いた彼の声は、疲れているようで、どこか活き活きしている――そう彼女は思った。
「会議は終わったのか?」
『さっきな。ひとまず搭乗者未登録のエイグが全機イギリスに行く予定だ』
「と言うことは、私達もか」
『近いうちにな。……そういえば、シオンは?』
恐る恐るといった口調で、アーキスタが聞いてくる。
ああ、知らないのか――彼女は彼の知らないことを知っていると思うと、なぜか笑みがこぼれた。
「昨日起きたよ。多少の疲れは残っているし、復帰にはまだかかるだろうが……」
『起きただけで十分だ。そうか、起きたか……』
安堵の息を漏らして、少しの間が開く。
会話を忘れているのではないかと、レイアは言葉をかけた。
「どうした、眠いのか?」
『……馬鹿言え、こんな状況で寝てられるか。お前らが踏ん張った次は、俺達が踏ん張る番だろうがよ』
「ズィーク司令がいたら、笑っていそうだな」
と、レイアは微笑する。
冗談で言ったつもりだったのだが、妙な間隙に違和感を感じた。
「おい、ラル」
『……いや、いるんだよ、すぐ隣に』
疲れたように発された彼の言葉を理解したと同時に、彼女の口から息が暴発した。
◆
数時間を経て、輸送機はイギリスに到着した。
ズィークは変わらずの飄々とした態度のまま、アーキスタは無防備に伸びをしながら地面を踏んだ。
彼らを囲む巨大な施設――と言うよりは、城。見方によっては砦とも言えるだろう。
そのすぐ近くにある、同様の面積を持つ鉄製の倉庫に、彼らは入った。
多数などと言う言葉では足りない数のエイグと、それを収容して有り余る面積。
いや、一目で分かるモノではない。何せ途方もない数の巨人を収容するのだから――街の一つほどの面積は無いと、話にならない。
日本支部のそれとは比べ物にならない格納庫を目にし、アーキスタは感嘆の息を吐いた。
「データで見てはいましたが、これはこれで」
「政府の協力の象徴、と僕は思っているよ。過程はどうあれ、テロ組織である僕らの願いを聞き入れてくれたんだから」
「イギリス人が博打好きだというのは、噂だけではないようで……」
はは、と苦笑しながら、アーキスタは先ほど端末の先で爆笑していた相手を思い出す。
(奴もイギリス人の筈なんだが……まあ、人間ってことか)
「さて。とは言えどこれだけじゃ宝の持ち腐れだよ。保管する施設なんだから、もっと入れないと」
「そうですね。あとどれくらい入りますか?」
聞かれると、ズィークは端末を操作して立体映像でデータを映し出した。
それを指で操作して、途中で止める。
「今の規模だと、ざっと5000は入るかなぁ」
「……確か、『アレ』も未登録エイグに含まれてるんでしたっけ?」
アーキスタは後頭部を掻きながら、国連側から渡された資料に書かれていたモノを思い出す。
なぜそんなモノが今まで未登録だったのか、考えてみれば妙な話だった。だが現にそうだったのだから、信じるほかない。
それだけのモノがイギリス支部の下に来ようとしているのだ。
人型エイグとは一線を画す存在――戦艦型エイグが。
「人型はともかく、戦艦型寄越されましてもねえ……」
「まあ、運用方法に関してはこっちで考えるからいいとして。また政府に無茶言わなきゃならないね」
「あんなの入れるくらいなら、あれを格納庫の代わりにした方がマシですしね」
肩をすくめて、アーキスタは体を180度回転させて外へと向かう。
端末をしまったズィークも彼の後ろについて行く。
「それにしても……ほんの数日まで戦争をしていたとは思えませんね」
「僕らはそもそも戦争を知らない世代だからね。実感がわかなくて当然さ」
前大戦からでさえ、100年が経とうとしている。
数十年も生きていない彼らが戦争の表舞台に立つこと自体、異常である。
いや、それ以前に戦争がまた起こってしまったことが問題なのだが――。
「何人、死んだんでしょう」
ふとした彼の呟きに、ズィークより先に風が応え、彼の白衣を揺らした。
「国連も調査中らしい。そう多くは無い筈だけど」
「日本支部からは、32人いなくなりました」
「ウチは167人だよ」
数字を語る彼らの顔は、笑ってもいなければ悲しんでもいない。
ただ事実を語る、文面のようであった。
「……でも、死んだのは戦った人間だけではありません」
「そうだね。でも、死んだ人間は戻ってこない。残るのは死んだという事実と、戦死者という枠でまとめられた数のみだ」
「昔の人は、この数字をどう見ていたんでしょうか」
それには応えられない、とばかりに風が止む。
「過去の人間の思惑を知っても、それは今を生きる僕らの考えじゃない。大事なのは僕らがそれをどう受け止めるか、だと思うけどね」
「……覚えておきます」
「かく言う僕も、君より数年しか長く生きてないんだけどね」
「説得力と年齢は別ですよ」
本当に――心の中で呟いて、アーキスタは目を閉じ、瞼の裏にリーゲンス姉妹を思い浮かべる。
(妹は乗り切ってるのに、姉は未だにウジウジ。考え方の違いもあるだろうがな……)
そう思うアーキスタも、二人から少しずつ話を聞いた程度で、さほど深く彼女らの心境を窺ったわけではない。
それでも、分かることはあるのだ。
「さっきから、君のトコのエースを遠回しに皮肉っているような気がするんだけど?」
「そんなつもりは無かったんですがね……まあ、さっきのはそうですけど」
思考を見透かされたと思うと、彼はばつが悪そうに頭を掻いた。
「戦争も終わったんだ、彼女も線香の一本でも立てて、落ち着いてほしいモノだね」
「……ズィーク司令。イギリスに、墓に線香を供える文化はなかった気がするのですが」
「おや、では君は日本人以外が日本語を喋ってはいけないとでも?」
「そうは言いませんが……司令、今度日本をご案内しますよ。餓えてらっしゃるようなので」
「嬉しいけど、暇ができたらね」
アーキスタの誘いに、ズィークは苦笑に加えて肩をすくませて応じた。
あくまで今の彼らに、悠長に観光する暇はないのである。
「――さて、次はシエラかな」
「部下への連絡も大変だね、誰か秘書にすればいいのに」
「そこまでの余裕はありませんし、この方が一人一人の状況が把握できます」
「……いやはや、恐れ入るね」
ズィークのため息を無視して、アーキスタは端末を取り出した。
◆
いつもと違う雰囲気の日本支部――帰ってきてからというモノ、シエラはずっとそう思っていた。
生活がガラリと変わったわけではない。むしろ元通りになった。
それでもそう感じてしまうのは、何故なのか。
思案しながら過ごすだけで、彼女の一日は終わっていた。
(……やっぱり、私)
心配なんだな――最後まで言わずとも、分かっていた。
姉もいなければ、親友も、色んな言葉を贈りたい人もいない。
物足りないのだ。
「?」
溜息を吐いた彼女を、端末が呼んだ。
ゆっくりとそれを手に取ると、表示されていた名前は、今ここにはいない日本支部司令――アーキスタ・レルラだった。
「……はい、シエラ・リーゲンス」
『アーキスタだ。元気だったか、シエラ』
「……はい」
『いやいや、どう聞いても嘘だろ』
明らかに気力のない声を聞いて、すかさず彼の突っ込みが入る。
頬を膨らませながら、彼女はベッドに腰掛けた。
「……だって、静かなんですもん」
『なんだかんだと言って姉が好きな証拠だろう。……まあ、奴がいなくても物足りないだろうがな』
「うう」
『ともかく、指令だ。その内、そこにいる奴ら全員に、イギリス支部へ来てもらう』
「イギリスに、ですか? また、どうして」
元よりプレイスの本拠地は一応イギリス、という認識は彼女にもあった。
用があるにしても、どうしてイギリスなのかが分からなかったのだ。
ただ伝えるだけならば、日本支部でも、いやもしかするとこの通話でも可能なはずである。
『軽い打ち上げと、エイグの集結だよ』
「……日本支部はなくなるんです?」
『元は国のモノだからな。返すだけだ』
「そう、ですか……」
『環境はまた変わるが、お前にとって故郷に帰るようなモノだろ?』
「私はいいですけど、お姉ちゃんが――」
不安げに目を細める彼女の脳裏には、プレイスの兵士として再会した時の姉の顔が過っていた。
目の下に濃い隈をつくり、戦うことで家族のことを忘れようとしていた時の、姉だ。
『奴も子供じゃない。そろそろ乗り越えてもらわないと困る』
「……無理に、そうさせなくても。戦争も終わりました」
『兵士としてのあいつの話をしてるんじゃない。ひとりの人間としての話だ』
「忘れてしまった方がいいこともあります」
『あいつ自身がずるずると引き摺ってるのは明らかだろ』
言い返せず、シエラは声の為に使おうとした息をそのまま吐いた。
その通りだと認めている反面、姉をそっとしておきたいという気持ちもあるのだ。
「……お姉ちゃんが嫌がるなら、止めてくださいね」
『考えておく。……一番伝えたかったのは、イギリスへの集合だ。今度帰った時に全員が移動できるように手配しておくが、お前なら数人連れて輸送機を動かすくらいできるだろう』
「……気が向いたら、そうします」
『体に気を付けろよ』
「司令には言われたくないです」
淡々としたやり取りで通話を終え、シエラは端末を握った手と体をベッドに預けた。
イギリスに戻れば、また何か変わるかもしれない。
それでも今のまま何気なく一日を浪費するよりはましだと、彼女は思った。
(っていうか、バレバレだよね……)
端末を持っていない方の手で目を覆い、シエラは自然と湧き出る笑みを抑えようともしなかった。
それだけおかしかったのだ、レイアの話をするアーキスタが。
彼の不器用さが余すことなく出ていた。どう考えても、彼女の中の結論はそうだった。
つまるところ――
(――司令さん、お姉ちゃんの事……)
その事実がほぼ明白になったとはいえ、すぐには受け止められない。
意図は理解できる。戦争も終わり、若者の出番はもうじき終わる。
これからの十数年は、本当の復興の為に費やされる。その道程は決して楽ではない。
(それでも、自らの意志には逆らえなかった……ってことなのかな)
笑みが消え、代わりに他人事ではないと自分の脳が怒鳴っているのが響く。
はっきりはしていないが――彼女も、彼に好意を寄せている。
いくら否定していても、彼女のヴェルクのAIを調べればすぐにわかることだ。
しかし、こちらも認めたい反面、違うと反論したい気持ちもある。
(ただ、私はシオン君といると安心するだけで……)
それが同時に答えでもあると、告げてくれる人物は今そこにいない。
デジタル時計が、小さく時を刻む音が部屋に響く。
こうして彼女はまた一日を過ごした。
自分の気持ちに、また答えが出せないまま。




