第14話「苦労人たち」part-A
ばん、と机を叩く音が室内に響いた。
動作の主である初老の男は席を立ち、向かいの席に座る、白衣を着た眼鏡の青年――アーキスタを睨んだ。
「そんなことが認められるか! 仮にもテロ組織である貴様らに全てのエイグを管理させるなど……!」
呻く男に対し、アーキスタも立ち上がって応える。
「では他に、未だ一万以上残っているエイグを全てを収容できる設備を持つ組織があるとでも?」
「世界各地に分散すればいいだけの話だ! テロ組織にみすみす渡して、誰が安心しようか!」
「……随分だね、彼」
アーキスタの隣で、シンプルなスーツに身を包んだ、短い金髪を持つ若い男――ズィーク・ヴィクトワールは、青い瞳を瞼で覆って、小声でアーキスタに言った。
「……と言うより、芸が無い。僕らがテロ組織だからという理由だけでごり押しする気だ」
「確かに俺達はテロ組織だが、それ以上の非人道的活動をしていたのは国連だ」
「そもそも僕達は連合の活動を止めさせるのが目的であって、人殺しは目的ではないからね」
アーキスタの発言に一々補足するように言うズィーク。しかし初老の男には聞こえていないので、アーキスタにとって地味に邪魔になっている。
ひきつる笑顔で彼の方を向き、囁くような小声で彼に話しかける。
「……ズィーク司令、少し黙っていてください」
「どうしてだい? 隠し事はよくないし、事実を言っているだけだ」
「一々言う事でも無いですし、それを言うのは一応俺の役目なんですよ。だから黙っていてください」
「じゃあ僕がお相手しよう」
「え」
「何を、ブツブツと――」
コソコソ話す二人に男がまた怒鳴ろうとして。
アーキスタの肩に手をかけて、ズィークが立ち上がった。
「失礼、国連代表グレナ・ミラン殿。私が代わりにお答えします」
座らされたアーキスタは呆れたように溜息を吐き、事の顛末を見送ろうと男の方を見た。
今こそ眉根を寄せて睨んでいる彼だが、この後どうなるのか――それを考えると、同情せずにはいられなくなる。
「まず先程彼が答えたように、現在地球上には一万を超えるエイグを収容できる施設はありません。ですがグレナ殿の申すように、各地の施設に分散、あるいは地中に埋めるなど、他にも手段はあるでしょう。しかし忘れましたか。ドロップ・スターズ内部にエイグの存在が判明したとき、平和の心――第2次世界大戦後の講和条約を忘れたことを。人類は武器を捨て、手を取り合うことを取り決めたはずです。だのにエイグに手を出し、更なる被害を出したのは国連です。今は形だけが残っているとはいえ、市民の信頼が寄せられているのは他でもなく我々だ。あなた方ではなく、市民が安心することを優先させるならば我々が管理する方が良いと我々は考えます」
(よくもまあ噛まずにベラベラと……)
また顔をひきつらせながら、アーキスタは男の反応を窺った。
彼は今にも怒りそうな、噴火寸前の火山と言った具合に顔を赤くしていた。
そして、間もなく噴火し――かけて、縮みだした。
「だとしてもだ! 政府を脅迫によって従わせ、戦争のための道具にしようとした――」
「おやおや、政府よりも大事な命を『道具』に載せて、わけの分からない目的の為に働かせていた国連よりはマシでしょう? それに私達も、何も従わせていたわけではありません」
「なんだと……?」
(ズィーク司令じゃなくても見えてた結末だけど、この人だとどうも質が悪く見えるな……)
自然と出る溜息。出番を奪われたうえに完全に叩き潰しにいく彼のスタイルを見れば、誰でもそんな気分になるだろう。
「私たちは政府の許可の下に基地を与えられ、それを拠点として『国と共に』連合への反抗を行っていたのです。でなければ私達は自衛組織とも戦う必要があり、此度の戦争の早期終結は叶わなかったわけです」
「ぐ……」
男は黙り、体を震わせる。何かを言おうとしても、本能で無駄だと理解してしまったのだろう。
心は折れかけている。だがズィークの口は止まらない。
「ということは? 私達は国からの信頼を得ている。それに加えて多くの国にプレイスの基地がある――それはつまり、それだけの国の信頼を得ているという事であり、同時にそれだけの繋がりがあるということです。ご理解いただけますか、グレナ殿」
「だが、戦闘しか能のないような連中に全てを渡してしまえば、万が一の時に……!」
「でしたら、仲良く手を取りましょう」
その場に、大勢の人によるざわめきが起こった。
内容があまりに突飛だったせいか、ズィークが発言してから少し間があったが。
「そこまで信用ならないのなら、国連がプレイスを監視すればいいのではないですか?」
「………」
「聞くに、グレナ殿。全エイグを保有して、何が目的なのですか? 我々は良いにしても、市民がそれを良しとしないでしょう」
「失礼、私が変わろう――フガルツ・リーバンだ」
「どうも」
初老の男では埒が明かないと感じたのか、少し離れた場所に座る、比較的若い男が席を立った。
「こちらが憂慮しているのは、そちらに渡した全エイグの破壊だ。エイグに登録された搭乗者は、そのエイグと身体の情報を共有している――破壊された場合の搭乗者への被害は不明だ」
「それくらいの情報はこちらでも入手していますし、そうするつもりは微塵もございません。こちらとしてはエイグの研究および無リスクでの破壊方法の模索を行うつもりです」
「その場合に、一万を超えるエイグが必要になるのか?」
なるほど、とアーキスタは小さく呟いた。一応考えてはいたが、聞かれるとは思っていなかったのだ。
要するに、少し甘く見ていたのだ。
「確かにそうですね。ですがこちらは予備がどうこうというよりは、そちらで残党が結成されないか、それを懸念しているのです」
「それに関しては、国連の方で厳重に管理させてもらうつもりだ」
「ふむ……では、それを認めたとして、搭乗者はどうなりますか? AGアーマーを纏った彼らは、下手に武装した兵士よりも強力です」
「そちらも厳重な監視体制を設けた上で、管理させていただきます」
「では、仮に――私達や市民にその矛が向けられた場合は?」
本質に迫った疑問。彼一人では簡単に答えられないのか、当惑した表情で黙り込んだ。
「簡単には答えられない、ですか。答えはできるだけ早い方が嬉しいですが、今すぐに、とは言いません。この会議もこれ限りではありませんし」
「……では、こちらからも一ついいだろうか?」
「どうぞ」
「そちらが市民に矛を向けた場合は?」
「今度こそあなた方の好きにすればいい――私達にはそれだけの自信がある」
「……わかった。では今は、搭乗者のいないエイグをそちらに渡そう。それでいいだろうか」
「感謝します――では、今回はこれでお開きにしましょう」
ズィークの視線の合図を受け取ったアーキスタは、立ち上がって彼と共に礼をする。
空気が緊張から解かれる中、二人は部屋を後にした。
部屋を出てまず、アーキスタは溜息をついた。
「一応、予定通りですが。俺の役目が殆ど持って行かれたんですけど、ズィーク司令」
「そんなに目立ちたがり屋だったかな、君は?」
「いやそうじゃなくて……あなたは元々頭数を合わせる為にここに来たんですから……」
絨毯の敷かれた廊下を歩きながら、アーキスタは不満を漏らす。
「おやおや、脇役が目立って嫉妬しているのかい?」
「……いいですよ、もう。未搭乗エイグ入手が認められたわけですし」
「だけど国連は自分たちのエイグを渡すつもりは無いらしいね。ある意味予定通りだけど」
「イギリス支部はどうなっています?」
「格納庫の拡張作業は続けられているから、すぐにでも集結はできるだろうね。でもまずは、君たちの部隊が先かな」
「感謝します、が……政府とはどういう話になったんです?」
「その内君にも情報が回ってくるだろうけど、プレイスの基地が置かれていた国は同盟を結び、プレイスの活動を支援するのだそうだよ」
「ということは、もう国ごとの兵隊、という扱いではなくなるわけですか」
「そうだね」
「で、その本部は依然としてイギリス、ですか――」
歩きながらでも、彼らの舌は全く止まりはしない。
ある意味似たモノである二人は、次の目的地を目指して歩みを進める。
戦後、プレイスで最も苦労しているのは彼らなのである。
若者が多くとも、組織の代表格に立つ、彼らが。
第3次世界大戦が終結して、僅か数日が経過した――それだけでは、戦闘が無くなった以外の変化はなかった。
それを世界に与える役割を、残った国連幹部とプレイスの各国支部司令が担っているのだ。
その過程として、今日が初となった小規模な会議があったのだ。もちろん今日の身に関わらず、問題が浮き彫りになる度にまた開かれる。
会議での論点は大きく分けて、戦後のエイグの管理、国連内部の実態に分けられた。前者は言うまでもなく、後者は今後の国連の運営にも関わることで、かつ誰もが気にしている内容だった。
プレイスで捕虜にした連合軍の兵士は、誰も破壊の意志を持ってプレイスと戦っていたわけではなかったのだ。
つまり――破壊活動に勤しんでいた者が、戦後になっても判明しないのだ。
ただ一人確かであるのは、シエラとシオンが七夕の日に交戦したツォイクの部隊長。二人の証言とヴェルクのデータからそれは確かであったのだが、シオンが殺してしまったためにその手がかりは失われてしまっている。
であるから、連合軍を管理していた国連に聞くしかないのである。
しかし今回はエイグについて議論すると決まっていたため、おそらくその話題は次回、もしくはもっと先になるのだろう。
互いに、いかに重要な会議であれどあまり時間は取れないのだ。他にもすべきことが、山ほどあるのだから。
具体的には――
「条約の内容も考えなくてはならないし、改めて市民への説明も必要だ。それに反抗する運動の抑制、ヴェルク派遣の手続きも必要になるだろう。それだけでなく、イギリスへの集合連絡、今回の会議で決まったことも伝えなくちゃならない」
指を一つ一つ折りながら、ズィークが予定を確認する。
アーキスタもそれを聞きながら、自分のすべきこと――ほぼ彼と同じなのだが――を確認する。
「無理してぶっ倒れたくはありませんが、あいつがそこまでしてくれましたからね」
「日本支部の……確か、スレイド君だったかな?」
「ええ。無茶苦茶やって世界中引っ掻き回して――泥沼化しかけていた戦争をたったの2年で終わらせてしまった」
「確か、一次が6年で、二次が8年ほどだったかな? そう考えると、彼の力がいかに異常かが見て取れるね――代償は、大きいけれど」
微妙な笑みを浮かべて、ズィークは肩をすくめた。
誰が聞いてもそんなリアクションを取るだろう。
時間を止めて、未知のエネルギーで以て戦闘する。
その性能は、他のエイグの追随を許さない――その言葉のどこにも嘘偽りがないのだから。
「これからは、できるだけ頼らないようにはしたいんですが……」
「エイグの正体によっては、また力を借りることもあるかも知れないね」
「それもあります。でもそれより、奴が何もしないこと、できないことを嫌うんです」
「ふむ。無力さを感じたくないのかな。若くていいね、そういうの」
「まあ、なんでもいいですが……目覚めても無理はしてほしくないですね」
「今は僕らがする番だからね」
玄関で外履きに履き替えた二人は外に出、二人を待っていた輸送機に乗り込んだ。
その行く先は、イギリス支部。
反連合組織改め、同盟国防衛部隊プレイスと改名した組織の、本拠地へ。
(さて――レイアに連絡かな)
座席に座ったアーキスタは小型の端末をポケットから取り出し、最も心を許している人物へと電波を送った。
そこでようやく、彼が目覚めたと知る。




