第13話「英雄の目覚め」part-B
広い部屋に簡素なテーブルをいくつも並べた、韓国支部の食堂。そのちょうど真ん中辺りで、シオンとレイアは並んで座っていた。
「そう言えば、シエラと、アヴィナは?」
喉に味噌汁を通して、シオンは隣で裂きイカを噛み締めるレイアに聞いた。
なんでも彼女は既に食事を終えていたらしいのだが、せっかくなので何か食べよう、と思い――結果として、裂きイカである。
長めのそれを噛み千切って、彼女は天井を見上げた。
「シエラは一足先に日本支部に帰っている。お前のことは心配していたが、同時に信頼もしている――と言い残していた」
「何だかんだで度胸あるよな、あいつ」
「アヴィナは韓国支部にいるが、どこにいるかまでは分からん」
「まあ、大体ミュウと一緒だしな。ここにいると分かっただけでいいさ」
同様に天井を見ながら、シオンは箸で摘まみ上げた米を口に運ぶ。噛み砕いたそれを飲み込み、また味噌汁を流し込む。
実は彼が目覚めて最初の食事は、白米と味噌汁だけなのである。
急に沢山は食べられない、という彼の要望が原因だ。
「……本当にそれで足りるのか?」
「腹が減ったらまた食べればいいだろ。今はこれでいい」
心配げな瞳で見られるも、シオンは気にせず食事を続ける。
レイアはまだ何か言いたげにしてたが、それを我慢するようにイカをまた噛み千切った。
「あ」
「なんだ?」
「……いや。戦争終わったし、エイグはどうするのかなって」
彼が彼女の話に聞いた通り、戦後のエイグは復興にも利用されている。しかし、今まで戦争の『道具』として扱われてきたそれに、新たな価値が見出せる可能性は限りなく低い。
場合によっては地上最強の兵器になり得るのだから、如何なる理由でも保持するのは避けた方が良いだろう。
だが、それを決めるのはシオンではない――だから、聞いたのだ。彼女が答えを持っているかはともかく。
「復興に使われているのは、世界各地に重機を運ぶ余裕がないからだ。運べたとして、そもそも数も足りない。その代用品として暫くこき使われるだろうが……その後はどうなるだろうな。一体化の事もあるから、破壊は無理だろうし」
「やっぱり残党だとか、そういう奴らの事も視野に入れとておいた方が良いのかな」
「考えたくはないが、可能性は高いだろう。それを無視して考えるにしても、そうだな……」
「宇宙にでも吹っ飛ばすか?」
話している間に食べ終わったシオンは、箸を置いて人差し指で天を指した。
「誰の手にも触れさせない、か。考え方は悪くないが、宇宙では何が起こるか何もわからない」
「逆に危険、か」
「現に人類は宇宙開発を後回しにしている。それが裏目に出たな……いや、何が起こるか分からないのは一緒だが」
「てことは、全部プレイスで?」
「そうなるだろうな……だが、いくらなんでも分散させるわけにもいくまい。防御が手薄になって奪取される可能性もある」
最後の一口を放り込み、レイアは小さく咀嚼音を立てながらイカを噛む。
行儀が悪いが、無意識に会話に夢中になっている彼らにそんなことを求めてはならない。
「じゃあ、どこかに集中させるのか?」
「防衛用の戦力も含め、な。多分、ラル達もその辺りを論じてくれているはずだ」
「なんにせよ、待つしかない、か……」
「どうしても暇なら体を動かすくらいは付き合ってやる」
「その時は頼むよ」
優しげに接してくれるレイアに微笑み、シオンは食器を重ねて席を立った。レイアもそれに合わせて席を立ち、彼と共に食堂を出た。
彼はここで目覚めたばかりで、どこに何があるのかを把握していない。地図があるわけでもないので、こうして二人で歩くことにしたのだ。
と言ってもやはり、レイアがシオンに肩を貸す構図なのだが。
「で、どこに行くんだ?」
「ひとまず格納庫……かな。ミュウも気になるけど」
「そういえば結局なんだったんだ、あれは。手を出したか」
「意味が分かると腹立たしいな。動けば痛むのにそんなことをするか」
「そのくせ、私の拒絶には動いたか……」
ぶつぶつと不満を漏らすレイア。シオンがそれに苦笑したのは、紛れもない本心がそうさせていたから、弁明のしようが無かったのである。
日本支部とは違う雰囲気の廊下を歩きながら、シオンは首をせわしなく動かして辺りを見る。
それがおかしかったのか、レイアは小さく噴出した。
「なんだ?」
「いや、そこまで興味を示すとは思っていなかったからな」
「はじめての場所だし、把握しておきたいんだよ。……まあ、興味もあるけどさ」
「日本支部よりかは規模は小さい。覚えるのにそう時間はかからないだろう」
「でも、今は頼むよ」
「ああ――と、格納庫はここだな」
学校の渡り廊下のような場所で立ち止まり、レイアは目前にそびえる巨大な建物を見上げた。シオンもそれにならう。
そこにあったのは、やはり日本支部とは雰囲気の違う――巨大な箱、とでも言うべきモノだった。
彼にはそれが格納庫だとすぐに分かった。仮に彼がレイアに格納庫へ連れて行くように頼まなかったとしても、だ。
「でかい、な……」
「日本支部には劣るが、それでも確かにそうだ。さあ、入るか」
「あ、ああ」
レイアに促され、二人は共に格納庫の中へ入る。
そしてすぐ右に、紫色のヴェルク――シフォンが視界に入った。まさかと思って左を見ると、青色のヴェルク――シアスもいた。
おまけにその足元には、変わらず少年のような風貌を持つアヴィナも。
彼女は二人に気付いたのか、振り向いて無邪気な笑みを浮かべ、シオンに駆け寄った。
「おっはよう、シーくん!」
「おはよう、アヴィナ。心配かけたな」
シオンが優しくその頭を撫でると、アヴィナは嬉しそうに目を細めた。
「んふふ~、ミュウには負けるよぉ。ミュウってばずっとシーくんのことばっかり話すんだもん」
「……そのミュウはどこだ?」
「さぁ? ここにはいないけど」
「弱ったな。シャウティアの事を聞こうと思ったんだけど」
「あ、シーくんのエイグなら、ほらそこ。シフォンのすぐ隣だよん」
言われたとおりにその方を向くと、確かにそこには赤と白のカラーリングがされた、シャウティアがいた。
先程はシフォンだけが視界に映っていたから、気付かなかったのだ。
「無傷だってさ。あんなことがあったのにすごいよねぇ」
「……そういえば、シオン。シエラと別れてすぐ、その場にいたヴェルクが全て異常な状態になった。何か心当たりは?」
今になって思い出したようなレイアの口調。急に聞かれて、シオンは戸惑いながらも思い返す――しかし、心当たりになりそうな出来事は無い。それどころか、彼は。
「俺、途中で意識が無くなってたんだよ。基地に入って、それから気付けばベッドの上だ」
「……基地には、AGアーマーで?」
「ああ」
「んんん……じゃあなんでシーくんはシャウティアに乗ってたの?」
「は?」
アヴィナの素朴な疑問に、シオンは首を傾げた。
「記憶が正しければ、俺の記憶は基地の中で、イアル――『ブリュード』の片割れが撃たれたトコまでで途切れてるんだが」
「いや、だが私達がそこに戻った時、残っていたのは大量のツォイクの残骸と、無防備にコアが丸見えになったシャウティアだ」
「……誰かが、何かしたのか?」
「確かめようにも、どこの記録にも残っていないんだ。だから今は、シャウティアが全てやったとしか」
「でもそれって変だよねえ。エイグってヒト無しで動かないでしょ?」
口調は変わらずだが、その発言は的を射ている。
エイグは搭乗者の指令無くして動かないのは、既知の事実である。
全員が沈黙する中、シオンがそれを打ち破った。
「いや、待て――乗る時はそうじゃないはずだ。エイグにコアを解放するように命じれば、ひとりでに動く」
「確かに、そうだな……それに、AGアーマー装着の処理もAIがしていると考えていいだろう」
「となると、勝手に動いちゃう可能性はなくもないってこと?」
「エネルギーさえあれば、って感じだけどな。その辺も考慮に入れると――」
「全てのエネルギーを消費して、あの状況を終わらせた、ということか」
「なーんかホントにできそうでシャレになんないねぇ~」
やはは、とアヴィナが笑う。レイアは何とも言えない様子で、苦笑した。
ただシオンは、神妙な面持ちで無機質な床を見ていた。
いや、焦点があっていない――思考を巡らせているのだ。
(俺の知らない、シャウティア。シャウティア自身ですら、知らないことがある)
――分かんない。データがロックされてる。
――お前のデータなのにか?
――うん、そのはずなんだけど……ごめんね。
脳裏に、初めて『ブリュード』と交戦する直前の会話が蘇る。
データを管理するAIですら知らない――ロックがされている。
それが何を意味するのか?
「やっぱり……まだ何かあるな」
「連合のお残し?」
「それもあるが、エイグの正体がまだ解明されていない。ここに送り込んだモノ、またはエイグを作ったモノ……それが分からない内は、まだ全てが終わったとは言い難い」
「シオンの言う通り、だが――シャウティアの研究をしていたミュウがここにいない以上はなんとも、な」
「じゃあさ、シーくんが今聞いてみれば?」
「……特に意味は感じられないけど、まあいいか」
シオンはレイアに小さく礼をして、肩を返す。
彼はおぼつかない足取りで愛機の下へ歩み寄り、その顔を見上げる。
そして、
「来い」
魔法を唱えるように、呟いた。
それに反応し、彼の身体に埋め込まれたナノマシンからAGアーマーが発せられ、彼はそれを装着する。
(少し、軽くなったか)
≪私の方で少し補助してるから。……大丈夫だった?≫
(ああ、大丈夫……って、知らないのか?)
≪シオ兄に関するデータが、少し消えてたの。無事なら良かった≫
安堵したような感情を籠めた声が、彼の脳に届く――同時に、温かいモノがじわじわと頭の中に広がっていく感触を覚えた。
(……なんだ、これ……?)
≪どうしてか分からないけど、一部のロックが解除されたの。だから、その分≫
(あとで確認しておくよ。それより、お前は俺が意識を失っている間、何をしていた?)
≪――多分、自衛プログラムが働いたの≫
(プログラム?)
反復して問ったが――彼の脳は知っていると告げ、その情報を開示した。
(シュライ・デス・ヘルゼンス……?)
≪そう――魂の叫び。シオ兄の意識が無くなった時に、私が安全を確保するために起動するプログラム……らしいの≫
(てことは、お前自身の意志で動かしてるわけじゃないのか……?)
≪……たぶん≫
自信なさげに言うシャウティア。エイグの正体に一歩でも近付きたい彼らにとって期待外れであることは確かだ。
だが、分かることもある。
(エイグは決して自由な身ではない、か)
≪たぶん。でも――ヒントはありそう≫
その言葉がカギであるかのように、シオンの脳がまた情報を開示する。
しかし内容は、彼にとって――いや、おそらく誰にとっても、あまりにも突飛だった。
(……これは、本当か?)
≪私の中では。けど、そういう情報があるだけで、本当かはわからない≫
「どーぉ、シーくん? すんごくうなされてそうな顔してるけど」
無意識の内に顎に手を当てていたシオンははっとなり、アヴィナの方を向く。
「いや……情報が入った」
「なんだと? 内容は?」
食い気味にレイアは彼に問いかける。というよりかは、早く言えと言わんばかりの形相をしていた。
「待ってくれ、俺も整理ができてない。後でちゃんと話すから、待っていてくれ」
「……わかった」
「てことは、何かあったんだね~?」
「それっぽいことは、な」
シオンは二人に苦笑して、自分の中に流れ込んだ情報の整理を愛機と続けた。
その間彼女らは特にすることもなかったせいか、ミュウを探しに行くと言い残して格納庫を後にした。
それに返事をする余裕も無かったらしく、シオンはずっとシャウティアを見上げていた。
あるいは、それよりも更に遠くにある何かを……。




