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第13話「英雄の目覚め」part-A

 目を開ける。

 しかし、そこには何もなかった。あるのは乱暴に塗りつぶしたような黒だけだった。

 少年――シオンは、訝しむ。

 確かに自分は目を開けた。脳がそう認識したのだ。

 しかし何も見えないということは、どういうことなのか。

 考えた所で、答えは出ない。


「あ、あ」


 試しに声を発すると、周囲の空気が震えたことを認めた。

 そういえば、と先程から呼吸していたことを思い出す。

 だからと言って、何が分かるでもない。

 何か現状を理解するヒントはないかと腕を組むと、AGアーマー、という単語が脳内に浮かんだ。

 シオンはその装着を念じながら、両手を合わせて音を鳴らした。

 ――しかし、変化はない。


「……シャウティア?」


 シオンが愛機の名を呼ぶも、返事は無い。アーマーを装着していないのだから、当然と言える。

 周囲を見渡しても、誰もいない。つまり彼は次に、今、自分は孤独だと理解したのだ。

 しかし彼はそれを寂しく思うわけでもなく、自分が何故ここにいるのか――それを考え始めた。


(俺は、何をしていた? 確か、制圧作戦中で――)


 と、過去を振り返る。

 しかし、自分がこうなる寸前のことだけは思い出せなかった。

 まるで知らぬ間に、眠りに就いてしまったように。


(なんだ……俺に、何が起きてる?)


 無意識のうちに触れた胸から、自分の脈を感じる。

 死後の世界ではないと、半ば強引に決めつける。


「誰か……誰か、いないのか!」


 声を周囲に響かせ、問いを無差別に投げかける――しかし、誰も受け取りはしない。

 自分の声の残響を感じながら、シオンは段々とイラついてきた。

 すると、それを見計らったかのように――彼の前に、少女が現れた。

 それは、失ってしまったはずの存在。

 妹のリア・スレイドだった。


「……リ、ア?」

「そうだけど、そうじゃない」


 苦笑しながら発した言葉は、とても曖昧で。しかしその顔に嘘を言っている様子はない。

 その言葉の意味を思案し――シオンは、一つの確信めいた答えを思いつく。


「シャウティア……なのか?」

「そう」


 短く答えながら、リア――シャウティアは首肯した。


「ここはどこだ? なぜ周囲は真っ暗なのに、俺自身やお前は見える?」

「それは、私とシオ兄しか存在がないから」

「……どういうことだ?」


 今度こそ意味が分からず、首を傾げる。


「ここ意識だけの世界だよ。言うなれば――私の脳の中、かな」

「お前の?」

「いま、シオ兄は意識を失ってる。それを私が守っているの」

「……すまん、いまいち理解ができん」

「エイグとは脳内の処理情報が共有されてる。だからシオ兄が意識を失う――同時に私がまともに機能してない間にウイルスを仕込まれたら、シオ兄に影響が出るの」

「じゃあここは、セキュリティシステムか何かでできた仮想空間……ってことか?」

「大体はそれで合ってる」


 自分の言った事を咀嚼して飲み込み、概要を理解する。

 つまりシオンは今、意識不明――ということだ。


「でも、なぜお前はこんな空間を作る余裕があるんだ」

「これは私の本能のようなモノ……なんだけど、確かにおかしいの。ありえないことだけど、誰かに何かをされてる」

「されてる、って……大丈夫なのか?」

「シオ兄が目覚めて、もう一度動力を得られれば、再起動して確認ができるんだけど」


 自分は今こうして意識して思考しているのに、そう言われると違和感があった。しかしシャウティアが言うにはその通りなのだ。


「俺はどうすればいい?」

「目覚めるまで、休む」


 頑張れ、と言われてるのと同じ気がした。

 要は、策が他にないということらしい。

 シオンは呆れの息を短く吐いて、肩をすくめた。


「じゃあ、目覚めるまで話でもしていよう」

「私でよければ」


 妹の姿をした妹ではない愛機と今一度目を合わせ、シオンは他愛もない会話を始めた。

 ここで会話するのは、これが最初だとは知らずに。


                 ◆


 目を開ける。

 するとそこには、白く塗られた壁と、照明があった。


「シオン!?」


 靄のかかった思考でそれを認識しようとしていると、彼は名前を呼ばれ、ぎこちない動きで首をそちらに回した。

 そこにいたのは、パイプ椅子から勢いよく立ち上がったと思しき、桃色の髪の少女――靄を振り払い、彼女の名を思い出す。


「ミュ、ウ……」


 筋肉だけでなく関節まで痛む手を彼女に伸ばしながら、確かめるように名前を呼ぶ。

 ミュウはその手を取り、強く握り締めた。


「よかった……よかった……!」


 噛み締めるように漏れる言葉を耳で感じながら、シオンは痛みを無視して上体を起こす。

 だんだんと靄も晴れ、はっきりとした意識で部屋を認識する。

 見た限り、彼とミュウしかいない。

 そしてここは彼の部屋ではなく、医療室内の個室だ。


「俺は、一体……?」


 言葉を発して、自分の口内がひどく乾いていると感じる。


「寝てた、のか……?」


 窓から差し込む光を眩しく思いながら、ミュウに聞く。

 彼女は目尻に浮かんだ涙を拭き取り、シオンの手を離して頷いた。


「……うん。もう、3日が経ったわ」


 寂しげに語るミュウ。その表情を見て、シオンは無意識にその手を彼女の頭に乗せていた。


「そうか、ありがとう」

「そ、それより!」


 少し声を上ずらせながら、ミュウはそっぽを向いてシオンの手を振り払った。

 それから小さなテーブルに置いていたボトルから紙コップに水を注ぎ、彼の前に出した。


「の、喉、乾いてるでしょ。ほら、飲みなさい」

「ぁ、ぁぁ」


 掠れた声で返事して、痛む腕でそれを受け取る。顔を赤くしたミュウに心配した瞳で見られながら、シオンはコップに口をつけ、少しずつ飲んだ。

 五臓六腑に染み渡る――その言葉の意味を体感しながら、飲み干した。


「ど、どう? まだ要る?」

「ん、ああ。頼む」


 声が元に戻ったと安堵して、シオンは紙コップをミュウに返し、ふと左腕を見た。

 すると、いくつか絆創膏が貼られているのがわかった。


「……なんだこれ?」

「点滴。ちゃんとした設備はなかったから、使い捨ての注射で代用したの。ごめんね、3つくらい貼っちゃったでしょ……はい、水」

「ん……いや、いいんだ。それだけ……」


 再び水を口に運ぼうとして――重大なことを思い出す。


「っておい、戦闘は!? 呑気に休憩してる場合じゃないだろ! 早くシャウティアで――」


 と、コップを捨てて焦りながらベッドを降りようとする彼の身体に、ミュウが強引に抱き付いて止めた。


「ミュウ……?」

「もう、終わったの」

「え」


 訝しんでいる気持ちを一文字で表し、シオンの顔がゆがんだ。

 それから、腹部に回された腕の力が強くなっていることに気付く。


「もう。いいのよ、戦わなくて」

「て、ことは。なんだ、俺が寝てる間に、終わったのか」

「……うん」


 シオンの背中で、ミュウが頷く。


「そう、か……」


 体中から力が抜けるのを感じて、シオンはベッドに身を任せた。


「終わった、のか」

「だから、今は休んで」

「ん、ああ……それは、いいんだけど」


 急にベッドに身を任せたせいか、ミュウの体勢も変わり。

 なぜか二人でベッドに寝そべるという、妙な構図となってしまった。


「……まずは、風呂に入りたいかな」


 ふと呟くと、ミュウはぱっと手を離してわたわたと腕を振り、顔を真っ赤にした。


「――っ、そ、そそそそうよねっ!? 邪魔してて悪かったわね!」

「いや、俺は今すぐにとは――」

「それじゃ私、みんなに言ってくるからっ!」

「あ」


 最後まで言い切れないまま、ミュウは部屋を飛び出した。

 それを追おうとするも、気の抜けた彼の身体には容赦なく痛みが襲い掛かる。

 そしてもうひとつ、襲い掛かってきた。


「起きたか、シオン!」

「うげ」


 入れ替えで入ってきた金髪の女性――レイアの顔を見るなり、シオンは苦そうな声を出した。


「……なんだ、その反応は」

「だって戦争終わったんだろ。絶対嫌がらせに来ただろお前」

「私だって寝たままの仲間を案ずる心くらいある。それよりどうした、水の入った紙コップが落ちているが」


 冷静に言いながら、レイアは落ちた紙コップを拾い上げてテーブルに置く。


「あ、ちょっとな」

「ミュウと何かあったか。顔を真っ赤にしていたが」

「いや、俺にもよくわからん」

「なぜ布団にもぐる」


 適当に答えながら、シオンは布団を被る。

 まだレイアを警戒しているのだ。


「疑われてばかりだな。私はこれでもお前に謝罪しに来たんだ」

「……謝罪? いつもの嫌がらせに対するか?」


 シオンはもそっと布団の隙間から顔を出し、じっとりとした目つきでレイアを睨む。


「違う」

「じゃあ帰れ」


「すまない、お前に負担をかけ過ぎた」


 冷たく言い放ったのとほぼ同時に――レイアは頭を深く下げ、シオンにそう告げた。

 一瞬、彼はレイアが何を言っているのか理解できなかった。

 いつもの彼女と、言う事が違ったからだ。


「……負担?」

「お前がこんな状態になってしまったのは、私達のせいに他ならない。私達はお前を頼りすぎた」

「そんなことか」

「……そんなこと、だと?」


 レイアは顔を上げて、呆れた表情のシオンと目を合わせた。

 心底どうでもいい。

 彼は今、そんなことを言いたげな顔をしている。


「結局俺の自業自得だろ。お前らが気にすることじゃない」

「だが、原因は――」

「原因がどうであれ実行に移したのは俺だ」

「だ、だが」

「ああもう。お前がそうだと調子狂うんだよ、悔しいけどさ」


 シオンは布団をまた被り、蹲った。

 恥ずかしかったのだ。本音を言うのが。


「気にしないでくれ。他の皆にもそう言ってくれ」

「……では、何か詫びでも」

「そういうのもいいって。……どうしても、か?」

「できれば」


 シオンは布団を剥ぎ、体を起こしてベッドに座る体勢になる。

 それから、レイアに手を伸ばした。


「じゃあ、肩を貸してくれ」




 それからシオンは施設内をレイアと歩きながら、現状について伝えてもらっていた。

 まずここがプレイスの韓国支部であること。

 各支部の司令が奮闘し、国連の真実を世間に伝え、復興に着手していること。

 まだ動けるエイグは、その手伝いをしていること。

 シャウティアは彼と共に回収が済んでいること。

 そして――


「生きて、いた?」

「ああ、少し狙いがずれていたらしくてな」


 イアル・リバイツォは死んでなどいなかったこと。

 同時に、ここに収容されていること。

 次いで、シオンはその兄について聞いた。


「ゼライド――『ブリュード』の蒼色のヤツは?」

「今はイギリス預かりだ。どうかしたか?」

「いや……その生きてた奴が、そいつの妹らしくて」

「なるほどな。まあ、殺したりはしない。安心しろ」


 うん、とシオンは小さく頷く。その顔は安堵で満ちていた。


「ひとまず、戦争は終わったんだ。戦いが仕事の私達にできることは、精々復興の手伝いくらいだが……休んでも、罰は当たらない。今は休むのが仕事だ」

「そうだな」

「ところで適当に歩いているが、どこに行く気だ?」

「え……あ、じゃあ、食堂にでも」


 さすがに風呂とは言えなかったのか、戸惑いながら答える。

 それを表情から読んだのか、レイアはいつものように悪戯っぽく微笑んでから了承した。


「何が食いたい」

「……和食ってあるか?」

「あると思うが」

「じゃあ、それで。ほんの数日だけど、やっぱり定期的に食べたくなる」

「その気持ちはわからなくもない。子供の頃はパンばかりだった身としては、米の方が食べ応えがある気がしてならない」

「えっと……どこの生まれだっけ」

「イギリスだ」


 そう短く答えた彼女の表情が、少し曇ったとも知らず。

 シオンは和食について彼女と語りながら、食堂へとゆっくり歩みを進めていった。

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