第12話「闇に映える黒」part-B
「ああは、言ったけど……!」
シエラと始めとするヴェルクの部隊はは苦虫を噛み潰したような表情で、ツォイクへの攻撃を続けていた。
シオンは今頃、基地の内部に入って司令官を狙っているのだろうかと思いつつ、動きは止めない。
いくら人知を超えた高速移動を可能にしているとはいえ、限界はある。
それにこれまでの戦闘の疲労もあるだろう、頼りっぱなしにはできない。
そうは思っていても、何もできはしない――
姉と同様の思いを抱きつつ、戦闘を続けていると。
≪Chiffonから通信要請≫
「え?」
噂をすれば、影がさす。
姉の参上を告げるAIの声に、シエラは答えた。
その後頭の中に響いたのは、紛れもなく自分の姉の声。
『――大丈夫か!?』
(お姉ちゃん!)
『シエラか……シオンはそこにいるか!』
(えっと、さっきまでいたんだけど)
くっ、とレイアが短く呻いた。
何かあったのだろうかと、シエラは訝しんだ。
『奴は相当に疲労しているはずなんだ……これ以上奴に無理をさせてはいけない!』
(え……?)
では、自分が彼の声に感じた恐怖は、疲れが由来するモノなのか?
そう思うと、とたんに罪悪感が湧き上がってくる。
そんな状態の人間を、頼ってしまったのかと。
(わ、私……!)
『とにかく、私もアヴィナ達と戦線に加わる! 奴を助けるためにも、死ぬなよ!』
(う、うん!)
姉の檄で心を立て直し、シエラは再び剣を握る。
感謝の気持ちを、伝えるために。何度も、何度も――。
◆
「っ、く……」
シオンは時間を止めながら、自分の意識が朦朧していることに気付いた。逆に言えば、今までそれに気付かないほどに疲労が蓄積されていたのだ。
眩暈を振り払って、近くにいるツォイクをバスタードで行動不能にさせる。
それを蹴り飛ばすと、その少し先に格納庫ではない施設が彼の目に映った。
「あそこに、アイツの妹が……!」
呻くように言いながら、シオンは推進器を噴かしてそこへ向かい、しゃがんで愛機に胸を開くように命じた。
AGアーマーを纏った彼が外に出て、施設の中へ突撃する。
その時の彼は、頭痛に苛まれていた。脈打つたびに刺激される、偏頭痛のような痛みに。
しかし彼にはそんなことで止まっている場合ではなかった。
ゼライドの依頼を果たし、一刻も早くこの戦争を終わらせる――その一心で、自らを動かしていたのだから。
(シャウティア……ここに、例のツォイクの反応は……!?)
≪あるよ。けど、動いてない≫
(ってことは、変わらず捕まったままか……!)
ニューヨークの時と同じく、シオンは手当たり次第に壁や扉を粉砕して回り始めた。
しかし、どこにもいない。
それもそのはず、この基地は等身大の人間が一人で探し回るには、広すぎるのだ。
むしろニューヨークでのことはただ運が良かっただけなのだ。
「はぁ、はあ……ッ!!」
推進器を使っているにも関わらず、彼の疲労は相変わらず積み重なっていく。
意識も先程よりも薄れているのがわかる。
半ば自棄になりながら、彼はすぐ近くにあった大きな扉を貫いて部屋の中に入った。
そこにいたのは、余裕の表情で何かを待ち構えている中年と、部屋の内装に似合わない無機質なコンテナ。
ファイドの顔を知らないシオンはここも外れかと思い、通路に踵を返そうとした時。
「がッ!?」
一際大きな偏頭痛が、彼の頭を揺らした。何か、拘束が解けるような感覚と共に、彼の意識は途絶え掛けた。
しかし僅かな、まだ繋がっている線を頼りに、彼は意識を引き戻す。
倒れる寸前で、足を踏んばった。
そこで同時に――異変に気付いた。
「……来たか、紅蓮!」
背後からの声で、それは確信に変わる。
時が再び、動いていた。
自分の意志とは、関係なく。
(一体、何が……)
愛機からの返事は無い。
(シャウティア? ――シャウティア、返事をしろッ!!)
「少し想定外だったが、いいだろう。まずはAGアーマーを外せ」
返事が無い事は諦め、シオンは振り向いて中年の男に視線を向ける。
その手には拳銃が握られていた。
「嫌だと言えば?」
「君がここに来たもうひとつの目的は潰え、世界は滅ぶ」
(世界が、滅ぶ?)
理解できない言葉を出され、シオンは眉を顰めた。
なんとか解釈をしようとするも、脳は正常に働いてはくれない。
「それはどういう――」
「知りたくば、私たちの下に来ることだ」
「……そんな提案に乗るとでも?」
「来るな! この娘は戻らんぞ!」
コンテナを開けた男は、中から女性を引っ張り出し、その眉間に銃口を押し当てる。
その顔を見たシオンは、思い出す。ゼライドからもらったデータに、同じ容姿の女性がいたことを。
「そいつが……イアル、リバイツォ……?」
「やはり奴は裏切ったか! だが、もう遅い!」
「ッ、やめろ!!!」
シオンが叫んでバスタードを振り上げた時にはもう遅かった。
拳銃は男の指の命令通りに弾丸を打ち出し、その弾丸は物理法則に従って射出され――
「!!」
イアルの頭を、貫いた。
鮮血が漏れた彼女を、男は捨てる。
何の反応も示さないイアルを見て、シオンは思考が混濁した。
死んだ。
殺した。
助けたかったのに。
助けなくちゃならなかったのに。
頼まれたのに。
果たそうって決めたのに。
目の前で死んだ。
俺のせいだ。
連合のせいだ。
この男のせいだ。
国連のせいだ。
俺は。
俺は――
「―――――ゥァァァアアああァぁァァァぁぁぁぁァアァぁァアアァアああァあアアッ!!!!!」
彼は本能的に叫び、意識が途絶えた。
それに反応するかのように――愛機は、瞳を赤く光らせた。
『――システムにエラーが発生しています。搭乗者の意識不明。残存エネルギー確認――貴方の願いに従い、その欲望を解き放つ。シュライ・デス・ヘルゼンス、起動』
◆
≪未知の反応、増大。緊急の撤退を強制≫
(シフォン? ……な、なんだっ!?)
中空で戦闘を続けていたレイアは、急にツォイクに背を向けて逃走を始めた。
怖くなったのではない。彼女の戦意は失われていないのだから。
だとすれば、原因はその手段――シフォンにあった。
自由の利かない体でなぜか動く目を動かすと、他のヴェルクも同様になっていることが分かった。
(何をしている、シフォン! 私はまだ、シオンを!)
レイアが叫んでも、シフォンは答えない。
それどころか、逃走のスピードを上げるばかりだ。
『お姉ちゃん! なんか、体が勝手に……』
(私もだ! くそ、どうなって……!)
歯噛みしたとて、自分の身体は止まらない。
(また、流されるだけなのか……!)
やるせない気持ちは、その場では消費できない。
身がはちきれそうになる怒りと共に、彼女を始めとするヴェルクは撤退してゆく。
そのときであった、空が赤い光が奔ったのは。
「なんだ……!? あの光は!」
≪未知。未知。未知。未知。未知≫
シフォンが狂ったように告げる。
それは、人間で言えば恐怖を感じて理性を失いかけている状態に似ていた。
(兄さん! どうしたんだ!?)
≪危険。危険。危険。撤退、撤退、撤退≫
先程まで人間のように話していたのが嘘のように、AIは明らかな異常を見せていた。
声もノイズが混ざり、故障と判断するには十分だった。
(私は、私は……っ!)
いくら強い意志を持っていたのだとしても、弱い部分があることなど――彼女は認めていなかった。
◆
暗黒に包まれた、宇宙空間。しかし今は近くに恒星があり、多少の光が周囲に突き進んでいる。
その中で、【彼女】は心底嬉しそうに笑みを作った。
先程まで【彼女】は、身勝手に動く人間に対して酷い憎しみを向けていた。そのどす黒い気分が今、塗り替えられたのだ。
「ようやく、3度目の欲を解放するか」
青い星から放たれた赤い光は、【彼女】の目にも届いていた。
際限なく突き進むそれは、そのまま外宇宙に突破していきそうな勢いだった。
しかし【彼女】が願うのは、その更に先にある場所へ辿り着くこと。
更なる進展を望み、【彼女】は光を収束し始める。
「もっと見せてくれ、絶響――救世主の力を」
◆
黒。
そこにあったのは、闇に溶け込まず、圧倒的な存在感を放つ黒だった。
紅蓮の炎を纏い、それは立ち上がる。
それはゆっくりと歩みを進め、微振動する拳で施設を叩き壊した。それから自らの相棒を手に乗せ、心臓に入れて胸を閉じる。
モノを言わぬシャウティアは瞳を赤く光らせ、ライフルを構えるツォイクを一瞥した。
破砕。
次の瞬間、四肢が破壊された無数のツォイクが各所で山を構成した。
その間の時間が、まるで切り取られてしまったかのように。
『――ヤ、ク、ソ、ク――』
途切れ途切れに発する言葉は、シオンの声でありながらそうではない。
まるでAIの本能が、そう言わせているかのようだった。
『――コ、ロ、ス――』
「うおぉぉぉぉおッ!!」
背後を狙ったツォイクにも動じない。
シャウティアはゆらりと腕を振り上げ、紅蓮の炎をツォイクに浴びせた。その一機だけではない、背後に待ち構える大群にもだ。
絡みついたそれは肥大化し、全機を呑みこむ――
『――シ、ネ――』
――そして、砕いた。
それでも胴と頭が残っていたのは、シオンが無意識のうちにそう命じているのか。
それともシャウティアが彼の意を汲んで、そうしているのか。
誰にも、分からなかった。
『――キ、エ、テ、シ、マ、エ――』
シャウティアの呟きは、誰の耳にも届かない。
ただ、確かなことはあった。
シャウティアが何かを言うたびに、ツォイクの無惨な山ができるということだ。
『――オ、シ、マ、イ?――』
無邪気に首を傾げる。
彼女が疑問形にしたのは、もうツォイクが出てこなかったからだ。
恐れをなして逃げた可能性もある。
なんにせよ、もうツォイクはいない。そう決めつけたシャウティアは、その場に膝をついた。
僕が、女王に忠誠を誓うかのように。
そこにはもう、何も残ってなどいなかった――そう思うのは、それを見たモノだけだろう。
シャウティアだけは、それに気付いていた。
『――ダ、レ――』
シャウティアは顔を上げて、それを目に映した。
それも、黒だった。
黒く、今のシャウティアよりも黒く――しかし、やはりそれは闇に溶けていなかった。
漆黒と呼ぶに相応しい姿だった。
◆
「っ!?」
怒りのあまり息切れを起こしていたレイアは、突然脳内に鳴り響いた警告音の方に意識が向いた。
視界にはさしたる障害物もない。
(どうした……シフォン!)
≪未知の反応が2つになった予想以上の被害が想定される更なる撤退を強制、強制≫
(未知の反応……あそこにはシオンしかいないはずだ。だが、それが二つだと……?)
要するに、彼女にはシオンが二人いると、そう告げられたようなモノなのだ。
理解に苦しんだレイアは、それも故障による誤作動だと判断した。
真偽を確かめる術が、手元にないのだから。
◆
『――コ、タ、エ、ロ――』
シャウティアは漆黒に問う。しかし漆黒は何も言わず、自らの身体にシャウティアと同じ紅蓮の炎を纏わせた。
その炎を自在に操りながら、漆黒はシャウティアに向けて加速した。
『――テ、キ――』
即座に脅威と認識し、シャウティアも同様に炎を纏って身構える。
飛来した漆黒に向けて炎を伸ばすが、漆黒は身を翻して回避する。
そこからすかさず炎を飛ばし、シャウティアに炎の雨を降らす。
しかし、瞬間的に移動したシャウティアには当たらない――そんなやり取りが、しばらく続いた。
『――イ、イ、カ、ゲ、ン、ニ――』
すると、シャウティアの無機質でありながらどこか人間味を見せる動きに、変化が出た。
苛立つように動きが荒くなり、漆黒に翻弄され始めたのだ。
そして、それを狙っていたかのように――漆黒が、動いた。
『イタダキマス』
その動きをヒトで説明するのならば――漆黒はシャウティアの耳元で、囁いたのだ。
静かに触れた首筋から、漆黒はシャウティアの炎を全て吸収していく。
『――ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア――』
抵抗しようにも、体が動かない。
己に触れる手を睨むしかできぬまま、シャウティアは力を失っていく。
『ゴチソウサマ』
ヒトのようにぼそりと呟かれたのを最後に――シャウティアは意識を失った。
その後残ったのは、動かないシャウティア。破壊された基地。無惨なツォイクの山。静かに揺れる硝煙。
これが歴史に名を残す戦争の終結を表していると、誰が思うだろうか。
少なくとも、これで彼の戦いに一つの区切りがつけられたことは、確かである。
以上で、ドロップ・スターズを発端とした世界戦争は幕を閉じる。
しかしこれから本当の戦いが始まると、知っているのはただ一人。
それが誰なのか、知る手段は誰も知らない。
制圧作戦編 終




