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第12話「闇に映える黒」part-A

(シオン……!?)


 愛機のコアの中で、レイアは当惑していた。

 ニューヨークにいる彼の様子は、明らかにいつもと違っていた。

 取り乱して、自分の弱い所をさらけ出している時とも違う。

 興奮して、隠している本音を出している時とも違う。

 焦りに近い調子を、その声から感じ取った。


『どしたの、隊長さん? 繋がんなかった?』

(いや……シオンの様子が、どうもおかしくてな)

『シーくんが? どしたんだろ』


 ニューヨークで何か衝撃的な事があったか。

 そうは考えても、見当はつかない。

 だが、その見当のつかない模索をしている内に――レイアは単純な予想をした。


(疲労か……?)

『あ、なるほどー。ボク達なんだかんだで丸投げしてましたもんねぇ』

(奴の勝手な行動もあるが……何かとシオンに頼ることは多かった、か)


 結果が成功に収まったのだとしても、代償は少しずつ積み重なっていた。そう言われても違和感はない。

 そしてそれに気付かなかった彼女は――慢心していたのだと、後悔する。


(……シオンにはなるべく負担をかけさせないようにするぞ)

『ま、こっちもエモノ取られてばっかじゃ顔が泥まみれですもんねぇ。そろそろ来ます?』

(とっくにロシア領内だが――中国の戦力も集中させるのなら、国境近くに哨戒基地を置いているはず。警戒をするなとは言わんが、今はまだ戦闘にはならんだろう)

『その間にシーくんが来ないといいんだけどね』

(さあ、どうだろうな……)


 先程の会話からして、通信を提案しても繋がらない可能性がある。というより、そういう確信がレイアにはあった。

 また他人に頼って、他人に迷惑をかけてしまうのか。

 過去に似た経験がある彼女にとって、同じことが繰り返されるほどつらいことは無かった。

 だから彼女は、遠くない未来に悔いることになる。

 自らの無力さに。

 シオンがあまりに強い力を持つが故に――。


 そう、彼女は知らないのだ。

 既に彼女らの乗る輸送機の傍を、薄緑の光が通過していたことを。


≪レイア、そう気負うな≫

(……そう、簡単な話じゃないんだ)


 一体化しているシフォンに隠し事は通用しない。

 苦々しく、レイアは歯噛みする。


≪私のせいで二度も誰かが死ぬのはごめんだ――そう言いたいのか?≫

(実際に兄さんは、私のせいで死んだんだ)

≪仮にレイアのせいで死んだのだとしても、僕は後悔していない≫


 シフォン(カイト)の優しい言葉で、レイアの理性の一部が崩れる。


(そんなの――私が思い込んでいるだけだろうっ!!)

≪レイア……僕は、そんなつもりで≫

(黙れっ!! 自分で自分を慰めても、意味は無い!)

『……隊長さん? おちついて』

(!)


 アヴィナの心配そうな声で、レイアは我を思い出す。

 興奮する余り操作が不安定になり、AIとの会話が漏れていたのだ。


(……すまない、アヴィナ。もうすぐ作戦も終わるのに)

『ボクに任せといてくださいな。これでもエースの端くれですよん』

(……頼りにしている)


 頭の中でアヴィナに苦笑し、通信を切る。

 彼女自身、自分が不安定になっている自覚はあった。

 こんな精神状態で、指揮ができるのだろうか。

 一抹の不安を抱えながら、レイアは敵部隊との遭遇を待った。


                 ◆


 それから、約1日が経過した――。

 月光が照らすロシア・トゥピーク。自然に溢れる中で、異彩を放つ人工の施設があった。

 それは紛れもなく軍事基地のはずだが、規模は通常のそれより倍はあった。

 何を隠そう、そこにはエイグがあるのだから。

 それも今は普段の倍はある。

 理由は言うまでもない――隣国の中国から、戦力が集中し始めているのだから。

 では、なぜこのような辺鄙な場所にある基地に戦力が集中し始めているのか。その問いに対する答えはとても単純で――他にまともな基地が無いからに、他ならない。

 要はそこまで追い詰められているのだ、連合軍は。

 そして間もなく、シオンがここに辿りつく――そうとは知らず、ファイドを乗せた輸送機はトゥピーク基地に到着した。

 既に多数のツォイクが防衛網を張っており、隙はない。少なくともファイドには、そう見えていた。

 彼にはニューヨークを落とされてもなお、自分は勝つのだという確信を捨ててなどいなかった。

 あくまでジュネーブもニューヨークも、保険に過ぎなかったのだ。


「娘を運び出せ」

「は!」


 ファイドは近くにいた兵士に命じ、小さなコンテナに入れられた女――イアルの運搬を命じる。


(さあ、いつでも来るがいい、プレイス。いくら強力な紅蓮を寄越しても、神の声を聞いた私に勝ち目があると思うな)


 そう、彼には神の声を聞いたのだ。

 正確には、神に等しいと自称する存在の声を。

 実体もなく、他者への変化も及ぼさない。そんな存在の声を。


(私はこの世界を知っている……だからこそ、この世界を導かねばならない)


 にやりとほくそ笑み、ファイドはボディガードを複数人連れて輸送機を下りた。

 周囲では着々とプレイスに対する対策が進められていた。


(私の為に精一杯働いてくれたまえ――諸君は、無駄なことなど何一つしていない)


 心中で呟き、ファイドは余裕のあまり目を閉じた。

 例えゼライドが生きていてここに来ようとも、イアルという人質がある以上は動けない。

 他のプレイスの雑兵が群がろうとも、戦力差が連合の勝利を告げる。

 要は、連合はシャウティアさえ抑えれば勝てるのだ。

 少数では勝てなくとも、今まで以上の戦力をぶつければ必ず膝をつく。

 あとは来るのを待つだけなのだ。


「では、こちらで」

「ご苦労」


 ボディガード達に見送られ、ファイドは厳重なセキュリティのかかった部屋に入る。

 そこには、先程兵士に運ばせたコンテナもある。

 あとは待つだけでいいのだ。それだけで、自分の権威は保たれる。


「さて、運命は神の手にゆだねられる筈だが――私の言う事も聞いてくれるだろうか?」


 結果を確信しておきながらの言葉に、我ながら苦笑を漏らすファイド。

 その神が今まで彼を見ていたことなど、彼自身知る由もない。

 既に自らが神だと、信じ始めていたのだから。


 そんな時だった。


「――来たか」


 基地内に警報が鳴り響く。それは紛れもなく、敵が来たことを知らせている。

 紅蓮か、あるいはプレイスの雑兵か。

 いずれにせよ、彼は待つだけでいい。

 警報など聞き流して、入れたてのコーヒーを口に運んだ。


                 ◆


 警報を鳴らす原因となった輸送機群――それは、プレイス韓国支部からの部隊だった。

 その内の1機の格納庫が開放され、ヴェルクが次々に出撃していく。

 シエラも例に洩れず、凍える空気の漂う空にその身を晒していた。

 彼女は深呼吸して、右手のシャウティングバスタードを握る力を強める。


「シエラ・リーゲンス、出ます!」


 足を縁に引っかけて、空中に身を投げる。

 しかしそのままでは対空攻撃の的にしかならない――それを知っているシエラはすかさず腰からライフルを抜き、地上のツォイクに向けて威嚇射撃する。

 傍で落下するヴェルクも同様だ。

 弾丸の雨を降り注ぎながら、プレイスの部隊はそれぞれ着地し、戦闘を開始する。


(私だって……!)


 別の場所にいる、シオンを始めとする日本支部隊の援護がなくとも、やらなくてはならない。

 それに彼女らも決して非力ではない。合流した他の多くの支部隊が今ここにいるのだ。

 敗北の可能性を考えるには、まだ早かった。


「全然、減らない……!」


 呻きながら、また一人斬り伏せる。この混戦状態の中では、四肢を斬ることも難しい。

 だがそうしなければ、勝ちは見えない。

 勝負にも、戦争にも。

 シエラは疲労で何度も緩みそうになる気を何度も引き締め、バスタードを振り回す。

 それを繰り返していた時――彼女は急に、体を大きく揺らした。


「っ……な、何!?」


 反射的な行動でもないと思ったシエラは戸惑い、行動が鈍る。

 それを隙と見て襲われかねない――状況を簡単に確認する為に、バックステップで後退する。


(何があったの?)

≪レーダーで未知の反応が検知されている。気をつけろ≫

(未知の反応って……どこから)

≪わからない――ただ、確実にここに近付いている≫


 要を得ないAIの言葉に、シエラは少し思案する。しかし今が戦闘中だということを思い出し、後回しにすることを決めた。

 今すべきは、目の前の敵を無力化する事。

 そして願わくば――自分たちの手で、決着をつける事。


「私は、死ねないんだぁっ!」


 気迫を籠めた叫びと共に、また剣を振り下ろす。その隙を狙うツォイクには、ライフルで弾丸を見舞う。

 弾丸が尽きれば、バスタードを地面に突き刺して素早くリロードする。

 その繰り返しを何度したとて――一向に、ツォイクが減っている気はしなかった。それどころかヴェルクが減っているような気になり、少しずつ焦燥感に駆られていく。

 確かにヴェルクの損耗率は激しかった。しかし戦線離脱や戦闘不能になったヴェルクはほんのわずかであり、彼女が焦り始めたのは結局のところ、戦力差が原因である。


「シオン君……!」


 祈るように、シエラは言う。どこか神に願うようでもあった。

 諦めの心が少しずつ芽生えていた彼女は、戦意を失わない為にまた剣を振るう。

 が――その剣は空を断ち、地面に突き刺さった。

 消えたのだ、ツォイクが。


「!?」


 手ごたえが無い事に違和感を感じた彼女は次に、ツォイクが消えたのだと認めた。

 慌てて周囲を見ると、次々に各所のツォイクが消えて――いや、吹っ飛んでいるのが見えた。

 ポルターガイストでも見ているような気分になり、理解が追い付かなくなる。

 だが吹っ飛んでいるのは、全てツォイク。

 ただ一つの共通点を見つけたシエラは、一つの予想に辿り着いた。


「シオン君っ!?」


 自分でも信じられなかった。

 だが、信じられないからこそ、彼だと思ったのだ。

 彼は自分たちの予想のはるか先を行く力を持っている。

 彼でなければ、他には考えられない。


「無事か」


 背後から届いた声は、あまりに低く、力強く。恐怖すら感じた。

 だが、決して逃げ出したくなったりはしなかった。

 何故なら、彼は。


「助けに来た」

「……どうして、ここに?」

「理由なんていらない」


 シエラの問いかけに、シオンはまともに答えない。だが彼女はそれで納得した。

 彼ならばなんとかしてくれる。そんな思いが、彼女を満たし始めていたからだ。


「……それ、役に立ったか?」


 シエラの横に立ち、シオンは彼女の握るバスタードを指差した。

 彼女はそれを見せるように少し持ち上げ、頷いた。


「とっても」

「なら、よかった」


 シオンは深く深呼吸して、奥から湧いてくるツォイクに目をやった。

 彼が来たとて、ツォイクが消えるわけではない。彼がここに来て奮闘して、初めて勝利は約束される。


「後は俺に任せろ」

「で、でも……」

「少しでも犠牲を減らすためだ。それにこの混戦だと邪魔になりかねない」


 シエラは少し躊躇して首肯し、それを認めた。


「ありがとう。それじゃあ俺は――」

「ま、待って!」


 ツォイク群に向けて駆け出そうとするシオンを、シエラは思わず止めてしまう。

 特に何も考えていなかったのに。


「どうした?」

「……ううん、なんでもない。また後でね」

「ああ」


 短い返事を最後に、シオンは消えた。

 次に会うのは数時間後などではないと、彼女は思いもしなかった。

 そして、気付かなかった。

 愛機は未知の反応が既にそこにいるのだと、告げていたことに。



「うらアァァァァァァッッ!!!」



 彼の叫びで、全て掻き消されていたから。

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