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第11話「紅蓮の絶叫」part-A

「な……紅蓮ッ!?」


 資料室から自室へと移動したファイドは、外で行われている戦闘の映像を見て、驚愕に目を見開いた。

 予測していなかったのだ。紅蓮シャウティアの出現を。


「ク……ッ!」


 ファイドは歯噛みし、通信機でフェーデを呼び出す。


『何かご用でしょうか、国連――――』

「すぐにあの娘を出せ! ロシアの防衛に当たらせろ!」

『し、しかし。処分しなくて良いのですか?』

「あの状況、奴は確実に寝返る……ならば、カードは残しておくべきだろう」


 激しい運動をしたわけでもないのに肩で息をしながら、ファイドは当惑するフェーデに言う。


『分かりました、すぐに準備をします』

「ああ、それと」

『?』

「奴の態度次第では、殺しても構わん」

『は……』


 目を閉じて、フェーデは小さく頷いた。

 この素直さが、全人類にあればいい。ファイドは通信を切り、そう思った。

 彼はもう一度、格納庫の人間に連絡を入れた。

 自分もこの場から、逃げるために。


                 ◆


 場所は再び、アメリカ・ニューヨーク。

 各所で黒煙が昇る中、とある場所からは鮮やかな緑色の炎が燃え盛っていた。


「正気か、お前……ッ!?」

「正気かどうかは俺が決める。信じられないなら幾らでも銃弾をぶち込めばいい」


 シオンは背を向けたまま、動けないゼライドに言い放つ。

 満身創痍でなくとも、彼は撃たない。シオンは根拠もなく、それを絶対だと信じていたのだろう。


「紅蓮ッ!!」


 そこへ長剣を振りかぶって斬りかかるツォイク。

 しかしその刃は彼を切り裂くどころか、途中で消える。

 まるで、最初からなかったかのように。


「そう言えば、片割れがいないみたいだが」

「……人質だ……理由は分からねえが、俺をうまく動かしたいらしい」


 焦燥に駆られて逃げるツォイクを見送りつつ、シオンはふむ、と呟く。


「状況を見るに、裏切り者扱いまでされてるのか」

「……さあ、どうだろうな」


 ゼライドはまだシオンを試している。

 しかし彼は、もう考えを変えたりはしないようだ。


「いいさ。俺はあんたを助ける。ついでだ、片割れも助ける」

「……どこまでも馬鹿だな」

「10代半ばのガキに何言ってんだよ。大体、今のあんたに何ができる」


 またシオンの下に、ライフルを構えたツォイクが複数襲い掛かる。

 しかし彼は姿勢を変えることなく、バスタードを展開して片っ端から四肢を撃ち抜く。

 ひとまず来た分を処理して、またゼライドとの話を再開する。


「投降しろ。さもなくば殺す」

「へっ。殺さねえクセに……」

「減らないのはどの口だ?」

「手も足も出ねえ、情けねえ男のこの口さ」

「まだ元気みたいだな……だが、いつまでそういられるやら」


 シオンはバスタードの刀身を閉じながら脇に構え、腰を僅かに落とし――消えた。

 それを見たゼライドは目を疑ったが、どこかで納得している自分がいることに気付き、鼻を鳴らした。

 理由は分からない。しかし、この少年ならできる。

 そんな無責任な期待を、抱いていた。


≪あのひとの無駄はとても多いね≫

(見えてるのか?)

≪さっきの迎撃を見た感想≫


 ヴェルデのAI――他でもない、イアルを模した女性の声が、彼に告げる。イアルと言っても、今の彼女ではない。今の口調にしようと無理に頑張っていた、幼い頃――もとい、彼曰く「可愛げのあった頃」を模している。

 他人が聞けば隠すことなく引くだろうが、彼の過去を聞いて尚引く者は少ないだろう。

 現にエイグパイロットの中にも、戦争で失った家族をAIに反映させる者は少なくない。

 彼にとって、その時のイアルが最も印象に残っているということだ。


(まあ、例の見えないバリアに頼ってるフシも見えるしな)

≪それだけじゃない。戦闘中にペラペラあなたと話すだなんて、無防備すぎる≫

(……何にせよ、俺達にゃどうもできん。死なねえように黙ってるしかなさそうだ)


 諦めたように言うと、ヴェルデは押し黙る。

 AIなどと言っても、実体を持たないだけで人間とほとんど差異は無い。

 ゼライドは珍しく悩んでいる様子の愛機に問いを投げた。


(言いたい事があるなら言えよ)

≪いえ、特には……≫

(大方自分がここにいないのにここにいるとかいう矛盾が俺の戦闘に支障をきたした原因じゃないのか、なんて小難しい事考えてんだろ)

≪……なんで分かるんです≫

(そりゃ、義兄アニキだからな)


 当然のように言うが、もちろん誰もが相手の考えが読めるわけではない。

 長年付き合っているからこそ、分かることがあるのだ。


(気にするこたぁねえよ。それに可能性なら別にある)

≪アンジュがここにいないだけ……?≫

(ああ。エイグは生体反応の検知ができないらしいな)

≪……たぶん、そう≫

(細かいことは知らんが、それなら納得できる)「――っと」


 彼がヴェルデと話していると、彼の目の前にシオンが戻ってきた。途中で消したのか、その手にバスタードは握られていない。


「どうした? 疲れたか?」

「そんなことを気にしてる場合か。……そのうち仲間が来るから、それまでにここを制圧する」

「恐ろしい事言いやがる。ホントに人間か? いや……ホントにエイグか? そいつは」


 冗談半分で聞いたつもりだったのだが、シオンは言い辛そうに間を開けてから「そうかもな」と自信な下げに答えた。


(……自分でもわかってないのか? 余計恐ろしいな)

「見た所、地下から出ているみたいだな。おい、データを寄越せ」

「もう仲間の扱いかよ」

「脅迫だ」


 まだ若いな――そう思いはしたが声に出しはせず、ゼライドは愛機にデータの送信を命じる。


≪ウイルスは?≫

(要らねえよ)

≪……随分、信じてるんだね≫

エイグ(お前)に言われたんじゃ、隠しようもねえな)


 ハッ、と鼻を鳴らし、目の前にいる少年の下へデータが送信される。

 受け取ったであろう彼はゼライドから視線を離した。おそらくデータの確認に集中したいのだろう。


「……なるほどな。感謝する」

「なあ、少年」


 すぐに移動しようと体を動かした彼を、ゼライドは言葉で止める。


「なんだ?」

「立場はわきまえてるつもりだ。だが、それでも頼みたいことがある」

「俺にできることなら」


 予想以上に素直で、ゼライドはもう何でも信じられるような気分が湧いてくる。

 いや。

 人間とは本来こうあるべきではないのかと、思い始めていた。


「義妹を助けてほしい。ここにいれば、だが」


 発言途中に、ゼライドは記憶の一部をシオンに送る。

 それは脳に刻まれた彼の義妹、イアルの写真のようなモノだ。


「……人間はツォイクのレーダーに反応しないのか?」

「そうらしい。……さて、頼むぜ」

「俺に頼むのは勝手だが、もう少し賢いやり方があっただろ?」

「何も信用できない状態なもんでな。義妹にゃ悪いが、俺にはもう何もできん」

「それでも、何かしたいって気持ちはあるんだろ」

(変なところを拾ってきやがる)


 が、嫌いじゃない――ゼライドは口の端を吊り上げ、体から力を抜いた。

 その、次の瞬間。

 彼を予想外の力が、あらぬ方向へと移動させた。


「――ッ!?」


 破壊された街が遠くなっていくのを認識して、初めて自分が今投げ飛ばされたのだと気付く。

 そして彼の眼前に、何の前触れもなくシオンが現れた。

 シオンは再びゼライドの胴を抱え、ヴェルクの大群のど真ん中へと荒々しく着地した。

 近くにいたヴェルクは引き金を引くことも忘れ、彼らの方を見ていた。


「あ、あなたは確か、日本支部の……でも、何故ここに!」

「細かいことはあとだ。見ての通りこいつはブリュードの片割れだが、絶対に手を出さないでほしい。ある程度前線を楽にするから、何人かで最寄りの基地に運んでくれ」

「りょ、了解!」

「後はあんた次第だ。自爆するも大人しくするも勝手にしろ」

「……じっとしてるさ」


 観念したゼライドはシオンの腕から離れ、3機のヴェルクによって運ばれてゆく。

 駄目元の願いを、紅蓮の少年に託して。


                 ◆


≪いいの? 敵なんでしょ≫

「無抵抗なら敵じゃない。俺の敵は――」


 シオンは迫り来るツォイクの群れに踵を返し、拳を強く握る。


「――国連だッ!!」


 薄緑の眼光が彼らを居抜き、動きが止まる。

 その原因は彼の眼光ではない。

 彼が、時を止めたのだ。


「飛び込む……ッ!」


 言葉の通りに身を屈め、地を抉って駆け出す。

 距離など彼には関係なく、どれだけ開いていようと一瞬で詰められる。

 ツォイクとのすれ違いざまにその四肢を粉砕し、レーダーに従って海の方角へと向かっていく。


「それにしても、何でブリュードの片割れが人質になるんだ……? それも、ここに機体が無いだなんて」

≪あのツォイクは丸腰だったから、あの人はヒュレプレイヤーなのかも。それでも、連合軍にいるプレイヤーの数は、そう少なくないはずだよ≫


 シャウティアの言う通り、たった一人のヒュレプレイヤーの為にここまで無駄の多い仕掛けを用意する必要は無い。

 例え一人で国を支えられる能力を持ちうると言えど、一点に集中したのではその効果も薄れる。

 プレイヤーはヒュレ粒子を使って想像の実体化を行う――しかし、空気中に含まれる粒子であるのだから、単純に濃度が存在する。

 つまり実体化を行えば行うほど濃度は低下し、やがて実体化が成功しにくくなる。

 であるのだから、先述のように一か所に何人も置いておく必要は無い。


「……でも、いろんな基地に少しずつ置いていれば問題は無いはずだ。それに、わざわざヒュレプレイヤーを野放しにするような理由がわからない」

≪あの人の口ぶりから、また利用する気もあったみたいだしね≫

「となれば、用があるのは片割れの方……?」

≪悩んでも私達には分からないよ。行こう、この下だよ≫


 シオンは愛機の声でその場に立ち止まり、下ではなく上を見た。

 そこにあったのは、ニューヨークの代名詞とも言える巨像。


自由の(スタチオブ)女神像(リバティ)……」


 古語で呟いていたのは、血の因果なのか。

 緑色の巨像は、所々にヒビが入っていたり欠けていたりしていたが、それでも言葉にできない素晴らしさがあった。


≪見とれてる所、悪いけど≫

(……ああ、行くさ。今度は皆で見たい)


 新たな決意を胸に、シオンは時を戻して水中へとその身を潜り込ませた。

 大きな波と飛沫が周囲に散る。彼はそれを気にせず、首を激しく左右させて何か奇異なモノがないか探す。

 間もなくして、それは見つかった。


(シェルター……!)


 視界に入った黒い幕を睨み、そこへ向けて推進器を噴かせる。

 だが思うように進まず、歯がゆさがシオンを苛立たせる。

 人間と同様に、専用装備を付けていないエイグは泳ぐしかないのだろう。

 しかし彼にそんな余裕はない。一気にシェルターを貫こうと、パイルスナイパーを実体化させ――ようとして、失敗する。


(ッ、水中だから……!)

≪粒子はほとんど含まれない。一旦外に出よう!≫

(いや、泳ぐ!)

≪へっ!?≫


 AIらしからぬ素っ頓狂な声も無視し、シオンは体勢を変えて足を振り、手で正面の水をかきはじめる。


「できるなら、補助を頼む!」

≪スラスターで、何とか……!≫


 断続的に噴く推進器で速度を上げ、シオンは自分の予想よりも遥かに早くシェルターに触れる。

 そしてここに辿りつくまでに感じた苛立ちを拳に乗せて――


「――シャウトッッ!!」


 シェルターを、貫いた。

 それで生じた穴に手をかけ、強引に広げてそこから中へ入る。

 中にもある程度海水が入っているらしく、シオンはまた泳いで水上に顔を出す。

 そこから見えたのは、広大な面積とそれに見合う多数のエイグと兵士。


「ビンゴ……!」


 シオンは誰もいなさそうな場所に手をかけ、上陸する。

 同時に格納庫内で警報が鳴り出す。兵士達もそれぞれ慌てて動き出す。


「シャウティア、開けろ!」

≪うん!≫


 命令に従った愛機が、コアを開放する。

 瞬きをしたシオンに、人間としての視界が戻る。

 そして銃口を向けられる前に、大きく息を吸い込んだ。


「―――行くぞァァッ!!!」


 気合を込めた咆哮が、愛機と自分以外の全てを止める。

 シオンはコアから飛び出し、右手にバスタードを実体化して握る。

 それから着地をせずに推進器を噴かせ、近くにあった扉から内部へと侵入する。


(シャウティア、例の機体の反応は?)

≪ないよ。……でも、なんだろう、これ≫


 愛機の言葉で足が止まり、意味もないのに耳に手を当てる。

 そして自分も同様にレーダーを確認し……その違和感に気付く。


(なんだ、これ。ザラザラするような)

≪ジャマーだね……何か、隠してるのかも≫

(……考えてる暇はないか!)


 シオンは再び内部を駆け巡り、怪しい所が無いかくまなく探す。

 しかしよほど広いのか、それとも怪しいモノはここにないのか――目ぼしいモノも何も、無い。

 仕方なくこれで一区切りにしようと、最後の扉を開けた時。

 彼の思考が、澄み渡った。


「な……」


 思わず声が漏れるほどの存在。

 格納庫に収まり切っていないそれは、横倒しの翻車魚のような形状。

 戦艦と呼ぶに相応しいモノが、彼の目の前に現れたのだ。


(シャウティア、これは……!?)

≪データ照合。……皆の言う、戦艦型だね≫

(戦艦って……街一つ分くらいあるぞ!)

≪それがジャマーの正体だね≫

(そうか――……ッ!?)


 シオンは急に、脳内に違和感が広がるような感触を覚えた。

 ジャマーではない。

 まるで、掻き乱されるような――







≪――A Na Ta NO SaKEBi WO KiKaSETE――≫







 謎のノイズで意識を失ったシオンは、その場に倒れ込んだ。

 その間に、時間が再び動き出すとは知らず。

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