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第10話「罪の数え方」part-B

「……何?」


 味方を加えて、韓国支部の防衛に当たっていたシエラは、未だ向かってくるツォイクの部隊の動きが変わったことを訝しんでいた。

 背を向けて、退いていくではないか。


「逃がさない!」

「待て、シエラ」


 逃げるツォイクを追おうと、バスタードを構えて駆けだしたシエラの肩を、隊長機が掴んで止めた。


「っ、何故!」

「僕達の目的は韓国支部の防衛だ。そこから逸脱して追撃することまでは命令されていない」


 肩の力を抜いて、シエラはバスタードを下ろす。


「……そう、ですね。すいません、迂闊でした」

「ひとまず韓国支部と連絡を取る。僕達には僕達ができることをすればいい」

「はい」


 シエラは支部に踵を返し、空を見上げた。

 今、この剣の持ち主はどこで、誰と戦っているのか。

『ブリュード』と遭遇して苦戦してはいないだろうか。

 そんなことを考えて、彼女は目を閉じた。

 

                 ◆


 時は少し遡る。

 それは、シオン達がアメリカに向けて出発した時とほぼ同時刻の出来事だ。

『ブリュード』の片割れであるゼライドは、次の任務の為に輸送機で移動をしていた。

 その途中で、それは起こった。


「え?」

「君と直々に連絡が取りたいと、ファイド・クラウド国連事務総長からのお達しだ。コードは0222(スリートゥ)。目的地は近い、あまり待たせるなよ」


 上官のフェーデから伝えられた言葉は、ゼライドには一瞬理解できなかった。だが理解したらしたで、驚きを隠せず口を少し開けて唖然としていた。


「では伝えたぞ。ぼけっとしているな、早く行け」


 フェーデの小言など無視して、ゼライドは考えを巡らせる。


(そんなにいい奴だったか、ウチのトップは? どうもきな臭い感じはするが……)


 そう訝しみながら、ゼライドは自室に戻り、専用の通信端末から言われたとおりのコードを打ち込み、ヘッドセットを装着した。

 画面のノイズが少しずつ晴れていき、映像で見たことのある人物が鮮明に映っていく。

 フェーデと似たり寄ったりの雰囲気を出す中年の男……おそらく、国連事務総長本人だ。


『初めましてだな、ゼライド・ゼファン。ブリュードの功績は私の耳にも届いているよ』

「はあ、それはどうも」


 身分は高くとも偉そうにしていない彼には、さすがのゼライドでも軽い調子で接することはできない。


『それで……今回の作戦に疑問を感じているそうだね?』

「ええ、まあ。奴らの抑圧だけでは平和にはほど遠いでしょう?」

『その意見は至極もっともだ。その問いに答えたいところだが、まず君に伝えたいことがある』


 ファイドは指を絡ませて、口を覆い隠すようにする。


「なんでしょう?」

『まず君たちの作戦だが、アメリカでプレイスの部隊を撃退することになっているはずだ』

「そうですね」

『本当は違うのだ。これは連合軍内でも知る者は少ないのだが――君たちには、国連本部の奪還を任せたい』

「……何?」


 ゼライドはファイドの言葉に眉を顰めて、彼を睨みつける。


「奪還? まだあそこが制圧されたなんて情報は入っていないのですが」

『メキシコ基地で紅蓮が現れた。君がやられたというアレだ』


 言われ、自分をぶん殴った恨めしい存在が脳裏によぎる。

 だが、それでも疑問はある。


「メキシコからスイスまではかなりの距離がある筈。今から行っても防衛はできるはずでは?」

『いいや、本部はジュネーブではない。そう遠くない内に、ニューヨークに移る』

「移る……!?」


 次々に告げられる言葉に、ゼライドは理解が追い付かなくなる。だが要点だけを何とか抽出し、無理やりにでも食らいつく。


『君たちは彼らがスイスに向かう過程で制圧したアメリカを奪還してもらう、と言うわけだ。理解したかね?』

「敵を騙すには味方から、というわけですか……でも、それくらいなら最初から伝えていても問題ないのでは?」

『自分の駒だろうと、刃を向けられる可能性はゼロではないのでね』

(駒……ね)

『では、君の問いに答えよう。抑制というのはつまり、彼らを必要悪と見ているからだ』


 世間一般では国際的大規模テロ組織という扱いを受けているプレイスだが、そんなモノを野放しにして必要悪と見るファイドの考えは、ゼライドには理解できなかった。


(俺、理解できてなさすぎだな……けっ、頭は弱いか)

『国連が絶対的な信頼を得続けるためには、その要因が必要となる。だからプレイスは最低限復帰できる力を残して潰すのだ』

「ですが、いつまでもそんなモノがあれば逆に信頼は失われる気がするのですが」

『いや、これでいいのだよ』

「……解せませんな。私には」

『別に理解される必要は無い。もう君はいてもいなくても良いのだから』

「……は?」


 ゼライドが素っ頓狂な声を出すと、輸送機内で何かがこすれる音が響いた。


「ッ?」

『今頃、君の相棒が出発した頃か?』

「な……イアルが!?」


 予想だにしない出来事に、ゼライドは思わず席を立って声を荒げた。


『そういきり立つな。彼女には一足先にアメリカに来てもらうことにしたのだ』

「人質のつもりか……!」

『飛躍した思考だな……だが、場合によってはそうなる。君が変な事を考えなければ、な』

「っく……やっぱり、後ろめたいことがあったか!」

『必要なことだ。世界を救うためにな』

「悪魔にでも魅入られたか、狂信者が……ッ!!」

『いいや、私が見たのは神だよ。あの日、ドロップ・スターズが起こった日にな』

「……ッ、やっぱり、連合は……!」

『好きなように動くがいい。愛する家族を失いたくなければな』


 一方的に言われ、通信が切られる。

 急に静寂に襲われ、彼の中で何とも言えない感情が募る。

 だがここで暴れた所で、どうにかなるわけではない。

 落着け、落着けと自分に言い聞かせ、椅子に座る。


(イアルが俺に何も言わず出て行く筈がねえ……としたら、やはり人質の線が濃いか。けど、そこまでして俺を動かす理由はなんだ? 戦争を続けるために駒として使う、ってトコか……?)


 考えても答えは出ない。

 だからと言って、思考を止めるわけにはいかなかった。



 それから、約半日が経った。少し遠回りをして辿り着いたアメリカは、既にヴェルクがうろついており、戦闘の処理や警戒を行っているようだった。

 連合軍の輸送機はそれに気づかれないよう、海中から地下基地へと入った。


「ここは気付かれてねえのか……」


 ゼライドは輸送機格納庫の内部を見回しながら、そんなことを呟く。


(……イアルはどこだ?)


 格納庫には多数のツォイクもある。だがそこに、イアルのツォイク『アンジュ』の存在は無かった。


「先に来て、別の場所か……」

「ゼファン大尉!」


 別の場所を探そうかと彼が足を前に出した瞬間、男の士官から声をかけられ、止まる。


「なんだ?」

「ルリジオン中将がお呼びです、第2司令室へ来るようにと」

「へいへい、ありがとさん」


 行かなければまたうるさいだろう、いやすぐに行っても小言を言われるのは目に見えている。

 それでも行かなくてはならないことに、ゼライドは面倒くささを感じずにはいられなかった。

 前に来たことがあるため、彼は道に迷うことなく第2司令室に辿りつき、部屋の扉を開ける。


「呼ばれたんですが」

「遅いぞ、今がどういう時か分かっているのか」

(そら見ろ、これだ)


 ゼライドは心の中で溜息をついて、頭を掻きながらフェーデの小言を聞き流す。


「それで、用件はなんです」

「ああ……君だがな。上から正式に命令があった。今から特殊任務を与えるから、すぐに出撃の用意をしろ」

「特殊任務ゥ?」


 今からすることがまさにそれじゃないのか、とゼライドは訝しむ。


「データは士官に渡してある、必ず読んでおけよ」

「へーへー」


 適当に返事をして、彼は部屋を出た。

 何となく想像はつく、変な動きをしないように制限をかけているつもりなのだろう。

 ゼライドは格納庫に戻り、既に搬出されていた愛機『ヴェルデ』の傍にいる士官から資料を受け取り、その文面に目を通す。


「『ゼライド・ゼファン大尉に命ず、国連本部奪還に際しての戦力補完の為、戦艦型2隻の誘導を行え』――ね」


 ぽい、と士官に投げるように返して、ゼライドは愛機に乗り込み、地上へ出た。

 それから少し離れた所から、既にそれらは来ていた。

 巨大な翻車魚を横倒しにしたような形状の、戦艦型エイグだ。

 とりあえず手を振り、ゼライドはそれらを誘導する。

 そこへ、通信が入った。


≪Faidから通信要請≫

(あん? ……許可)


 警戒しつつ、通信を繋げる。


『特殊任務の遂行、ご苦労様だ』

(何がしたい、どうでもいいことに俺を使いやがって)

『さあ、それは君が知るべきではない。本題に入るが、それが終わったら資料室へ来い』

(……また話か)

『待っているよ』


 だんだんフェーデに似てきたな、と吐き捨てつつ、彼は巨大な戦艦型の誘導を終え、格納庫に戻ってファイドの指定した場所――図書館のような雰囲気を持つ、資料室に足を運んだ。

 そこには、通信画面で見たのと同じ、中年の男がいた。


「ご苦労だったな」

「どうも」

「では早速話を始めよう。簡潔に言って、君にはこれを見てもらいたい」


 そう言いいながらファイドが出したのは、小型の携帯端末だった。メモリを差し込むと、その閲覧が可能なだけの。

 ゼライドはそれを受け取り、一つだけあったデータを開く。

 その内容に目を通そうとした瞬間。

 警報が、鳴った。


「おや、私としたことが。それは機密文書だったようだ」

「なっ。……けっ、簡単なトラップに引っ掛かるとは、俺もヤキが回ったか!」


 すぐに部屋を出ようとする彼を、ファイドが止める。


「イアル・リバイツォはここにはいない」

「……何だと?」


 ゼライドは思わず動きを止めてしまう。


「居場所が知りたいのなら今すぐ、大人しくアメリカ奪還に力を貸せ、プレイスを潰さない程度にな。そうすればそれは私のミスだとしておこう」

「そうしなけりゃ、俺は反逆者扱いってか。……プレイヤーを人と同じように扱ってくれるのはありがてぇが、理不尽なトコまで平等にすることは望んでないぜ?」

「君が賢明であることを祈る」

「アンタが愚かじゃないと信じるさ」


 ゼライドは今度こそ部屋を飛び出し、愛機に乗って格納庫を飛び出す。


『緊急連絡。緊急連絡。ゼライド・ゼファンが機密文書を持って逃亡した。エイグ部隊は順次出撃し、アメリカ奪還と同時にゼライド・ゼファンの確保を遂行しろ。繰り返す、ゼライド・ゼファンが――』


 離れていく基地からそんなアナウンスが聞こえ、ゼライドは歯噛みする。

 グダグダだ、もっとうまいやり方があっただろうに、と。




 ――そうして、現在に至る。

 地上に出た彼を待っていたのは、待ち構えていたように上空にいた戦艦型エイグ。

 そしてそれを迎え撃つ、プレイスのヴェルク。


(腐った連合にいつまでもいられるかよ……! ヴェルデ、アンジュの反応は!?)

≪基地にもなかった。多分、本当にいない≫

(くそったれ……!)


 戦艦から砲台が現れ、次々に火を噴く。

 町のことなど気にしていないように。

 その無差別な攻撃をなんとか避けつつ、ゼライドはナイフを実体化してはヴェルクに向けて投擲する――しかし、出撃したツォイクによって邪魔が入る。

 今の彼は、裏切り者として扱われている。真実を知っているのは、おそらくファイドのみだ。

 つまり彼は味方にも敵にも狙われる中、プレイスと戦わなくてはならないのだ。


「ッ、ぐ……!」


 呻いたところで、状況は悪化するだけだった。

 ヴェルクに攻撃しようとすると、後ろからツォイクの攻撃を受ける。

 やがて彼は動けなくなり、地面に倒れ込んでしまった。

 万が一生き残ることができれば、イアルの居場所を知ることができただろう。


(できもしない条件出して、俺を潰すのが目的だったか……下手なことは考えるもんじゃねえってか……)


 彼はもう、死ぬのだと思った。自分が無敵を誇れていたのは、イアルがいたから。そう実感した。

 諦めて、目を閉じる。

 だが、もう一度、日の光を見たくて目を開けた。

 しかし、彼の目に届いた光は、眩い白などではなかった。


「ッ!!?」

















「―――――――――――――――――――シャウトオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!」


















 天空に走ったのは、鮮やかな緑色の軌跡。

 かつて彼を傷つけた、因縁の光。

 それが今、ツォイクの部隊に向かって、突っ込んだ。


 爆発音。

 同時に膨れ上がる、鮮やかな光。


「な、んで。お前が……ここに!?」

「お前を助けに来た」

「な、に……?」

「味方の攻撃を受けているお前を助けに来たんだ」


 当たり前のように言い放つ少年の言葉に、ゼライドは正常な脳を取り戻した。


「そんな、馬鹿な! 俺はお前たちの敵だ! 連合軍だ! この状況が罠とは考えねえのか! いや、それ以前に何故助けるなんて思った!? 俺はお前の仲間を何人殺してきたと思ってる!? 指で数え切れるモンじゃねえんだぞ!!」


 正気かと問う代わりに、その背中に怒鳴る。

 しかし、少年は動じない。


「そう言ってるからだ」

「なッ」

「そう言うからには、自分が悪い事をしたって思ってるんだろ。だったらそれを償え。それが――」


 すう、と呼吸を吸う音がはっきりと響いた。


「――それが、アンタのすべきことだろッッ!!!」


 まるでダムが決壊したかのように、少年の身体から光が溢れ出す。

 それは彼の身体を包み、言葉も出ぬ威圧感を放つ。


「生きろ。俺が死なせない」


 少年は光を集めて、剣を握った。

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