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第8話「影」part-B

 それからまた数時間、シオンは輸送機内で眠りについていた。

『メキシコ基地の制圧及び同国の解放を完了した日本支部隊は予定の倍以上の速度で作戦を遂行しており、他の部隊との合流予定時間よりズレが生じる恐れがある』――本作戦を仕切るイギリス支部司令曰く、そういうことらしいのだ。

 そもそも戦闘する為に作戦に参加した彼らだ、それが制限されてしまうとすることはほぼなくなる。

 しかし、これを機と見た近場の連合軍が襲撃しないとも限らない。それを考慮して、ミュウという見張り番を置いてここで休息しているのだ。


「……しっかし、よく寝るわねえ」


 決していびきをかいているわけではないが、ミュウは彼が疲れているのを深い呼吸からなんとなく察した。

 それに対して自分はそれほどの活躍がができているだろうか、などと彼女が思い悩むことは無い。彼女自身、地味ではあれど恥ずかしくない働きはしていると自負している。

 現に今も、端末を膝に置いて、シャウティアに提供されたデータの解析を行っている。


「こっちはこっちで、寝かせてくれないし」


 シャウティア。シオンが連れて来た、未だ謎に包まれた圧倒的性能を持つエイグだ。


(仮にエイグを地球にもたらした何者かがいるとして、そいつがこの戦争が勃発することを予測できていたなら……明らかにシャウティアを入手した方が勝つわね。

 仮に戦争を起こして地球を壊滅状態にするのが目的だとすれば、こんなパワーバランスの狂ったエイグなんて寄越さないはず。それに、AIにすら制限をかけて、データをロックする必要なんて……)


 片手でキーを叩きながら、もう片方の手を顎に当てる。そして眼球は、フィルターに引っ掛かった単語とその周辺の文に向けられている。

 データ解析中に頻繁に現れる『SHOUT』の文字。英語で『叫び』を意味することは、皆が習う第二言語であるのだから誰にでも分かるだろう。


(これだけの力を持つんだから、データロックの意味はそれでもいいだろうけど……意味が分からない。何故、段階的にデータをロックしていく? そしてAIにもそれが管理できない?)


 不可解な問いが、彼女の脳内に次々と発生する。しかし答えを知る者は居ない。居たとして、シャウティアの主であるシオンは眠っている最中だ。

 だから今彼女は、人の手でそのロックを解除できないかと奮闘しているのだ。

 が。


≪GIVE ME LORD'S SHOUT≫

(また、これか……『主の叫びを寄越せ』。そのまま解釈するなら、シオンが叫ぶこと――いや、声量に応じてロックが解放される、なんてのも考えられる。シャウティアと話ができればいいんだけど……まあ、シオンが動けないことの方が問題だしね)


 ふうと息を吐いて、ミュウは作業を中断する。

 そして画面端のデジタル時計を見、既に正午が近づいていることに気付いた。


「ひとまず昼食かしらね、これは起こさないと」


 まるで手のかかる子供の世話をする、面倒見のいい母親のように。ミュウはゆっくりと、眠るシオンの肩を揺らした。

 呻くような声を出しながら、彼は目を開く。


「んぁ……ミュウ?」

「そろそろメシの時間よ。食べられる時に食べなきゃ。私が誘ってるんだから、嫌とは言わせないわよ」

「………」


 シオンはどこか怒ったようにミュウを寝ぼけ眼で睨み、口を開いた。


「嫌と言わなきゃいいんだな。寝る」

「ぶっとばすわよ」


 結局二人を呼びに来たアヴィナと一緒にシオンを担ぎ、ミュウは仮設食堂へと向かった。



「――薄いな」


 寝起きで機嫌が悪いのか、シオンは出されたスープを口に含んでぼやいた。すかさずその横腹に、ミュウの拳が軽く襲い掛かる。


「贅沢言わないの。……てか、なんでパンだけ先に食うのよ……」

「んなの俺の勝手だろぉ」

「シーくん酔ってるみたい~」


 ぐでん、とシオンは首を真上に向け、目線を後ろに移す。


「ふむ、寝ぼけたままだといざという時動けないな。どうだ、散歩でも」


 すると先に食事を終えた様子のレイアがシオンの後ろに立ち、彼を見下ろして目線を合わせた。

 シオンは心底嫌そうな顔をするわけでもなく、姿勢を元に戻して体を捻り彼女の方を向いた。


「どこに」

「街に出るんだよ。ああ、準備はいらない。ただ便所くらいには行っておけ」

「? なんでだよ」

「学生だったなら、この国を知らないわけじゃないだろう。国民が皆そうだと言うわけではないが、強盗しようとする輩も少なからずいる。年齢は関係なくな」

「……ああ」


 どこか納得してしまう自分に腹が立ったが、認めない理由もない。シオンはそれから黙ってスープを飲み干し、アヴィナとミュウと別れて輸送機を出た。


「しかし、なんでまた」

「お前はまだ若い――いや、私もお前とそう変わらないんだがな。ともかく、若いうちに世界を知るという経験は、必ず社会へ出た時に役立つ。どんなに幸福な満ちた社会でも、どんなに悲惨に溺れる社会でも、知るということは何よりの武器となる」

「……まあ、意図は理解できた。けど、アヴィナはいいのか?」

「何が起きるか本当に分からんからな。若すぎる命は散るべきにあらず、と言うだろう」

「お前の『若い』の基準はどうなってるんだ、おい」


 すかさずツッコミを入れるが、レイアはいつもの調子で笑うばかり。シオンは呆れて溜息を吐く。

 彼の気付かぬうちに、寝起きの眠気などとうに消えていた。


「安心しろ、本当に軽く見て回るだけだ。……もしや、撃たれるのではと心配でもしているのか?」

「いや、まあ……多少は」

「私の目と経験を信用しろ。屋根の低い街を選ぶし、周囲の警戒も怠らない。それに撃たれても、多少の傷ならすぐに治療できるしな」

(一応作戦のかなめのはずなんだけどなあ……)


 自分の扱いはどうなっているのか心配になりながら、シオンはレイアの後ろをついて行く。

 目を鋭くして敵意を撒き散らしているようにしか見えない彼女と歩き、約数分。暗い森を抜けた先には、教科書で見た覚えのある、日本にはない独特の街並みと、そこに集う多くの人々の光景が広がっていた。


「これが、メキシコ……いや、その裏側、か」


 よく見れば石造りの建物には所々ヒビが入っているし、人々の服は端がぼろぼろで、顔もどこかやつれている。


「行くぞ」

「……ああ」


 シオンは自然と気を引き締め、街の中へと歩みを進める。

 人々は奇異なモノを見る目で、二人を見ていた。何せ格好が全く違う、異国の人間がそこにいたのだから。

 いや、奇異なモノを見る目と言うよりかは――どこか、怯えているようにも見えた。


「まさかとは思うけど、皆」

「私達をアメリカからの使者か何かだと思ってるらしいな。これは、撃たれても文句は言え無さそうだ」

「お前は見た目がもろにそうだからな……イギリス出身だったっけか?」

「ああ――全く同じとは言わんが、髪や目の色を見れば誰もそう思うだろう」


 と、レイアは見せびらかすように長い金髪を揺らす。


「……俺を守ってくれるのは嬉しいけど、自分のことも気遣えよ?」

「善処する」

「まったく……っ、のあっ!?」


 ずてん、とマンガなら擬音が描かれそうなコケっぷりだった。

 シオンは突然何かに躓いて、その場に倒れ込んだ。訝しみながらもすぐに立ち上がる。

 レイアは眉根を寄せて周囲を見渡すが、何かを見た瞬間にその顔から力が少し抜けたようになる。


「やぁい! ひっかかってやんの!」

「ざまぁないぜ!」


 物陰から顔を出してシオンを指差し、ケタケタと笑う子供たち。

 シオンは大した理由もなく嫌がらせを受けることは何度もあれど、今度のはあまり怒る気にならなかった。

 彼らは今自分たちの事を、害だと思っているのだから。


「かなり上質なワイヤーだな。透明処理まで施してある」


 レイアはシオンを気遣うわけでもなく、彼が躓く原因となった線に触れながら感心したように呟いた。


「……先、行くか」

「すまんな、足元まで注意が及ばず」

「疲れてんだろ、無理はすんなよ。……って、あれ?」


 立ち上がるシオンの横を、何かが過ぎ去った。それが何かと目で追うと、次の瞬間、子供たちのいた方から鈍い音がした。


「またあんたたちね! いい加減にしなさい!」

「いてぇな! ゲンコツババアめ!」

「誰がババアですって……?」

「ゲンコツババアが怒った! にげろーっ!」


 ゲンコツを食らったらしい子供たちは足早に去り、そこに一人、子供が残った。おそらくシオンの横を過ぎた本人だろう。

 髪の長いその子供はくるりとシオン達の方を向き、焦って駆け寄ってきた。


「ごめんなさいっ!」

「へ?」


 状況がよく呑み込めていないシオンの口から、変な声が漏れる。


「あの子たち、外から人が来るといつもああで……本当にごめんなさい! お怪我はありませんか?」


 褐色の肌。それと対比するような白い髪を持つ少女。見た目だけで判断するなら、シオンとミュウの間くらいか、どちらかと同じ年齢だろう。

 少女は悪意など微塵も感じさせない優しい瞳で、シオンとレイアを交互に見た。


「い、いや。特には」

「……あ、あの。もしかして、アメリカから?」

「! ……いや、日本だ。詳しくは、さすがにこんなトコじゃ、な」

「あっ、無理なようでしたらいいので。それより、お詫びさせてください!」

「え、いや。いいよ、本当に大丈夫だから」


 絶対に詫びる、と頑なに訴える少女の瞳。


「貰えるモノはもらっておけ。では、案内してもらえるか?」

「お、おい……!」

「大したことはできませんけど……では、こちらへ」

「え、えーと……」

「ほら行け、こんな機会滅多にないぞ」

「ああもう、分かったよ!」


 レイアに背を押され、シオンは少女の後を追った。その途中で人々の目が鋭くなっていたことに気付いたが、特に気にならなかった。

 その目線は自分たちではなく、少女にのみ向けられていたのだから。



「薄汚いですけど、どうぞ」

「あ、ああ……」


 シオンは微妙な返事をしながら、少女に倣って土足で家の中に入る。

 否定できるほど綺麗ではなかったのだ。悔しくも、彼はこの家を汚いと思ったのだ。

 本来ならば靴を脱いで入るべきの場所に土足で入ってしまったのも、その心理が原因である。


「あの、もしかしてお姉さん」


 と、少女の視線がレイアに向けられる。


「昨日、基地の方で何か……」

「おや、分かるか。いかにも私がここを制圧したテロ組織の一員だ」


 悪びれる様子もなく、レイアは言う。実際、彼女らに悪事を働いている自覚などない。

 少女は複雑そうな顔をして、それを俯かせた。


「……やっぱり、そうでしたか。それで、ここには何をしに?」


 何故来たのか、などと怒鳴り散らすわけでもなく。少女は落ち着いた様子でレイアに聞いた。


「連合軍からの解放が目的だ。その象徴である基地の制圧は成功したが、まだ完遂してはいない」

「まだ何か、するんですか……」


 少女の顔が更に俯く。何か思うところがあるらしい。


「ここにあったモノを可能な限りここに戻す。本来ここにあるべき物資や、それを作り出せる能力を持った人間をな」

「!」


 少女の顔から不安が消え、驚愕で真っ白になった――シオンは、そんな印象を抱いた。


「ど、どうかしたのか?」

「わ、たしの、パパとママ」


 急にカタコトで喋りだす少女。その顔がまた俯く。


「アメリカの、ひとに。つれてかれたの……っ!」

「なッ……」

「なるほど、ここに君しかいないのはそういうことか」


 狼狽するシオンと、合点がいったように家の中を見回すレイア。

 だが、驚くべきはそこだけではなかった。


「単なる労働力として大人を連れて行くのなら、解せんな。とすれば……」

「……プレイヤーか」


 忌々しげに言うと、レイアは無言で頷いた。

 シオンは次に、目に涙を浮かべて、今にもそれを頬に伝わせそうな少女の傍に寄り、目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。

 そして人差し指を曲げて、少女の涙を拭き取った。


「君、名前は?」

「……モニカ」

「モニカ。君が一日でも早く幸せに暮らせるよう、俺達は戦ってるんだ。ここから幸せを奪ったアメリカを、俺達は絶対に許さない」

「あまり待たせないように尽力する。だから君は、あの子供たちの相手をしていてくれ。いいな?」

「……うん!」


 泣きそうだったモニカの顔は、満面の笑みに変わる。それに合わせて微笑む二人はもう少し彼女の話を聞いて、夕方前には街を出、基地へと戻った。

 それから出発の準備が進められる中、シオンはモニカに渡されたあるモノを見て、真剣な表情をしていた。


「んー? どったのシーくん、それ」


 そんな彼を見たアヴィナが駆け寄り、彼の手首に付けられた腕輪を指差した。

 塗装が剥げ、錆びている部分もある。傍から見ればゴミも同然だろう。


「ああ、これ……街でもらったんだ。『約束の印に』って」

「へー、どんな約束?」


 少し考えるようにして、シオンはアヴィナに微笑んだ。


「世界平和、かな」


 どこか嬉しそうに言う彼を見て、アヴィナは一瞬驚いたが、すぐに一緒になって笑う。


「そっか」

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