第8話「影」part-A
「作戦の意図だと?」
「ええ、如何せん全く理解できなくてですね。詳細にご説明願えないモノかと」
連合軍の輸送機。現在ロシアの上空を飛ぶその内部の一室で、ゼライドは中将であるフェーデ・ルリジオンに問いを投げかけていた。
中将ほどの位に立つ者であれば、そういった情報も持ち合わせているのではないか――という安直な発想ではあったのだが、今はこれ以外にできるコトは考えられない。よもや一兵卒が国連事務総長に問い合わせたところで、途中で何事もなかったかのようにされるのは十分に予測できる。何せ内容はその本人を疑うモノなのだから。
それに、彼の国連に対するイメージは決して良くはない。それが上層部に察されると、除名の可能性は十分に考えられる。
よって、身近でありながらそれなりの位に立つ彼を選んだのだ。
と言っても直球で聞くわけにもいかない。その為、ゼライドは遠回しに問うたのだ。
「作戦書は読んだろう。あの通りだ」
「いや、それはそうなのですがね……何故この機会にプレイスを叩かないんですかァ? 平和がお望みなら、あんなモノいらないでしょう?」
どこか嘲るような口調で、ゼライドはフェーデに問いを重ねる。
よほど耐性が無いのか、早くもフェーデは眉間にしわを寄せて顎に力が加わっている。
「兵士なら、上官の命令には黙って従え。それが嫌ならばさっさと軍を抜けろ」
(よく言うぜ、俺達に頼りっきりのクセによ)
ゼライドは心の中で、今度こそはっきりと彼を嘲った。
(立場が分かってないのは、お互いらしいな)
「分かったなら、作戦に備えて機体の整備でも手伝っていろ!」
「了解でェーす」
面倒くさそうに頭を掻きながら、ゼライドは退室する。そして扉が締まると、いつもの彼からは想像もできない真剣な表情が彼の顔を覆っていた。
彼の任務は、敵の相手。復興支援などではない。
しかし、戦争を長引かせたいのでもない。
(……きな臭さも隠しきれなくなってきたな。労せずして真には辿り着かず、か。日本人らしい言葉だこって)
珍しく自然と出た溜息に、彼自身気付くことが無かった。
これから何が起こるのかも。
自分の行動に伴うリスクが、何なのであるかも。
◆
深夜の暗い空を飛ぶ、日本支部隊を乗せたプレイスの輸送機。
彼らがアルゼンチンを解放してから、僅か数十分しか経っていない。しかし時間は待ってはくれない、かと言って人間は休まず働くことはほぼ不可能である――よって移動中の僅かな時間、シオンとアヴィナは熟睡していた。
その日最も働いたのは、二人だったのだから。
レイアが何もしてなかった、というわけではない。彼女は彼女なりに指揮を執ったりライフルを乱射したりと、内容で言えば彼女が一番多忙だったはずである。
その彼女は今、窓の外に見える薄暗い色の雲を見下ろしていた。
「眠れないの?」
そこへ、幼い声がかかる。彼女が振り向くと、桃色の髪を下ろしたミュウがいた。先程まで作業をしていたのか、黒縁の眼鏡をかけていた。
「元々夜型なんだ、それに多少眠らずとも動きは鈍らない。……お前はいいのか?」
「できること終わらせて今からちょっと仮眠を取ろうとしたんだけど、レイアだけ起きてるじゃない? ちょっと気になったのよ」
「そんなに疲れているように見えたか?」
私はさほど疲れていないんだがな、とレイアは苦笑する。
それにつられたのか否か、ミュウも微笑する。
「ええ、ちょっとだけ」
「……ふ。実は、不安に思うことがあってな」
「私でいいの?」
「構わんさ――私は、シオンの理想に相応しいか、と考えていてな」
「平和……私が言うのもなんだけど、青臭い。けど、単純明快よね」
「ああ、それだけに難しい。1+1を紙の上で解くことは簡単だ。だが現実問題として解くとなれば難易度は変わる――『手+手』の与式を解こうするのならば、な」
「相手の考えを理解できるかどうかで、答えは2になり得ないこともある。最悪、0になるわ」
対立が発展し争いを生めば、互いに潰し合う。結果としてどちらも手を差し出すことを止め、そこに手はなくなる。
しかし互いが理解し合えば、その手と手は握られ、2つの手から成る握手が実現する。
「私は今まで、手を差し出そうともしなかった。まあ、外野から見れば当然だと言われるだろうがな」
「ええ、殺されそうなのに『仲良くしましょう』なんて言い続けられる程の肝を持つヤツはそういないわよ」
「シオンが、そうなんだ。だが私はどうだ。解法を見いだせず、答えを出すことを諦めていた。二度もだ」
レイアの脳裏に、在りし日の辛くも戻らない思い出が蘇る。
子供に虐待とも解釈できる教育を施す親、それを守ってくれた兄。
隕石によって失われた家庭。それから戦場に身を投じて忘れてしまった、相互理解――。
「相手を理解しない、それでは何も解決しない。そんな単純な答えへの単純なヒントを教えてくれたのはシオンに他ならない。だが、今更その為に動くことが許されるのだろうか、とな」
「……かったい頭ねえ。シオンも学校の嫌な境遇を抜け出したい、ってのがシャウティアに乗った理由の一つだったらしいわよ?」
「似ているようだが、違う。私は母様や父様を理解しようにも、もうその命が無いんだ。守ることすらできない。でもシオンはどうだ。まだやりなおせる」
「たかだか生まれて13のアマが何を言うか、って言われそうだけどね。それはもう諦めるしかないんじゃないの? 大事なのは理解しようとしたその意思じゃないの?」
白衣の袖で眼鏡のレンズを拭きながら、ミュウはレイアに聞いた。
それを聞いた彼女は、一瞬驚いたように目を丸くして、しかしすぐに安堵した表情に変わった。
「死んだ人は死んだ人。これから今生きてる人で何を成すか、それを考えるためにシオンの考えに乗った。それでいいんじゃない?」
「………そう、だな。これは一本取られた」
「そんな大したことじゃないわよ。ま、レイアも所詮生まれて20ちょっとってのがよぉくわかったわよ」
「ほう、偉そうなことを言うのはどの口だ?」
「はいはい、お戯れはまた今度。今は休みましょ」
「ふ」
ミュウが自分から離れていくのを窓の反射で認めたレイアは、視線をやや上に向け、遥か彼方で太陽の光を反射する月を見上げていた。
いつか自分も、太陽の光を浴びることができるだろうか。
(そんなしょうもないことを考えるのは、疲れているせいか)
レイアは再び小さく鼻を鳴らし、短い眠りについた。
時は少し過ぎ、朝日や月夜の光すらない黎明。
冷ややかな空気が舞う連合軍・メキシコ基地。アメリカ基地が近いせいか、この基地には戦力がさほど多く寄せられてはいない。それに森林を切り開いて建設されただけあって物資搬入に遅れが出ることもあり、戦闘向きであるとは言えない。
そんな基地の上空に、格納庫のハッチを開いた一機の輸送機が飛んだ。そこから飛び出す、3つの光。
1つ、紫色。
「まずは挨拶だ。基地のど真ん中にミサイルをぶち込め」
1つ、青色。
「りょーかーいっ。でも人とかいないの? ――あ、シアスが『いない』ってさ」
そしてもう1つ――赤色。
「後は司令官に投降の要請。よし……行くぞ!」
彼の言葉を合図に、アヴィナが脚部に装備したランチャーからミサイルを2発打ち出す。それは赤い線を宙に引きながら、基地内の道路との距離を詰める。
それを目で追うアヴィナは、口をすぼめて音を鳴らした。
「――ちゅ」
爆発音。
発生した熱と光は周囲を熱く照らし、襲撃者が現れたことを嫌と言うほど知らせる。
そこで遅くも警報が鳴り始める。しかし時すでに遅く、抵抗し始めるより先に着地したシオンがバスタードを実体化、素早く薙いで諸施設の屋根を弾き飛ばす。
(レイア、司令部は)
『既に見つけている。あまり話しかけるな』
(へいへい……)
『んじゃボクらは誰も来ないか警戒、と。にしても小さいよねえ、この基地』
(そうだな)
「既にこちらはこの基地を壊滅できる準備はできている。助かりたくば投降しろ、お前たちだけでなく、市民の命と人権を守ることを約束する」
シオンとアヴィナが通信で会話している間にも、レイアは施設のうちの一つにライフルを向けて交渉を始めている。
『作る必要があったのかなぁ?』
(さて、な。連合の考えることは分からん)
『考えてあげるのがシーくんの役目じゃないの?』
(お偉方の考え方は特別だ。似たり寄ったりの思想を持つ兵士達とは違う可能性が高い)
『平和を求めて、ねえ。ホントにそうなのかな』
「……分かった、応じる。だがこちらから、駄目元の願いを聞いてはもらえないだろうか!」
「内容による」
切羽詰まった声を出す司令官らしき男に、レイアはあくまで冷静に応じる。
「どうか、彼らに……いや、彼らの家族に十分な物資を……!」
(!)
『なるほどねえ、深い事情があるみたいだね』
(……メキシコ)
シオンは心中でここの国名を呟き、教科書で見た情報を思い起こす。
決して良いとは言えない治安。その背景とも言えるスラム街。日常的に起こる犯罪――望んだモノでないことは、考えるまでもない。そうでないのなら、警察組織など存在していない。
しかし、そうなのだから、司令官の男はこのように乞うているのだろう。
『なるほどねえ、貧しさっていう弱みを握られちゃったのかな』
(ヒュレプレイヤーの有無、か……ここまでとは、な)
ミュウに教えてもらったことを想い出し、シオンは自然とその手に力を籠めた。
「十分であるかは保証できないが、この戦争が終わればそれも叶うだろう。もう少し待ってくれ」
「そんな……!」
「言い分は分かる。だが今の連合ありきでは、この世界のどこにも平和は訪れない。もたらされるのは偽りの平和、市民の堕落だ」
『きっびしぃねぇ』
(そうだな。だが……レイアの言う通りだ。今、俺達がすべきなのは戦争の終結。可哀想だが……)
『ホントは助けたいんでしょ? ふふ、シーくんも司令さんみたい』
(……そうかも、な)
「確かに、その通りだ……」
「何、見捨てるわけではない。この国にはヒュレプレイヤーがいない。その理由はアメリカに連行されたから――違うか?」
「え、ええ。まさにそうです」
「私達は今、奪われたモノを取り返す作戦を展開中だ。それは国だけに留まっていない」
(おい、まさか)
楽しげに話すレイアと、戸惑いがちに応答する男。
それを聞いていた2人は、辛気臭い雰囲気など忘れたように消し去っていた。
「メキシコが奪われたモノを、アメリカから取り戻す。私達がそれをここに戻しに来ることはできないが――それは、約束しよう。そう時間はかけない」
「ほっ、本当ですか!?」
「ああ」
『鼠小僧って言うんだっけ、こういうの?』
(江戸時代には興味が無い)
『あららん、そぉ?』
「で、でも、あなた方はテロ組織なのでは……これではまるで、義賊……」
『あ、同じこと言った』
(ちょっと黙ってろ)
本来は二人の会話も聞こえているのだろうが、レイアは気にしていないようで、鼻を鳴らした。
「世間の扱いはテロ組織だ。私達もその自覚はある。だが組織名はあくまで『反連合組織プレイス』。それに、最近は義賊に鞍替えしてな」
「は、はは……私は、騙されていたのか……」
「条件付きだが、要求を呑む。投降してくれるな?」
「……はい。わかりました」
その言葉を皮切りに、各施設から両手を挙げて兵士たちが現れた。最後に、レイアが話していたと思しき男が兵士たちの前に立ち、膝から座り込んだ。
「――解放完了。いや、アメリカという大きな鎖が残っているか」
「ひとまずツォイクの回収だな。アヴィナ、とりあえず信号弾頼む」
「ほいさー」
アヴィナは肩の小型ランチャーから信号弾を発射し、近くを飛ぶ輸送機を呼ぶ。
それからシオンは肩を回し、格納庫で眠るツォイクの回収を始めた。
現実はこうなのだと、知りながら。
全てを回収したときには日が昇り始め、日本支部隊を明るく照らしていた。
まるで神が、自分たちは間違っていないのだと言うように。
今のシオンには、なんとなくそう思えた。




