第7話「紅蓮の御使い」part-B
『どうする、接触するか?』
(……いや、もう少し様子を見よう)
と、レイアが周囲を警戒しようと前に向き直った時。
少年と目が合った。
「っ!?」
「どうしたッ!?」
唐突な出来事に驚き仰け反ったレイア。その声に反応してスコープから目を離すシオン。
同様に少年を見た彼も、驚いてパイルスナイパーを落としてしまう。
しかし少年は怯えて大きな声を上げるわけではなく、わなわなと震えていた。
「も、守り神だァッ!!」
いや、やはり声を上げた。
アーマーを装着していても耳に届く大声に、二人は思わずその上から手で覆ってしまった。
「みんな、守り神様だ! 守り神様がおいでになったぞーッ!」
「何? 守り神様が?」
「そんな馬鹿な……な、なんだとッ!?」
ぞろぞろと、シオンが見たであろう褐色の民族が奥から姿を現してきた。
「これは守り神様ではないか!」
「だ、だが。少し小さくはないか?」
「いや、おそらく守り神様に使われた、天からの使者ではないか?」
「なるほど……!」
『――何か、勝手に話が進んでるんだが』
(いや、冷静に判断してみろ。お前はエイグを祀っていると言ったな?)
『……言ったけど』
(そのエイグを見に行けるチャンスになるだろう。少し芝居を打ってみろ)
『え、お、俺ッ!?』
(ほら見ろ、視線がお前に集中している)
「うッ」
シオンが呻くような声を出す。
それから少し迷う様子を見せて、何かを吹っ切ったように表情を変えた。
「――あ、ああ。俺は天から落ちてしまったエイ……機神の様子を見に来たんだ」
「キシン?」
「御使い様はそう言うのだろう」
男達の小声が聞こえたのか、シオンの頬に汗が垂れている。
それがおかしくて、レイアはこみあげてくる笑いを堪え始める。
「だから少し機神を見せてもらえないか」
「え、ええ! もちろんですとも! ではこちらへ……」
「いや、俺達だけでいい」
「そう言うのでしたら……。守り神様、いえキシン様はこの先におられますので、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
と、シオンは笑いを堪えるレイアを睨みつけ、足元のバスタードとスナイパーを拾い上げて男の示した方へと向かっていった。
男たちの顔が見えなくなると、シオンはわざとらしく溜息を吐き、再びレイアを睨む。
そして殺意たっぷりに咆哮した。
「ぶっ殺すぞお前ェ!!」
「お前が勝手に言ったんだろう……ふ、くく……っ」
「だぁくそッ! さっさと行くぞ!」
笑うレイアを放って、足早にエイグの下へと歩くシオン。
(しかし、何故こんな所にエイグが?)
≪ドロップ・スターズの跡も見られない。隕石に偽装されずに落ちてきたのだろう≫
(ふむ……それに加え、これを神と崇める民族か)
≪天から降ってきた人型のナニカだ、そんな気持ちは分からなくもないが≫
(……兄さんらしいな)
レイアの知る中で、誰よりも相手を理解しようとした人物である兄・カイト。
今は亡き彼を模したAIに、彼女は呟いた。
『だだ漏れだぞ、ブラコン』
(勝手に言っていろ。それよりどうだ、エイグの方は)
『……いや、特に壊れてるわけじゃないらしい。乗れば動きそうだが』
シオンが言っている間にレイアもエイグの前に到着する。
体中に草木が絡みつき、長い間放置されているのが目に見えて分かる。
しかしレイアは二つほど疑問に感じていた。
「何故、彼らはこのエイグに搭乗していない?」
「開け方が分からなかったとか?」
「……シオン。お前は戦闘時にどうやって開けてるんだ」
「……そういえば、そうだった」
エイグのコアは、搭乗者がそう念ずることで開放される。だがそれは、あくまで搭乗者がいる場合のみだ。
「お前も経験があるのではないか? そのヴェルクに『搭乗を求められた』ことが」
「搭乗を? ――――多分、そうかもしれない」
「私やアヴィナ、他のヴェルク搭乗隊員もほぼ同じだ。おそらくエイグには搭乗者を求める本能のようなモノでもあるのだろう」
「仮にそれが正しいとして……じゃあ、こいつには本能が無かったってことか?」
「可能性はある。隕石に偽装されていたわけではないらしいし、不良品だったのかもな――エイグを作り、この世界にもたらした者にとって」
「……不良品、か」
神妙な顔つきをして、シオンが俯く。このエイグに同情でもしているのだろう。
不良品呼ばわりされるまで酷い扱いでは無かったはずなのに。
『――お前も同じか』
「……ん、何がだ?」
急に通信でボソボソと言われ、シオンはレイアの方を振り向く。
「いいや、何でもない。それより、彼らにはこのエイグに触れないようにきつく言っておかないとな」
「……俺は言わないぞ」
「キシンとかその辺の『設定』、ボクわかんないなぁ?」
(アヴィナみたいな言葉づかいしやがって……ッ!!)
『設定』を強調してくるあたり、悪意しか感じられない。
シオンはしばらくまた彼女を睨んだ後、諦めて溜息を吐いた。
「……適当でいいなら」
「やったぁ、イーくんだーいすき!」
「バスタードォ!!」
ついに耐え切れず、シオンが銃形態のバスタードの引き金を引く。しかし弾は直立不動のレイアに直撃することは無く、少し離れた所にある木を一本薙ぎ倒した。
(ジャマすんなシャウティアァ!!)
≪あーもう、子供じゃないんだから。それよりレーダー見て≫
「あ?」
愛機に言われ、シオンは脳内に映るレーダーを見る。
一つ赤い点があるのは、目前の無人エイグだ。そして端の方から、ゆっくりと近付いてくる4機の赤い点は――ツォイク。
シオンはすぐさま頭を切り替える。
「ッ、戻るぞ!」
「いや待て、お前だけで十分だ」
「はぁ!?」
「例の高速移動を使って、シャウティアに乗ってここまで戻り、奴らを撃退すればいい。演出にもなる」
「お 前 は 少 し 働 け」
「えぇっ、だってボク、キシン様なんて知らないもん!」
またアヴィナの真似をするレイアに、シオンは歯ぎしりと憎しみの眼差しを贈る。
「後で覚えてろよ……!!」
「無駄口叩いてないで、ほら行け」
「チッ」
舌打ちだけを残して、シオンはその場から消えた――ように、レイアには見えただろう。
しかしそんなことを気にしている場合ではない。シオンは推進器を噴かせ、ブラジル支部の格納庫へと急いだ。
まだ搬入の途中だったらしく、丁度シャウティアが運ばれているところだった。
「開けろ」
≪うん≫
シオンは愛機に呼びかけ、心臓の中へと潜り込む。
手際よく起動した自分の身体で、シオンは迷わずレイアのいる場所へと戻る。
「気が引けるな」
≪でもここでシオ兄が活躍すれば、あの人たちだって言う事聞くと思うよ?≫
「だろうけど……お」
レーダーの情報を頼りにツォイクを探していると、森林の中を堂々と歩く緑色の部隊がシオンの目に映った。
本来ならば不意打ちをすべきなのだろうが、シオンにそうすることはできない。
だから例の無人エイグを守るように立ち、時間を再び流した。
「なッ……紅蓮!」
「何故こんな所にッ!?」
突然目の前に現れた紅蓮に驚き足を止めるツォイク。しかしすぐにライフルを構え、その引き金を引いた。
「ここで潰しておけば……ッ!!」
しかしもちろんのこと、その銃弾がシオンを傷つけることは無い。
「――投降しろ。さもなくば手足の一本で済まなくなる」
「クッ、バケモノめ!」
シオンの提案には乗らず、全員が銃口を向ける。
彼は歯ぎしりし、バスタードを実体化させる。次いで素早くハンドルを握り、銃形態に変える。
そして地を蹴り、文字通り目にも留まらぬ速さで距離を詰め――一番近くにいたツォイクの両太腿を切断した。
「がッ……!」
「次は、どいつだ! まだ歩いていたきゃ、大人しく投降しろ!」
「たかが足の一本や二本、貴様にくれてやるわァッ!!」
何故だ、何故、そこまでプレイスに執着する。
日本支部にいる捕虜兵達と同じなのであれば。アーキスタの予測が正しいのならば。それはきっと――
『――よくできた、ベタな洗脳だな』
「馬鹿野郎ォォォォォォッッ!!!」
レイアの呟きも掻き消すほどの、シオンの絶叫。同時に引かれるトリガー。
砲口から迸るのは音速並みの弾丸――いや、音速などではない。
そこにあったのかすら怪しい、ただ空間にその光の残滓があったことから、そこにあったのだろう、という予測が辛うじてできるくらいだ。
そして予測に使われる要素としてもう一つ――いつの間にか貫かれている、ツォイクの腕だ。
「な、何を……した……ッ!!?」
「ぅぅぅらあァァァァッ!!」
シオンは敵前でバスタードを振り回し、乱射する。一見滅茶苦茶に見えるが、その見えない弾丸の全てが敵の手や足に直撃し、着実にその機能を奪っている。
僅かに散るスパークが、シオンには人という概念に見えて仕方が無かった。
同時に、自分の無力さに泣いていた。
結局はこうするしかないのかと。
こうすることでしか、相手を黙らせることはできないのかと。
「馬鹿な……一瞬で……ッ!?」
その呻き声を最後に。森林から、5機のツォイクが消えた。
レイアだけは、シオンが基地へと運んだのだと理解していた。
それから彼以外の人間にとって、数分が過ぎた。
シオンは何事もなかったかのように無人エイグの下に帰り、それを崇める民族達を集めた。
「先程の戦いは見ていたか?」
「は、はい。まさかキシン様同士があのように動き、争い合うなどとは……!」
「……ああ。機神同士の誤解でああなっているんだ。だからあの機神は、誰にも見つからないように隠してくれ。お前たちが争いに巻き込まれないためにも。いいな」
「わかりました。御使いの命とあらば、従います」
「ありがとう」
人々にそれだけ言い残し、シオンは近くで待っていたレイアの下に踵を返した。
「誤解で……か」
「当たらずとも遠からずだろ。さて、さっさと帰らないと基地の奴らが驚いてるだろうな」
「何も言わずに置いてきたのか?」
「推進器は潰しておいた。まともに動けやしねえだろ」
「……まだ、抑えられている方か」
「自分でもびっくりさ」
呆れたようなレイアの言葉に、シオンは肩をすくめて応えた。
自分の知らない、心の奥底では、少しずつ負の感情が積み重なっているとも知らず。
その夜、彼らは連合軍・アルゼンチン基地を襲撃した。数時間という短時間で決着がついたらしい。




