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第7話「紅蓮の御使い」part-A

「――じゃあ、行くよ」

「やりたいことはまだあるだろうが、俺達に任せておけ。それに行った先でも仕事は腐るほどあるだろうからな」


 格納庫から少し離れた場所にある、飛行機発着所。シオンがアーキスタから聞いた話では、輸送機に参加隊員とヴェルクを乗せて第1の目的地、ブラジル支部へと赴くのだという。

 日本支部からの隊員を基幹とした部隊は南アメリカから攻め、主要基地の一つであるアメリカを解放、それからまっすぐ敵の本拠地――スイスのジュネーブに向かう。

 作戦内容自体は前もって聞かされていたものの、いざ始まるとなるとシオンも緊張を覚えずにはいられない。強張る体に落着け、と言い聞かせている。


「お前の加入から今日までかなり短かったが、それをカバーできるだけの力は備わったはずだ。だが、この作戦は決してお前ひとりの力で成功することはない」

「わかってる。自惚れは自分を殺すんだろ」

「数回しか出撃してねえ奴がよく吼えることで」

「元一般市民にしちゃ、戦争参加なんざ濃度の高すぎる経験だ。なるべく多くはしたくないけどな」

「ま、そうだな。……さて、ここで時間は取れんな。ヴェルクの修理も大体終わったし、ここの防衛は心配いらんさ。行って来い。奴等にもよろしくな」

「ああ」


 シオンはニッと歯を見せて笑い、離陸の準備を進める輸送機に踵を返した。

 アーキスタはその背を見て、どこかたくましさを感じていた。

 いずれ英雄と呼ばれる少年の背を。




「――あのさ」

「おん? どしたのシーくん、忘れ物?」

「いや、違うけど」

「なんだ、ハッキリ言え」

「……なんで、ババ抜きなんてしてんだ?」


 眉根を寄せるシオンの手から、ミュウが一枚カードを奪い取る。そして自分の手札を眺め、ペアを作ってテーブルの真ん中に置いた。

 彼らの乗る輸送機は現在、太平洋上空を横断中である。

 常にレーダーが周囲を警戒していると言えど、流石にこれは緊張感が無いとシオンは思う。いや、彼だけでなく平常な思考を有した人間ならば誰もがそう思うはずだ。


「そりゃ、作戦前だからだよ~……んぁぁ、ペア無しだぁ」

「どれ。……ふむ。残り3枚、と」


 レイアがアヴィナのカードを取り、一つペアを作って中心に置き、呟いた。


「いやいやいや、今から大事な作戦なんだよな? だったらババ抜きじゃなくてこう、作戦内容の再確認とかさ!」

「そう言うからにはもう頭に十分入ってるだろう。ほら取れ」


 と、レイアが自分の手札をシオンに近付けて、一枚取るように促す。

 納得がいっていないもののゲームの進行を止めるわけにもいかず、彼は渋々端の一枚を取る。

 取ったそれに描かれていたのは、卑しく嗤うピエロ――ジョーカーである。


「緊張感ねえよなお前ら……」

「まあ私は機材がないと何もできないし、整備が仕事じゃないし。……これ!」

(何でそう綺麗にジョーカーを外すッ!)


 ハートのエースを取られ、シオンは思わず手札を握る力が強くなる。それはジョーカーを持っていたレイアと一瞬の隙も逃さぬアヴィナの目に捉えられ、ミュウ以外ににやけられるという始末になる。


「ペアなし。アヴィナ、取っていいわよ」

「んん~~~……これっ! やたっ、あがりっ!」


 嬉しそうに手札を中心に投げ捨てて、アヴィナは残ったカードをレイアに渡し両手を挙げる。

 レイアはそのカードでペアを作り、中心に置いた。


「私もあと2枚だ。そら、取れ」

「ぐぬぬ……これだっ! よし、ペアだ」


 シオンも残すところ2枚となり、結局ゲームに集中することとなる。なんだかんだと楽しんでいた節はあるのだ。

 しかし問題は未だ自分がジョーカーを持っているということ。まずはミュウがそれを手札から取り除いてくれなければ、シオンの勝ちが見えることは無い。おまけにミュウの手札は残り1枚。シオンから奪ったものであるから、ジョーカーでなくともミュウがあがることはない。


(……あれ? もしかして泥沼化するか、これ?)


 気付いた。

 今この場において最悪の状況となるのは、ジョーカーが3人の中をぐるぐると移動し続けること、もしくはペアができず普通のカードが混ざっていくことである。

 おまけにシオンは残ったカード――ハートのクイーンのペアとなるそれを持っているのはレイアだ。確率としては2分の1なのだが、こういったゲームでは感覚的に10分の1くらいになることをシオンは知っている。

 彼はそんな事態を憂慮しつつ、恐る恐る自分の手札をミュウに寄せる。

 そして彼女が、ハートのクイーンに触れようとした時。彼らの耳に、パイロットの声が届いた。


『本機は間もなくブラジル支部に到着します。着地の衝撃に備え、シートベルトの着用を願います』

「ざんねん、決着つかずだね」


 一人だけ勝っているアヴィナが言い、ババ抜きは途中で終わることとなった。


「お前がミュウにジョーカーでないカードを取られかけた時の顔を見られただけでも釣りが出る」

「………」

「え、アンタが持ってたのっ!?」

「ミュウはもっと敵の顔を見ないとだね~」


 ミュウの鈍感さも露呈してしまった。


                 ◆


 一方、連合軍・中国基地。こちらでも同様に、ツォイクを乗せた輸送機が離陸の準備を進めていた。

 目的地はイギリス。プレイスが制圧作戦を始めるように、連合軍も解放作戦と称した大規模な作戦を始めようとしていたのだ。

 どちらも考えることは同じらしく、泥沼化を恐れて早い段階での決着を望んだのだ。

 しかしそれが重なってしまったということはつまり、戦争の終わりが近いということ。そしてかつてない激戦が繰り広げられるということ。そしてその先には、終戦があるということ。

 ――ならば、まだ良かった。


「ウチのトップは頭がおかしいのか? 『プレイスの抑圧を目的とする』だとかよ」


 輸送機内の人通りのない通路で、ゼライドが呆れて言った。

 連合軍――いや、国際連盟自体の活動を阻害するのであれば、早目に潰しておいて何の損もない筈である。それに戦闘が長引けばその分復興も遅れ、無駄に問題が山積みにされていく。

 そんなことは分かっていると言わんばかりに、いつものようにイアルが冷たく応える。


「反逆罪で訴えられても文句は言えませんよ」

「それでも構わんが、俺達なしで連合がまともに戦えるとでも思ってんのか?」

「何を言ってるんです、私があなたを訴えるんですから、去るのはあなただけです」

「……ひゅう、おっかねえ」

「冗談です」


 そうと分かってはいても、さすがに肝が冷える冗談だった。

 やはり自分のことなど、所詮は他人にしか思っていないのでは、と。


(親父曰く、義妹みたいなモンなんだが……さすがにこの歳にもなると、どうでもよくなるか)


 そう、この二人は義理の兄妹である――と言っても、それを意識しているのはおそらくゼライドだけであり、イアルはその限りではない。

 まだ成年に達していない、少年時代のゼライドは最前線に向かった兵士の父親に伝えられたのだ。「いずれ来る少女を妹のように可愛がれ」と。

 結果的に遺言となったそれをいつまでも心に留めているのだが、イアルがそれを気にしていないのなら自分も気にする必要はないのでは、と思うことがある。


「しっかしお前も軍人一家だからって、そんな口調にする必要は無かったろ?」

「こんなところで明るく振る舞えるあなたの方が異常に見えるのですが」

「相棒に冷たく言われて、これでも悲しいんだがね」

「左様ですか」


 変わらぬ表情。イアルのそれに、ゼライドも寂しさを感じないわけではない。

 それどころか負い目まで感じている。

 こうなったのは自分のせいではないか。

 自分が人を殺すということを教えてしまったからなのではないか――と。


(……まあ俺の事情はともかく、そろそろハッキリさせた方が良いかね。お偉方が何を考えてるのか――)

「大尉。何かよからぬことを考えていませんか?」

「いいや、何も」


 ゼライドはその場に立ち止まり、壁に取り付けられた窓から外を覗く。基地でせっせと物資を運ぶ兵士たちは、働き蟻に見えないこともない。

 だとすれば、女王蟻は自分なのだろうか、それとも。


(――『正義の味方、連合軍サマ』なのか)


                 ◆


 輸送機から降りてシオンがまず感じたのは、空気の違いである。南半球に位置するここ、ブラジルは一年中蒸し暑く、おまけにこれから夏に向かって季節が変わっていく。

 シオンは日本を発つ前に夏用の服でいろとの命令受けたが、今ならその理由が理解できた。

 それから3人はブラジル支部の隊員達との挨拶を済ませ、基地内を歩いていた。


「しかし、蒸してるな……」

「まあ日本と環境は違うが、ずっとここにいるわけでもない。ただ戦闘に支障がないくらいには慣れておけよ」

「はぁい」

「っても、すぐに出るんだろ?」

「いや、数時間後と言うわけでもない。今日の夜に出撃し、輸送機で軽く休憩を取りつつ一気に北上する」

「てことは、じゆーじかん?」


 予定を聞いたアヴィナが、目を輝かせてレイアに問う。見た目相応の活発さは備えているらしい。


「アヴィナは……そうだな、ミュウの手伝いでもしているといい」

「そんじゃ行ってきまーす! みゅうぅぅぅっ!」


 猫の鳴き声みたいに名前を呼びながら、アヴィナは格納庫のうちの一つに入ろうとしていたミュウを追いかけていった。


「そういえば、そのミュウは?」

「早速作業に取り掛かる。ここでゆっくりすることはできないが、データの交換や機材の受け取りなどをここで行う」

「ん? 機材持って行っていいもんなのか?」

「あっても使えなかったりするからな。ここは戦闘重視だから持っていてもしょうがない機材が多くある。……ああ、別にここで調達されたものではなく、イギリスからの備品だ」


 最後の補足に、シオンは眉根を寄せて疑問を生み出した。


「……直接日本で受け取ればいいんじゃ?」

「そう言うわけにもいかん、イギリスから日本までの最短ルートを直線で引いてみろ。その周辺にある、有名な国の名を挙げてみろ」

「えーと……ロシアとか、中国とか」

「そう、それは連合軍――国際連盟の基幹となる常任理事国だ。でもって敵本拠地のスイス周辺、イギリスとフランスにはプレイスの基地がある。そうなれば常に火花を散らしている状態と言うわけでな。下手に突っ切ろうものなら撃ち落とされる。ならば遠回りでも確実に届けた方が良い、というわけだ」

「へえ」

「おっと、長々と話して申し訳ない。では行こうか」

「……え?」


 素っ頓狂な声を出したシオンが次に見たのは、指を鳴らして紫色のAGアーマーを纏ったレイア。シフォン最大の特徴である体中の小型推進器と、背中に取り付けられたグライダー型巨大推進器もしっかりとついている。

 両手に携えたライフルを見せて、彼女はにやりと笑う。


「散歩だ。シフォンに地図は入れてある」

「んな物騒な散歩があるかよ……」

「いいからさっさと装着しろ。軽い偵察だから」

「はいはい……っと」


 レイア同様に、シオンも指を鳴らしてAGアーマーを纏う。ついでにシャウティングバスタードも実体化させ、右手で握る。


「では、行こうか」

「2度言わなくてもいいだろ」

「こういうのはちゃんとしないとな。家に帰るまでが遠足なら、まず家から出ないと遠足にはならない」

「うん、何か違うけど、言いたいことは分かる。どうでもいいから行こう」

「馬鹿にされた気分だ」

「お前が言うか」


 カチャリカチャリと金属の擦れる音を鳴らしながら、二人は基地のすぐ傍にある森に入る。

 シオンは日の当たる基地内とは違い、ほとんどが無数の樹木に覆われた森林の中を涼しく感じていた。


「こんなの見てると、ホントに隕石が降って来たなんて信じられないな……」


 シオンがふとつぶやくと、レイアが急に立ち止まり、目だけを上に向けた。


「――ん?」

「どうした?」

「いや、シフォンがこの近くにエイグの反応があると」


 どうやらシフォンに話しかけられたらしい。

 シオンはすぐに身構え、バスタードを展開した。


「ッ、敵か?」

「―――。いや、動いてるわけではないらしい。行ってみるか?」

≪動いてないなら、狙撃されてないのは不思議だね。一応AGアーマーは装着しているし、大丈夫だと思うよ≫

「……行ってみるか」


 警戒心が解けないまま、シオンはレイアの後ろを引き続きついて行くのだった。

 そうしてまたしばらく歩いていると、彼は何か、この森にはない匂いを感じた。


「何か焼いてるのか?」

「ふむ……木の類だな。さほど生臭くもないし、黒ずんだ煙もみられない」

「もしかして、人がいるのか」

「はて、こんなところで野営をしているとは聞いたことが無いが……」


 レイアも警戒をし始め、なるべく大きな音を立てないようにゆっくりと歩く。

 やがて白い煙がはっきり見え始めたため、彼女は周囲の木よりも大きなモノに隠れるようシオンにハンドサインで伝えた。


≪Chiffonから通信要請≫

(最初っからそうしとけよ……許可)

『確かスナイパーライフルを持っていたろう? 遠くまで見えないか』

(ああはいはい……シャウティア、パイルスナイパー)


 シオンは手のひらを合わせ、そこから滑らせるように手を動かし、狙撃の構えをパントマイムで再現する。

 するとそれに合わせるように光が収束し、黒光りする銃身が実体化した。

 パイルスナイパー。開発研究室で製作された、シオンの3つの武器の内の最後の一つだ。『パイル』と付いているからと言って、銃口から長い杭が飛び出すわけではない。

 逆に飛び出すのは、銃身に3つ、三角形の頂点となるように付いている杭打機からだ。銃身にもそれなりの長さを持つ杭が備わっている。ボタンを押せばそれぞれ立ち上がり、杭の根に備わったエネルギー発生装置が起動して高速で打ち出される、という仕組みである。

 彼はそれを構えて、赤いレンズのスコープを覗き込む。さすがに音が聞こえてしまうのは避けたかったので、銃の固定はしていない。


『どうだ?』

(……まだ重さに慣れてないから、もうちょっと待ってくれ)


 シオンが慣れたのは、精々遠くにあるモノを正確に撃つことくらいである――固定ありきで。

 片手でダンベルでも持ち上げるような感覚に苛まれつつ、微調整をしながら何か見えないか探す。


「!」

『何かあったか?』

(……例のエイグは、この近くか?)

『ああ、100m先だ。動いていたのか』

(いや、動いてはない。むしろ自然と同化してる感じで………)

『感じで?』

(……まつられてる)

「は?」


 通信も忘れて、レイアの方から素っ頓狂な声が出る。

 それはシオンが出したい声だったろう。

 黒い肌に絵の具のようなモノで描かれた何かの模様。頭には草などで作られたと思しき冠。動物の皮で覆われた体。

 絵に描いたような民族が松明を持って、エイグを祀っていたのだから。

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