第6話「私にできるコト」part-B
愛機の心臓の中で、シオンは呼吸を整えて出撃に備えていた。
同時に自分のすべきことを、暗示をかけるように何度も繰り返していた。
≪狙うのは関節部分。それでいいね?≫
(例のハリボテのことも考えると、そうだな。肘と膝を中心に狙おう)
ハリボテ。BeAGシステムを誤魔化すための義体のようなものだ。それさえあれば戦闘こそ不可能であれど人間としての生活を失うことは無い。日本支部の全員で考えた、彼らなりの最善の対処法である。
≪……っと、Ciasから通信要請が来てるよ≫
(アヴィナ? えっと、開いてくれ)
『――聞こえる、シーくん?』
(お、おお。なんかすごいなコレ)
脳に直接声が響く――AIと同じ感覚だが、他人からの声だとよりそれが感じられるのだろう。
だからシオンは同様に、念じるように応えた。
『これがエイグ同士の通信だよん。口でしゃべると作戦バレッバレだからさ。AIに言えばちゃちゃっと繋いでくれるから、話したいときはいつでもうぇるかむだよん』
(……つまり、本音はバレバレと)
『まあそうなるねん。って、そうじゃなくてー。隊長さんからボク達の出撃許可が出たから、行くよん』
「ん、ああ」
そういえば、と頭上の音に顔を上げる。既に天井が開き、いつでも二人を送り出す準備はできているようだった。
(他に誰かついてくるのか?)
『索敵さんが何人かね。相手はそんなに多くないけど、念には念を、ね?』
(アーキスタの奴、少しはらしくなってきたな)
『ふふ、隊長さんのお陰かもよ?』
(……ま、そうだな)
安堵したような息を短く吐き、シオンは気を引き締める。
大きく吸い込んだ息。
同様に開いた顎。
そしてその奥から発せられる、絶叫。
「シオン・スレイド、シャウティア、出ますッ!!」
巣を飛び立つ鳥は、未だ気付いていない。
自らが飛ぶ所以が、翼にあるなどとは。
◆
ドロップ・スターズの被害が苦々しく残る東京湾。湾などとはいいながら、初見でそうだと分かる者がいるかどうかも怪しい――今は、そのように変わり果ててしまっている。
水面に浮かぶのはゴミと化した木材や鉄。それだけでなく、生活用品と思しきモノもちらほらと見受けられる。それにより、日本は水質の汚染問題を抱えている。
そんな場所に立った、二機のヴェルク。
赤白のシャウティアと、全身を青に染めたヴェルク――シアス。
重装型である故、両肩に大口径のキャノン砲、両手には2連レールガン、両足に3連ミサイルポッド。おまけに背中には巨大なバズーカまで備えており、敵機の破壊や味方の援護には事欠かない。
また機体もそれに合わせ、全体的に太くなっているように感じるのは、間違いなく装甲が追加されているからだ。
(酷いもんだな)
『およ? 見た事あるんじゃないの?』
シオンの何気ない一言に、アヴィナが反応する。
(他のトコのなら、な。でも、被害なんて一口に言っても色々ある。同じ『家が壊れた』でも、跡形の無いモノと辛うじて形が残っているモノでは大きく異なるんだよ)
『ふぅーん』
(まあ、お前はそんなに気にしなくてもいいだろうけどな。辛い事ならなるべく知らない方が良い)
『辛い事、ね』
過去を顧みるような口調に違和感を覚えたシオン。彼がどうしたのかとアヴィナに問いかけようとした時。
二人の脳内に、警告音が響く。
『来たよ』
≪1時方向、3機。距離500≫
『そんじゃ、ボクはボクにできるコトをするから。邪魔はしないよん』
(へいへい……)
感じた違和はどこへやら、シオンは心配の必要などないと思い、頭を切り替えた。
そして再び息を吸い、意志を声に乗せる。
「シャウティングバスタードッ!」
叫ぶと同時に光が収束し、彼の右手に銃剣が握られる。
彼はそれを構え、推進器を噴かして愛機の告げた方角へと飛翔する。
間もなくグライダーのような推進器を装備したツォイクが、彼の視界に入る。
(――見えた)
≪こっちで軌道補正するよ。うっかり他の所切らないようにね≫
(悪い、頼む!)
「出たな、紅蓮!」
敵機はライフルを構え、急上昇してシオンの頭上から襲い掛かる。
シオンは驚きこそしたが素早く反応し、上に向けて身構える。
「――シャウト」
彼が静かに呟くと、時間という概念が消えたかのように、彼以外の全てが止まる。
その隙を利用し、彼は頭上のツォイクの腕を狙い――一閃。
見た目は斬れてなどいないが、それでも確かな手応えを感じていた。
「ディスシャウト」
ふいに、時間がその姿を再び見せる。それからまず聞こえたのは、腕を斬られた敵機からの呻き声。
「がっ……う、腕が……ッ!!?」
「隊長を、やらせるものかァッ!」
シオンの下に、ナイフを振りかぶる別のツォイクが接近する。しかし彼はそれを軽々と避け、柄に付いたハンドルを押し込んだ。
それに連動した刀身が、真っ二つに割れる。そしてその姿を現した砲身から、緑色の光弾が発射される。
高速のそれは迷わずツォイクの手を弾き飛ばす。
「ぐっ!?」
「こちらは無益な殺傷を行う気はない。そこにいる後衛の機体もだ。下手に腕を失いたくなければ――」
と、言葉を発す途中。
バリアに銃弾が触れ、それが粉々に砕け散る。
「……なるほど。じゃあ、力づくで連れて帰ろう」
「ナメた真似をォッ!!」
「ふん」
シオンは先ほどの敵機が隊長と言っていた機体にナイフで襲いかかられるも、ハンドルを再び押すことにより閉じた刀身に挟まれ――切断される。
「悪いが、鋏なんでな。コレ」(消えろ、バスタード)
見せつけるようにバスタードを掲げ、シオンはそれを霧散させる。
そして息を吸い、別の名を呼ぶ。
「ジェットバンカーッ!」
次の瞬間に握られていたのは、弾倉の付いたロケット爆弾。それを構えるや否や、シオンは少し離れた所にいるツォイクの下へと飛んだ。
もちろんの事、他の2機には背を向けて。
「敵に背を向けるとは――ぐあッ!?」
「……やあねえ、レーダーに映ってたっしょ? 忘れてほしくないにゃあ?」
砂浜で気楽に言うのは、レールガンを発射したアヴィナ。彼女は的確な射撃によって、隊長機の推進器を撃ち抜いたのだ。
滞空に必要な装備を失った隊長機は、止む無く砂浜の方へと向かう。出力を高めた、標準装備の推進器で。
≪特攻する気!?≫
「ッ、させるか――――」
『シーくん、シアスを下に見過ぎじゃないかな?』
アヴィナに危機を感じたシオンは振り向いてトリガーを引こうとするが、彼女の声によってその動作を中断させる。
そう、彼女はレイアと並ぶ実力者。でなければ、制圧作戦に参加したりはしない。
(シアス、ミサイル操作任せるよ)
≪避けないのは君らしいね≫
(こんなデカブツで避けようって方がバカでしょ?)
≪その通りだ。姿勢調整、ファイヤ≫
「了ぉ解!」
シアスとの会話を終えたアヴィナはレールガンのトリガーを引き、隊長機の肩を吹っ飛ばす。
それによってバランスを崩した隊長機は傾き、僅かに背を見せる。
そこへ、一瞬の間を置いて放たれたミサイルが曲線を描いて推進器に直撃――爆発した。
(ジョブ?)
≪内臓はね。関節は……まあ、大丈夫だろう≫
(うひー。シーくんに怒られるのはヤだなぁ。なんだかんだで怖そうだもん)
愛機に愚痴りながら、アヴィナはレールガンを構え直した。
一方でシオンは中断した動きのカバーをする為、体を回して上昇した。何発か銃弾を放たれるも、バリアに触れることなくシオンの傍を通過する。
銃弾が来なくなったところで急加速し、スイッチを押してバンカーを突出させる。
そしてそれを敵機の肩に突き刺し、光弾を一発――これで、片腕が失われる。
「これでも、まだやるのか」
「バ、バケモノめ……!」
「繰り返す、無益な殺傷を行う気はない。隊長機は既に無力化された。これ以上の戦闘を続ける場合、こちらは不本意ながらお前らの命を奪うことになるんだが――」
「どの口が言うかッ!!」
腕を失って尚戦意を失わぬ相手に、シオンは舌打ちする。
最初からすべてが上手くいくとは思っていなかった。だが、これでは。
(これじゃあまりに、俺の行為が無駄みたいじゃないか……!!)
『シーくん……』
この世界はそこまで腐ったかと、シオンは憤りを隠せない。
そこまで強情になってまで、何を得たいのか。
≪それを知るためにも、殺しちゃ駄目だね≫
(……ああ、絶対に。それに、ミュウとも約束した)
シオンは荒くなりつつあった呼吸を整え、バンカーを消す。何も持たぬその手で、彼は眼前のツォイクに手を差し出した。
しかし相手の手にはナイフ。今にもシオンを傷つけようとしている。
それでも、シオンはその手を引いたりはしない。
「殺すもんか。お前が人でありたいのなら。生きていたいのなら」
「く……!」
ナイフを握る手が震えだす。恐怖だ。何に向けられたまでは分からないが――そうであることは確かだ。
「……お前たち……投降、しろ」
一向に話が進まない中、皆の耳に届いたのは隊長機からの声。
「た、隊長!? ですが――」
「ただし、罰は私が全て受ける。それでも構わないか」
「それはお前ら次第だ。だが、悪いようにはしない。約束する」
「ならば、その言葉を、信じよう……」
その言葉の意味を理解したツォイク2機は、力を失ったように項垂れた。
シオンは1機、アヴィナは2機を抱え、日本支部へと戻るのだった。
◆
「……向う見ずだな。腕があれば基地に入ってから攻撃を受けられることも考慮に入れておけ」
「疑ったままで手を繋げると――」
「考 慮 に 入 れ ろ と 言 っ た ん だ」
「……はい」
「ごめんなさぁい」
格納庫内、捕獲ツォイク前。
無事帰還したシオンとアヴィナは、機体を出るなりレイアの説教を食らっていた。
「気持ちは分からんでもないが、警戒心なくして手を結ぶのは危険だ。その優しさを突かれることが無いとは言い切れんだろう」
「……はい、すいません」
「まったく……まあ、お前なら大丈夫だろうが。しかし、本当に連れて帰るとはな。搭乗者を生かしたまま」
「これで向こうの意見が聞ければ万々歳、騙されていたなら独房行き……それでいい。これを、終戦への一歩にするんだ」
「シーくんが言うと、変に重みを感じるねえ。……っと、開くみたいだよ?」
胸の装甲が開かれ、腕をだらんとした男たちがそれぞれのツォイクから出てくる。
特に抵抗する様子もなく、手を動かせる者は手を挙げて無抵抗を示しているようだった。
そこへAGアーマーを纏った何人かが迎えに行き、地上に降ろした。
「………」
男達は緊張気味に周囲を見渡していた。その様子に、シオンは初めてアーキスタと話した時の事を思い出していた。
「なあレイア、これってどっちだ?」
「さあ、どちらでもあるだろうな。境遇が境遇だし、あれだけじゃ何とも言えん」
「ま、そうだよな……」
「ごめん、遅れちゃった!」
そこへ、駆け足で来たシエラが加わった。見た所もう動いても大丈夫そうだが、戦場に出るかどうかを決めるのはシオンではない。
「あれが、連合軍の?」
「そうらしい。今から安全な所へ連行して話を聞く」
「誰が話を聞くの?」
「レイアとアーキスタ……と、俺だ。ミュウは寝てるらしいし、起こすのも何だし」
当然のように言うシオンに、シエラは顔を俯かせる。
「……別に、お前じゃ無理って言いたいんじゃない。俺がやりたいから、やらなきゃならないからやってるだけだ」
「うん……気を付けてね」
「それじゃ、行こうか。シオン」
「ああ」
レイアに手招きされたシオンは、ゆっくりと彼女について行く。
一歩を刻むたびに、彼の身体を緊張が縛る――。




