第4話「その拳、誰が為に」part-B
先日も呼び出された指令室――の、隣。アーキスタ曰く、司令室。
赤い豪華そうな絨毯に、やたらと質の良さそうなデスク。同様の意匠の棚には、空白だけが詰め込まれている。
テレビなどで見たことはあれど、実際にその空気に触れたことが無かった彼は、ここに呼ばれたことも忘れて見入っていた。
ちなみにレイアはと言うと、出口の傍で壁にもたれて腕を組んでいた。
「……コホン」
「!」
アーキスタの咳払いで、シオンは彼に向き直る。
「先日の無断出撃、本来ならば暫く謹慎処分としてもいいんだがな」
「う……」
アーキスタの鋭く何か黒いモノを含ませた視線に捉えられ、シオンは喉で息が詰まった。
が、彼の言葉に引っ掛かるモノがあることに気付く。
(って、本来なら……?)
「一人の人間として、二人を、ひいてはここの隊員達を救ってくれたことには心から感謝する」
「え、あ、うん……どうも?」
怒られると思っていたシオンは、アーキスタに感謝された上に頭を下げられ、困惑しながら返答する。
「しかし!」
「うっ!?」
「テロ組織と言えど、多少の規則はある。そういうわけだ、俺は司令官としてお前に罰を与える」
「ば、罰……?」
急に鋭い眼光で睨まれ、シオンは思わず後ずさって頬に冷や汗を流す。
テロ組織の罰だ、さぞ厳しい物なのだろう――そう、心の中で身構えた。
「お前にはあのヴェルクで、プレイスの作戦に参加してもらう」
「……作、戦?」
彼の耳に入った言葉は想像していたモノではなかったため、一瞬気が緩む。しかし、その作戦の内容が明らかになっていない以上、油断はし切れない。シオンは再び身構え、アーキスタの返事を待つ。
「そう、制圧作戦だ。世界のことを考えると、そう長いこと戦争をしているわけにはいかない。しかし、連合軍と手を取って仲良く……なんてことができると思うか?」
「……俺はよく知らないけど、互いに被害は多く出てるんだろ。それに向こうがテロ組織みたいだって言うなら、悪党と仲良くってのはおかしいだろ」
「実に若者らしい意見だ。まあ実際その通りなんだが」
言って、アーキスタは椅子の背もたれに体を預けた。
「先に本作戦の目的を伝えておこう。
一つ、泥沼化による犠牲、資源の浪費を抑える。二つ、連合軍の破壊活動による被害拡大を防ぐ」
「……ちょっと待て、連合軍を潰した後……戦後の世界はどうなるんだ? 国連を失えば、世界にはそれなりの打撃が――」
「対策は考えてある。制圧作戦では国連基地の殲滅、及び国連事務総長の確保を行う。プレイスの目的は今の連合を潰すことであり、解体は望んでいない。破壊活動なんてしてくれなきゃそれでいいんだよ」
「武力だけを奪うってことか?」
「そういうことだ。だが口で言うほど簡単じゃない。作戦案自体は前からあったが、成功に導くための要素が今一つ足りていなかったんだよ」
言いながら、その口の端が段々と吊り上る。
その表情の意味するモノが分かり、シオンは何トンもあるプレッシャーが頭上に落下してきたような気がした。
「……俺か」
「そう、お前だ。だが今は保留状態だ。何せ分からないことの方が多いからな」
「いいのかよ、入って数日しか経ってない新入りで」
「大事なのは気持ちだと昔からよく言うだろう。実力不足はこれから補えばいいしな」
(勘弁してくれ……!!)
シオンは今すぐにでも、この状況から逃げてしまいたかった。何故その大役が自分なのか。それが必要なことだとしても、すぐには受け入れがたいモノだった。
「そう嫌そうな顔をするな、返事までに猶予はまだある。だがこれを罰だと言うことを忘れるな――以上だ」
「私が送ろう。このまま基地内を徘徊されても困るからな」
「頼む」
頭痛が鼓動と共に強くなっていく気がしていたシオン。
その傍にレイアが寄り、彼の手を彼女の白い手が引いた。
二人は司令室を出て、シオンはレイアに引っ張られて再び施設の外へと向かう。
◆
「――シオン、落ち着いたら話をしてやる。……それにしても、ラルも不器用な奴だな。いや、意地が悪い」
「………」
レイアの言葉など意に介さず、シオンは制圧作戦のことを考えているようだった。作戦のこと、というよりは、それに強制参加させられる自分の事、という方が正しいだろう。
それを見かねたレイアが、溜息を吐いて話を始める。
「シオン、勝手ながらお前のいた学校のことを調べさせてもらった。大雑把ではあるがな。で……無知な奴らに、虐げられていたようだな」
レイアの言葉に、シオンは身をピクリと動かして反応する。しかし、何も言いはせず俯く。
「このご時世でなくとも、かつての敵国の人間が自分たちと同じような格好をしているのが気に入らんのだろう。過度な戦争教育も考え物だな」
「……お前は良いよな、立派な金髪に綺麗な青い目だ」
今のシオンには、皮肉にしか聞こえなかったのだろう。嫌味を言うような口調の彼に、レイアは嘆息する。
(シエラと同い年にしては、どうも扱いが難しいな……思春期はこれだけがネックだ)
「どの国の生まれか知らないけどさ、羨ましいよ。俺の親が、二人とも同じ国の生まれだったらな……」
シオンのその何気ない一言で、レイアは立ち止まった。それに合わせ、シオンも慌てて歩みを止める。
「……生まれが関係あるのか?」
彼女の声が急にドスの利いたそれになり、彼は今度は体を震わせた。戦闘の時とはまた違う、緊迫感を伴った声だ。視線が向いていない分、それは不思議と増大していく。
「生まれで人の一生が決まってたまるか。お前はそれを『仕方ない』と言い聞かせ、逃げてきただけではないのか」
「……そんなこと」
ない、と彼には言い切れなかったのだろう。彼は自分への陰口も嫌がらせも、殆ど無視することで無理やり処理していたようなのだから。
彼の沈黙を肯定と受け取ったレイアは、再び息を吐いた。――今度は呆れではなく、心の中にある不純物を吐き出すように。
「私も……お前と同じではないが、自らの生まれのせいで自由を奪われていた。今はここにいるからそれからは逃れているが、乗り越えてなどいない。
どうかお前には――逃げずに受け入れ、抗ってほしい」
「……お前も、俺に強制するのか」
「ラルと一緒にするな、これは老婆心だ。まあ、ここでの生活に慣れれば、生まれなんてどうでもよくなるだろうがな」
「……そうかい」
ぎこちない笑みをシオンに見せ、再びレイアは彼の手を引く。
その手に込められた力が先程よりも強くなっているとは、彼女自身気付きはしなかった。
◆
しばらく歩いたのち、二人は格納庫前に到着した。その大きな門の前で、シエラ、アヴィナ、ミュウが蒸し暑い空気に苦しみながら立っていた。
「ん。早かったな、お前たち」
「急いで来いっていうから来たんでしょ。……ん?」
いつもの姉の嫌がらせか何かだと思っている様子のシエラが、レイアの後ろで俯いているシオンに気付いた。
見たことのない彼の表情に、シエラのそれは心配の色が濃くなる。
「……シオン君、大丈夫?」
顔を覗きこまれて問われるも、シオンは表情を変えぬまま「いや……」と小声で首を横に振るだけだった。
それを見て彼女は眉をハの字に曲げ、無言で彼から離れた。
「およよ? シーくん元気ない?」
「まあ、話は格納庫の中……こいつのヴェルクの前で話そう。そういえばミュウ、例の準備はできてるのか?」
レイアが携帯可能なPCを脇に抱えたミュウに視線を向ける。
「できてるにはできてるけど、形はまだよ? どういう武器を作るのかは知らないもの」
「基礎ができていればいい。……話が逸れたな。では、行こう」
「はあい」
沈痛な空気が流れる中、やはりアヴィナはいつも通り笑顔を絶やしてはいなかった。
誰もそれを咎めるわけではなく、小さな扉から格納庫の中へと入った。
「とりあえず、集められた理由を教えてほしいんだけど?」
変わらずシオンの手を引いて歩くレイアに、ミュウが問った。
そう、彼女らはただ来るように言われただけで、その理由までは聞かされていなかったのだ。
「何となく勘付いていただろうが、制圧作戦にシオンが参加し、大役を任されるかもしれない――と聞かされて、コレだ」
「ここ来て数日だもんねぇ。急に言われちゃ混乱するよ、そりゃ」
「……で、シエラはこう思っているんじゃないか? 『無理に参加させる必要は無いのでは』と」
その通りだと言わんばかりに、シエラは溜息を吐いた。
「……簡単な問題じゃないのは分かってるよ。でも、少しくらいはシオン君の気持ちも考えてあげたら?」
「考えるだけで解決するなら、問題なんて必要ない」
「シビアだねぇ、隊長さん」
「戦意のない者を戦場に立たせたくないだけだ」
それは、シオンがここに来た時にも彼女が言っていた言葉だ。
あの時は戦争を終わらせる、と彼は言ったが――。
(……カッコつかないな。結局、死ぬのが怖いのか)
「お前はまだ若いし経験も少ない。どれだけ豪語しようが、それが後で撤回されても仕方がない年代だ」
「遠回しに私達にも言われてるのかしら?」
「さあ、どうだろうな」
「若いのは否定しないけどね~」
緊張感があるのかないのか分からない雰囲気を纏いつつ、5人は格納庫の最奥――シャウティアの下へとたどり着く。
そこでおもむろに、ミュウがそれを見上げて口を開いた。
「シャウティア……確かに謎が多いエイグね。たぶん、例の高速移動以外にも、何か秘密があると見ていいでしょうね」
「まあそれだけでも、戦いじゃ十分に強力なんだけどねえ」
「さっき解析結果が出たけど、このエイグの動力は電力ではないわ。でも、ちゃんと動いている……その辺りも、今後の戦闘に関わってくるでしょうね」
「………」
ミュウに遠回しな期待と視線を向けられるも、シオンは黙ったままだ。
「つまりそれが、今度の作戦で役に立つかも、ってことなのかしら?」
「ラル――というより、各国の司令に言わせればそういうことなんだろうな」
ここでようやく、レイアがシオンの手を離す。そして振り向き、鋭い視線を彼の目に突き刺した。
「死ぬのが怖いか」
「……それも、ある」
「そうか」
短い返事をし、レイアは彼の手を握っていた手で彼の髪をくしゃくしゃとかき乱した。
急な荒っぽい撫でに、シオンは困惑する。
「命知らずよりかはよっぽどマシだ。もっと恐れろ。それを武器にして、戦えばいい」
「……そんなに、簡単な事なのか?」
「さてな。だが、こんなモノを手にしてしまったんだ。いずれ嫌でも知ることになる」
「………」
「自分の抱く恐怖の正体がわかるのであれば、私のようにはならないはずだ」
「……レイアの、ように?」
レイアはシオンの頭から手を離し、乱れた髪を優しく整えた。
「私はお前と同様にエイグを手にし戦場に立ったが、恐怖を武器にするということの意味を履き違えた。戦争と言うのは、片方がそれを相手に理解させ、武器を振るうことを止めさせることでも終わるんだ」
「……それは、ただの脅しじゃないのか?」
「それでいいんだ。だが、互いに脅し合うせいで、戦争は長引く。私はそれが理解できず、ただ相手を殺すことだけを覚えてしまった。自分や仲間の命を尊重するあまりな」
「あら、何も間違ってないんじゃぁないの? そこの新人隊員も似たようなことをしていたと思うけど」
ミュウがわざとらしく、端末を操作しながらレイアに言う。口調から、実際はそう思っていないことは明白だ。
「シオンは違うだろう。――お前は、人を殺したいわけじゃないだろう?」
「……そりゃあ、まあ」
「戦争において必要となるのは、敵を圧倒する戦力。それに違いはないだろう。その力で敵を殺し、戦力を削り、勝利すればいいのだろう。だが、戦後には確実に確執が残る。本当に必要なのは、負の感情を残さずに争いを鎮められる者だと、私は思っている」
「どっちかが素直に間違ってました、って認めたらいーけど、戦争なんてどっちも頑固さんだからねぇ~」
「……だから、自分の所属する組織の勝利の為でなく、全ての為に戦える人間になって欲しいんだ、お前には」
許しを乞うように願われ、シオンは即答できず押し黙る。
数拍の間を置いて、彼は震える唇を開く。
「……お、俺は、そんな人間じゃない。世界の為にとか言って、自分が死ぬのが怖いだけなんだ……臆病な人間なんだ……!」
「何度言っても同じだ。それでもお前は戦おうとした」
「でも、俺には、そんなこと、できない……っ!」
今にも泣きそうな声で、シオンはレイアに――いや、その場の皆に言う。
近くを通る整備員も、知らないふりをして耳を傾けていた。
「……ねぇ、シオン君。お姉ちゃん、アヴィナ」
再び静かになった時に、シエラの声。
「私はね、あの時どうすればいいか分からなかった。お姉ちゃんやアヴィナを助けたかった。でも、諦めてた。私はプレイスの中にいる一人の兵士に過ぎないし、何より『間に合わない』って。
……ごめんね。私、妹なのに。仲間なのに」
「………」
「でも、シオン君は違った。どれだけ無謀でも、諦めてなった。そしてその無謀を実現させるだけの力があった。……私にできないことが、君にはできるの」
「……俺は、そんなに大したことは――」
「したんだよ」
シオンの言葉を遮り、レイアが塗り替える。
「思春期はこれだから困るな。お前は何故命令違反を犯してまで、遠く離れた場所にいる私達を助けようとした? それだけじゃない――何故、『ブリュード』を殺さなかった?」
彼女の言葉で、彼ははっとする。
「俺は……」
「命が失われる恐怖を、悲しみを知っているから。違うか」
彼の脳裏に、家族の死と、ナイフを振り上げたツォイクが蘇る。
前者で他人の死ぬ恐怖を、後者で自分の死ぬ恐怖を知ったのだ、彼は。
そして、彼は一度、明確な殺意を以て敵を殺した。そして空戦部隊を相手にしたときは、殺人に慣れていくと錯覚した。そしてそれに違和を感じた。
「……多分、そうだ」
「なら、それを教えてやれ。ただし命を奪うな。それを可能にするのは、脅迫だけだ」
また、しばしの沈黙が流れる。
今度それを破ったのは、シオンが鼻を鳴らした音だった。
「脅迫って言い方、どうにかならないのかよ」
「ならんな。違いもない」
「……わかったよ。俺の邪魔をする奴には、死ぬ恐怖を以て無謀だと教えてやる。ただし俺は、誰も殺さない。殺させない」
「簡単なことではないぞ」
「だからやるんだろ」
シオンは口の端を吊り上げ、挑戦的な瞳でレイアを見た。
彼女はそれを見返し、また笑む。
「では、プレイス隊員全員が相手の不殺を条件に、制圧作戦に参加する、と。そういうことか」
「ああ」
数分前とは真逆の、余裕の表情でシオンは告げる。
が、そこにアヴィナの水が差される。
「んー? BeAGシステムがあるから、殺さずっていうのは難しいんじゃないの~?」
「あら、単純に殺さないっていうなら、手足を潰せば済む話よ。それに、エイグの研究も進んでる。BeAGシステムを無効化する術が確立するのも、そう遠い未来の話じゃないわ」
「そういうことだ。……じゃあ、私はシオンと共にラルの下へ参加を申し出に行く」
そう言って、3人に背を向けようとした時。レイアが思い出したように、シエラの方を向いた。
「そうだ、シエラ。お前は間違ってなどいなかったよ。何せ、仲間を想う心が失われていなかったのだから」
「そそ。もし死んじゃっても、ボクはシー姉を憎んだりしないよん」
「ああ――それに、負傷して動けない者を憎むほど、私達も腐ってはいない。それでも助けようという気持ちがあったのなら、お前もきっとシオンと同じ心を持っているはずだ」
「……お姉、ちゃん」
久しく聞いていなかった優しい姉の言葉に、シエラの瞳から雫がこぼれ、頬を伝い、床に落ちた。
そして顔をだんだんと歪め、身体を震わせて膝からくずおれた。
「……うん、うん。ありがとう……」
「全く、手のかかる新人と妹だ。泣きやむまで面倒を見てくれ、アヴィナ」
「ほいさっさー」
そうして話がされている間、シオンはそれに参加せず、自分のすべきことを再確認していた。
(――そう、俺は)
決意が固まり、少年は英雄への道を歩み始める。




