第7話 責任
小学時代、夏休みの課題図書で、こんな話を読んだことがある。
友達が盗みを図った。しかし主人公が現場を偶然見てしまい、怒って友達に誤りに行くように言った。
翌日、学校では万引きを行った生徒の話があっという間に広まり、学級委員会では生徒を探すのに必死であった。
次の日、盗まれた店に友達からとみられる置き手紙が発見された。そこには盗んでごめんなさいという内容が書かれいたが、なぜか主人公の名前がその手紙の書き主とされていた。
担任の先生は自主的に名乗り出る事にしたが、主人公はそんな事態になっていることも分からず、誰も名乗り出ない中突然職員室に呼ばれ、犯人に仕立てあげられてしまう。両親まで学校に訪れ、もう手も足も出なくなり、やがて停学処分を受けてしまった。
家に帰り、主人公は思った。
あぁ、なんで僕は正しい事をしたのに、こんな酷い目にあってしまうのだろうか。
有り余るほどの後悔が全身に襲いかかった。
いよいよ停学が解除され学校へ行くが、周囲の反応はがらっと変わってしまった。犯罪者、最低な人という肩書きを背負い、裏ではいじめの被害に遭ってしまうようになった。
ついに主人公は友達を憎んだ。しかし憎んだって何も起こらない。全てが遅かったのだ。あれだけ罪を否定しても笑われる、まさに人生の堕落だった。
当の友達は、最初はオドオドと緊迫した日々を送っていたものの、日が経つに連れて忘れていき、反省の色など無いまま今まで通りの生活を送っていくのだった。卒業、進学、卒業、進学… やがて就職へ。
「ああ、そんなことあったね、いつか謝りたいな」独り言で友達はそう言うのであった。
最後のシーンでは、大人になった友達が主人公とばったり会うところで終わる。友達は有名企業へ、主人公はありきたりな会社で就職した。友達はこう言った、「ありがとう、ごめんなさい」と。
主人公は何も躊躇いもなく、「いいよ」と許し、この物語は終わった。
そんなバッドエンドすぎる展開のお話をあの日の夜、思い出してしまった。
「いや、きっと違う。所詮実在しないお話だし、そうならないように努力すればきっとなんとかなるはずだ…」
――――――
翌日は平常通りの学校だ。
僕はいつも通り学校へ向かっていた。
「おはよー!」
呼んできたのは桜井君と有原さんだった。
「2人ともおはよう。今日は一緒なんだね」
最近2人がよく一緒にいる姿が当たり前のようになってきた。地元が同じなのか、仲が良くなるのが速いのかよくわからないけどね…
「まあなっ お前は山田と一緒に来なかったのか?〜」
「僕が? 電車通学だから多分山田さんとは会えないと思うけれど…」
「何言ってんだ吉坂…? だってあいつも――」
3人で談笑している中霧島君が僕らの間を割りこむように通って行った。相変わらず無表情で、テクテクと早足に歩いている。
「ってうわぁ、またあの感じ悪い奴だ… なあ有原、あいつ知ってるか?って…」
「…いや、私は知らないっかなぁ〜 えへへ。とにかく早く教室行こうよ! なんか急いで来たし、疲れちゃったかも」
何か様子のおかしい有原さんを、首をかしげながら桜井君はじっと見つめていた。
「そうだな、早く行こうぜ!」
冗談交じりで有原さんの鞄をいたずらにぶんどり、走り去っていった。
「はっ!? 待てこのやろぉ〜!」
仲いいな、この2人…
――――――
放課後、僕以外のみんなは教室にはいなかった。というものの、藤原先生からの頼まれごとをしていたせいで夕方まで居残る羽目に遭ってしまったのだけ。
なんだかむしゃくしゃした気持ちで教科書をまとめ、教室から出ようとした。
ガララ… 1人の生徒が教室に入ってきた。
あ、霧島君だ……
こんな時間に、何か用でもあったのだろうか… 彼もそもそも部活に入っていない。
無言で机の中から何かを取り出し、そのまま教室を後にしようとした。
昨日の事、聞いてみたほうがいいのだろうか。
夜見た夢の事をまた思い出してしまった。僕が犯人に仕立てあげられてしまうかもしれない… でもそんな漫画みたいな悲劇、起きるわけなんか無いだろう。
どうしても、霧島君と話がしてみたかった。話すのはこれが初めてだけれど、そんなことどうだっていい。
幸せな僕が不幸せな友達を救うことのどこが悪いんだ!
僕は教室のドアまで走り、大声で霧島君の名前を呼んだ。
「あの、霧島くん!」
「…なに?」
驚いたように僕の方を見た。
「僕で良かったら、なんでも悩み聞くからね! 僕、霧島君の気持ちわかると思うし、助けになったらほんとにうれしいからさ」
「は?」
素直に言うことにした。万引きの事、君を助けたいってことを…
「そ、その… 見ちゃったんだよ。君がコンビニで万引きしているところ… っていっても店員さんから聞いたから本当かどうかはなんとも言えないけれど… 今ならまだ間に合うはずだよ!」
「………」
「霧島…君?」
「なーに良い人ぶってんだよ?」
霧島君の顔が変わった。今まで狭かった瞼が思い切り大きく開き、誰かに襲いかかろうとするような眼差しで僕を睨んだ。
「あー、もうすっげえムカつくわ。お前らたちと絡む気がないからそうしているだけだし。それに欲しいものがあったから自分の意志で盗ったんだけどさぁ」
「え、そうなの…? でもやっぱり悪いことは悪いんだし」
「こういう奴が一番ムカつくんだよ」
「ムカつかれたって構わないよ! 僕はどうしても君を助けたいんだ!」
「お前さ、馬鹿だよな。どれだけアホみたいに平和に暮らしてきたんだよ」
「そんな事、言うの?…」
「バーカ。それで、担任にチクるの? 別にしたきゃそうしろよ」
闇に満ちた笑顔で僕を見下す。なんだよこれ、僕が思っていたことと全く違う……
「いや待てよ… そうか、じゃあ俺のお願い、聞いてくれないか?」
また、霧島君の態度が変わった。
「う、うん。いいけどどうしたの?…」
「俺、明日謝りに行くよ。やっぱり、お前の言った通りだったよ。全て話すよ… 俺、実は脅されているんだ」
「え?… そんな事があったんだ。だからあんなに気が立っていた、の?…」
「あぁ、お前に当たってしまって、本当にすまない。嫌だけれど、どうしても盗んで来いって言われて… でもこのままじゃ駄目だよな、俺気付いたよ」
「うん、絶対に僕が責任を持つから、心配しないで! これで安心して学校に行けるはずだよ!」
「ありがとう、吉坂… 本当に助かった」
不気味な笑顔だった。けれど、それが霧島君らしさであって、別になんともおかしいとも感じていなかった。
彼は僕と同じ境遇にいたんだ。たまたま友人のいないこの学校に来て、初めからグループが出来ちゃったりしていてきっと辛かったんだ。
僕は馬鹿で愚かな偽善者。それが本当だと気付いたのは、そう遅くはなかった。