第3話 陽気な少年
4月3日
校門の前に立っている看板に目を向けた。
八ノ幡中学高等学校 入学式
この学校は小中高一環の学校で、小学校は別の校舎で、中学と高校は同じ校舎にある。
だから普通外から入って来る生徒よりも小学校から進学してくる方が多い。
もしかしたら、すでに友達の輪ができていてなかなか入りづらそうなのかもしれない。けれどもそんな事を気にしていても元も子もないので、入学式の看板の前で写真を撮っている親子の群衆をすり抜けて行った。
玄関にて掲示板で貼り出されたプリントで自分のクラスを確認した。
僕のクラスは、1年D組だった。
ガラガラと古びたスライド式のドアを開くと、ぼちぼち生徒が集まっていた。担任の先生はまだ来ていないようだ。
僕は学籍番号順に指定された席に座ると、机の大きさが小学校の机と全く違って違和感を感じた。
机の右上には僕の名前が書かれたテープが貼られていた。
『36番 吉坂 春希』
−−なんとなく、嬉しかった。これが全く新しい道を歩むときの気持ちなのだろうか…
席に付いてから少し経つと、数人の生徒達が初対面なのにも関わらず楽しそうに談笑している姿を目にした。
あれがもしかしたら小学校からそのまま進学してきた人なのかもしれない。
「そうだといいんだけどなぁ」
ため息混じりで微かに呟いた。人見知りな僕は友達を作るのがあまり上手ではない。
去年あの仲間がいたのは、ある1人のおかげだったから…
何事も受動的な僕は疎外感を感じた。
「あの〜」
とりあえず、頭を空にして先生が来るまでぼーっとすることにした。
苦笑いでうつ伏せになった。
「おーい…」
近い距離で誰かが話している声がした。みんな、いとも簡単に友達ができるだなんて羨ましい。
「えーと名前は、よ…し…? んーなんて読むんだろ」
えっともしかして僕の事を呼んでいるのかな?… いやまさか、そんなはずがない。
「あ、わかった! おい吉坂ってば〜」
するとその声の主が僕の肩をトントン、と叩いてきた。
「は、はい!!」
思わず大声を上げてしまった。
「うおっ! ってそんな驚かなくても...」
僕のオーバーな反応のせいで周囲は一旦僕達の方に振り向くも、そのまますぐに会話を再開した。
「ご、ごめんね… まさか僕の事を呼んでいるとは気が付かなかったんだ」
「そうなのか!? 結構近くで呼んだから気づくと思っていたんだがー… あはは…」
どうやら僕は本気でぼーっとしていたらしい。
「そうだ。名前言うの忘れてたよな。オレは桜井順平。よろしくな!」
「うん、よろしく。僕は吉坂春希」
「おう!ていうか吉坂ってさ、外部受験で入った人だよな?」
受験… その言葉は僕にとって痛いものであったが、一応答えることにした。
「そうだけど… なんでそれを?」
「やっぱりな〜! オレ試験会場で吉坂の顔になんだか見覚えがあったんだ」
意外、ではあるけれど、確かにあそこで見覚えのある人とかが出てくるのだろうか。もしかしたら同じ出身地からやって来ている同級生もいるかもしれない。
この短い会話の中で僕の思考はぐるぐる回っていた。
「そうだったんだ。まさかあの時覚えられていたなんて、思ってもいなかったよ。じゃあ桜井君も他校から来ていたんだね!」
「おう。まあそこまで遠いところから来た訳では無いんだけれどさ…」
桜井君はあまりにもハイテンションぶりで僕の質問に即答だった。
「そういえば、なんかD組って外進生が6人くらいしかいないらしいぜ〜?」
どうして入学初日なのにそんなことを知っているのだろう。僕は理由を桜井君に聞くと、頭にハテナをつけたような顔をして答えた。
「そんなの簡単だよ。ただ内進生のやつに聞いただ。アイツらなら誰が新しく入ってきたのか分かるじゃん」
「え…」
「あれ、どうかしたか?」
その時、丁度スーツを着た男性が入って来た。どうやらこの人が担任の先生のようだ。
「やべ、それじゃあまた後でな!」
桜井君は急いで自分の席に戻っていき、着席と同時に最初のHRが始まった。
担任の名前は、藤原利紀。今年で教師歴2年目の新人教師だそうだ。
藤原先生から最初の挨拶など学校についてをさらっと聞かせれ、僕達は入学式の会場である体育館へ移動した。
やっと学生らしい生活が始まろうとしているのに気付いた僕は、少しながらも胸を踊らせていた。