第2話 登校
4月3日 入学式
天気は雲一つも無く、入学式には絶好の晴れだった。
僕はいつもより早く起き、7時に出る始発の電車に乗るために駅に向かおうとした。
「春希」
家を出る前に声をかけてきたのは母さんだった。
「どうしたの母さん?」
「学校に行く前に聞きたいことがあるの。今日から中学生になるけ
ど、大丈夫? 受験が終わってからずっと元気が無かったけれど...」
母さんはとても心配しながら聞いてきた。
そう。母さんの言う通り、まだ不安が残っている。
「大丈夫だよ、母さん。今は八ノ幡中に行くのが楽しみで仕方ないくらいだよ」
でも僕は本当の気持ちを言えず、偽りの笑顔で嘘をついた。
「そう...なら良かったわ。てっきりまだあれから落ち込んでたのかと思ってたわ」
「うん。だからもう心配しないでいいよ」
「あと...入学式に行けなくてごめんなさい。まだ仕事が落ち着いていなくて...」
「そのぐらい仕方ないから平気だよ、帰ったら学校のことたくさん話すからさ。母さんは仕事がんばってね」
「うん。いつも応援してくれてありがとう」
立ち話をしてそろそろ電車の時間も迫ってきた
「やばっ! それじゃあもう電車来ちゃうから行くね!」
「そうね、頑張ってらっしゃい。」
僕は母さんに見送られ、そのまま駅へダッシュした。
――――――
ドアが閉まろうとした丁度に僕は電車に駆け込み、駆け込み乗車はおやめ下さいのアナウンスが響いた。数少ない乗客なのだから、きっと僕に対して注意したのだろう。
まさか初日から遅れそうになるなんて思ってもいなかった。次からはちゃんと時間を確認するようにしておこうと思い、スカスカに空いた座席に座った。
駅まで走って来たので、汗が少し出ている。
電車が動いて数分後、僕はふと学校に行く前に母さんから言われたことを思い出した。
「受験が終わってからずっとけ元気が無かった、か... 」
母さんにはこれ以上の負担をかけさせたくない、そう決心している。
今から2年前のことだ。
僕の家庭には僕、母さん、父さんの3人で生活をしていた。毎日幸せに、楽しく過ごしていたからとてもいい環境だと思う。
そんなある日の夜、僕の度が過ぎたわがままを言ってしまったせいで、父さんとの口論が起きてしまった。事態はエスカレートして喧嘩になり、その次の日父さんと会話を交わすことは無かった。
僕には分かっていた。くだらない事で騒ぎを起こす自分はまだまだ子供だということなんて…
やっと頭が冷えたのは翌日のことで、素直に謝ることにした。そうすれば仲直りしていつも通りの明るい生活に戻る事なんか、当然だと信じ込んでいた。
それが家族だ。けれども帰らぬ人になってはもう意味がないのだ。
父さんが交通事故で死んだ。
走っている車が運転ミスで歩道に突っ込んでしまい、当たり所が悪かったらしくそのまま即死だったそうだ。
その知らせを聞いたのは学校の授業中。状況をうまく呑み込めない僕は混乱し、その場で泣き崩れた。
葬儀後、母さんは僕を女手1人で育てると僕と親戚の前で伝えた。
なんだか嬉しくて、申し訳ない気持ちになってしまった。僕はまだ誰かから支えられないと生きていけない存在なんだ。
頑張っている母さんの目の前で、僕が出来る唯一の方法は迷惑をかけずに平和に暮らしていくこと。
たとえどんな事があっても自分で堪えて解決していくしかないんだ。
いつか自分で稼げる歳になったら、母さんを楽にさせたい………
――深く考えていたらもう学校の最寄り駅まで来ていた。
『次は〜、八ノ幡〜八ノ幡〜 お降りの際は左のドアが開き...』
アナウンスが車内に流れた。
決意もあるけど、今日から始まる中学生活を目一杯楽しもう...
曲がったネクタイをきちんと締め、ドア窓越しに薄く見える自分の姿を見て背筋を伸ばした。
電車が止まり、ドアが開く。
僕は電車から降り、学校へ足を運んだ。