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綾辻あみ 1月19日(金)

ちょっと急ぎすぎたかも

1/19




[9:00]



 

 窓の外の木々はすっかり葉を落としている。時々風に吹かれて細かくゆれるさまは、まるで寒くて震えているようだ。灰色の空が、余計に寒さを際立たせる。

 そんな外の冬景色を見ながら、私は暖房の効いた教室で、ぬくぬく一時限目の授業を受けていた。

 学校には案外普通に来れた。とはいっても昨日と同じように部屋にこもって三十分いくかいかないか迷っていたんだけれど、えりが迎えに来てくれたことが大きかった。

 半ば引きずられるように登校した私だったけど、学校は昨日の事件のことでにぎわっていて、桐生くんと目を合わせる暇もないほどがやがやしていた。

 朝のホームルームでは、担任が当たり障りない休校の理由を述べていたけど、それが嘘だとはすぐに分かった。多分、クラスの全員が気づいていたと思う。

 だって、二階の渡り廊下から先は立ち入り禁止になっていたし、明らかに警察官らしき人が校内にいるのを見かけたし。

 

一番前の席にいるえりの背中を見る。


 二階の渡り廊下の先には図書室もある。昨日えりが言っていた図書室司書の先生が殺されたというのは本当だろうか。

 えりは私の一番の親友だ。普段つるむグループは別でも、高校に入ってからずっと仲良く、たまに喧嘩もしながらそのたびに仲直りして今までやってきた。

・・・それでも、たまにえりが何を考えているのか分からなくなることがある。

一番前の列の右端にいるえりの背中と、左端にいる桐生くんの背中を見て、私は机に

突っ伏した。

 


 [13:00]



 「じゃあ、渡来くん。その時の状況を詳しく説明してくれないかな」警察官らしき人と、クラスメイトの子の声が聞こえたのは、昼休みのちょうど中ごろ、裏階段でだった。

 昨日持ち出してしまった本を返すために、渡り廊下まで来たのだけど、通行禁止だということを思い出し、そういえばと思い出したのがこの裏階段だった。


 この学校にはいくつか外階段(非常階段)があり、その中でも特に使われていないうちの二つは、生徒の間で裏階段と呼ばれている。放課後や昼休みなどには不良学生がたむろしているけれど、今日は誰もいなかったので、私は階段を登った。

 こちらの裏階段は、図書室と隣り合わせの、司書室につながっている。もし鍵が開いていれば、裏階段から司書室に入り、そこから図書室に潜入して本を返せると思ったのだけど・・・。


「・・・この机の横あたりに、確か鈴木先生が倒れていました。」


まさか、司書室が殺害現場だとは思わなかった。

 

 ドアノブに手をかけようとした瞬間に中から声が聞こえてきてとてもびっくりした。大抵昼休み、司書室は空っぽだと聞いていたし、何より「殺害」なんて物騒なワードが聞こえてくるとは思わなかったからだ。


「死亡推定時刻は一月十七日十六時半から十七時半となっているけれど、君が先生が殺されているところを発見したのは、何時だったか、もう一度教えてくれないかな」

「図書委員の当番が終わったのが十七時だったので、十七時五分でした。」


 思わずケータイを取り出して、録音ボタンを押していた。何をやっているんだ私は、と、一瞬恐くなったけど、本当に一瞬だった。

 

 ケータイをゆっくりドアにつける。ドアの中の声はぎりぎり聞こえるか聞こえないかと言ったところだったので、ゆっくりと耳もドアにつけた。


 「ここに、何か他に気になるところはあった?たとえば、何かいつもと違うところとか。」


 「特にありませんでした。先生が倒れているのに気付いたのも遅れたぐらいです。」


 警官の質問に対して、生徒の答えは具体的ですぐに出てきた。

 おそらく、もう何度か同じことを話しているんだろう。


 「その日、司書室には先生以外に誰か居たかな?」

 「わかりません。普段司書室には入りませんし、一昨日も委員会の仕事があったので寄っただけでした。」

 「・・・渡り廊下の先、つまりは、こちら側の校舎には、図書室と教員室、司書室ぐらいしか教室がないんだよね?あの日、教員室では会議があって立ち入りが禁止されていたけど、誰か教員室に行くのを見た?」

 「いえ、分かりません。図書室にいたので。」

 「じゃあ、図書室には誰が来たかな?」


 渡来くんは少し黙り込んだ。


 「具体的にはわかりません。一日に入った人数は一応記録してありますけど、累計なので・・・。でも確か、あの日の放課後は勉強机に男子が二人と、書架のコーナーに女子が一人いました。」

 「なるほど。ありがとう。その三人の名前は、わかる?」

 

 しばらく記憶を探るような沈黙があった。


 「男子のほうはわかりませんが・・・」


 私は嫌な予感に自分の体温が下がるのを感じた。本を抱えた左手に力が入る。


 「女子のほうは、確か同じクラスの、綾辻さんだったと思います。」


 しばらく何かを書くような音がした後に、警官が何かを言ったけれど、その声はチャイムにかき消された。


 「いろいろ聞くのはこれで最後になると思う。ありがとう。第一目撃者として、君の言葉は記録に残させてもらうからそのつもりで。くれぐれもこの件は他言しないようにね。」


 生徒がそれに応じる声がして、向こうのほうでドアがキーッと開いて閉まる音がした。

 どうやら司書室には誰もいなくなったらしい。

 けれど、今更中に入る気にはなれなかった。

 まさか自分の名前が出てくるなんて。

 

 ドアに寄りかかり、震える手でケータイで録音した音声を再生する。


 『死亡推定時刻は一月十七日十六時半から十七時半』 


 これは、私が図書室に居た時間と重なる。もし鈴木先生が、私が桐生くんのことを図書室で待っていた十五分、つまりは、十六時半から十六時四十五分の間に殺されていたとすれば。


 鈴木先生は、私が居た場所から僅か十メートルほどの距離で殺されたことになる。


 あの夕暮れ時に、本棚三つと、壁を一つ隔てたところで人が死んでいたのだ。

 そして、鈴木先生を殺した人も、同時にそこに存在していたのだ。

 そう考えると恐ろしくなった。


 録音の音声は、私の名前が出てくる場面まで進んでいた。


 『確か同じクラスの、綾辻さんだったと思います。』


 私は疑われているのだろうか。まさか。むしろアリバイがあるくらいだ。だって図書室にいたのだから。あの警官は、参考人として後で話を聞くために名前を聞いたに違いない。

 そう言い聞かせるも、警官が私の名前をメモする際の筆記具の擦れる音は、しっかり録音されていて・・・。

 その音は、不穏な気配で私の頭の中で回りだした。


「ううぅ」


 うめき声を漏らし、頭を抱えた。はずみで、ケータイを取り落としてしまう。

再生が終わり、一瞬沈黙が訪れ、すぐにそれをチャイムの音が打ち消した。落ちたケータイも、本鈴も授業もそっちのけで少しの間うずくまっていた。


 何もなければずっとそのままうずくまっていたかもしれない。けれど、ケータイで録音した会話がもう一度再生される音に、私は顔をあげた。


「あっ、ごめん」


 顔を上げた先には驚いた顔でこっちを見る桐生くんの姿があった。


 「あ・・・」


 突然現れた彼に動揺した私は、一瞬固まり、そしてすぐに桐生くんの手の中で再生されているケータイに意識が向いた。


 あ、やば・・・。

 もし聞かれたら・・・。

 ケータイを凝視する私に気づくと、桐生君は困ったように笑ってケータイを返してくれた。


 「ごめんごめん、拾う時に再生ボタンに手が触れちゃって・・・。」


 画面を見ると、四分の一までしか再生されていなかった。それに、音がほとんど出ていない。内容は聞かれてないと考えていいだろうか。

 ちらっと桐生くんを盗み見ると、あいまいな笑顔で首をかしげている。何かに気づいた素振りはない。


 「・・・これ聞いちゃった?」

 「え?何が?」

 「あ、ううん。何でもないの」


 へへへ。と笑って誤魔化す。

 それにしても今日は何て運が悪いんだ。

 桐生くんにこんなところで出くわすなんて。

 そうは思っても、心のどこかでは、やっぱり喜んでいる自分がいた。


 「授業始まってるけど、どうしたの?」

 

 私が尋ねると桐生くんは苦笑いをして頬をかいた。

 

 「いや、何だかどうにも勉強してる気分じゃなくて。」


 彼はそう言ってしばらく視線をさまよわせると、そうだな、とつぶやいて階段を登りだした。


 「綾辻もサボりだよね?行こうか」

 「え?どこに?」


 彼は笑って指を上に向けた。


 「屋上」



[13:30]



 裏階段を登りきり、南京錠がひっかかっているだけのドアを開けて、屋上に出た。当たり前だが、授業中の今は誰の姿もない。

 冬らしい、冷たい北風が吹きつけてきて、思わず身震いした。

 桐生くんはフェンスに寄りかかって、肩越しに町を眺めている。曇り空の下の町は、何だかのっぺりとして見えた。


 そういえば、私は昨日桐生くんに告白して、振られたんだよね。いくら偶然会ったとはいえ、いつもどおりすぎな気がする。いや、いつもだったら、桐生くんのほうから私を屋上とかに誘うことなんてなかったけど。


 私が近づくと、桐生くんはフェンスから背中を離した。

 桐生くんは何を言うでもなく黙ってこっちを見ている。

 沈黙が痛かったけど、かといってこっちから何かを言うこともできず、私も黙ってしまった。


 先に口を開いたのは、桐生くんだった。


 「いや、実は、綾辻に話があってさ」


 私に話?何だろう?


 「一昨日のことなんだけどさ」


 いや、何だろうじゃない。確実におとといの告白のことだ。そうに違いない。

 

 でもわざわざ屋上までつれてきたってことは・・・。まさか・・・脈あり?

 一度振ったけど、考え直してくれたってこと?

 

 とたんに心臓の音がうるさくなってきた。今日はいろいろあって青ざめたり赤くなったり顔色の変化が激しいと自分で思う。

 

 お、落ち着け、落ち着くのよ綾辻あみ。

 慎重に言葉を選ばなきゃいけない。

 何て言うべきか。

 『私に話?もしかして、昨日のこと?』

 よし、まずはこれでいこう。


 「桐生くんやっぱり私のこと好きだったの?」


 反射的に自分の頬をはたく。パァンと小気味いい音がして桐生くんが驚いたように私のことを見た。

 

 「え?今なんて?」

 「ご、ごめん、何でもないの。続けて」

 

 あはははと笑いながら誤魔化・・・せてない。すっごい怪訝そうな顔でこっち見てる。

 何を口走ってるんだ私は!!


 動揺のあまり手に変な力が入って、持っていた本が落ちた。屋上の無機質な緑の地面に、本の表紙は嫌に色濃く映えた。

 慌てて拾おうと手を伸ばす。それにつられるように桐生くんの目がその本に留まった。

 と、同時に、一瞬桐生くんの表情が動いたような気がした。

 

 「へぇ・・・綾辻も小説とか読むんだ」

 

 私が左手でつかんだ、例の本を見ながら桐生くんがそう言った。

 

 「え?い、いやいや、全然読まないよ!小説なんて!」

 

 桐生くんの声音が、若干下がったのを感じ取った私は、あわててそう取り繕った。

 

 「寧ろ、敬遠するかな!あんな自己満足の塊、書いてる人も、読んでる人も、何考えてるかよくわかんないよ!」

 

 私の舌はこういう時だけすらすら動く。

 

 「ほ、本読んでる人って根暗だよね!」

 

 桐生くんに嫌われたくない一身で、聞かれてもいないことをべらべらと並べる。

 

 「この本だって、たまたま成り行きで持ってただけで、全然興味なんてないし、くだらないものに決まってるし・・・」


 けれど、次第に私は、桐生くんが黙ったままなことに気づく。桐生くんは、じっと私の手の中の本を見ている。

 

 「え、と・・・桐生くん?」

 

 「・・・じさ」

 「え?」

 「綾辻さ、その本、一ページでも読んだの?」

 

 そう言って桐生くんは本から目を離して、こっちを見た。桐生くんの目には、今まで見たことのない色が浮かんでいた。冷たい無表情の中で、その目だけが感情を表している。

 

 もしかして、怒ってる?

 

 今まで誰にどんなことをされても温厚にただ笑っていた桐生くんが、怒っている?何で?どうして?

 ・・・私はまた、間違えたの?


 「え・・・、あ」


 私はその迫力に気おされ、何を言うこともできず、ただ首を振るので精一杯だった。


 「読んでもないのに、くだらないとか言うの・・・どうかと思うよ」


 そう言うと桐生くんは、私の手から本をゆっくりと、けれど力強く奪い取った。

 そして、私に背を向けた。

 

「俺、やっぱり、綾辻のこと嫌いだ」


 どんよりと湿った空から、ぽつぽつと、雨が降ってきた。


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