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【完結済】Bloody Bride  作者: 馬頭鬼
第二章
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第二章 第四話


 全身を返り血に染めたキリアが馬車の中へ入ってきたとき一番驚いたのは……暗殺を命じた当のラルヴァ王子その人だった。


「おうじさま。おしごと、してきたよ?」


 そう言いながら無邪気な笑みで、手に持っていた生首を見せ付けるキリア。

 ラルヴァも王族として教育を受けた人間であり、弟であるラスカル王子の側近の顔くらいは覚えている。

 その記憶が……少女が持っている生首は、治安維持部隊内で最強を誇っていたダールトン男爵のソレと同じだと告げていた。

 だが、キリアの小動物的な側面ばかり見てきたラルヴァは……自分の視力が、記憶力が信じられない。

 その血まみれの姿を見てさえ、目の前の細身で無邪気な少女が本当に『鮮血』のキリアと呼ばれた殺人鬼だということを納得できなかった。


「……まさか、そんな」


 王子と共に自身の目を疑っていたヴォルクス大臣が思わず呟いたその言葉は、まさにラルヴァ王子の内心の呟きと重なる。


「……おうじさま?」


 だが、キリアはそんな二人の葛藤なんて理解出来ない。その返り血を浴びたキリアがラルヴァを見上げているその瞳には……「どうして王子様は褒めてくれないんだろう?」という、単純且つ明快な疑問が浮かんでいたのだ。


「あ、ああ。そうだな」


 その無邪気な瞳を直視して……漸く我に返ったラルヴァは、恐る恐る手を差し出して、キリアの頭に触れると……ゆっくりと撫でる。

 まるで、懐いてきた大型野獣に触れるような態度だったが、キリアは別にそれでも構わなかったらしい。

 頭を撫でられる感触に目を細め、血まみれのままだと言うのにラルヴァの身体にもたれかかる。


「……んふ」


 そんな小さな吐息と共に、キリアの顔に浮かんでいたのは……満足そうな、無邪気な笑みだった。


 ──返り血まみれのくせに。

 ──命を幾つも奪ってきたくせに。


 ……その手にはまだダールトン男爵の首をぶら下げているというのに……


「う、うわっ!」


 そこでやっとキリアが持っているその首がどういう事態を招くかに気付いたラルヴァは、慌ててキリアの手から生首をもぎ取ると、ダールトンの屋敷内に放り投げる。


「……目撃者は、居ないな?」


「大丈夫のようです、王子」


 同時に周囲を見渡すラルヴァ王子とヴォルクス大臣。今の一幕だけで、十分に王位継承レースから脱落出来る。

 罪人を入れる塔の名前にもなったベルガ王子が幾つもの暗殺を命じていたこともあり……このランシア王国において暗殺とは、王族・貴族にとって許されざる行為として周知されていた。

 ラルヴァはそれを知った上でキリアを解き放ち、それが分かっているというのに王位を求めキリアに暗殺を命じたのだ。

 ……もう失敗は許されない。

 王子はそのことを心に刻み込むと、流石にこれ以上現場に居合わせるのは命取りと判断し……御者に命じて馬車を走らせる。


「……おうじさま、おこった?」


 そんな王子の行動を見て、不安げに尋ねるキリア。

 彼女にとって王子の行動はさっぱり訳が分からないものだった。

 王子自身が首を持ってこいと命じたというのに、首を見せたら驚いて捨てる。

 だからこそキリアは王子の目を見上げながら、不安げに尋ねたのだ。


「いや、良くやったな、キリア」


「……んふふ」


 だけど、王子の応えは拳でも怒鳴り声でもなく……優しく頭を撫でることだった。

 その感触にキリアは無邪気な笑みを浮かべて喜ぶ。

 そして確信する。


 ──これで間違いないのだと。

 ──王子様の命令通りに自分が働けば、食べ物も暖かい寝床も……この暖かくて幸せな気持ちも得られるのだということを。


「よし、次のターゲットを決めるぞ、ヴォルクス。次は誰にする?」


「お、王子。

 流石に暫くは時を置きませんと」


「……そうか。そうだな」


 キリアという武器の切れ味を知ったラルヴァ王子は、子供のようにもう一度ソレを使いたがろうとして、ヴォルクスの一言で我に返る。

 事実、暗殺というのは危険の高い行為で……失敗は許されない。

 そして恐らく、このキリアという剣ほど斬れる武器は、一国の王子たるラルヴァでさえもそうそう手に入らないのだ。

 そう考えたからこそ、ラルヴァは冷静になる。

 目を瞑って王子の手に全てを委ねている返り血まみれの少女の体温も、ラルヴァが冷静な計算力を取り戻すのに一役買っていた。


「そうだな。バルデスとも詰める必要があるな」


「そうです。今度の件で相手側がどう動くか、それも見極めなければなりませんからな」


 ラルヴァ王子の言葉に、ヴォルクス大臣は頷く。

 男二人の会話はそれで止まる。

 二人は自己利益を実現するために全ての思考能力を費やしていたから、会話など成立する筈もなかった。

 いや、そもそも利益実現のために手を組んでいる二人の間には、必要最低限の会話以外は不要だったのである。

 だけど、そんな……蹄鉄の音と車輪が煉瓦積みの路面を転がる音しかしなくなった馬車の中に、突然、奇妙な音が鳴り響く。

 グーという、その小さな音は、キリアのお腹の辺りから響いてきて……


「……おうじさま、おなかすいた」


「ふ。そうだな。帰ってから考えるか」


 外見の凄惨さからは欠片も窺えないような無邪気なキリアの声に、微笑を返すラルヴァ。

 だが、笑顔のままでキリアの頭を撫で続けるラルヴァの瞳は、車外を流れる景色を眺めたままで……


 その瞳に宿っている、己が野望に燃え盛る炎を隠そうともしていなかったのだった。



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