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【完結済】Bloody Bride  作者: 馬頭鬼
第二章
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第二章 第三話


 ダールトン男爵。

 王都治安維持部隊の小隊長である。

 特筆すべき手柄がある訳でもなく、捜査に関する能力に長けているという訳でもない。

 だが、彼にはたった一つだけ……その剣技に関しては治安維持部隊の中でも右に出る者はいないという取り得があった。

 その剣技をラスカル王子に認められたことによって、王都に在住する貴族の取調べを任されており、彼自身もラスカル王子の信任に応えようとしたのだろう。

 また、持ち前の正義感もあって貴族の犯罪捜査に彼は酷く熱心だった。

 尤も、その所為で彼は多くの貴族から反感を買っていたのだが。

 ……だからだろう。

 返り血で真っ赤に染まったキリアを見た瞬間に、その幼げな少女の姿をただの冗談の類とは思わず、一も二もなくその長剣を抜いて構えたのは。


「……貴様、刺客か?」


 ダールトンは剣を構えながら、目の前の少女に問いかける。


「……しかく?」


 その言葉に首を傾げながらも、返り血に染まった少女……キリアは無雑作にダールトンに歩み寄ろうとする。


「くっ。貴様、何が目的だ!」


 その無雑作な……警戒さえしていない歩み方を見てダールトンは僅かに後退り、少女との距離を保ちながら問いかける。


「……ころしにきた」


 ダールトンの問いに対し、キリアは簡単にそう答える。

 近くの市場に野菜を買いに行くのと同じような気軽さで放たれたその言葉は、その気軽さとは裏腹にとんでもない内容だった。


「……お前、見たことあるぞ」


 その無邪気な言葉と全身を染める返り血を見て、とある少女の存在をダールトンは思い出した。

 王都治安維持部隊が何度も苦渋を味わわされ、何十人もの殉職者を出す羽目に晒された……全身を返り血で真っ赤に染めながらも平然と立つ、その少女の存在を……


「いや、まさか、だが、しかし……」


 だが、ダールトンは自分の直感と記憶が信じられない。

 何しろ彼は『鮮血』のキリアの処刑に立ち会ったのだ。

 目の前で少女の首が飛ぶのを彼自身目の当たりにしたし、公開処刑を見に来た国民にも彼女の死は衆知されている。

 その彼女が生きていたなど、どうして信じられよう?

 少なくともこうして『鮮血』のキリアが生きていたのなら……あの場で死んだ少女は何だったのだ?


「くっ!」


 結局のところ、ダールトンは自らの直感よりも知識や経験を重視するその性格が仇になったとしか言いようがなかった。

 短剣を右手に持ったキリアが、彼の長剣が届く範囲内に入った瞬間。

 ダールトンは自身の思考から覚め、慌ててその長剣を振り下ろす。

 だが、心に迷いのあったダールトンの斬撃は、彼の最高速とは言い難く……


「……ん」


 キリアにとって、その一撃はそれほどの脅威には感じられなかった。

 自分目がけて振り下ろされた鉄の塊を無雑作に、文字通り紙一重だけの余裕で……その軌道から身体をずらす。

 と同時に、右手の短剣をがら空きだったダールトンの脇腹に差し込んだ。


 ──それは、完全にダールトンの剣の軌道を見切っているからこそ出来る技。


 剣術一筋で生きてきた人間の、最高とは言えないものの常人では見ることさえ出来ない一撃をあっさりと見切る動体視力。

 そして、回避と同時の反撃を可能にするほどの凄まじい反射神経と運動能力。

 加えて誰かの脇腹に一切の躊躇なく短剣を突き刺す無邪気故の残酷さ。

 それこそが、キリアが『鮮血』の二つ名で呼ばれるほどの殺人鬼足りえた理由だった。


「ぐっ!」


 脇腹に鉄の塊を叩きこまれたダールトンは、長剣を思いっきり薙ぎ払うことで、懐に入ったキリアを遠ざけようとした。

 だがその試みは結局、無意味に終わる。

 ダールトンが長剣を薙ぎ払おうと手首を返した一刹那の間に。

 ……キリアはダールトンの脇腹から短剣を引き抜くと、その短剣をその僅かに上……肋骨と肋骨の隙間を狙い、短剣を突き入れていたのだから。

 それは……確実に彼の左肺を貫いていた。


「……まさっごぶっ……ほんもげふっ」


 ダールトンは信じられないものを見た表情でキリアの顔と、自分に突き刺さった短剣を見比べながら、何かを言おうと口を動かす。

 だが、肺に入った血液は呼吸の度に口から溢れ、ダールトンの唇は音を紡ぐことが出来ない。

 結局、そのままダールトンは激痛と呼吸困難で膝を屈し……力尽きたように床に倒れこんでしまう。

 そうなってもまだ長剣を離さないその執念は素晴らしいものだったが、それに感銘を受けるような感性など、この少女の形をした暗殺者は持ち合わせていなかった。


「ん。おしごと、おわり」


 ダールトンが動かなくなったのを見届けたキリアは、手にしていた短剣の血糊を近くのカーテンで拭うと、短剣を侍女服のエプロンの隙間に差し込む。

 そうして自由になった両手を使い、未だに手に握られたままのダールトンの長剣をもぎ取ると……


「……くび」


 重そうにその長剣を持ち上げ、振り下ろす。

 重力を利用したその斬撃は、少女の細腕から放たれたものとは思えないほど高速で……先のダールトンの一撃よりも尚、速く鋭かった。

 その一撃はあっさりと既に息絶えたダールトンの頭部をその胴体から切り離す。


「もってかえる」


 そして、床に無雑作に転がったダールトン男爵の頭を、乱雑に髪を掴むことで持ち上げると、来たときと同じような無雑作な歩き方で屋敷の廊下を歩き始めた。


「おうじさま、よろこぶかな?」


 そう呟いたキリアの表情は歳相応の、いや、それよりも遥かに幼い少女のソレであり、彼女の右手にぶら下げられた生首や、血まみれの侍女服には全くそぐわない無邪気な表情だった。

 そのまま、キリアは屋敷の外へ向かって歩き出す。


 ただし、さっきまでよりも僅かにテンポの速い足取りで……


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