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【完結済】Bloody Bride  作者: 馬頭鬼
第二章
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第二章 第一話


 ラルヴァ王子がキリアを牢から連れ出して、三日が経過した。

 その間、ずっとキリアは王子の別宅から外へ出していない。

 何故ならば、未だにキリアは……犯罪者としてのキリアはまだ生存しているからだ。

 下手に見つかって万に一つの確率でキリアの正体がばれたとなれば……王子としての立場があるラルヴァでさえ、色々と面倒になるのは間違いないだろう。


「……そろそろ、だな」


 だが、それももう終わりだった。

 何しろ……今日の正午、キリアが死ぬからである。


 ──公衆の面前にて斬首という、誰もが納得する形で。


 と言っても、本物の殺人鬼である筈のキリアはラルヴァの目の前で、真昼間だというのにすやすやと寝息を立てているのだから、斬首されるのは別の誰かなのだが。

 身代わりとして処刑される哀れな女がどこの誰かすら、ラルヴァは知らない。

知りたいとも思わないし、知る必要もない。

 尤も、あのヴォルクスのことだ。

囚人か病死寸前の女か、そんな連中を金で買収し、土壇場で要らぬことを喋れないように咽喉を潰し、それでいて証拠一つ残さない……そういう仕事を抜かりなくやってくれているだろう。


「つまり、今晩からは、コイツを使えるということか」


 ソファでワインを傾けていたラルヴァは、目の前で猫のように丸まって日向で眠っている少女を見て、そう呟く。

 殺人鬼である筈の少女は、ここ数日間の手入れでどうにか見える程度の容貌は取り戻していた。

 伸び放題だった髪は後ろでくくらせたし、栄養失調寸前だった身体も僅かに肉がついてきて……少なくとも半病人のような体調は回復したように思える。


「……俺に此処まで手をかけさせたんだ。

 これで外れだったら、絶望のどん底で飼ってやるぞ、小娘」


 この三日間の惨劇を思い返し、ラルヴァはそう呟く。

 実際、それほど……キリアの常識知らずに、ラルヴァは困らされたのだ。

 まず、彼女にはトイレという概念がなかった。

 いきなりラルヴァの目の前で下着を脱いでしゃがみ込んだときには……本当にこの少女が人間かどうかを疑ったものだ。

 加えて、彼女には風呂に入る風習も、服を着替えるという思考もない。

 妙に懐かれたようで、寝る時にはラルヴァの隣から離れようとはせず……言葉が片言ながらでも通じたのが唯一の救いだったものの……ラルヴァにとってこの三日間は地獄としか言いようがない日々だった。

 幸いにも彼女の物覚えは悪くないようで、トイレの躾けは一日で済んだ。

 恥じらいやらテーブルマナーなどは全くだが、それは別に必要ないだろうとラルヴァは理解していた。


 ──何しろ彼女はただの剣なのだ。


 彼が王位を継承するのに邪魔な、血を分けた実の弟を切り裂くための、毒の塗られた懐剣。

 その辺りに糞尿を垂れ流されるのは流石に困るから躾をしたが、生来ラルヴァは細かいことに拘る性格ではない。


「ん。おうじさま?」


 ラルヴァが三日間の腹いせにと、脳内でキリアを監禁陵辱している気配に気付いたのか、キリアが目を開いて起き上がる。


「……っ。何でもない、寝ていろ」


 脳内を見透かされたような気がして、ラルヴァは少しだけ慌てるが、キリアの表情には嫌悪も敵意もない。

 ただ起きただけと判断した王子は、キリアに向かってそう言い放つ。


「ん、そうする」


 王子の言葉を聞いたキリアは、忠実にまた目を閉じて……動かなくなった。


「……本当に、動物だな、こりゃ」


 その様子を見て、ラルヴァは呟く。

 ただ、動物の世話すらした事のない生粋の王族であるラルヴァにとって、彼女の身の回りの世話をするのは……精神的にも肉体的にも耐えがたいものだった。

 弟であるラスカル王子が致命的な隙を見せるまで、この三日間の労苦を繰り返すのかと思うと、彼自身がストレスで首を括ってしまうか、王位なんぞ捨てて隠遁したいと思うようになるだろう。


「……信用できる侍女を一人、呼び戻すか」


 キリアの寝顔を見つつラルヴァは呟く。

 殺人鬼に関わる人間は最小限にするつもりのラルヴァだったが……流石にもう限界だった。

 屋敷の広間には着古した服が散乱し、ラルヴァの下着もキリアの下着も一緒くたになっている。

 食事を終えた皿も放置しているため、テーブルの上はそろそろ食事する場所すらない状態なのだ。

 王子であるラルヴァは当然の如く、洗濯する能力も皿を洗う技能も持ち合わせていなかったし、野生動物と変わらぬ育ち方をしたキリアにソレを期待出来る筈もない。


「……やっぱりベルが一番信用出来るな」


 と、ラルヴァがキリアの寝顔を眺めながら誰を呼び戻すか考えていた時だった。


「っ!」


 寝ていたはずのキリアが突然起き上がったかと思うと、一瞬でラルヴァが座っていたソファの影に隠れる。


「どうした?」


「……だれか、くる」


 ラルヴァの問いかけにキリアはそう応えると……背を丸めていつでも飛び出せる体勢を取る。


 ──まるで猫のように。


「大丈夫だ、キリア。この時間帯なら、多分……」


 王子はそんなキリアの頭に手を置いて宥める。

 彼の推測が正しければ、これからやってくる客人は、少女の細腕で何とかできるような相手ではなく……


「王子、失礼します」


 礼儀正しいノックの後、室内に入ってきたのはバルデス将軍だった。

 相変わらず、傷の走るゴツイ髭面が威圧感たっぷりで……見慣れていなければキリアでなくても脅えるだろう。

 実際のところ、とある貴族の会合において、彼の顔を間近で見せられた子供が一人残らず泣き叫んだという逸話もあるほどだ。


「終わったか?」


「ええ。これで『鮮血』のキリアは公式には死亡したことになります」


 ラルヴァの問いかけに頷くバルデス。

 処刑の執行は、ラルヴァの王子としての特権を使って、バルデスを責任者として当たらせてある。

 物臭で政治に興味を示すことも滅多にないラルヴァだが、気が向くと政治や行政に首を突っ込む癖があり……今度の命令もただの気まぐれ程度にしか思われてないだろう。

 何しろ『鮮血』のキリアは市井にもそれなりに名の通った殺人鬼である。

 気まぐれなラルヴァ王子が興味を示してもそう不思議なことではない。


「なら、もう一つの資料は出来ているか?」


「ええ。ラスカル王子とその側近の、今週の予定です」


 バルデスが差し出してきた羊皮紙の束を受け取るラルヴァ。

 その紙には一人につき一枚、各々の予定がびっしりと書き込まれていた。

 ……それが三十枚ほど。

 まともに使える側近が二人しかいないラルヴァと、束になるほどの側近を持つラスカルの差は、こうして形にすると顕著に表れてしまう。

 ……人望という、絶対的な差として。


「ラスカルは……出来るだけ脅えさせたいから最後にするとして。

 アルスは法律に強いだけの官僚だから無視出来る。

 鬱陶しいのは色々な調査を得意とするゼムンとカールだが、親父があの調子だ。

 恐らくは王位引き継ぎのついでに統計や行政の資料を漁っているだろう。

 なら……暫くは王宮から出てきそうにないな」


 暫くその紙の束を眺めていたラルヴァは、その資料の中から一枚の紙を取り出す。

 その紙には貴族犯罪調査担当のダールトンという名が書かれていた。


「……随分、小物を選びましたな」


「だが以前、遊びで使った三下どもをコイツに数人狩られた覚えがある。

 そんな猟犬に近辺を這い回られたら鬱陶しいのは事実だろう?

 これで剣の腕も立つらしいからな」


「ええ。我が王国内でも五指に入るほどの腕前です」


「だからだよ。

 ……剣はまず、切れ味を試すのが基本だろう?」


 そう言いながら、未だにソファの隣で髭面の大男を警戒しているキリアの頭を撫でるラルヴァ王子。

 キリアは王子とバルデスが何を話しているのか理解している様子もなく、ただ頭を撫でられる感触に目を細めている。


「分かりました。移動には?」


「馬車が良いな。王家の印の入ったヤツだ。

 ダールトンの屋敷の近くには……酒場があるらしい。

 俺はそこで酒を物色していれば問題ないだろう?」


「……なるほど。敢えて目立つ馬車を使うことで、目を逸らさせる狙いですか」


 ラルヴァの言葉を聞いて、頷くバルデス将軍。

 自分の前に座っている王子が本当に王位に相応しいと感じ入り、直立の姿勢をとってラルヴァに敬礼する。

 ラルヴァにしてみれば、ラスカル王子の側近が死んだところに自分の馬車があったなら、ラスカルはそれを見てビビるだろうという程度の考えだったのだが……


「じゃ、まずは切れ味を試しに行ってみる」


 相手が勝手に忠誠を誓っているところに水を差すこともない。そう考えたラルヴァはキリアを伴って馬車に乗り……


 道中に見つけた財布……もといヴォルクス大臣を伴ったラルヴァは真昼間の、世間一般ならば仕事に勤しんでいる時間帯を、ダールトンという名の騎士の元へ向かった。


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