第八章 第三話
「おい、貴様。王宮は立ち入り禁止中だ」
王子の別宅を出たキリアが向かった先、王宮の入り口でそう呼び止められたのはある意味当然だった。
何しろ、今は国王が崩御された直後で、王宮は出入り禁止になっている。
ラルヴァが入れたのはあくまで王子だからであり……それほど一国の国王が亡くなる事態というのは大きな出来事なのだ。
だからこそ、王宮を護ろうと近衛兵が侵入者の少女……キリアを呼び止めたのは、彼の職務上、当然のことだった。
そして、白いドレスを着ただけのまだ幼さの残る少女を見て、彼がただの野次馬と判断したのも無理のないことだったのだろう。
加えて、その少女が親にはぐれた子供のような不安げな表情をしていたこともあり……彼は手にしていた槍を使おうともせず、その少女に言い聞かせようとして、無警戒に近づいてきたのだ。
「こら、王宮は現在……」
「……じゃま」
だけど、キリアにとって……ソイツはラルヴァ王子へ向かう道を邪魔するただの障害物でしかない。
腰のベルトから短剣を抜くと同時に、その近衛兵の甲兜の隙間……即ち顔面の隙間に突き立てる。
「目が~っ! 目が~~~っ!」
その悲鳴が、戦闘の開始だった。
同僚の悲鳴で彼女を敵だと認識したもう一人の近衛兵がキリアに向かって槍を突き出す。
が、その程度の速度、キリアにとっては止まっているのも同然だった。
一瞬で槍の穂先から身を逸らすと、その近衛兵の懐へ飛び込み左脇の……白銀の鎧の隙間に短剣を突き立てる。
「ぐああああああっ!」
悲鳴を上げる二人の近衛兵に対し、キリアは特にトドメを刺すような真似はしなかった。
何しろ今日の彼女は……殺すことが目的ではなく、王宮の奥に居る王子の下へと駆けつけることが目的だったからだ。
だが、近衛兵の悲鳴は……周囲の兵たちを招き寄せてしまう。
「な、何者だ!」
「矢だ! 矢を使え!」
その瞬間から王宮は戦場と化した。
近衛兵は犯罪者を取り締まるだけの治安維持部隊と違い、こういう戦闘状況を想定してしっかりと訓練されており、連絡体制も機能している。
悲鳴を聞きつけ、現場を確認した一人の兵が伝令に向かい、他の兵はキリアに向って行く。
それもただ向かうだけではなく、クロスボゥに矢を番えて狙う部隊と、槍や剣を手にキリアに斬りかかる部隊とに分かれてだ。
「……おうじさまは……」
だが、キリアはそんな戦局を見極める能力などない。
ただ王宮の奥へ向かおうと必死なだけだった。
「うぎゃっ!」
「こ、こいつっ!」
向かってくる近衛兵の斬撃を見切ると同時に懐に踏み込み、手にした短剣で鎧の隙間を狙う。
その繰り返しで、キリアが通ってきた道は倒れた近衛兵で一杯になっていた。
「放て!」
その様子を見たのだろう。
接近戦では犠牲が出る一方だと気付いたのか、遠くの近衛兵がクロスボゥを手にキリアに狙いをつけ、一斉に矢が放たれた。
「……ん」
だけど……キリアは遠くから飛んできた矢を、投げられた石程度の感覚で首を振って避ける。
身体に当たりそうな矢は、短剣で事も無げに弾く。
彼女の動体視力にとっては……矢程度の飛び道具は欠片の脅威にも値しないのだろう。
「ぐあぁああああ」
「待て、待て、射るな~~!」
逆に哀れだったのが、キリアによって戦闘不能にされた近衛兵たちだった。
彼女が避けた矢は自然と彼女の背後……つまり、倒れている近衛兵へと突き刺さり……キリアの後方では悲鳴が上がる。
結局、飛び道具では同士討ちになるだけだと分かったのだろう。
大勢いた近衛兵たちは少女の前から退いていく。
と同時に、キリアに立ち塞がる一人の大きな近衛兵の姿。
「なかなかやるな。
だが、ここを通す訳にはいかぬな……」
彼女の前に立ち塞がったのは手に巨大な斧を持ち、甲兜に少し派手な飾りをつけた近衛兵だった。
その口調からは自分の腕に対する絶対の自信が窺える。
恐らく彼は近衛兵の中でもかなりの腕利きで……事実、それなりの地位を持った人間だった。
「……じゃま。どいて」
……が、キリアにとってはその男など障害物以外の何でもない。
少女は巨大な斧を持ったその男を脅威とすら見做さず、前を塞がれたのを鬱陶しげに、ただ一言そう呟いただけだった。
「き、きさまぁあああああああ!」
完璧に邪魔者扱いされて激昂したその近衛兵は、凄まじい勢いで巨大な斧を薙ぎ払う。
「……ん」
だが、キリアは薙ぎ払われた斧のギリギリの軌道を見切って避けると同時に踏み込み、その鎧の隙間を目がけて短剣を突き出し……
──ガキッ!
「……あれ?」
甲冑と甲冑の隙間に短剣が弾かれたのを不思議そうに眺める。
「ふはははは。俺はこの鎧の下にも鎖帷子を着込んでいる!
貴様の持つような短剣で、我が装甲が破れるか!」
キリアの一撃が通じなかったことで完全に勝利を確信したのか、その近衛兵は大声で叫ぶ。
叫びながらも常人では持ち上げることも出来ないだろう大斧を軽々と振るう。
だが、キリアは既にバックステップであっさりと彼の射程圏内から逃げ去っていて、その斧は空を切るばかりだった。
「ちょこまかと!
だが、逃げ回るだけでは勝てまい!」
勝利を確信したその近衛兵は、叫びながらキリア目がけて巨大な得物を振り下ろす。
「……えい」
だが、キリアはただ逃げ回っていた訳ではなかった。
先ほど自分が叩き落した矢を拾い、自分目がけて振り下ろされた刃を紙一重で避けると同時に飛び上がり……
「がっ!」
兜の構造上、絶対に隙間を設けざるを得ない「視界を確保するためのスリット」にその矢を突き立てる。
矢を眼球奥深く……脳に達するほど突き立てられたその近衛兵は、痙攣したかと思うと……飛び掛ったキリアの重み、大きな斧の重みと自らの重みに耐えかね、背後に崩れ落ちる。
「……う、うわああああ!」
「ば、化け物っ!
いや、死神だ~~っ!」
「……退くな、お前ら!
近衛兵としての誇りを!」
どうやらあの大男は凄まじい腕利きだったらしい。
──少なくともその場にいた近衛兵たちにとっては彼の強さを疑う余地もないほどに。
その男をあっさりと倒されたことで、高い士気と連携を保っていた近衛兵たちはついに恐慌に陥ってしまう。
隊長格の男が叫んで統率を取り戻そうとしているが……一度恐怖に憑かれた軍を立て直すのは容易ではない。
そして、敵が統率を取り戻すのをゆっくり待ってやるほど、キリアも親切ではなかった。
「う、う、うわああああああああああ!」
「……じゃま」
目の前まで迫ってきたキリアに怯えながらも、剣を手に斬りかかる隊長格の近衛兵。
だが、キリアはその男の決死の突撃に対しても、何も感じず、ただ邪魔な枝を切り払うような感覚で、あっさりと切り捨てる。
「……あっち」
周囲に邪魔者が居なくなったのを見届けたキリアは、顔を真っ赤に染める返り血を鬱陶しそうに拭うと……ただの勘だけで王宮の奥向けて再び歩き始めたのだった。




