第七章 第一話
ヴォルクス大臣の葬儀は、娘であるレイシアの葬儀と共に静かに執り行われた。
領地経営を得意としていた彼は……非情なまでに税の取り立てが厳しく、様々な敵はいても味方はそれほどいなかったようだ。
「……ありゃ、ダメだな」
「……ですね」
葬儀に参列したラルヴァは……帰りがけにそう呟く。
その言葉を聞きつけた護衛のバルデス将軍は少しだけ躊躇しながらも、自分の直感のままに頷いた。
彼ら二人は……ヴォルクス大臣の跡取りとなったレイヴンという名の青年について話し合っている。
父親に似て丸みを帯びた体型のレイヴンは……はっきり言えば、その父に似た体型とは裏腹に、父親の才覚を半分も受け継いでいないような、そんな人間だった。
葬儀の席では泣き喚く演技をし……周囲の同情を買おうと必死だったように思える。
あまり上手でもないその演技や、同情を買うためだけに恥も外聞も捨てるその稚拙なやり方は……はっきり言って、彼という存在の底の浅さを露呈していただけに過ぎなかった。
「……如何致しますか?」
「……何をだ?」
声を潜めてバルデス将軍が尋ねてくるのを聞いた時、ラルヴァは将軍が何を言っているのか、心底理解出来ない表情で尋ね返した。
「……アヤツの処遇です。
ヴォルクスの不正は、王子の采配で通したものも幾つかあるでしょう。
それが露見する前に……」
バルデスは剣の柄に手を置いて、そう囁く。
だが、それを聞いたラルヴァはゆっくりと首を左右に振った。
「……やめろ。
ヤツは俺の所為で父親も姉も失ったんだ。
これ以上、奪うのも酷だろう?」
「ですが、それでは……」
「あのラスカル相手じゃ、父親の不正が露見すれば自らの領地そのものが危うくなることくらい、幾ら愚鈍とは言え分かるだろう。
捨て置いても構わないさ」
「……確かに」
ラルヴァの言葉にバルデスは頷くと柄から手を離す。
その一言でバルデス将軍が納得するほどに、ラスカル王子の不正に対する厳しさは知れ渡っていた。
そのお陰で、法よりも懐を潤すことを優先するヴォルクス大臣はラルヴァに従っていた訳だが……。
「しかし、暫くは金に不自由しそうだな」
「……王子が王位を継がれたならば、そんな心配は……」
不意に呟いたラルヴァの弱気な言葉に、バルデスが反論する。
「ああ、そうか。
そう言えば、そうだったな」
今までソレを目的とし、どんな手段を用いることさえ躊躇わなかったラルヴァ王子の、そんな他人事のような言葉に……表情には出さないもののバルデス将軍は酷い衝撃を受けていた。
少なくともラルヴァという人物は、善良とは言い難いし、最高に優秀とも言い難かったが……その凄まじい目的意識が自然と生み出す魅力は、少なくとも彼が王位に相応しいと認めるに十分な材料だったのだ。
それが……今の彼からは微塵も感じられない。
その事にバルデス将軍は、まるで別人を見るような目で目の前の王子を眺めてしまう。
「……どうした?」
「い、いえ」
その視線に気付いたラルヴァが問いかけてくるが、バルデス将軍はその問いに答える術を持たなかった。
そうして、二人はそれ以上言葉を交わすこともなく王宮までたどり着き、そのままお互いが職務を行うため、別々の行き先に脚を運ぶことになったのだった。
その日もアルス政務官の運んでくる仕事量は凄まじいものだった。
が、ラルヴァもここ数日は同じような作業ばかりを行っている。
昼になって空腹を覚える頃には、ラルヴァの前にある書類の束は全て片付いてしまっていた。
「……早く、なりましたね」
「そりゃ、これだけやればな」
アルス政務官の呟きに、ラルヴァは事も無げに返す。
実際、同じような作業を毎日毎日行っているのだ。
幾らラルヴァにやる気がないとは言え、要領くらいは覚えてくる。
加えて、ラスカル王子の行っていた全てに目を通す方式から、少しずつとは言え……任せても問題ないと思われる仕事は部下にある程度の権限を与えて自由にさせる、ラルヴァ方式とも言うべきやり方へと変遷させているため、業務量は減る一方なのだ。
……そもそも、ラルヴァという王子は頭が悪い訳ではない。
その気分屋の性格の所為で少々短慮なのと、その回転の速い頭脳を自らの欲望を満たすためだけに使ったため、周囲の評判が非常に悪いだけで……これでも王侯貴族が受けるべき英才教育を習得しているのだ。
「じゃ、俺は帰る」
「ええ。明日はもっと大量の業務を用意しておきます」
「……そりゃ勘弁してくれ。
俺は疲れるのは嫌いだからな」
そろそろアルス政務官の堅苦しいしかめ面を眺め慣れたラルヴァは、堅物の代名詞とも言うべきアルスに対し、軽口を交えながら気楽に話しかけていた。
尤も、返ってくる答えはどれもこれも杓子定規で面白みの欠片もない答えだったが。
「……さて。久々に早く帰ってアイツの顔くらい拝んでやるか」
執務室を出たラルヴァは何となくキリアの顔を思い浮かべ、少しだけ足早に自分の別宅への道を急いだのだった。




