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【完結済】Bloody Bride  作者: 馬頭鬼
第五章
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第五章 第五話



「何だ、こりゃ」


「……やはり襲撃はあったようですね」


 別宅に戻った二人が見たものは……庭にある一台の赤い馬車と、その周囲に斃れている一〇名の男たちだった。

 一〇名とも手に剣を抜き、何者かと戦った跡が見て取れる。

 その内五名は白銀の鎧を着込んでおり、ラルヴァの別宅を護る護衛で……また三名ほどはさっき襲ってきた暗殺と同じ風体をしている。

 そして残る二人はラルヴァには心当たりのない人間だった。


「何だ何だ、またあの王子様が何かやらかしたのか?」


「いや、襲われたらしい」


「うわ、人が死んでやがる」


 騒ぎを聞きつけたのだろう。

 周囲には野次馬が数名並んでいたが、幾ら好奇心旺盛な人たちとは言え、流石に王族の屋敷へと無断で入り込む馬鹿はいないらしい。

 ラルヴァはハエでも追い払うかのように手を振って野次馬を蹴散らすと……そのまま自分の庭へと歩を進める。


「この馬車と護衛……確か、レイシアの……」


 ようやくその赤い馬車まで近づき、その馬車と斃れている二人に心当たりがあったラルヴァは……流石に手が震えるのを止められない。

 足も……この先にあるかも知れない最悪の惨状を見たくないと主張するように、ラルヴァの意志に反して動こうとしないのだ。


「……王子。大丈夫ですか?」


「……ああ。行くぞ、バルデス」


 だけど、それでも確かめなくてはならない。

 バルデス将軍の心配そうな声に一つ頷きを返したラルヴァは……血の匂いで満ちた庭を歩く。


「……ひでぇ」


 別宅の中は……まさに地獄だった。

 辺り一面が血の海と化し、ゴロゴロと襲撃者が転がっている。

 周囲に転がっている死体はどれもこれもランシア王国民とは毛色が異なり……異国の暗殺者だと一目で分かる。

 それが……ざっと見渡しただけで二〇人ほど。

 その全員が咽喉か腹部に致命傷を負っていた。


「流石は『鮮血』のキリアと言ったところですか」


 その惨状を見て呆気に取られたバルデス将軍が思わず呟くが、王子の応えはない。

 将軍の問いかけすら気付かないほどにラルヴァは、その暗殺者全員の死体を必死に見渡し……それが「見知った顔」でなかったことに安堵して。

 ……そして血の跡が続いている自分の部屋の方へと足を向ける。


「っ!」


 そこで見た。

 ……見てしまった。

 

 ──自分の子供を宿した筈の女性が、物言わぬ肉塊と化しているのを。


 元々赤いドレスを着ていた彼女は、自身の血で真っ赤に染まり……致命傷となったのは横一文字に斬り裂かれたその咽喉か、縦一文字に斬り裂かれたその臓腑か。


「……ぁ」


 ラルヴァは彼女の名を呼ぼうとして口を開くが……声が出ない。

 声が出ないというのに、身体は何とか動いた。

 のろのろと床に倒れたままのレイシアに手を伸ばすと……もう二度と物言わぬ彼女の身体を抱きしめながら……身体の奥から湧いてくるようなどす黒い激情に耐えるため、歯を食いしばる。


「……これ、は」


 王子の後ろから駆けつけたバルデス将軍も、その惨状に言葉を失う。

 バルデスにとってソレは……戦場では何度か見た光景ではある。

 だが、顔見知りの女性が……もしかしたら王妃になったかもしれない女性がそうなったというのは……全く別物だ。

 ……何しろ彼女は……腹を裂かれその子宮ごと抉り取られていたのだから。


「……そこまで、ランシア王家の血が憎いのか、連中は……」


 ラルヴァの口から出たようやく出た言葉は、暗く低い……地獄のそこから響いてくるような、そんな声だった。


「バルデス。

 ……分かっているな?」


「はい。

 ランシア王国に入った連中全てをなんとしても探し出し……」


「ああ。頼む。

 ……畜生、俺の考えが甘かったばかりに……」


「……いえ。早速手配します」


 ラルヴァの声には後悔の響きがある。

 自分が狙われていると知りつつ、異国の暗殺者を放置した。

 ……それがこの惨状を招いたと思っているのだ。

 バルデスもそれを知っているからこそ……何も言えずに頷くだけだ。

 そして、訪れる沈黙。

 ラルヴァは涙の一滴も流さないものの、彼がレイシアの死を悼んでいることは、血まみれになるのも厭わずに彼女の身体を力いっぱい抱きしめているところからも窺えて。

 バルデス将軍もそんなラルヴァの心情を分かっているからこそ、何も言えず……


「そういえば、キリアはどうした?」


「……あの様子だと、生きてはいる筈ですが……」


 不意に。

 まだレイシアの身体を抱きしめたままのラルヴァが、突然思い出したかのように呟く。

 事実、この別宅内を襲撃した連中が斃れていたのは、全て咽喉の一突きで殺されており……キリアが生きていることは間違いないだろう。

 だが、ラルヴァが帰ってきたらすぐに駆けつけてきた彼女が顔を見せないのは、一体どういう理由なのか。

 そこまで考えたラルヴァは、自分のベッドにレイシアの身体を横たえると、名残惜しそうにその身体からゆっくり離れ……せめてもの心遣いとばかりに見開いたままのその目を閉じてやる。


「……捜す、か」


 ラルヴァがレイシアから目を逸らし、そう呟いた瞬間だった。


「……ぁ」


 ラルヴァの視線が、部屋の片隅に丸まっていた一人の少女の視線と重なる。

 その少女は、全身を返り血で汚し、血まみれの短剣を手に蹲っていた。


「~~っっ! 

 ……こんなところにいたのか、キリア」


 一瞬だけラルヴァは自分の中に渦巻く激怒を、その少女に……レイシアを凶刃から救えたかもしれない少女に向けかける。

 が、すぐにその激情を飲み込み、優しげな声で尋ねる。


 ──王都が混乱している現状では、キリアという戦闘力を失う愚は犯せない。


 こんな状況でさえも……いや、こんな状況だからこそ。

 ……「王族は常に冷静たれ」と教え込まれたラルヴァだからこそ。

 彼のどこか一部は激情に呑まれることもなく、冷静にそんな打算づくの行動を取っていたのだ。

 普段の彼はそんな打算だらけの自分を嫌うからこそ、怒りや情欲などの衝動に身を任せるように生きてきたのだが……流石にこの状況では、いつも通り奔放に振る舞う訳にもいかない。

 そんなラルヴァ王子が、必死に冷静さを保つため犠牲にしたのは……唇の皮膚だった。

 全力で自制するために食い破った所為で、彼の唇からは血が流れ出していた。


「……すん」


 だが、王子の声にもキリアは出てこない。

 何かに脅えるような顔で、王子と顔を合わせようともせず、泣いているようだった。


「……どうした、おいで」


 ラルヴァの猫なで声が功を奏したのか、キリアが立ち上がる。

 その全身は返り血だらけで真っ赤に汚れており……


「おうじさま、ごめん」


 キリアは涙混じりの声でそう呟く。

 その声を聞いたラルヴァは、『鮮血』の名を持ったキリアでも、身内を護ろうとする心くらいはあったのだな……と、一瞬だけ安堵したのだが……


「……よごしちゃった」


 だけど、キリアの答えはそんなものだった。


「は?」


 その言葉の意味を、ラルヴァは一瞬、理解できなかった。

 想像していた答えと違っていたというよりは、想像もしていない単語が出てきたからこそ、言葉の意味を理解出来なかったのだ。


(……今朝、そういえば叱ったか)


 何となくラルヴァはそんなことを思い出す。

 だからこそキリアは……血まみれの自分を王子に見せないように、隅っこに隠れていたのだろう。

 よくよく考えてみればレイシアとキリアの間に面識はなく、そもそもキリアに身内という概念があるのかすら分からない。

 ラルヴァは先の自身の安堵がはっきりと見当違いだったと思い知っていた。

 ……だけどラルヴァも今さら……この凄まじい切れ味を誇る凶刃を手放す訳にもいかないのだ。


「……仕方のないヤツだな」


 そんなキリアの様子を見て内心で打算を終えたラルヴァは……僅かに微笑むと、泣いているキリアを抱きしめ、その背中をさすってやる。

 泣き止むまで、何度も何度も。

 キリアの鼻を啜る音は少なくなってきた頃を見計らって、ラルヴァはようやく口を開く。


「……これからは、注意しろよ?」


「……うん」


 ラルヴァの言葉にキリアが頷き……ようやく王子の顔を見たキリアは、その唇から血が出ているのを見つけ……


「おうじさま、けが、してる」


「お?」


 そう呟いたかと思うと、その怪我している唇を舐める。

 それは本当に動物の行動だったが……その唇に感じた生々しい舌の感触は、キリアが少女で……女性であるということをラルヴァに意識させ。

 同時に、女性の体温を感じることで……ラルヴァは自らの自称婚約者であり、妊娠までさせたレイシアのことを連想してしまう。


「くっ!」


 一瞬だけ感じた涙腺の熱に、ラルヴァは歯噛みし……キリアをきつく抱きしめることでその熱から逃れようとする。

 ラルヴァは今回の惨劇を招いてしまった自分には泣く権利すらないと思っているのだ。


「……おうじさま、いたい」


「済まん。

 もう少しだけ……我慢してくれ」


 余りにも強く抱きしめられているため、キリアが苦痛の声を上げるが、ラルヴァは自分の感情をまだ抑えきれていない。

 彼女の反論を黙らせて、そのままキリアを固く抱きしめ続ける。


「……うん」


 そんなラルヴァに対して、キリアがどんな感情を持っていたのか、ラルヴァには分からなかった。


 ……ただキリアはラルヴァが身体を離すその時まで、静かに王子に抱きしめられたままだったのである。


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