第五章 第四話
「王子!」
「ちっ。本気で襲ってきやがった」
同時刻。
ラルヴァはちょっとしたピンチに陥っていた。
彼の乗る馬車が人気のない一角へと差し掛かったところで、一〇人くらいの男達が襲ってきたのだ。
一〇人ほどの男たちは全員、顔を隠し長剣や弓矢などを手にしていた。
が、その身のこなしや訛りがランシア王国民とは若干違うのはすぐに分かった。
……恐らくはバルデスが見つけた計画書の通り、他国からの暗殺者なのだろう。
幾ら夕暮れとは言え、幾ら人気のない一角とは言え、街のど真ん中での襲撃である。
この事実は……現在この国の治安維持が如何にボロボロであるかを示していた。
「王子様、掴まっていて下さいっ!」
「くっ?」
そんな緊急事態が生じても、王子に忠実な御者は必死に馬車を操って暗殺者の手から逃れようとしてくれた。
だが……如何せん馬車を引く馬を狙われてはひとたまりもない。
「うわぁあああああああああっ?」
「……おいっ?
くそっ、馬を狙われたかっ」
結局、御者は馬車から転がり落ちて動かなくなってしまった。
まぁ、死んだようには見えないから気絶しただけだろう。
馬を失った馬車では逃げられないと悟ったバルデス将軍は、長剣を手に路地へと飛び出す。
周囲を囲う暗殺者たちは、そんな彼の姿を見るやすぐに襲い掛かってくる。
「王子! ここは私に任せ、お逃げ……
って、お願いですから、少しは身を護るくらい!」
「ふん。お前がいるから大丈夫だろう?」
そんな中でも、ラルヴァは馬車の中で堂々とした態度を崩さず、剣を取ろうともしない。
バルデスの戦闘能力に全幅の信頼を置いている証拠と言わんばかりのその態度に、馬車から降りて襲撃者と斬り結んでいたバルデス将軍は、王子の態度を怒鳴りつけながらも……喜びを隠せない。
「ふんがっ!」
そして、そんな王子の態度に奮起したバルデスの剛剣は、暗殺者程度の技量では止めようがなかった。
襲撃者達は次から次へとその剛剣の前に斃れ、煉瓦作りの街道を真っ赤に染めて行く。
「甘いっ!」
後ろの方にいた襲撃者が馬車の中に座ったままのラルヴァを狙って矢を放つ……が、その矢すらバルデス将軍の剣に叩き落とされる。
数名の襲撃者と斬り結びながらも、王子の護衛をこなす。
それがランシア王国最強の剣士と名高いバルデス将軍の実力だった。
「……っ!」
「……!!」
六人ほどが物言わぬ物体と化した辺りで、襲撃者たちは何やら叫ぶと、連携の取れた動きで後退し始める。
「……逃すか!」
撤退の気配を感じたバルデスは、一番近くにいた襲撃者の首を刎ねると、襲撃者たちを追おうとしたところで……
「バルデス! 必要ない!」
ラルヴァの一言に止められる。
「しかし、王子!」
「構わん。
皆殺しにするのは都合が悪いからな」
咄嗟に反論しようとする血まみれのバルデス将軍だが、ラルヴァのその一言は彼に反論を許さなかった。
「しかし、まだ日もある内から狙われるなど……」
「治安維持部隊が思いっきり混乱しているからな」
バルデスの言葉に、ラルヴァは笑う。
だが、現実問題……現在の状況は笑い事ではない。
治安維持がまともに出来ていない国家など、国家としての体を成していないのと同義なのだ。
尤も、その事態を作り出したのは『鮮血』のキリアと……それを命じたラルヴァだったのだが。
「……しかし、厚みのない襲撃ですね」
街道に斃れた襲撃者の装備を眺めながらバルデス将軍はそう呟く。
「そんなものか?」
「ええ。
大通りで襲われた以上、現在の王都の警備は正直に言ってザルです。
……仮にも一国の王族を狙おうとする以上、送り込まれた暗殺者がこの程度の筈がありません」
「……とすると?」
「これは偶発的な襲撃だったか、もしくは……多発的な暗殺の一角に過ぎなかったか」
バルデスがそこまで呟いたときだった。
ラルヴァの脳裏にもバルデスの脳裏にも同じことが浮かぶ。
「……俺の別宅!」
「急いで帰らないと……凄まじい惨状が予想されます」
二人が心配したのはキリアの身の安全ではない。
ラルヴァの別宅に押し入った襲撃者達が惨殺されることによって、別宅に匿っていた『鮮血』のキリアの存在が明るみに出ることを心配したのだ。
二人ともキリアの身を心配しない程度には、キリアの戦闘能力を信頼しきっていた。
「おい、馬車を……ちっ!」
急いで別宅へ帰ろうとしたラルヴァは、自分の馬車がもう動けそうにないのを見て、舌打ちする。
馬車は数箇所ほど矢を受けているが、機能そのものに問題はない。
ただ、馬が二頭とも矢を受けて死んでしまっている以上、それはただの箱に過ぎない。
「……おい、そこの貴様、コイツを看ておけ!」
御者の身を近くにいた野次馬に一方的に命令すると、慌てて駆け出すラルヴァ。
と、王子を追いかけるバルデス将軍。
「急ぐぞ!」
「ですから、王子。貴方は狙われていると!」
二人は急いで王子の別宅に向かう。




