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第六話 白黒

 

 とんでもないことを見逃していた――

 獅子堂との別れ際にメアドをもらえたことで俺は有頂天になっていてもおかしくはなかった。 

 だがしかし、自分の家へ帰ろうと再び獅子堂と別れたすぐ後にそういえばと気付いてしまった。師匠に獅子堂みくとの接触を避けるようについ昨日言われていたことを。

 

 しまった……

 

 と思わず声が出てしまうほど、実は内心は冷や汗で満たされていた。

 まっすぐ家に向かっているかさえも不安なぐらい足取りが悪く、ようやく家に着いた頃はあたりも薄暗くなっていた。

 中に入った後も足元がブルブルと震えているように感じた。たかが女子高生と1日話していただけなのに……

 このことを師匠に今すぐにでも報告すればよかったのかもしれないが、余計な心配をかけるまいと携帯に触ることをしなかった。

 

 狭い部屋で布団を敷き、混乱したまま眠りにつこうとした。

 だが自分でやってしまった失態の重大さが目をつむることを許さなかった。 

 2時間もの間、寝返りをうち続けようやく眠れたような気がした。

 ああ、その日の夢は最悪だ。

 この手は血に染まり、傍らで少女が1人倒れている。

 おそらく学園内の教室だろう。かすかに香るのは火薬の匂い。

 どうしてだろう、俺は泣くこともなく、恐れることもなく―― ただそこに立っていた。

 少女の顔にも見覚えがあるような、無いような…… そんな少女をとても大切にしていたような、こんな自分を頼りにしてくれていたような……

 そこで俺は立ちすくんでいた。まるで魂が抜けたように。

 こんな絵に描いたような悲劇は夢に決まっている。いつか読んだ小説にありそうな1シーンだろう。妄想も大概にしなければ気味が悪い。

 でも、これは夢でも小説でも妄想でもなかった

 

 これは真実で、事実だ。

 これが全てだった。

 有野安理香の死があって、峰が原徹の2度目の死があった。

 

 朝起きてもまだすぐそこに有野の顔があるような感じだ。

 どうしてか獅子堂と会った日の夜に見る夢は2度も有野のことだ。

 

 一般的に月曜日の煩わしさというのは他の曜日に比べると甚だしいらしい。

 だがもちろん休日2日間誰ともかかわることもなく、何もやることがない人間には理解しかねる認識だ。

 日曜日にクラスの女子と一緒に買い物をしたからといって今日という日が特別に面倒であるとは思わない。

 強いて言うなら今日は10日ぶりの雨降った。

 なぜか1日ぶりに獅子堂と会えるかどうかは気になっているのかもしれない――

 何事もなく登校することができたが、ふと雨に打たれ妙に光沢がかっている校舎を見て、師匠の言葉を思い出した。

 この学園にはおそらく何かがある。それは原因か、結果か……

 何かは分からないが、校舎全体を覆う影が潜んでいる予感がしてならない。

 俺に関係あろうとなかろうとそれは奇異なものである。

 だがクラスの中の雰囲気はそんな奇妙さを感じさせないほど愉快そうだった。

 ただ1名、獅子堂を除いては……

 彼女と話すまで彼女の存在すら気にかけていなかったが、よくよく見ていると周りに人がいる様子もなく1人ただ時間を潰すためだけのように本を開いている。

 どうやって声をかけようか、いや教室の中では声をかけるのをやめておこう、向こうからまた話しかけては来ないだろうか?

 俺自身の行動を決めることができない。 

 いつもなら机に突っ伏すかペンをとり数学の問題集でも取り組もうとするのだが、やはり今日という日は俺にとっては特別ではなくても異様ではあった。

 

 どうすることもなく、結局昼休みを迎えた。

 昼ご飯を適当に済ませ、用を足そうと今日初めて教室を出るといきなり大きな声で呼び止められた。


 「えーえー、2年3組の峰が原徹。いますぐ生徒会室に来なさい」

 

 人生で初めてかもしれない。放送でフルネームを呼ばれたのは。

 クラスまで言われると、同姓同名の他人であるということもない。まぎれもなく俺に向けて発せられたのだろう。

 どうして呼ばれたのか全く見当がつかない。そもそも学園内に生徒会があることを認識していても、だれがいるかとかは全く分からない。

 間違いにしてもどうして俺と間違えるのだろうか?

 廊下にいる生徒はそんな放送はなかったかのようにいつも通りうるさかった。

 あれこれ考えながら、あやふやな記憶を使って生徒会室に足を運んだ。

 なるほど、生徒会が使っている部屋だけあって部屋の戸の作りも普通の教室と違っている。

 湿気で少し重くなっているような戸を開け中に入った。

  

 生徒会に誰がいるのかが分からなくても常識的に会長がいて副会長がいてその他数名で構成されていることぐらいはなんとなく知っている。

 しかし、戸を開け教室のやや奥の方に目を向けると、そこには1人の女子生徒がいる。正確には、椅子に座っているのだが、俺が入ってきたのをまるで気づいていないかのように黙々と机に目を落とし何か書類を書いていた。

 「あ、来たわね。適当に座ってちょうだい。今これ終わらせるから」

 不機嫌のようにも聞こえる淡々とした口調で答えた。

 なんとなく紙にペンを走らせている姿はいかにも仕事のできる女性という感じだ。

 そして、仕事に区切りがついたのかペンを置き用具をカバンにしまおうと席を立った。

 「週刊クロスワードWEEKS」と書かれた雑誌をカバンにしまうために……

 え?

 さっきまであんなに一生懸命に取り組んでいたのがクロスワードなのか? そんなもののために俺はこの部屋で待たされていたのか?

 俺がそちらをじっと睨んでしまっていたのに気付き

 「何?」

 と少し警戒するような目でこちらをにらみ返してきた。

 「あなたはさっきまで何をなさっていたのですか?」

 「クロスワードよ」

 どうしてそんなことを聞くのだろうと言わんばかりの態度で答えた。

 彼女にとってはこれが当たり前なのだろう。

 「獅子堂君に来てもらったのは体育祭の時の件よ」

 そして当たり前のように話を変え、俺に質問してきた。

 「あなた体育祭が終わった後ホームルームにも行かずに学校を出たよね?」

 「はい。てっきり流れ解散だと思ったもので」

 「そんなことは言い訳になりません。あなたは無断で学園を出ているのでエスケープしたことになってるそうです」

 エスケープというのは無断で授業を受けずに外に出ることであるが、まさかたかが数分で終わるであろうホームルームにいなかっただけで処罰の対象になるなんて……

 「本来ならあなたはエスケープを1回したので保護者への連絡、1週間の奉仕活動、および生徒指導部からの指導があるということになっています」

 「はぁ……」

 もう溜息しか出ない。後ろ2つはともかく保護者への連絡は少しこちらとしては都合が悪い。一応、学園側にはクリス・ピース名義になっているが師匠に今回のことが知れたらまたいらぬ心配をかけてしまう。なんだかんだで心配性なのである。

 「でも、今回の件はあなたも意図的ではないし、生徒指導部の方も学園長から何かあなたについて吹聴されていると聞いているので黙認という形で終わらせたいということらしいです」

 「それはこちらとしてはとても喜ばしいことだ。」

 「ただし、条件があります」

 金か? それとも何か別の仕事をさせられるのか?

 

「3年前に起きた有野安理香殺人事件について私にすべてを教えなさい」


 あまりの変化球に頭がついてこなかった。

 どうして彼女はそんなことを聞きたがる。そもそもさっきから俺についての処罰についてだの言っているがこいつは一体誰なんだ。

 あの事件はそもそもメディアにもほとんど取り上げられていなかったし、ましてその現場に俺がいたことなど俺以外の学園の生徒が知っているはずがない。

 消された過去―― 忘れられた死。

 3年前から何1つ変わっていなかったはずの御宮山学園ここがにわかに動き出した。

 「どうしてあなたはそんなことが知りたいのですか?」

 そこにいる彼女は胸を張るようにしてこう答えた。


 「決まっているじゃない。私が御宮山学園の生徒会長だからよ」


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