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第三話 2つの傷跡と1つの銃弾

 あまりにも突然の出来事だった。

 転校初日でその人の秘密を知ってしまったのは、貴重な体験ではあるが……

 「エミーリア。おまえは日本語がしゃべれるんだな?」

 

 「はい」

 

 ああ、ここで「イエス」とでも答えていればさっきのことはなかったことにできなくはなかったのに。

 「ねえねえ、こちらからも質問いい? 峰が原君?」ついには、俺の名前をも一音一句間違わず言ってしまった。

 彼女はいきなり敬礼をして感情を殺した固い口調でこう言った。

 

 「貴官はアジア特殊任務遂行試験部隊第十三支部隊E班No.1230とお見受けするが、相違ないでしょうか?」

 なんだ、こいつは? どうして彼女は俺のことをこんなに詳しく知っているのだ? 疑問が次から次へと湧いてくる。

 こいつもまた過去の自分と何らかの接点があるようだ。獅子堂と同じように――

 どうやら、運命の歯車とやらは想像以上に厄介らしい。

 

 10年前、俺はNo.1230と呼ばれインドかどこかで少年兵として人を殺しまくった。数えきれないほどの人を。そうさせられた。 

  

 森林や廃墟に身を潜めて、目標である「悪い人たち」にゲリラ戦を仕掛けて、あとはただがむしゃらにその手に持つ粗末な銃を撃ちまくった。どうして、その「悪い人たち」を殺さなければならなかったのか、彼らは一体どんな悪いことをしているのかは聞かされることは一度となく、ただひたすらに銃を携えて目の前の人を殺した。

 息をする度に火薬の匂いが鼻につく。足を踏み出そうとするところは血で染まり、靴底にも敵味方の血がべっとりと染み込んでいた。

 俺は5年間もそこで少年兵として、いや「どれい」として働かされていた。

 世界を理解できなかった当時の俺には、それが当たり前のことだと錯覚していた。


 「ああ、そうだ。俺はNo.1230だった――」 

 はっきりと思い出した。 

 「なるほど、なるほど」エミーリアは淡々とうなずいた。

 「ところでお前は誰だ? 俺だけ一方的に過去をばらされるのはあまり気分がよくない。お前の相当な過去を持っているものと考えるが……」

 「あたしの名前はエミーリア、ではなくあなたと同じ部隊に所属し、同じように番号を振られてNo.1004って呼ばれていたの」

 「じゃあお前もなのか?」

 「そーだよ」

 こいつは俺と同じ「どれい」であり人を殺すための道具として生かされていた。 

 生きていた心地などない。生かされていた……

 俺たちが所属していたアジア特殊任務遂行試験部隊第十三支部隊E班には約500人のさまざまな人種の人間が帰属していた。俺のようなアジア系はもちろん、欧米からも何人もが戦うことを強いられていた。

 そこはあまりに不衛生で、さながら動物園のようなところにぶち込まれていた。人権はもちろん名前もなかった。作戦で死んでも死体はそこらにほったらかしにされてしまうことだって当たり前のことだ。もっとも、作戦で死んだ死体よりも伝染病や疫病に侵された死体のほうが多かっただろう。

 そんな中で俺とエミーリアは道具になってしまった。 

 「どうかな? 今の気分は?」

 「そうだな。正直に言えば吐き気がするぜ。頭の中で自分のかつての汚点を掘り起こされているようだ」

 まさにその通り喉の奥が異様に乾き、違和感があった。

 「お前はどういう気分なんだ? 自分が日常離れした過去を背負って生きていることに何か感じないのか?」

 俺が正直に聞きたいエミーリアの気持ち。昼間はあんなに笑顔を周りの他人に振りまいていたが、どうしてそんなにヘラヘラしていられるのかが不思議で仕方なかった。

 「どーでもいいよ、そんなこと―― もちろん人殺しとかが普通じゃない世界を知った時は衝撃だったよ。でもね、今の自分と昔の自分は全然違うって、そう信じてるんだ」

 「ただ、前向きなだけのようだな」

 「そうじゃないよ。過去の切り捨てて、いや過去の自分を殺して新しい自分として受け入れようとしてるんだよ。ただ逃げているだけ……」

 「俺はお前みたいに賢く生きれそうにない」

 そんな俺の弱音を聞くとそっと近くの椅子に腰かけた。

 「だから、賢くないって。ただねもう人殺しはしないって誓ったの。過去の自分を殺したのが最後」

 こんな話俺以外の人だったら信じることはできないだろう。俺も今だって少し疑っているところがある。

 「最後にきかせてくれ。どうしてこの学園へ来た?俺とこんな話がしたかったとは思えないが」

 「君だってこの学園へは別に正規のルートで来たわけじゃないでしょ。ようするに保護観察だよ。10年前までは何人もの人を殺したから普通なら終身刑でもおかしくないところを、御宮山学園の学園長のMs.鬼無のご厚意で自分の経歴を完全削除して偽名まで使って入ることができたのよ」

 俺と同じだった。俺も学園長の鬼無里佳という正体不明のスーパーウーマンに拾われた。噂によると、世界中の偉い人とのコネクトを持っているらしい

 ただし、俺の「峰が原徹」という名前は偽名ではない。一応名付け親がいる。

 「過去の無くなった人間なんて空っぽなだけだと思うぜ」

 「そうだね。だから私は……」

 と言いながらおもむろに制服の方の部分を外して見せた。

 そこにはおそらくかすり傷だろうが、銃弾が当たった痕跡があった。

 「この傷だけが、過去のあたしと今のあたしとの接点なの」

 「そうか」

 彼女はただ過去と自分とを切り離して考えてるのではない。過去を切り離しつつその存在は肯定し、受け入れている。なんという賢い生き方なのだ。いや、賢いというより難しいのだろう。それはいつの日かに殺した過去の自分の死体をいつも目の前で眺めながら生活しているのと同じなのだ。

 「それに……」さらにエミーリアは目線を落としてこう続けたのだ。

 「それにね、この傷はあなたとの接点でもあるの」


 

 

 次の日の体育の授業前、白石優太と授業の準備をするべく更衣室で着替えていると

 「あれ? よっちゃんって意外と筋肉質だね~」

 と俺に言った。

 「当たり前だ。これでも毎日筋トレに勤しんでいるからな」

 「へ~。羨ましいよ」

 俺が筋肉質なのはもちろん筋トレの成果ではない。 

 「どれい」時代の産物だ。大人が持っても重く感じる機関銃やなんやらを10日も持ち続けたら嫌でも筋肉はつく。

 一応、体のために毎日筋トレは欠かさないがそれでもあまり効果が見られないのは皮肉なことだ。

 「ねえねえ。筋肉をより多くつけるためのコツってないの?」

 「そうだな…… ただ筋トレをこなすだけじゃなくて一通り筋トレが終わった後にプロテインを飲んでみろ。たぶん、短期間でも効果が出るぜ」

 「え?プロテイン?」

 「そうだ。プロテインはただのタンパク質。筋トレをした後の筋肉ってのは言わば破壊された状態なんだよ。普通ならそこで自分の自然治癒力で治していくことで筋肉が再生され以前よりも新鮮になる。だが、この時にプロテインを飲ますと筋肉はより早く新鮮で強いものになる。」  

 「へ~。なんかよくわからないけど、今度やってみるよ。てか、こんなによっちゃんが熱弁を振るうなんてよっぽど筋トレが好きだったんだね」

 返す言葉もない。熱くなりすぎてしまったようだ。まあ、確かに筋肉に関しては無駄な知識と経験があるが……


 そんな雑談を交わしつつ自分の首の下の方にある銃弾のかすり傷をそっと撫でてみる。

 No.1230とNo.1004は同じ傷を持っている。たまたま、同じ一つの銃弾をほぼ同時に受けた。彼女の肩に傷をつけたのも、俺の首に傷をつけたのも同じ一つの銃弾だった。

 これらは過去と今をつなぐ唯一のものだとばかり思っていた。

  

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