参巻
カサっという物音で振り向いた。
するとそこには見た事のない生き物がいた。
それは異形の者たち。黒く濃い体毛が全身を覆い、二つの足で立ち、両手には剣と盾を持っている。顔つきはどれも皆狼の様な顔をしている。そして、鉄の板を繋いで作られた鎧を着ている者が多い。
「おい、こんなところに子狐がいるぜ」
「お、いいねえ。今日は狐肉が食べれそうだ」
いきなり何だよ、こいつらは。鎖帷子で隙間を埋めて、急所を一枚の銀板で覆っているのか。見た事がない鎧だな。
それにでかい。威圧感と殺気が……分かるぞ、俺なんか比べものにならない位強い。疲れてて、気づくのが遅れたが早いとこ逃げた方がよさそうだ。それにさっきから、言っている事が物騒だ。
「お前らは周りを警戒していろ。近くに親狐がいるかもしれねえ。来たらすぐに知らせろ」
「おう、了解したぜ」
「しくじんなよ」
「お前らこそ、ちゃんと伝えろよ? そっちの方が重要だぞ」
凶悪な笑みを浮かべて、打ち合わせをし終えると、両手で大きな剣を持った狼男が近づいてくる。
やばい、周りに狐なんていないし、狙いは俺だろう。逃げ切れる気がしない。だが、一対一かならまだやりようはあるはず。何としてもこいつらから逃げて刀を手に入れるんだ!
じりじりと一歩ずつ下がる。決して相手からは目を離さない。それが出来るのは言葉通りに周りにいた狼男たちが警戒しに行ったからだ。
今の姿では勝つことは出来ないと、直感が告げる。
だが、只背を向けて逃げるだけでは逃げ切れないだろう。ならば、こちらから仕掛ける!
「行くぞ! 【火よ】」
狼男は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに大剣で振り払う。
くそっ。ダメか、だが今のうちに……。
【軽身術・弱】を使い、隙を突いて逃げようとするが後ろからものすごい力で抑えつけられた。
「ガハッ。ク、ソ」
俺の苦しげな表情を見てか、ニヤッと笑う。
「狐のガキ。その姿で喋れるだけでなく、魔法まで使うとは驚いたが、この程度じゃあ俺に傷一つつけることは出来ねえぜ。だが、苦しまねえうちに殺してやるよ」
「クソッ、は、なせ。【火よ】」
尻尾だけを顔に向けて至近距離で魔法を放った。
しかし、腕の力が弱まることはなかった。
「クク、威勢のいいガキだ。だが、気が変わった。たっぷりいたぶってから殺してやる!」
ああ、やばい。怒らせちまった。意識が遠くなってきた。
不意に意識が覚醒した。それは強烈な痛みとともにだった。
「が、ぁぁ」
痛すぎて声も出せない。おそらく俺の体にはあの大剣が突き刺さっているのだろう。
「痛いか? 苦しいか? フ、ハハハ!」
必死になって、痛みを止めようと【早治術・弱】を使う。
長い時間が経った。真っ白な雪は紅く染まり、もう俺の体力はスキルを使って、治療をできないくらいに追い込まれている。
もう、ダメか。
そう諦め、目を閉じた瞬間だった。誰かの「逃げろ!」という叫びが聞こえたすぐ後に辺りに漂っていた鉄っぽい臭いが吹き飛んだ。
「狼の小僧が我が同属に何をしている?」
その低く殺気を含んだ声に、やっとの思いで瞼を上げた。
そこに居たのは白銀の毛皮に覆われ、大きな狐だった。その大きさは狼男よりも何倍も大きい。全容を見ることが出来ないほど大きい。おそらく、全長四丈以上あるだろう。
そして、いつの間にか俺を抑えていた力が消えた。地面に這いつくばっている狼男。
「クソッ。親狐か、あいつ等をどうしたんだ、テメエ」
狼男は傷をすぐに治し、立ち上がった。男は油断なく大剣を構えている。
「聞いているのはこちらだ、小僧。何をしていたと言っているのが分からんかっ!」
怒鳴り声とともに放たれる何か。男を三尺以上後方に下がらせ、男の周りは突風で吹き飛ばされたように地面が素肌をさらしていた。
「我が怒りをその身に受けよ」
そう告げると、地面から尾を突き出し、鎧ごと男を貫いた。勝敗は呆気なく決まった。
「なんだ、これは?」
それが男の最後の言葉になった。止めとばかりに残りの七本の尾が四方八方から貫き言葉を紡せなかった。
「助かった、のか?」
そう一言言い残し、俺は意識を失った。
ピチャッ。
顔に感じた冷たい何かで目を覚ます。
ここはどこだ?
ごつごつとした岩肌が見える。洞窟みたいだな。
どうして、ここにいるんだろ?
目の前で狼男が殺されて……。
「起きたか、小僧」
驚いて、飛び起きようとしたが体中が痛んで上手く動けなかった。
「あれだけ深い傷を受けたのだ、動けないのも無理はない。ゆっくり休むと良い。むしろ生きているのが不思議なくらいだ」
とても失礼なことを言われた気がするが、まあいい。この声はさっきの狐だろう。礼を言わねば。
「俺は佐々木……、いや、小次郎だ。さっきは助けてくれてありがとう」
改めて見るとその狐はでかかった。尾は洞窟中に伸びていて、体は白銀の体毛に覆われている。そして、なんといっても金色の瞳が目を引いた。
綺麗だ。
「何を見ている? 気持ち悪い」
「な、気持ち悪いとはなんだよ」
「気持ち悪いものに気持ち悪いと言って、何が悪い」
「痛っ」
緊張感から解放されてつい、はしゃいじまった。しかし、痛いものは痛いわけで。
「まだ痛むか。よかろう、少し手を貸してやろう。小僧、お前も回復する術を持っているのなら使え」
そう言われて、スキルを使うだけの体力が戻っているのに気づく。痛む体でさらに体が怠くなることをするのは気が進まないが、早く治すためだ仕方ない。
「分かった」
いつものように【早治術・弱】を使う。てか、これにも慣れたな。あの狼男からの攻撃に耐えるので必死だったからなぁ。
「さて、我もいくか。【光よ、癒しを】」
おお? 何だこの暖かい光は?
痛みが引いていく。体が軽い、そんな感覚に襲われる。
そして、光がだんだんと小さくなって消えた。
「後は自分の力で何とかするがよい」
え? 全部治してくれないの? 感覚を研ぎ澄ませてみれば、見た感じは治っているのに、激しく動いたらすぐに傷口が今にも開きそうなギリギリな感覚がひしひしと感じるな。まあ、ゆっくり休んでれば治るだろう。幸いにも今の俺には【早治術・弱】あるし、ちょっと休めば治るだろ。
考え込んでいると、どこからか血にまみれた肉片を銀狐が持ってきていた。
「食え。その体では満足に動けまい。治るまではここに置いてやる」
そういえば腹減ってたなぁ。気付いた時に喰らいついていた。
う、美味い。何の肉だか知らないが、美味すぎるぞ。
半分ほど食べ終わると、俺はじっと見ていた銀狐に話しかけた。
「なあ、いくつか質問していいか?」
「よいぞ。その代わり我もいくつか聞きたいことがある。先にそちらに答えるのだ」
「ああ、分かった。俺で答えられることなら答えるよ。命の恩人だしな」
「では、なぜあの場にいた?」
「ああ、それな。刀を探して、芋虫を狩りながら山を登ってたんだ」
「刀? 小僧、里に下りるつもりか? 今のお前ではこの御霊山を越えることは出来んぞ」
里? 山を越えたら何かあるのか? なら――。
「まあ、待て。お前が聞きたいことは分かるが、出来んことを知っても仕方なかろう。力をつけたときにでも教えてやろう。それよりも、まずは我の質問に答えろ。まだ、残っているのでな」
まあ、それもそうだな。もうちょっと位階を上げてから聞きに来るか。
「さて、ここからが本題だ。小僧、お前は何者だ?」
「は? 俺は俺だ。見ての通りだ。何を訳の分からんことを」
全く見て分かるだろうに。今の俺はどっからどう見ても狐なんだろ?
「そうだ、だからこそ問題なのだ。お前の姿では本来喋ることも魔法を使うことも出来ん。なぜ、使える?」
え? 目の前にいる銀狐も喋ってるから、これが普通だと思っていたんだが。でも、そうなるとあの芋虫も喋らないとおかしいのか?
「気付いたか。本来ではありえぬのだ。その様に言葉を話し、優れた知性を持つなど」
優れたって、褒めるなよ。
「褒めてはおらぬわ」
こいつ、心が読めるのか!?
「顔を見れば分かる。我でさえ話せるようになったのは、尾が四つに増えてから、魔法に関しては六つになってからだ。お前は異常すぎる」
そうなのか。ある程度、進化しないと話すことも出来ないってことか。
「なら、何で話せるんだ?」
「我が知るか。とりあえず、仕方ないステータスを見せろ。抵抗せずに気持ちを楽にするのだ」
「お、おう」
何をするつもりだ?
【解析】
銀狐の眼が大きく開かれ、全てを見透かされるような気になる。これか、抵抗するなってのは、まあ俺も知りたいし協力するか。まあでも、喋れるどうこうってのは元が人間だからだとは思うがな。
「分かったぞ。なかなか面白い能力だった」
へえ、俺も確認してみるか何か変わったことがあるかもしれないし。
名前:小次郎
種族:一尾の幼狐
位階;二位
スキル:【操尾術】【身体強化術/治/速/力/硬・弱】【火属性魔法・初級】【成長促進】【災厄】【狐神の加護】
おお! 【身体強化術】の欄をよく見てみると【早治術・弱】が【早治術】にランクアップしてる! さらに新しいスキルも手に入れたみたいだ。
【操尾術】
尾をイメージ通りに動かせるようになる。
このスキルはこの姿ならではだな。だが、使える。
【早治術】のランクアップはやっぱ、あれだろうなぁ。怪我の功名ってやつか。
「【災厄】に【狐神の加護】が……、なかなか面白い組み合わせだ。もしかすると【狐神の加護】が知性という恩恵をもたらしたのかもしれないな。……それ以外に考え付かん」
そんな効果はなかったはずだが、まあそういう事にしとくか。考えるの面倒だし。
「なあ、【災厄】の効果って分かるのか?」
「いや、効果までは【解析】では見ることが出来ん。見ることが出来るのはスキル名とその他ステータスだけだ」
だけと言ってもかなり使えるな。俺にはこの銀狐のステータスが全く見ることが出来ないから、不公平な気がする。
「我の疑問は解決、という事にしておこう。スキルと、喋ること以外は全て並みのステータスだったからな」
「さいですか。じゃあ、次は俺の番だな。最初にアンタの名前を教えてくれないか?」
「ふむ? この山に住んでいながら我の名を知らぬとは。よかろう教えてやろう。我の名は八尾の白狐、銀。人呼んで御霊山の主だ」
御霊山の主だ、と。それって強いの?
「強いわ、馬鹿者っ! お前ごとき我の手にかかれば一瞬だぞ」
おお、怖い怖い。
「悪かったよ。じゃあ、なんで助けてくれたんだ?」
これがミソだ。俺にはなぜここまで良くしてくれるのかが理解できなかった。まさか、とは思うが今の俺では勝てそうもない。
「ふん、我がお前を食うつもりだと思ったか? 腹の足しにもならんわ。助けた理由は三つ。まず、我が同族だったこと。次に、風の魔法の修練中に餌の臭いが漂ってきてな。それで駆けつけてみれば、ああなっていたからだ。最後に、罪悪感からだ」
「ん? 罪悪感? どういう事だ?」
「見ていたのだ、我はお前が拷問されるところを。我ぐらいになれば気配を断つことも容易い。だから見ていた。同族とは言え、この世は弱肉強食弱きものを助ける道理はない」
ふうん、そういう事か。まあ、結果助かってるし、治してもらって、飯まで食わせてもらってるから文句はないけど。
「なぜ、助けたかを付け加えるならばお前に興味を持ったという事だ。その姿で言葉を話し、魔法を使ったお前にな」
はあ、てことは結構最初の方から見てたのかよ。少し位手を貸してくれたっていいじゃねえかと思うがまあいいか。
「まあ、助けてくれたありがとう。この通りだ」
よろよろと体を起こして、頭を下げた。
「よい、我にも非はある。先ほども言ったがゆっくりしていくと良い」
「じゃあ、遠慮なく」
そして、今まで食べていた肉に考えがいった。
「それはそうとこの肉めちゃくちゃ美味かったが何の肉だ?」
「ああ、それか」
この時に気づいておくべきだったんだ。銀が悪そうな笑みを浮かべていたことに。
「お前を襲っていた狼どもの肉だよ」
「な、なんだと!?」
聞かなければよかったと後悔し、だが結局は食欲には勝てなかった。
父上、母上。俺、人(?)を食っちまったよ。




