四拾巻
鈴が倒れ、俺の腹にも黒い何かが突き刺さっている。
これは何だ?
敵の尾だ。敵だ、敵だ、敵だ。
敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵。
「殺す」
そんな怒り狂う俺を、冷静に見つめる俺もいた。
俺は鈴に怪我をさせた敵を踏み潰す。いつ間にか【人化】は解け、本来の妖狐の姿だ。そして、有ろうことか俺の身体から立ち昇るどす黒い【妖気】は鈴を包み込み、俺の身体の中へと取り込み始めた。
おそらく、俺は本能的に分かっていたのだろう。
もう、鈴は助からない。
いくら手を尽くしても、傷を塞ぐ前に死んでしまう。
いや、もう死んでいる。
だから、絶対に手放さないように身体の中へと取り込むのだ。
「グオオオォォォッ!」
自分の声を聞きながら、まさしく化け物の声だなと他人事のように感じる。
完全に太陽が喰われてしまうと、辺りには紅い瞳を光らせて牙をむき出しにして哂う黒い化け狐たちの姿があった。
怒りの矛先はそちらに向けられ、尾で一本目、二本目、三本目、四本目、五本目、六本目、七本目、八本目、と一本に付き二体以上を貫き殺しつくす。そして、いつの間にか尾が増えていたので存在昇華していたようだ。おそらく、スキル【災厄】が発動したのだろう。前にもあったが強制存在昇華だ。
調度良い。疲労と傷が癒えた体で辺り一帯の敵を殺しつくす。跡形も残さずに。
里中の敵を倒したところで、ようやく理性が利き始めた。それと同時に再び【人化】し、ようやく足を止めた。
辺りを見回すと里中に穴が開き、黒い炎が家々に燃え移っている。
慌てて力を抑え消化する。出来ないものに関しては黒炎を狙い【狐陽】を放ち、燃やして消した。
「鈴……」
怒りが収まった次の瞬間には深い悲しみの波が押し寄せる。
「ああ……っ! あああぁぁぁっ!」
地面にうずくまり、涙を流した。
強く握りすぎた手からは血が流れ出す。
強く食いしばった歯で唇が切れる。
拳が叩き付けられた地面は音を立てて割れる。
漏れ出す泣き声は徐々に大きくなり、周りにある物全てを吹き飛ばした。
「なぜ、なぜ鈴が死ななければならないんだっ!」
その問いに答えるものは誰もいない。
「俺が弱かったから、守れなかったのか?
俺がもっと強ければ、きっと今も鈴は笑って……」
悲しみと怒りで自制が効かなくなった尾は縦横無尽に暴れまわる。
黒炎と白炎は俺の周りをグルグルと高速で回り続け、誰も近づけさせない。
指一本動かすだけで、怒りが力となり、爪先から放たれ、大地に傷を付けた。
「俺がもっと強ければ……!」
もう誰も失いたくない、怒りが恐怖へと変わった時、周囲の状況が手に取るように分かった。
「師匠、時宗、寧々、劉石……?」
御霊山からは仲間の力と憎むべき敵と似たような力が感じ取れる。
「もう誰も、傷付けさせるかっ!」
瞬間、大地が弾け飛び、俺の身体は真っ直ぐに仲間の元へと飛んだ。
◆ ◆ ◆
小次郎が銀の元へと向かっているまでの間。
銀は敵に周囲を囲まれていた。
周りで戦っていた仲間たちは誰もいない。仲間たちは敵の数の多さと連戦からの疲れにより、本来の力を発揮することなく次々と倒されていった。
その為、銀は殿を買ってでた。この場での戦いが負けていないのは偏に銀の力のおかげである。
反対に敵の大将である額に×印の傷があるひときわ大きな黒狐は焦っていた。
「しぶといな」
未だに銀を囲えているとはいえ、同族たちの亡骸が多く散らばっている。全て、銀によってもたらされたものだ。
大将、金剛は信じられない。
銀一人をなぜ倒せないのだ、と。
目の前の敵は【妖気】も【神気】も使っていないというのに。こちらは【妖気】に加え、新たに手に入れた【邪気】も使って戦っているというのに、あと一歩押し切れない。
その原因は敵の疲労を利用した長期戦に持ち込んだのが原因なのか、それとも金剛、彼自身が指揮に徹し、戦闘に加わっていないからか。
だが、彼らにしても大将である金剛や他にも悪狐の中でも指折りの強者たちの力は温存をしておきたかった。
里の最強である【百鬼夜行】の夜行家康に、その副官の山本五郎左衛門、そして、龍槍。他にも龍族や天狗一族など、この里が有する戦力はこの世界でも最高峰だ。だからこそ、これから控える戦いを前に出来るだけ温存しておきたかった。
だが、前情報のない者が恐ろしい勢いでこの場へと近づいてきている。怒気と悲しみと殺気を孕んだ何かが。
悪狐一族にとって、善狐一族を滅ぼす事は悲願である。遥か昔に悪狐の祖と呼ばれる強く気高い黒波が善狐の祖と呼ばれた白鳴の一族の者たちによって討たれたその日から。
許さない。
善狐は一頭残らず殲滅する。
許さない。
善狐に味方したこの里の者全ても。ひいては、妖怪全てが悪であるとした。
だからこそ、自らのプライドを曲げてでも辺境の地で暮らしていた吸血鬼たちと手を結んだのだ。
全ては善狐に復讐するために。
復讐に向け、力を付けるために旅を続けた。その道中で多くの同胞たちが命を落とした。それでもどんな時でもすべきことは一つ。常に同じ行動をした。故にこの戦いには悪狐一族全員が参加している。
負けられない。
(それなのに、なぜこの善狐は、銀は倒れない!)
一族の長としてもこれ以上同胞たちがやられゆく姿を黙ってみていることは出来なかった。
「グオオォォゥッ!」
「グルラアァァァッ!」
奇しくも銀と金剛は同時に叫ぶ。もはや、互いの目には九尾の白狐と黒狐しか入っていない。
銀が囲いを突破するまでの間に金剛は力を解放した。
憎しみ、悲しみ、嫉妬、というような負の感情に呼応して【邪気】が溢れ出す。そして、銀と闘うにあたり、足りない部分を埋めていく。
九本の尾では押し切るに不足だ。黒い靄が集まり、どろどろとした何かになり、二本の尾の形となった。
爪も足りない。身体の側面から、四本の太く大きな異形の腕が生える。
牙も足りない。肩から禍禍しく怒りに染まった赤い瞳を持つ双頭が生える。
十一本の尾に、八本の腕、三つの頭。これで準備は整った。今こそ勝負を決める時!
「銀、死ねぇいっ!」
銀は生まれた時より強かった。階位など関係ない。相手が自分よりも上位の存在であっても、勝利を奪い取った。
それには秘密があった。
銀にだけある、他の誰にもないスキル。
【狐の守護者】。
それにより気付いた時には神気が扱え、まさに守護者として相応しいだけの実力を持っていた。
だが、長い時の中でこの力はただ与えられた、自分はただ選ばれただけなのではないかという考えを抱くようになる。
だからこそ、【神気】も【妖気】すらも己の内へと押し込んで決して使わない。その上で最強の力を求めて強者に戦いを挑んだ。己の力を証明するために。
家康や五郎左衛門に始まり、天狗一族にも喧嘩を売った。そして、龍槍とも闘った。だが、龍槍は強かった。負けると思った時、つい【神気】を使ってしまった。それを恥じて己を鍛える事何十年ある日小次郎と出会った。
小次郎を見つけた時、己の内側から力が溢れ出すのを感じた。
他の同胞と一緒にいるときにもよくこのような事は起きていたが、その時手に入れた力は今までの経験にないものだった。
眼前にいるただの子狐もまた特別な存在なのだと知る。この子狐はどのように強くなっていくのだろう、そして、どんな面白い存在になるのだろうと考えていたら、成り行き師匠となってしまった。
その後の日々は騒がしくも楽しい毎日。自分が教えたことをまるで鏡のように再現し、その度に嬉しそうに燥ぐのだ。
いつの間にか、親愛の情がわいていた。だから、かぐやの予言を聞いた時は少なくない衝撃を受けた。決別を決意し、今一度強くなると決めたのだ。
《護る》という意思をもって。
護る、そうその言葉は銀にこそ相応しい。
彼はいつだって誰かを護ってきた。
百鬼夜行に喧嘩を売り、反撃された時も当時から仲間であった力たちを護った。それが自分が蒔いた種だとしても。
氷鬼山に殴り込みに行き、晶鬼族たちに囲まれた時も、天狗一族の住む竹林に火を放ち激怒した天狗たちを迎え撃った時も。誰一人として仲間を失うことなく、退け勝利してみせた。降りかかる災いをその力で振り払った。
そして、幾度なく狼人族による襲撃も里の者に知られる事無く消し去った。
彼は強い。誰かを背にした時の戦いではどんな事をしても負ける事はなかった。
最強であり最凶である存在が敵を睨みつけた。復讐という過去の妄執に憑りつかれただけの黒狐など敵ではないと嘲笑しながら。
黒と白の塊が空中でぶつかり合う。一方は仲間を巻き込まない為に、一方は鬱陶しい雑魚たちに戦いを邪魔されないように。
迫りくる四本の黒い腕を銀は三本の尾で持って打ち抜きとめる。だが、それだと一本通ってしまう。それに後には九本の尾や爪による攻撃も控えている。
下した決断は諦める。迎撃するのを止め、次の一手を打つ。
「【神衣】」
小次郎が使う物とは比べ物にならないほどの力が集まり、圧縮され、文字通り銀を護る衣となる。
【神気】が透明な衣となり、敵の攻撃を柔らかく受け止める。腕も爪も牙すらも通らない。
「【神爪】」
銀の足が無造作に振り下ろされる。やはり、【神気】を纏った爪は容易く敵の身体を引き裂いた。
金剛はそれに加え、凄まじい衝撃を受けると地面へと叩き付けられた。
そして、その足元には動かなくなった同胞たちが転がっていた。
銀は金剛の身体を使いついでに悪狐を倒したのだ。その事実を受け、怒りで体が震えた。
「き、貴様ぁぁっ!」
金剛は禁断の果実へと手を伸ばす。限界を超えた【妖気】と【邪気】の行使は行為者から理性を、光を奪う。
すでに息を引き取った悪狐たちは残らず金剛の元へと吸い込まれていく。ただひたすら黒い球体。その奥では何かが胎動しているのが分かる。
しかし、それを黙ってみているほど銀の気は長くない。
「【狐陽】」
黒い球体を縛るように網目状に白い炎が取り囲む。
さらに、天から炎の剣の雨を降らせた。精密に制御され、勢いそのままに円を描き、四方八方から球体へと突き刺さる。
地獄の業火よりも熱い炎の攻撃を耐えきった球体が孵化した。
ぱらぱらと黒い殻を破り、その中から出てきたのは狐の皮を被った何かだった。
形は大柄な人の様に二本の足で立っている。だが、それを人と呼ぶにもあまりに異様な出で立ちだ。十一本の尾に、肩と腰から二本ずつ、計六本の腕を生やし、胸と背には一つずつ顔があった。
頭の部分も含めてどの顔の口からも怨嗟の声が混じっていた。そして、頬を伝う黒い涙。
だが、根源的な恐怖を呼び覚ますような姿となった敵を前にしても、銀は哂う。
「馬鹿が、それほど同胞を守りたいと願っても結局はその様か」
そして、吼える。
「ならば、何をしてでも護ってみせろ。敵がどんなに強くてもだ、この愚か者がっ!」
もはや、言葉の通じなくなってしまった敵に大きく踏み出した。
迫りくる尾の一本に喰らい付くとそのまま振り回す。何度も何度も木へ、地面へと叩き付けた。
それを無視して反撃が繰り出された。その全てを【神衣】で受け止めるが、その上からでも徐々に銀に対してダメージが通り始めた。
透明な衣は黒く染まり、さらに同部分に一撃。この二撃目が甚大な被害をもたらす。
今度は銀が地面に落とされる。
隕石の如く、重く強烈な攻撃が降り注ぐ。
空気を切り裂いて放たれる尾を、拳を自分の肉を切ってでも耐える。
そして、反撃の機会が到来する。
尾は全て千切れ、足の骨は折られ、立つ事がやっとの状態でも銀は勝つことを諦めてはいなかった。
金剛だったものがいる場所は必殺の攻撃の範囲内だ。
「【神炎仙牙】」
灰色の炎が発する熱は自分自身ですら焼き尽くす。炎に包まれながらも敵の首へと喰らい付く。
「ギラァルアァィィツ!」
敵も奇声を発して、必死に逃れようとするもその牙が外れる事はない。
さらに火力が上がる。炎に包まれた銀の体は元の何倍にも膨れ上がっている。
そして、黒い塊が地面へと落ちた。
それと同時に銀が地面へと崩れ落ちる。
限界だ、これ以上炎を纏うことは出来ない。休憩しなければ、他の場所で戦う仲間の元へと向かうことは出来そうもない。
「ふん、何とか間に合ったか」
小次郎がやってくる前に、金剛を倒す事が出来た。また、休憩の片手間に周りにいる有象無象を倒す事は実に容易い。
それを分かっているからこそ、誰も銀に近づこうとしない。銀が回復に努めている今ならば、殺される心配はないから。
近づく者はいない、首のない黒い物体を除いて。
「チッ!」
寸前で気付くも、首には深い傷がつけられてしまった。これ以上動けば即、死に繋がるだろう。動かなくても死ぬ。ならば、どちらを選ぶか。
考えるまでもなかった。
「【神炎仙牙】」
ギリギリの状態だからこそ、大技を放つ。狙いは残り二つの顔だ。豊富な戦闘経験から顔を潰せば敵は死ぬと推測していた。
敵に攻撃を当てるべく動き出そうとした時だった。旋風が巻き起こる。
「ただいま戻りましたよ、師匠」
そこには憎たらしくも可愛い自分の弟子の背があった。
◆ ◆ ◆
満身創痍の銀と敵との間に身体を挟み込む。声を掛けながらも動きを制す。そうしなければ、俺の師匠が死んでしまうから。
「こっからは俺が相手だ、化け物ッ!」
間髪入れずに繰り出される拳を必死に応じる。おかげで師匠との会話を楽しむ余裕はない。
そのわずかな隙に動けるまでに回復した銀の援護が俺に伝えてくる。
なるほど、敵の弱点は胸と背中にある顔ってことか。
とは言え、あまり師匠からの援護も当てにできない。尾での攻撃も精彩を欠き、再生したそばから千切れ、宙を舞っている。
「やっぱ、俺が決めるしかないよなぁ」
その言葉とは裏腹に戦意が高まる。今までにないくらい滑らかに【仙気】を発動させる。
存在昇華したおかげで容易く纏えるようになったようだ。
「ありがとう、鈴」
思いを胸に駆け抜ける。
「【炎嵐剣舞】
鈴を取り込んだおかげで、使える様になった風属性魔法。それに俺の力を加えて発動させる。鈴のそばでこの技を見ていたからか、岩かな無く使うことが出来た。
それは力へと変わる。
炎と風の刃が一つになり、炎はその熱を上げた。赤から青へ、そして、白へと。さらに徐々に鋭く細かくなり、散り散りに舞う。
その一片がどれも必殺の威力をもって、敵へと襲い掛かる。
また、炎は風に手を貸した。
炎は風を生み出し、風は嵐へ。それは身体に纏わりつき、意志に応じて臨んだ方向へ噴射。恐るべき速度を手にする。
さらに【仙気】で強化された身体で刀を振るう。
同じく灰色の炎を纏う刀は刃に触れたもの全てを切り裂いてゆく。
風を、音を、敵をも斬る。
――ドンッ!
刀を振り下ろす度に地面にその威力を刻み付け、敵へと迫る。
十一本の尾が俺を囲う様に音を置き去りにして這い寄る。
その全てを俺の身体に到達するまでに周りに散らばる炎の刃が叩き落す。
六本の腕が絶妙な時間差で繰り出される。
最初の一撃を掴み、後ろに吹き飛ばされながら一気に焼き尽くす。そこで一振り【三連斬】からの【二連突き】で敵の拳を斬りおとす。最後に突き刺した腕を引っ張り、敵を手繰り寄せる。
尾で迎え撃ち、勢いを殺す。
刀を納め、蹴りを放つ。続いて腹部に拳をめり込ませた。
浮き上がった敵を追い、空を駆けた。
俺の前には炎が圧縮された球体が道のように連なっている。
「【炎珠貫手】」
その全てに腕を通し、身体を焼きながらも纏わせる。完全に消失する前に敵の胸部を貫いた。
これで敵の顔は背中のものだけ。
勢いよく腕を引き抜き、地面に向けて蹴り飛ばす。
さっき大技を放ったもう右腕は動かない。
蹴り飛ばした左足は、敵の【邪気】が浸食し激痛を与え、こちらも自由が利かない。
片腕、片足だが構わない。
回転しつつ落ちる敵に背中がこちらに向いた時に尾で地面に張り付ける。
貫いたそばから【邪気】が浸食し、ボロボロと砕けていく。追加で尾を放ち地面につなぎとめる。
構わない、どれだけ体が朽ちようと。
「終わりだ【居合斬り】」
腰をひねり、身体を回しながら刀を抜き放つ。
灰色に輝く刃は肉を切り裂く感触を置き去りにして、敵の命を絶ち切った。
その後、俺は回復した師匠とともに時宗たちや、家康たちを助け、悪狐たちを殲滅した。
こうして試練を乗り越えた俺は【狐神】へと至った。
次回最終巻。
一気に時間が流れます。




